第52話 脱却
「え、……今なんて?」
休日の朝。いつもより少しだけ寝坊しての起床となった俺は、麗佳に電話していた。勿論、天城との戦いに備えた対策を麗佳と立てる為だ。
昨日の夜、俺は天城の出自を聞いてより一層厄介な相手だと認識していた。だからこそ対策を立てる為に話し合いは長い時間掛かるだろうと思っていた。
そんな中、俺は通話先の麗佳の言い出した事に開いた口が塞がらなかった。
『円城瓦君、一緒に遊びに行くわよ』
「遊び……あそび? 遊びってどこに?」
『何処ってのは今から決めるけれど……、まあそういう訳だから今から準備しなさい』
まるで確定事項かのようにそんな事を言う麗佳に対して、俺は意を挟んだ。
「お、おい……、大事な決戦を控えてるんだぜ? 天城との決戦は来週の火曜日なんだぞ。今から対策を立てないでどうするよ……」
無論、俺は昨日の天城から聞かされた話を麗佳には話していない。あまりにプライベートな話だし、例えバトルロイヤルに関わる内容だからと言っても他人に話して良い内容ではない。
だからあの天城に関する話を聞いた俺と麗佳では警戒度に差が生まれるのは当然だ。
しかし、それを抜きにしても天城の脅威はこいつも知っている筈……。なのに、どうしてだ?
すると、麗佳は『分かっているわよ』と返す。
『対策については私も必要だと思うわ。だからこそなのよ』
「だからこそ……?」
駄目だ、俺はこいつが何を言っているか分からない。
そんな風に納得のいかない様子を見せる俺に対し、ついに麗佳はじれったいとばかりに声を荒げた。
『良いから! 今から駅前に集合するわよ!』
そんな風に集合の場所と時間を指定をした後、一方的に電話を切った。
「なんだんだ、あいつ……」
一方的に予定を決められてしまった……。
つうか遊びに行く? しかもバトルロイヤルにも関わるものだとか、そんな風な言い草だったが。
とは言え、あそこまで言われては行かない訳にはいかないだろう。
まあ今日は土曜日。日曜日も予定は開いているしな。むしろ俺が予定の空いていない日なんて無い。自由最高だぜ。
……いや、ちょっと待って。俺って同級生と遊びに行くなんて久しぶり過ぎない? どうやって遊べば良いんだっけ? いや、そもそも女子と遊びに行く? そんな経験ある訳ないじゃん。
「にぃ」
「うぉ!?」
そんな事を考える中、いつの間にか背後には乃雪が立っていた。
「にぃ……にぃはついに女の子と、しかもアイドル的な女の子と遊びに行く最強のリア充と化したんだね。ノノは分かっていたよ、いつかこの時が訪れる事を。にぃはもう青春アンチとかぼっちとか糞陰キャなんて代物じゃないよ」
「なッ……そんな、馬鹿な」
俺が陰キャじゃない? ……有り得ない、俺こそが陰キャ、陰キャこそが俺だと今まで思っていたのに。
「つうかそもそも女の子とそれなりにおしゃべり出来ている時点で陰キャじゃないでしょ、アホなの馬鹿なの死ぬの? 頭ハッピーセットなの?」
「俺の存在が脅かされている……」
「でもにぃ! ここで油断してはいけないの! 少しでも失敗したらにぃは最下層に逆戻りなの! 甘えてはいけないの!」
「甘えるって……いや、何だよいきなり……。遊びに行くつったって大した事ないだろ……」
いや俺も正直何して良いかさっぱりだけど……、それでも麗佳から誘ったんだから何かしら予定があるのだろう。
よって俺はあいつの予定に付き合えば良いだけだ。何も難しい事はない。
そんな事を乃雪に告げると、
「馬鹿め!」
と罵られた。お前、キャラ崩壊してない?
