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第42話 手紙


 麗佳は俺の話す過去をただただ無言で聞いていた。


 そして、聞き終わった後、


「……貴方は悪くないわ」

 と一言だけ口にした。


 その日はそのまま解散となり、バトルロイヤルについての対策は後日という事になった。


 俺も今日この日は何か対策を考えようとかそういう気分ではなかった。


 当然、俺の立場を考えれば気分なんて気の抜けた事を言っている場合ではないのは勿論だ。


 それに俺は炎動光輝を倒した。正確には実葉と協力したからこそ倒せた訳だが……。そんなの敵にとっては関係ない事だろうし、そもそも実葉はバトルロイヤルから脱落している。そうなれば後に残された俺を奴らが狙うのは必定だ。


 そんなに悠長な事を言っていられないのは分かっている。


 だから休むのは今日だけだ。今日は、なんか、もう……疲れた。


※※※


「……ただいま」

 覇気の出ない声で自宅玄関の扉を開ける。


「おかえり」

 すると、乃雪が玄関で出迎えてくれた。


「珍しいな、お前がこの時間にPC前にいないなんて」

 彼女のルーチンワークからすれば今頃はPCの前にいるはずだが。


「たまにはね」

 そう口にする乃雪と一緒にリビングに行くと、テーブルの上には何かこの世のモノとは思えない物体の数々が並んでいた。


「…………、乃雪、これは?」


「晩御飯を用意したの。にぃ、いつも大変そうだから」


「お前にはこれが食い物に見えるのか?」

 あれは何だろう、元は肉か何かだったのだろうが炭化していて、たんぱく質が“炭黒質”になっているのではないだろうかと思わんばかりのものになっていた。他も似たようなもので、人類にはまだダークマターは早すぎるのではないだろうか。


「火……火入れは全てを解決するの、そう思ったの……」


「お前は全く……」

 乃雪はいつまでも経っても乃雪だった。


 呆れ果てながらもどこか安心する。そう思えた。


「……にぃ」

 乃雪は俺をリビングの椅子に座らせて、その上に自分も座る。


 そして、俺の手を握りしめつつ、言った。


「昔の事……話したの?」


「…………、何でお前がそれを知っている?」


「女のカンなの」


「……、お前に女らしい部分が残っていたとは」


「ノノにも女らしい部分の一つや二つは残っているの。具体的にはこのたわわに実った二つの乳房が、ノノが女である事を思い出させてくれるの。こんな風に乳をちょっと手繰り寄せて、『ねぇ、男の子ってこういうのが好きなんでしょ?』とか言って見せさえすれば女の魅力ガン上がりで男のハートをどっきゅん釘付けなの。ホントくそちょろいの、人生らくしょーなの」


「そういうはしたない仕草は止めなさいってば」

 本当ネットの申し子である乃雪はすぐ変な事を覚えてくる。言っている事も大して外していないから性質が悪い。


「俺の教育方針、間違ってたかなぁ……」


「大丈夫なの。いざとなればノノは本気出して人生ラクショーっしょ!とか抜かすくらいのお気楽人生マンになるから」


「それは全然大丈夫じゃない……」

 あと、それはさっきダークマターを生み出した奴のセリフじゃない。


「でもね、にぃ。昔の事があるからっていつまでもノノの事ばかりに囚われなくても、ノノ良いと思うの。にぃの事大好きだし、このまま一生お世話してもらって、五十八十問題なんのそのってくらいで寄生していきたい所存だけれど」


「最低な宣言したぞ、今こいつ」


「最悪ペット扱いでも良いの……三回回ってワンと泣くの……前足上げてちん、……ち、んとか言うの……」


「お前可愛くなかったら許されねぇぞ、それ」

 ちんちんのところで恥ずかしがっている辺りがくっそ可愛いから問題ないけどな。写真撮りたい。



「でも、だからと言ってにぃが幸せになれないって訳じゃないと思うの。にぃは本当に凄い人なの。だってノノみたいなくそ面倒な妹の世話をずっとし続けられているから」


「自覚あるだけにお前本当に性質悪いなぁ……」


 とは言え、こいつがこんな事を言い出した件については、思い当たる節がある。



「やっぱりお前、麗佳から事情は聞いているな」

 俺が帰る前に麗佳が乃雪に何かしらの連絡を入れていたのだろう。


「……バレたの。女のカンなんてノノに無いの。女っぽいところはロリちんまい体つきとそれに似合わぬナイスボインだけで、あとはクソガキの魂を錬成してバグらせればノノの完成なの」


