第37話 認識
「……なんであんな、知った風な事言っちゃったのかしら」
私、麗佳詩羽は足早に円城瓦君の元から去った後も、どうしようもないモヤモヤとした感情に苛まれていた。
彼、円城瓦太一は一言で言えば、規格外の変人と言って差し支えが無かった。
学園内の世情に疎い私は最近まであまり知らなかったが、彼はそれはもう学園中から嫌われている。クラスメイトの子にほんの世間話程度のつもりで彼の事を聞いたら、それはもうとんでもない罵倒が次から次へと飛び出してきたのにはとても驚いた。
一方で私は彼と接してみて、噂ほど彼が嫌な人では無さそうな事を知った。いや、まあ性格は少し、いやかなり捻くれているけれども……。それでも私は彼がどちらかと言えば優しい人物のように思っていた。
ぶっきら棒でお世辞にも人好きのするような行動は一切取らないけれど、実は妹さんを守るために戦っていたり、舞島ちゃんに脅されていた時にも私を裏切る事への自責の念に苛まれていた。それに本来敵であったはずの舞島ちゃんといつの間にか仲良くしている事からしても悪人にはできない事のように思えるし、私にしたって本来敵であるにも関わらず所々気を遣ってくれている。こんな人が悪人なのだろうか。
円城瓦君は口では自分を卑下してばかりだけど、私にはどうしても彼を悪人だとは思えなかった。
私は彼――円城瓦君の事が好きなのだろうか。
自問自答するも、それに対しての回答は自分の中からは得られなかった。
そもそもは全て勘違いかも知れないから。
私は自慢じゃないが男子とお付き合いした経験がない。それを聞いたクラスメイトの子から驚かれる事もあるが、そんなに不思議な事だろうか。
そもそも私は本来、あんまり積極的に人に話しかける事のできるタイプじゃない。だから男子は愚か女子ともそこそこの関係性までしか親しくなれない。それらは芸能活動を始めて学校に通う頻度が減ると共に顕著になっていった。
今は休業した事で学校には毎日通えるけれど……、なんだか特別視されて距離を置かれているような気がする。なんだか保護されている天然記念物のようだ。
告白は……まあ、何度かされた事はある。でも、親しくもない男子生徒からのものが殆どだった。
あと告白してくる相手は大抵年上で、どこそこの部活の部長さんとか、美形の顔立ちをした如何にも遊んでそうな人ばかり。もしくは隣のクラスの同級生がちょっとした仲間内のお遊びで告白してくるかとかが多かった。
同級生の男の子から告白された際、三日間くらい真剣に悩んでお断りの返事をすると、「やっぱり俺たちみたいな普通の人じゃ無理だよね」と返されたのには驚いた。
傷つけてしまうものだとばかり思っていた。当時は告白されたのが生まれて初めてで、大して親しくもないのに付き合うなんてできないけれど、どうしたら相手を傷つけずに断れるのかそればかり考えて、それこそ食事も喉を通らないほど悩んだ。
けれど相手の男の子は呆気らかんとしていて、まるで宝くじを買って一等に当選しないのは当たり前だよね、とでも言いたげな反応をしていた。ある意味相手を傷つけないという私の目標は達成されていたけれど、それは相手の告白に賭ける決意がただただ軽かっただけの事だった。
そんなの告白って言えるのだろうか。
後日、私はその男の子がちょっとした罰ゲームのノリで告白されたのだと知った。彼らからしてみれば「無謀な事に挑戦してみる」という趣旨であったらしい。
無謀とはどういう事だろうか。私だって普通の女の子だ。当時は中学生でまだ芸能活動を始める以前の出来事だったから、少なくとも私は「宝くじ」ではなかった筈だ。
こんな告白が当時は多かった。先輩は先輩で「俺なら君とも釣り合うんじゃないかな」とでも言いたげで、私を好きってよりは麗佳詩羽っていう「皮」が好きなように思えた。
こんな事を繰り返している内に、惚れただのどうのという「青春」にあまり興味を持たなくなっていった。それに芸能活動を始めてからは忙しくなり、そういった事に時間を割いている余裕はなくなっていった。
そんな感じだったから、きちんと男の子と親しくなるという経験は初めての事だった。
いや、親しいのか分からない。円城瓦君とはバトルロイヤルを通じた仲でしかないし、目的を共有しあっているだけの仲だ。
そもそもこれは初めての事なのだし、それを“恋”だと誤解している恐れもあった。恋は本気でしないと駄目だと思う。少なくとも私に告白してきたあの人達のような上っ面な気持ちや罰ゲームなんかではなく、本気で。
でも……気になっている、のは認めなくてはならないと思った。なんとなく、ちょっとずつ気になってたのはあったが、これを決定的に認めざるを得なくなったのは円城瓦君が「クラスの子と付き合ったらしい」なんて噂を聞いた後の事だった。
それを聞いた私は頭が真っ白になるのを感じた。そして、次の瞬間にはモヤモヤとした感情を覚えていたのにも気づいた。
円城瓦君からメールが来ても、あまり見たくなかった。メールに「俺は彼女と帰るからバトルロイヤルはもうどうでもいいや」なんて書かれていたらと考えると円城瓦君からのメールが爆弾のようにすら思えた。
そんな事を思っていた矢先、円城瓦君から聞かされたのが、結局バトルロイヤル絡みの事だった。
実葉心香さんかと私は面識はないけど、なんとなく気持ちが分かった。
気持ちが分かるという事は……とも考えたけれど、そんなに簡単に認めていい話ではないとも思う。
それに……円城瓦君は、人の好意には気づけない人間なのだろう。
なぜなら彼は自分を否定し続けているから。だから自分を好きだという人の気持ちが分からない。何一つ。
そうまでなってしまった理由は一体どこにあるのだろう。
それが気になってしまって仕方がない。
だが、それはきっと彼が語りたくない出来事の一つなのだろう。
私にだってまだ彼に――円城瓦君に隠している事がある。
私がバトルロイヤルに勝利した時の本当の願いは――――――きっと、他人には理解されない事だろうから。
そんな後ろめたい秘密を抱えている中で、私に青春を送る資格なんてないのだろう。
だったら、せめて円城瓦君には幸せになってほしい。もし実葉さんがそれを叶えられるのなら、私には嫉妬どころか欝々とした感情を持つ事さえも許されない。
――――などと私は感情とは裏腹な論理を立てつつ、彼らの趨勢をひとまず見守る事にしたのだった。




