第34話 恋人「ごっこ」
「……旨いな」
俺は実葉の作ってくれた弁当を食べながら、感想を正直に言う。
実葉の作ってくれた弁当の中身は定番のおかずばかりだったが、そのどれもが旨かった。
「本当ですか? それであれば嬉しいです」
実葉は胸を撫で下ろしながら、笑顔を見せる。
「ですが、良ければもう少し具体的な好みなんかを聞かせて戴ければって。そうすれば、明日はもっと貴方の口に合うモノを作ってこれますから」
「……、明日も作ってくるのか?」
「ええ。その、か、彼女ですから」
「……………………」
照れて頬を書く仕草には思わず俺も照れてしまった。
言葉にされるとどうしても照れてしまう。
なんだ、これ! マジで! こんなよく分からない、ともすれば虚しい状況であるにも関わらずシチュエーションの甘酸っぱさはヤバい。
「その、実葉。ちなみにそれは拒否とかって……」
「無論、敗退したいのであればご自由になさって戴ければ、と」
「……、少しそっち系の話をしても良いか?」
「なんなり、と。彼氏の質問ですから、嘘なんて吐きません」
「…………あ、そう」
そういう言葉をしっかりと明言化されるとどうにもやりづらい。
俺はそんな言葉をどうにか頭から振り払って、聞きたい事を順々に尋ねる。
「まずは…………そうだな。一昨日のちじょ……いや、メイド服姿はお前で間違いないんだよな?」
「はい、その通りでございます」
少しは偽るかも知れないと思ったものの、実葉は正直に答えた。
続けて、聞く。
「じゃあ、あの時の事でお前は俺が参加者だと気づいたのか?」
「ええ、その通りです」
これも偽らない。
「つまりお前は参加者としてフォロワーを高める為に敢えてあんなおかしな格好をした上で、生徒間で話題の種になるよう仕向けていたわけだな」
敵ながら悪くない手のように思えた。
生徒間の好奇心を刺激しつつ、かつ自分の正体は明かさない事で自らの生活をも壊さない。
インスタントのフォロワーとは言え、それで勝てるのであれば問題ない。
事実、俺はこいつに現状では負けてしまっている。
――――などと考察している最中、
「いいえ、それは違います」
と実葉はかぶりを振った。
「私はバトルロイヤルの為に、あそこであのような格好をしていた訳ではありません。フォロワーが増えたのは本来の目的の副次効果でしかありませんから」
「本来の……目的?」
どういう事か分からず言葉を返す俺に対して、実葉はスマホを操作し、やがて画面を見せた。
「まずはこれを見て戴けますか?」
「これ、は……?」
「私のちょっとえっちなコスプレ用SNSアカウントです」
「は……はぁあああああああああ!!!??」
実葉の画面に映っているアカウントには、かなり際どい画像(太ももとか谷間とかその他諸々)ばかりが定期的にアップロードされていた。
「ちょ、おま、え……はぁ!?」
「大丈夫です、安心してください」
「え、あ、お、おう……そうだよな。勿論、何か理由が……」
「私は処女で御座いますから」
「そんなところを心配してねぇよ!」
「それに十八歳未満での閲覧を禁止されるようなはしたない姿を晒してもおりませんし」
「そんなところも心配してねぇんだよ!!!!」
ちょ、え、何!? こいつ地味で涼しい顔して、そんな事してやがったの!? 怖い! 女子高生怖い!
「ええと、何だ……つまり、えーと、……お前はそのアカウントに投稿する為の写真を学校で撮っていた。そういう訳か?」
「そういう訳です」
「どういう訳だよぉおおおおおおお!!!!」
倫理観どうなってんだよ!? 頭おかしくなるわ!!