「なんて雑な錬成してんだ、こいつ。……まぁ、バレバレだよ。それに俺はお前の兄だからな。お前の事は何でも分かるんだよ」


「……ノノのスリーサイズも?」


「上から八十三、五十八、八十だろ?」


「うっわ、マジで知っているのドン引きなの。兄ところせましと言えどもにぃ程の糞キモシスコン野郎はいないの。すげぇの、ぱねぇの。太一と書いてシスコンと読むの」


 いや、まあ俺も何で知ってんだとか自分で思ってるんだけど、それ知っているのは前にお前が自分のプロポーション自慢してきたからだからな? 「グラビアモデルと一緒のプローポーションだから、ノノはすごいの。にぃはノノをもっと崇めて甘やかしてちやほやしてね」とか言ってたからだからな? なんだこの妹。


「そんな糞キモシスコン野郎でも、人並みの幸せを求めても良いと思うの。だってにぃは頑張っているの。それはノノが一番よく知っているの」


「……下手な励ましなら止しとけよ」

 それに俺はこいつの人生を壊した責任を取らないといけない。それは当然の事で、そんな俺が最低な人間だと言うのは自分でよく知っている。



「そんな事ないの。……ほら」

 そう言って乃雪は幾つかの束になった手紙を渡してきた。


 それは俺のよく知っているものだった。



「これは……、前にお前が渡してくれた手紙か」

 かつて中学受験に失敗した頃、乃雪が俺に渡してくれた手紙だ。これを受け取ったお陰で俺は救われて立ち直る事が出来た。


 俺にとっては大切な手紙だ。


 けれど、それは俺がまだ頑張っていた頃の事だ。あの事件を起こしてからは、もう俺も努力をしなくなった。目標もなくなったし、何よりどれだけ頑張っても他人からの評価がもう変わらない事を俺は知ってしまっていた。


 だから、今の俺には価値がない。それは当然だ。



「いや、その手紙は大切なものだが、今と昔とじゃ俺は大分違う。だから今それを渡されても――――」


 そこで俺は言葉を止めた。気付いたからだ。



 俺が大切に取ってあった手紙よりも、この手紙の束は新しいものだ。手紙の量や変色などからそれは分かる。



「読んで欲しいの」

 乃雪に言われる通り、俺は一番上にあった手紙を開いた。


 ――――六月十二日。

 お兄ちゃんが部屋の掃除をしてくれた。いつも散らかしてばかりの私の部屋をお兄ちゃんは小言を言いながらも片付けてくれる。それが終わってからは学校の予習復習を欠かさない。あれからお兄ちゃんは特に何も言わないけど、常に成績は学年トップである事を私は知っている。さすがは私のお兄ちゃん、今日もやっぱりお兄ちゃんは凄い。


 その後も文章は続いていて、それから察するにこれは俺が中学三年の頃の事だろう。


 その頃には俺は乃雪から手紙を受け取っていない。そもそも俺は目標を失い、くすぶり始めた時期だ。客観的に見ても最底辺だった頃の事だろう。活躍していないのだから、手紙に活躍を書きようがない。そう思っていた。


