第40話 太一の過去Ⅱ
彼女の言葉で立ち直った俺は、前を向いて中学校に通い始めた。もう自分を削ってまで父に認められようとは思わなくなった。その時はまだ父を目標にしていたが、その一方で妹を守れるような人間になりたいとそう願ってやまなかった。
翌年、俺の協力もあってか乃雪もまた俺と同じ中学校に入学した。妹は中学校になっても何かと引っ込み思案であった為、近くにいてくれた方が俺も安心できた。
そして、俺が中学三年生、乃雪が中学二年生になったばかりの事だった。
普段と同じように授業を受けていた俺は突然、担任教師へと呼び出された。
そこには何故か乃雪もいて、そこに同席していた数人の教師は全員鎮痛な面持ちを浮かべていた。
そして、俺と乃雪は教師らから、父に不正献金疑惑が浮上した事を伝えられた。
父は有名な政治家で、多少政治の知識がある者であれば誰でも知っている人物だった。
堂に入った態度、豊富な知識と経験に基づいた弁舌、類まれなるリーダーシップ、何より優れた判断力によって日本という国の舵取りを行ってきた人物だ。そんな父を持つ事を誇りに思っていた俺にとって、その知らせは何よりも重かった。
後になって知った事でもあるが、父は極端な合理主義者で、目的の為なら手段を択ばない人物だと度々週刊誌などを中心に報じられてきた人物でもあった。
その日から連日連夜にも渡って父の不正献金疑惑に関する報道が続いた。
さらにどこから嗅ぎつけたのか、俺たち兄妹の通っている中学は記者達によって特定され、校門の前にはいつも幾人かの記者が張っている騒ぎに発展した。
どうやら父は長い事週刊誌の記者達にマークされていたようで、その長年の成果が俺達の通う学園を即座に特定する事に繋がったらしい。学園側への取材依頼も殺到したそうで、疑惑の発覚当日から教師陣に呼び出されたのはその事に起因していた。
これだけの騒ぎになり、且つ記者達による徹底的な生徒への干渉。教師陣がどれだけカバーしようとも限界があったのか、生徒間には日に日に不満が蓄積されていく。
もちろん、俺達兄妹が不満の捌け口にされたのは、無理からぬ話だった。
疑惑発覚から数日後には既に俺の居場所は教室から消え去っていた。普段から喋っていた友人達からも距離を置かれ、俺は完全に孤立化してしまった。
だが、俺は自分の事など最早どうでもよかった。
何故なら乃雪に対しての周囲の反応は冷たく、酷い虐めにすら発展していた。
「不正政治家の娘」「税金泥棒」「俺達の金で生かされている癖に」「きもっ、学校来ないでよ」などと週刊誌やネット記事から拾ってきたような父への文句そのままに、妹は酷くなじられ続けた。
メディアやネットで大人達が父を叩き続けるのだから、子どもがそれを真似するのは自然な流れだったのだろう。
担任教師やらが仲裁に入ってくれていたようだが、それも「政治家の娘だから守られてんでしょ、ずるい」などと虐めを助長する結果になった。
事実、父はうちの学園に幾らかの寄付をしていた。それがある事から教師陣も俺達を無碍にはできず、そのような事実もあったのが虐めに拍車をかけていった。
俺は授業が終わったと同時に乃雪を迎えに行く日々が続いた。いつ迎えに行っても妹はクラス中からなじられ続ける針のむしろの中にいて、それでも必死に耐えていた。
一方の父は不正献金疑惑を否定し続けていて、それが話題が収束しない一部要因になっていた。父にしてみれば認めれば政治家生活が終わるのだから当然だ。
それを俺達は肯定的に捉えていた。父が戦っているのだから、俺達もまた戦うべきだ。そのような思考になっていたのだと今にして思う。
そんな日々を送っていたある日の事だった。
いつものように乃雪を迎えに行くと、クラスの中には妹の姿がなかった。乃雪のクラスメイトを問い質すと、クラスメイト数名に連れ出されたとの事だった。
すぐにスマホで連絡を取ろうとしても、乃雪から返事が返ってくる事はなかった。
俺はすぐに乃雪を探した。悪い意味で俺達は有名人だった事から、乃雪の足取りを追うのは難しくなかった。
たどり着いた先、乃雪と一緒にいたのはクラスメイトではなく、口ひげを生やし小脇にカメラを携えた細見の男性だった。
俺はすぐに気付いた。男性は記者である事。そして、記者の男性は乃雪を連れ出すために生徒を利用した事。そして、ただただ騒ぎ立てるための材料を作るために、乃雪に対して過激な質問を浴びせ続けている事。
その記者を目の前にしている内にワナワナと怒りが溢れてくる事に気付いた。
――――俺たちはどうしてこんなに苦しんでいるんだ?
その怒りの矛先はいつしか目の前の記者に注がれていく。
お前たちが校門に押しかけなければ――――
お前たちが軽率に大衆を煽らなければ――――
そして、そんなお前らが今、乃雪を傷つけている――――何故だ――――許さない――乃雪を守らなければ――――
その思考の展開は今にして思えば馬鹿以外の何物でもない。むしろ疑惑を生むような行動を起こしていたのは父だ。だが、尊敬する父に怒りをぶつけられない俺の怒りは、最終的に目の前の記者に向けられていく。
気づいた時、俺は記者の男性に対して駆け出していた。
まるで獣のような咆哮を上げながら、記者の男性に体当たりを食らわせた。
不意を突かれた記者は体当たりの勢いを殺しきれず地面に転がり、近くのガードレールに頭を打ってそのまま倒れ込んだ。
結果、記者の周囲にはたくさんの血が広がっていく。我に返った時、俺は大変な事をしたと気付いたのだった。




