第36話 情報の共有
実葉と姫崎の密会を目撃した事で状況を正確に把握した俺は、情報を共有するために麗佳にメールを送信する。
今日は球技大会実行委員の集まりもない。対策をがっつりやれば、今の状況を利用して実葉を落とすのは容易い。
しかし、数十分経っても麗佳から返信が帰ってくる事はなかった。
あれ? あいつはメールの返信はかなり早い方で、こんなにも待つ事はない。忙しいにしても断りのメールを入れるような律儀な奴なのだが。
ならば一度家に戻っておくかと下駄箱に寄った際、何となく気になった俺は失礼を承知で麗佳の下駄箱も覗く。
すると、
「……まだ、いるな」
どうやらまだ校内には残っているらしい。
そこでようやく俺は危機感が湧く。
まさか、あいつ参加者との戦闘に巻き込まれて――――
心配になった俺はいてもたってもいられず、普段は近寄らないあいつのクラスへと足早に向かう。
とはいえ、俺があいつと知り合いだと思われてフォロワーががた落ちしたら一大事だ。
よって見つけたとしても声を掛けるつもりはなく、麗佳の安全さえ見届けられればそれで良かった。
そして、あまり目立たないように麗佳の在籍するクラスを覗きこむ。
「……良かった」
俺は教室の隅の席に座っている麗佳を発見した。断定はできないが、戦闘に巻き込まれた様子もない。ほっと胸を撫で下ろす。
そして、気づく。麗佳の浮かない表情に。
何やら溜め息を吐いたり、そわそわしたりとどうも落ち着かない様子を見せていた。そもそもあいつはこんな時間まで教室に残って一体何をやっているのだろうか。
教室のドアを開き、声を掛けたい気持ちは山々だったが、まだ教室には数名の生徒が残っている。ここで声を掛ければまずい事になるのは目に見えていた。
そこで、俺はメールを送って気づかせる事にする。こちらの存在に気づかせれば、どうにかなるだろう。
メールを送信した直後、麗佳はスマホを確認するも、すぐにスマホを仕舞う。そして、次の瞬間には「あー……」と頭を抱えて、何やら気難しい表情を浮かべた。
……あいつ、マジで何やってんだ? 奇行が過ぎて教室内に居残っている生徒から注目の的となっている。あれでかなり見栄っ張りなところがあるから、悪目立ちは避けるタイプだと思ってたんだが。
何度かの懊悩の後に、スマホを確認する。どうやら俺の送ったメールを見たらしく、教室の外へと目を向けて俺と目が合った。
そして、俺は教室から離れ、人気の少ない階段を昇った先にある踊り場へと向かう。麗佳も俺の真意には気づくだろう。
しかし、踊り場で十分程待っても、麗佳は来なかった。何故だろう? 俺が目線を合わせて去った意味に気づかなかったとは思えない。
もう一度メールを送るかどうかを考え、仕方なく教室へと向かった。さすがに二度目なら分からない筈もないだろう。
そして、俺は麗佳のいる教室へと目を向ける。他に居残っている生徒達に不審に思われるリスクはあるだろうが、まあその不審が麗佳と結びつきはしないだろう。なんか気持ち悪い不審者がこっちを覗き込んでいるのかと思われるだけだ。
さすがに二回目ともなれば麗佳もメールを送らずともすぐに気づいた。麗佳は短く息を吐くとやがて立ち上がった。
そして、俺は先程の踊り場まで急ぐ。放課後とはいえ、間違っても俺と麗佳が会っているところを他の生徒には見られたくはない。
やがて麗佳は踊り場までやってくる。
「やっと来たか。メールは見ただろう? 情報の共有がしたいんだが、今で良いか?」
「……分かったわ。でも、一つだけ確認させてもらっても良い?」
「ああ、構わない。何かあるのか?」
「ええ」
麗佳は少しだけ不安そうな表情を浮かべた後に、言う。
「貴方、クラスの女の子と付き合い始めたって本当?」
「……やっぱりそっちのクラスにまで伝わっているのか」
姫崎はどうやらとことん俺を追い詰めて苦渋を合わせたいらしい。
まあ、俺もあいつ相手にイキったような覚えもあるし、仕方ないと言えばそうだが。
「……やっぱり本当なのね」
続けて深いため息を吐く麗佳。
なんだろう、どこに麗佳が落ち込む要素があったのだろうか。
ああ、成程。俺が彼女にかまけてバトルロイヤルを疎かにすると思ったのか。それなら前提条件が間違っている。俺を好きになる女の子なんてどこを探してもいるはずはない。
