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第44話 天城

 絹を思わせる綺麗な黒色のロングヘアを一つの団子状にして頭上で纏めている。スラリと長い手足と、浮世離れしていると言ってしまって良い程、美麗な顔立ち。あまりに精巧すぎるその存在は、最早人間離れしていると言っても過言ではない。


 にも関わらずどこか儚げで、目を離せばいつの間にか消えてしまうようにも思えた。だからこそ目を離したくないと思わせる存在感が彼女にはあった。


 まさかこいつが……、こんな奴を相手にしないといけないなんて……。



「あらあら、この方達は貴方がたを待っていたのですね。これは失礼致しました」


 そんな風に慇懃な口調で、深々と頭を下げる少女。その所作すら美しく、目を離せないでいる。


 存在感がチートしか思えない少女を、俺は勿論学園中の人間で知らない者はいない


「せいと、かいちょう……」


 天城あまぎ れい。この上代高校の生徒会長にして、頭脳明晰、運動神経抜群の学園の異端児。さらに全国一斉模試で一位を獲得、助っ人で出場した女子バスケットボール大会でそのあまりに上手すぎる実力で部を全国大会出場に導いた事もある。本人曰く「初めてちゃんとバスケットボールをやった」そうだ。文化面においても書道や生け花、討論などの大会やコンクールで人間離れしているとしか思えない成績を残し続けている。


 そんな信じられないような伝説をこの学園で幾つも残している注目度№一の存在。


 それが誇張でもなんでもない事実であり、天城麗という存在だ。


 俺は天城を警戒しつつ、隣にいる麗佳へと目を滑らせる。


 この麗佳詩羽は間違いなく学園中で一、二を争う超人気者だ。学園中どころか日本中で考えても最も有名な女子高生である事は議論を待たない。


 だが、こと上代高校での人気と“限定”するならば。この小さな箱庭の中と区切るならば――――


 詩羽よりも有名であろう人物こそが、この天城麗なのだ。


 そんな超人がこんな場所にいると言うのは考えうる限りで最も最悪な状況だった。



「まさか、あんたも参加者……なのか?」


 俺の嘘であって欲しい問いかけに対して、天城は首肯する。


 視界がぐにゃりと歪んだ気がした。



「ええ、バトル、ロイヤルでしたか? 私も参加者なんですよ。今まであまり表立って行動しておりませんでしたが、もうそろそろかと思いまして」


 ふふ、と超然とした振舞いで、天城は言う。 


 今、俺たちは最悪の状況にある。それは考えずとも確かだった。



「天城……会長。これはみんな貴方がやったんでしょうか?」

 やっとの事で麗佳もまた、天城に問いかける。


「ええ。この方達、少々“騒ぎすぎていた”もので。ここに集まるという情報も筒抜け。事前に聞きつけるのも容易でした」


 にっこりと、天城はまるで恐怖の象徴かのような笑顔を見せる。



「……こんな真昼間からこんなところで八人を相手に大立ち回りをやらかしたってのか? 生徒会長ともあろう奴がちょっとばかり強引なんじゃないか?」


「勿論、騒ぎ立てするつもりはありませんでした。だってその必要もありませんでしたから」


 その発言に俺は背筋が凍る思いだった。


 よくよく見れば教室は荒れた様子がない。神様の力による修復が働いたのかと思ったが、これは多分違う。


 『グループ』との圧倒的な力量差から、場を荒らさずに『グループ』の面々を鎮圧してしまったのだ。


 ここらに転がっている奴らだって決してフォロワーは低くはないだろう。顔や雰囲気からその辺の陰キャではない事は何となく分かるし、そもそも冷泉玲奈だって相当のリア充――実力者だったはずだ。


 そんなのを八人も相手にして尚まったく問題にしない戦闘力――――こいつ、一体どれだけのフォロワーに達しているんだ?



「とりあえず座ったらいかがですか? 私も貴方がたに少しお話したい事がありますので」


「…………」


「そう警戒しなくとも構いませんよ。さすがに貴方がたをご相手する事になれば、周囲に気付かれずにという事は不可能ですので。本学の生徒会長としてはやはり騒ぎ立てするのは宜しくありませんし」


「……分かった」

 どうやらここで一戦を交える気はないらしい。


 俺は麗佳に目線を送り、少しばかり天城とは距離を取って視聴覚室の座席の一つに腰を下ろす。麗佳も俺に倣った。


 天城は俺達が腰を下ろしたのを見て、自らも視聴覚室の椅子に座った。


 そして、ゆっくりと俺達を睥睨としつつ、やがて口を開く。



「私としては大した要求も交渉もするつもりはありません。太一さんと詩羽さん、そしてここに残った私の三人がどうやら最後の参加者である事は疑いようもありませんし。今更隠し立てしたり、小賢しい仕掛けも必要ないでしょうから」