「……乃雪、お前」


 その後も乃雪から受け取った手紙を次々と俺は読んだ。



 ――――九月十七日。

 お兄ちゃんの持ち物がやたらと傷ついている事に気付いた。聞けば、調子扱いた事をやった報いだと言って、それ以上の事を言いたがらなかった。

 そこで私はお兄ちゃんのクラスメイトらしき人物のSNSを特定して、同級生のフリをして詳細を聞いた。

 どうやらお兄ちゃんはクラスにいるカースト上位の女子に軽口を叩いて怒らせてしまったらしい。

 でも、おかしい。いつもは深海魚さながらに息を殺して暮らしているお兄ちゃんがそんな無意味な事をするだろうか。

 そこで私は同じような方法を用いて複数人から情報を聞き出した。

 それぞれの情報を繋げて分かったのが、虐められていたクラスメイトの女子をお兄ちゃんが助けたって事だった。

 さすがは私のお兄ちゃんだ。恰好良すぎる。



 ――――四月十六日。

 お兄ちゃんが神様を見たとか、バトルロイヤルとかやべぇ事を言い出した。

 どうしようどうしようと狼狽えていたけれど、どうやらマジらしい。世界やべぇな。

 私でも何か出来る事があれば協力すると申し出たら、なんと自分を炎上させてくれとか言い出した。

 何この人頭おかしい。

 けれど、それで本当にリア充達をぶっ倒して行くんだから凄い。さすがは私のお兄ちゃん、マジかっけー。

 でも、だからこそ悲しい。

 お兄ちゃんは本当に恰好良い人だ。けれど、本人はそれに気づいていない。

 ずっと過去を引きずって生きている。

 あの時、記者さんから変な質問ばかりを聞かされていた時は本当に怖かった。だからお兄ちゃんが助けてくれた時は本当に嬉しかった。

 結果的にやり過ぎてしまったかも知れないけれど……、それでもお兄ちゃんは悪くない。私はそう思っている。

 だからお兄ちゃんには自分を許してほしい。そして前を向いてほしい。

 私の願いはいつか伝わるだろうか。



 手紙に書かれていた内容は、日々の大した事のない俺の事情から、近日のバトルロイヤルの件まで様々な事が記されていた。それも数十、数百通と。


「お前……、ずっと俺の事を書いてくれていたのか?」


 俺の言葉に乃雪は深く頷いた。


「にぃはあの時から何も変わってないよ。ノノの思う恰好良いにぃのまま」


 握られた手がさらに強く握られる。乃雪の体温を確かに身近に感じた。


「それに、にぃはね。きっとノノを差し置いて自分だけが幸せになってはいけないなんて事を考えている。そんな風に自分に怒って、自分の中に引きこもっているの」


「それは……」


「ノノは家に引きこもって、にぃは自分に引きこもっている。やっぱり似た者同士なの。ノノ達は二人で一人なのかもね」


 でも、と乃雪は続けた。


「ノノはにぃには幸せになって欲しい。恰好良いにぃも好きだけど、それ以上に幸せそうなにぃの方が好き。ノノと一緒に引きこもるんじゃなくて、もっと先に行ってノノを引っ張り上げて欲しい。その方がずっとずうっと、にぃっぽいよ。だって昔からノノはにぃの後ろをついて行ってたもん」


「……乃雪」


「それにね、ほら。にぃにはもっと成功して貰わなきゃならないんだから。そうでないとにぃがノノを養ってくれなくなる」


「お前、やっぱり引きこもる気満々じゃねぇか」


「冗談なの」


「冗談に聞こえない……」


 とは言え、それも乃雪のちょっとした照れ隠しだって分かっているし、無論これが乃雪の本音だって分かっている。


 俺たちは二人で一人の兄妹だから。そんな事はすぐ分かるのだ。


「分かったよ、乃雪」

 俺は思っていた以上に後ろ向きになり過ぎていたのかも知れない。


 もっと前を向かなければ、後ろを向いてばかりではなく。


 そうでなければ乃雪を更正させるなんて夢のまた夢だ。


「けれど、乃雪。俺はお前を助けるよ。それが俺の今の目標であり、夢だから」


 神様に祈る夢はもう決まっている。その為にも俺はこんなところで負けていられない。


「麗佳と実葉には謝っとかないといけないな……」

 そして、『グループ』に対する対策を早くに考えなければ。


 俺は夢を掴むために再び前へと向き始めた。



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