「ああ、それはだな、麗佳」
俺は実葉との間にある事情を説明する。
すると、
「円城瓦君、そんな嘘を吐いてまで彼女との仲を隠さなくても良いのよ?」
などとやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「いやいや、本当だって」
「おおかたその付き合っているっていう実葉さんに被害を与えないようにするために皆に対して隠そうとしているんでしょう? 嫌われ者の癖に実は優しい貴方のしそうな事よね、貴方の彼女ってだけで生徒達から嫌がらせされかねないとか、そう思ってるのかしら」
「おいおいおい話を聞けって」
「私には隠さなくて良いわよ。私が貴方の彼女さんに嫌がらせなんかする訳ないって流石にわかっているでしょ? 私は貴方とその娘の仲、応援するわよ。頑張って」
「良いから話を聞けって」
俺は声を荒げて、早口で捲し立てる麗佳の言葉を遮る。
「どうしたんだ、今日のお前。なんか様子、おかしくないか?」
「……おかしくないわよ。大丈夫だから」
そう言う麗佳だったが、目線は明後日の方向に向いていた。
「あのな、分かっているとは思うが……、俺を好きになる女の子が本当にいると思うか?」
「……貴方は」
麗佳は一度言葉を区切って逡巡するも、やがて言葉を続けた。
「貴方は本気で本当に自分を好きになってくれる女の子がいないと思っているの?」
「勿論だ」
なんだってそんな事を聞くのだろう。
「俺みたいな価値のない男を好きになる奴がいる訳ない」
「……そう、なのかしら。つまり、こう言う事? 実葉さんは好きでもない男の子の為に弁当を作ってきて、二人きりで話をして、あまつさえ彼女らしい事をしているって」
「それも姫崎の命令によるもんだろうさ」
「…………」
麗佳は無言を返す。
「分かったわ。……分かった。そういう事なのね」
数秒の沈黙の後に、麗佳は頷いた。一体何が分かったのだろうか。
「それじゃあ、次に実葉への対策だが――――」
そう切り出そうとするや否や、
「必要ないわ」
と麗佳が口にする。
「必要ない? 今こそチャンスだろう? あの学校での徘徊時に俺含めお前も目撃されているだろうから、仲間である事はバレているとは思うが、そうは言ってもチャンスは幾らでも――――」
「必要ないったら、円城瓦君。それよりも……」
麗佳は逡巡の後にこう言った。
「私は実葉さんがどんな娘かは知らないわ。どんな事を思っての行動かもほとんど分からない。けれど、これだけは言えるわ。その娘に対策は必要ない。少なくとも貴方からは」
「……なんでそう思う?」
「そうね、なんと言うか……私にはその娘の気持ちが分かる気がするってだけよ」
そう言い切ってみせる麗佳だったが、そんな不確かなもので割り切ろうとするなんてやはり今日のこいつは少しおかしい。
「いや、そんな不確かなもので……」
「もし、私の予測が外れて、円城瓦君がバトルロイヤルから敗退する事になったら、私が代わりに優勝するわ。そして、その願い事は貴方の為に使う。約束するわ」
「……そんな事」
麗佳の論理は無茶苦茶だ。第一俺が敗れて、こいつが優勝できる絶対の保証はない。だからこそ一蓮托生で協力しているのだから。
とは言っても、もう話を聞いてもらえる雰囲気ではなかった。
「分かった。万が一があったら、連絡する」
仕方なくそう言うと、麗佳は頷いた。
「ええ、それで良いわ。私も何かがあったら助けるわ。私達は仲間なんだし」
けれど、と麗佳は言った。
「円城瓦君、一つだけ約束して。実葉さんの事、ちゃんと見てあげて」
「見てあげる?」
なんだろう、よく見張っておけという意味だろうか。
「分かっていないかも知れないけど、ちゃんと考えてくれていると嬉しいわ。じゃあね」
そう言い残し、麗佳は踊り場から姿を消した。
「一体、何が言いたかったんだ、あいつ」
そんな事を先程まで彼女のいた方へと投げかけるものの答えは返ってこない。いたとしても今日の調子なら返してはくれないだろうか。
結局、俺は単独で実葉への対策を立てなくてはいけなくなった。
どうすれば良いのだろうか、と途方に暮れるばかりだった。