「その言い草、俺達が参加者であった事も最初から知ってたって事か?」

 俺の言葉に天城は首肯する。


「ええ、学業や生徒会の仕事の傍ら、少し調べておりましたから。勿論、お二人の戦い方についても一通り」

 天城は何でもないかのように言った。


 麗佳と同程度かそれ以上の戦闘力に、乃雪並みの情報収集能力。


 やはり――――化け物。


「それに何と言っても私は本学の生徒会長ですから。本学に所属する初等部から高等部までの生徒は一通り顔や名前、部活動や学力、ある程度の交友関係くらいは憶えておりますよ」

 まるでそれが常識とでも言わんばかりの言葉を言ってのける天城。


 普通の学校規模ですらそんな事できる奴はいないだろうが、ことこの上代高校はエスカレーター式のマンモス校だ。全校生徒と言えば二千人に届くほどの人数はいる。


 それを一人一人、詳細に記憶している? 嘘だろ、こいつ……。


 とは言えそれがあながち不可能だと言い切れないのが、この天城麗という少女だ。


 

「だからこそ、お二人とは最高の舞台で、最高の戦いをしたい。つまりはお互いに準備期間を設けてはどうかと提案したいのです」


「……準備期間?」


「ええ。特に貴方は必要でしょう? 円城瓦太一さん」

 真っ直ぐとこちらを見遣る天城。


 その吸い込まれそうな瞳で見つめられていると、何もかも見透かされそうな気がしてならなかった。



 いや、実際見透かされているのだろう。こいつは俺の『炎上』での戦法も見抜いているに決まっている。



「……それを了承する前に一つ良いか?」


「ええ。確認は必要でしょうから」


「何で最高の舞台で、なんて考える必要がある? このバトルロイヤル、勝てばそれで良いんじゃないのか? 一体何を考えている?」


 それは当然の疑問だった。


 準備期間を与える事はどちらにも有利になりえる事だが、それを名言する必要がない。しかも最高の舞台で、最高の戦いがしたい? どんな考えでそんな事を言っているんだ、こいつは?


 そんな疑問に対して、天城は考える素振りすら見せずにこう答えた。



「私にとっては必要な事ですから」


「必要? どういう事だ?」


「それが私の存在理由である。誰かに――この場合は神様でしょうか。求められているならば私はそれに応じる必要があると判断したのです。神様は信仰が欲しい、とそう仰いました。であればそれに応じた最高の舞台を用意する。それだけです」


「…………お前、もしかしてそっち系か? あの、つまりはそういう宗教と言うか」

 俺のそんな質問に、天城は初めて少しだけ困ったような表情を浮かべながらも、やがていつものように微笑みを讃えて答えた。


「私にそのような教義はありませんが……そうですね。当たらずとも遠からず――――ここではそう申し上げておきましょうか」


「……なんだその煙に巻くような答えは」


「つまりここでは言いづらいと言う事ですよ。太一さん、貴方にはいずれお教えする事もあるかも知れませんね」

 くす、と微笑を浮かべ、そう答える。


 どういう事だ。本当にそっち系なのか、それとも……。


 いや、まあ考えるのは止そう。こいつが答えたくないと言っているんだ。それを聞き出すのは最早野暮だろう。


 動機は正直言って分からん。だが、期間を設けるってのは条件としてはそこまで悪くない。こいつ相手にはそれなりの『炎上』で挑まなければならない。どちらにしろそれなりの準備が必要不可欠だからだ。


 だが、一つ問題はある。それは麗佳のフォロワーの事だ。俺と知り合いである事が今後噂で広がりかねない麗佳からしてみれば短期決戦で挑むのも一つの方策だろう。


 であるならば、まずは麗佳の意見を、と考えていた矢先、麗佳が口を開く。


「私も天城会長に意見に賛成です」


「麗佳」

 もう少し考えてからでも、と二の句を告げようとするも、麗佳が先に言葉を発した。


「少なくとも円城瓦君には準備があるでしょうし、私も相応の準備が必要でしょうから。少なくとも天城会長相手には」


「そう、なのか? けれど……」


「良いから」

 そう言って麗佳は強引に話を切る。


 もしかして麗佳にも何か考えがあるのだろうか。ならば、構わないか。俺にしても準備は必要だからな。


「分かった。そちらの言い分を受け入れよう。具体的な日時はどうする?」

 俺の言葉に、すぐさま天城は返答する。


「そうですね。来週頭には球技大会があるでしょう? その後などはいかがですか?」

 球技大会か……期間としては数日後、休みを挟むのも準備としては丁度良いか。


「分かった。それで構わない」


「嬉しいです。それでは、太一さん、詩羽さん。またお会いしましょう」

 そう言い残して天城は視聴覚室から優雅に去っていった。


 残された俺達は、どうにか絞り出すようにして言葉を交わす。


「……あの化け物と戦わないといけないのか」


「ええ。けれど、ここまで来たなら勝つわよ」


「分かっているさ」

 俺も乃雪の為にここで引く訳にはいかない。


 ――――きっとお前を救ってやる。


 そんな自らの決意に気を取られた俺は、この時、麗佳の必要以上に思いつめた表情を見落としてしまっていたのだった。

 


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