第41話 太一の過去Ⅲ
『世間を騒がしてしまい、大変申し訳ありませんでした』
たくさんのカメラによるフラッシュを浴びながら、父が頭を下げているのがテレビに映し出されていた。
だが、謝罪の内容は不正献金の受け取りに関する事ではなかった。
『大怪我を負われた記者様並びそのご家族には、深く、深く謝罪をさせて戴きます』
父の謝罪内容は俺の軽率な行いについてのものだった。
怪我を負った細見の男性記者の容態は全治二ヵ月。命に別状があるものでは決してなかったが、これにより記者はさも大事かのようにこの事を記事に取り上げた。
二ヵ月の怪我などそっちのけでベッドの上で記事を書き続けたと言うのだから、その怒りは生半可なものではなかったのだろう。子供相手にも容赦をしない様子が記事から見て取れた。
その記事は事実四割、誇張六割と言った内容で、さも俺が異常性を帯びた子供かのように取り上げた。記者の所属する雑誌がそこそこの企業規模であったのも不味かった。
記者は我が意を得たとばかりにこの事を面白おかしく、さりとて嘘はつかず、ゴシップ記事とは一線を画するような名文で取り上げた。自身が被害者であるのだから、記事は一定の信憑性もあるし、現場状況は勿論、目撃者もいて言い逃れできるような状況ではまずなかった。
元々不正献金疑惑で盛り上がっていたところから更なる燃料が投下されたのだ。多くはゴシップ記事やネット記事を中心としていたものの、テレビでもこの事は取り上げられてしまった。
元々、当事者ではなかった俺だったが、この件により当事者、つまりは『炎上』の渦中に入れられる事となった。
同情的だったクラスメイトや教師ももういない。学園全員から注がれる視線は厳しいものになったのは当然とも言えよう。
そして、これが原因で乃雪はさらに虐められる事になった。炎上中の俺が迎えに行ったり、守ったりするのは最早、逆効果になった。
暴力事件を起こした兄との関わりが露骨になれば、乃雪の虐めが過熱するのはさもありなんだ。
この事から誰にも守られる事のなくなった乃雪は結局、学校どころか家からも出られなくなっていった。
兄の所為で悪い意味で人々から注目されるようになった乃雪は、人の視線に敏感になってしまった挙句、他人が怖くなってしまったのだ。
元々、引っ込み思案で人見知りであった乃雪だ。彼女にこのような事態への対処を求めるのは酷だ。
――――俺の所為だ。俺が乃雪を家に閉じ込めてしまった。
一度は乃雪に救われた身で、彼女を守れるような人間になりたいと願っていたはずなのに……、その末路がこれ。
俺には人間としての価値が無いとすら思えた。
そして、極め付けはテレビを通して聞いた尊敬していた筈の父の一言だった。
『私の息子の行いは未成年とは言え、到底許されるようなモノではない。私の教育が行き届かず、一人の父親として恥ずかしい』
頭の中が真っ白になった。
父の不正献金疑惑が発端であったのにも関わらず、父はいつものような厳格な表情と口調で俺を糾弾していた。
そこから世間の流れは変わっていった。父は例え血の繋がった息子相手にも正しい姿勢を見せている事を世間からは評価され始めた。
メディアでもこの事は大きく取り上げられたが、議論の中でやや父を擁護し、応援する声が強かった。
世間では俺、円城瓦太一こそが悪だという風潮が強まった。いつしか父の不正献金疑惑は取り上げられなくなり、父は以前のポストのまま責任を追及されずに済んでいた。
一方、俺は以前のような居場所はなくなっていた。周囲からは汚物のように扱われ、ネットでは俺の個人情報が山ほど暴露されていた。
俺は社会的に死んだ事を自覚した。
「……どういうつもりだよ、父さん」
『……、お前を、家族を守る為には必要な事だった。お前達を何不自由なく食わせていくためには』
父は冷徹な合理主義者だとその時俺はようやく思い知った。
父が政治家としてはまだ退けない事は分かる。世間からの糾弾を避けたくば、世間様に新しい生贄を用意すれば良い。それもまた、世間からの糾弾を逃れる手としては正しいだろう。
だが、その生贄に家族を選ぶ事のできる父の判断力の正しさと、あまりの冷徹さには吐き気すら覚えた。
「分かったよ」
据えた腹の底から酷く寒々しい言葉が飛び出してくる。
「政治家としてのあんたは正しい。けれど、家族としては最低だ」
こうして、父を目標としてきた俺の人生は無価値なモノに終わった。
こんな俺の価値を認めてくれる者は乃雪以外にはいないだろう。そんな彼女ですら俺は傷つけてしまったのだから。
居場所がなくなった俺は転校する事も考えた。俺はともかく、新天地であれば乃雪もやっていけるかも知れない。
しかし、それは難しかった。俺の『炎上』はきっとどこまでも俺を追いかけてくるだろう。乃雪だけを他の土地に逃がす事も考えた。乃雪は俺ほど悪評が広まっている訳ではない。
だが、乃雪はそれを嫌がった。彼女にとってはもう信用できる者は俺以外にはいない。そうしてしまったのは俺だ。責任を取るのであれば、一緒にいて守ってやるより他にない。
そして、この学園にいた方が何かと有利だった。エスカレーター式で私立である事から乃雪は一定の課題さえ熟せば高校への進学も認められた上、父からの寄付がある事から何かと便宜が図ってもらえるのも大きい。
こうなってまでまだ父を頼る己の愚かしさを恥じたが、それでも乃雪を守られればそれで良い。
そんな俺が乃雪を救えるのであれば――――俺は何者にでも縋るつもりだ。例え相手が荒唐無稽なバトルロイヤルへと誘う神様であっても。
「ごめん、ごめんな、乃雪。だが、俺がお前を守る。だから――――」
「うん、分かっているの、にぃ。お兄ちゃんがついているなら大丈夫なの」
そんな事を二人で交し合った。
これが俺が最初に経験する炎上で、人生最大の失敗だった。