「これだから童貞は駄目なの……こんなんじゃいつまで経っても底辺なの。なんの挑戦もしないでイキってついには掲示板とかで『結婚とか情弱のする事だよねー』とかって書き出すの……妹として見てられないの……」
「それお前じゃん」
つい最近も『にぃ、結婚って制度として破綻してない? 時代錯誤過ぎて笑っちゃうの』とか普通に言ってたじゃん。なんだこいつ……。
「ノノは良いの。ノノは今後もロリ巨乳コミュ障ブラコンイキリキャラとしてパッケージ化して商品展開するから。処女は守ってなんぼなの、膜があればノノは高みに登れるの……この果てしなく続く萌キャラ坂を必死こいて登り続けるの」
「それ言ってられるの絶対今の内だけだからな」
十年後にそれ言ってたら幾ら可愛いお前と言えども危ない奴認定されるからな? 俺以外の貰い手はなくなるからな?
「ふっ、乃雪は最後ににぃさえ残っていれば良いの。……あと、できれば詩羽さんも」
そんな事を言い出す乃雪。可愛い事言うじゃん。ボイスレコーダーどこだっけ?
「それよりもにぃに必要なのはデートプランを設定できるプロデュース能力だと思うの」
「いや……さすがにデートじゃないだろ」
あいつ的にも何か考えあっての事らしいし……どういうつもりかまでは分からないが。
「にぃは馬鹿なの。とりあえず男女が一緒に出かけるとしたらデートって事で話を進めておくの。そうしたらにぃは十年後になってこう言えるの。『いやぁ、同級生の女の子と何度かデートした事あったんだけどなぁ、あれはあれで楽しかったなぁ』って。そして、仕事先のうっせぇ同僚とか相手に酒の席でマウント取れるの。青春時代に女の子とデートをした事があるかどうか……人間の価値はそれで大分決定付けられるの」
「何で十年後の酒の席を想定しているんだ、お前は」
どこの尺度で生きているのか分からないな、この妹。
「良いから。まずはこれを見るの」
乃雪はタブレットを持って、どこかしかのネットページを見せてくる。
「これは……?」
「糞陰キャ童貞がデートで失敗しない為の方法を記したページなの」
「俺の事じゃん」
「にぃが奇跡的に女の子と出かけるってなった場合に備えて事前に調べていたの」
「くっそ準備良いじゃん」
そんな天文学的な確率でしか起こり得なかった事象への対策を立てていたとは……。さすがは乃雪、さらに出来るようになった。
「これを守っていないと、にぃは社会的に死ぬの。即死なの」
「いや、もう殆ど死んでいるようなものだけど……」
「さらに死ぬの……最早表を歩いていたら銃で撃たれるようになってしまうの」
「日本の法律捻じ曲げるくらいの勢いで死ぬのか……」
それタイムマシンに乗って過去改変くらいしないと起こり得ない事象じゃん。俺にそんな力はない。
「まあ、良いから。にぃはノノの言うとおりにするの。……そうでなくてもにぃは最近大変だっただろうから、たまには息抜きしても良いの」
「……息抜きねぇ」
俺としてはそんな暇はないと思うが……。とは言え乃雪の気遣いが分からない訳でもない。
「分かったよ、お前にまでそんな事言われたら出かけない訳にはいかないな」
無論、対策も進めながらだ。
それに俺は遊びに行く事に関してはズブの素人。乃雪の言うとおりにするのが良いのだろう。
「あとは、にぃ。これを」
乃雪は恥ずかしそうに顔を反らしながら、何かを渡してくる。
それを受け取った俺は何を渡したのか確認した。
それは小さな袋に入った代物で、『0.1mm』と書かれていた。
俺はそれを瞬時に床下に投げつける。
「ああッ! 折角、ノノがもしもの時に備えて準備してあったのを仕方なく分けてあげたのに!」
「もしもの時って何だよ!」
「そんなのにぃが我慢出来ずにノノを襲って来た時の為の最低限の装備品なの。備えあれば憂いなしなの」
「エロ漫画の読みすぎだ!」
「勿論、にぃの読んでいたマンガを参考にしたの。あと、にぃのサイズに合わせたモノを選んだの。小さくても問題ないの」
「ぶっ殺」
そんな感じに早朝、妹に対して説教をかましつつ、俺は麗佳との予定に間に合うよう家を出た。