「語れば長い話に御座います」
「あー……そうなった理由を語って貰えるんだな」
もしかしたらこいつにも止むに止まれない壮絶な理由がーーーー
「私、学校では地味子として通っておりますし、一年生の時はそれ以外の何者でもありませんでした」
「な、成程……それで?」
「だから少しくらい刺激が欲しくなったんです」
「あ、ああ、成程……それで?」
「終わりですよ」
「あ、終わりですか、そうですか……はーん、へー……そうなんだ、ふーん……」
オッケー、こいつの事が大体、ほぼ、満遍なく、よく分かった。
こいつ、あれだ。ただのバカだ。
「あ、あと一つ理由ありました」
「え、ほ、ホントか!」
よ、良かった……これで目の前で座っているこいつがただの糞バカ頭ガバガバの痴女だと思わないで済む……。
「人気になって動画サイトなんかで有名になれば、広告収入得られて学校辞めれるかなとか思って」
「徹頭徹尾ただのバカで痴女で、ビッチなだけじゃねぇか!」
さっきまでとは違う意味でこいつと関わっているのを後悔している俺が爆誕していた。
「……だって学校って楽しくないですし。勉強するのは吝かでないのですが、人間関係とか面倒だとは思いませんか?」
「…………、まあそれはよく分かるけどさ」
学校は楽しい、青春は楽しいなんて言っている奴は多い。それこそごまんといる。
ただ、それは学校というシステムに迎合できた者の言う理屈でしかない。
俺のように学校のどこへ言っても腫れ物扱いされるような異物にとっては楽しい事なんてありはしない。ある訳がない。
こいつにとってもそれは同じだったという訳か。
「一年生の時、ちょっとした虐めと申しますか、集団で無視する対象になってしまいまして」
こいつの話によると、どうやらクラスのトップカーストに属する女子の顰蹙を買ってしまったのが原因の一端であるらしい。
その女子の好きな男子生徒の気になっている相手とやらが実は実葉だったとか何とかで、元々上がり症であった事を理由に周囲から浮いていた事も手伝ってあれよあれよと言う間に居場所がなくなったとか。
まあ学校という組織にうまく属せなかった奴にはよくある話だ。
「そんな時に、ちょっとした息抜きのつもりで撮った写真を誉めて戴けて……気づいた先にはこうなっておりました」
何でそこにいっちゃったのかと言おうともしたが、俺にそれを言う事ができるのだろうか。
俺の過去も、言ってしまえば失敗の連続だ。
こいつに対して偉そう説教を垂れる口は俺には持ち合わせていない。
「それと、さっき貴方の言った言葉、少し訂正させて戴いてもよろしいですか?」
「さっき?」
ええ、と実葉は頷く。
「先ほど、貴方は仰いました。『バカで痴女でビッチ』だと」
「ああ、……すまん。それは言い過ぎたよ」
「まあ、バカで痴女は否定しませんけれど」
「否定しないんだ……」
ある意味すげぇ心が広い。全然尊敬できないけど。
「それでも、ビッチではありません。実は私、一途なんですよ。ちゃんと貴方の事をお慕い申し上げておりますよ」
「ほ、ほう……」
目を合わせる事は勿論できない。
「ちなみに一つ、釘を刺しても宜しいですか?」
「釘?」
「もしも貴方が炎上する事で私のフォロワーを上回り、この関係を解消しようとするのであれば」
「…………」
俺はそれを聞いて押し黙った。
勿論、それを考えていなかった訳ではない。
今回に関しては弱味を握られている訳ではなく、ただただ現時点においてフォロワーの数で負けているというただそれだけの状況に過ぎない。
であれば『炎上』する事で、こいつを上回れば……現時点での関係はここで終わる。
それを俺がしなかったのは一重にこいつにも何か奥の手があると考えたからだ。
そして、実葉は言葉を続ける。
「貴方が炎上するなら、私も炎上します。具体的には私の裏アカウントにアップロードしている画像の一つを然るべき場所に掲載する。その炎上規模に貴方は勝てますか?」
「……どうだろうな」
惚けてみせるが、俺には不利なように思えていた。
こいつのそれは本能に訴えてくる分、破壊力が凄まじい。
例え俺に炎上のしやすい元々の下地があると言っても、勝てるかどうかは危うい。
それに、こいつはまだ、俺に危害を加える様子はない。
ここは様子見しとくしか、ないのだろうか。
「……まあ、そういう訳です。今しばらくはこの状況を共に楽しみませんか?」
「素直に楽しめる程、俺が能天気だったらなぁ」
勿論、俺はそんなタイプではない。
こんな状況をまっすぐに受け止められるのであれば、俺は「こう」はなっていない。
「成程、素直には楽しめないですか」
「……仕方ないだろ」
「それでは、少しでも恋人らしい事をしてみるのはいかがでしょうか」
「恋人、らしい」
そうです、と実葉は俺の手に自分の手を重ねてくる。
そんな行為に俺は柄にもなく心を揺さぶられてしまう。
一方の実葉は俺の心境などお構い無しとばかりに、囁くように言う。
「例えば、そうですね。……名前で呼び合うとかいかがでしょう。一つ、関係が進展した証になる事ですから」
「それは……拒否権があるのか?」
「……ええ、これに関しては。だって貴方が心からやってくれないと何の意味もありませんから」
「なら、……やめよう」
「そうですか。残念です」
実葉は笑みを浮かべながらも、その表情にはどこか陰が差していた。
「では、もっと直接的な、その、……殿方の劣情を煽るような行為であれば、……いかがですか?」
「な、なんだよ、それは」
「キスとか……いかがですか?」
実葉はゆっくりと顔を近づける。地味娘の象徴であるところの丸メガネの奥から覗く瞳は憂いを帯びていた。
さっきのアカウントを見ていて思ったが、……こいつどう考えても綺麗系だろ。
そのメガネは上がり症を押さえるための一つの方法だろうか。クラスメイト達には少しですら気づかれていない、その魅力が彼女の地味さの裏には確かに存在していた。
そんな表情と、五十センチ以内の空間を共有しているという事実、そして女の子特有の甘い香りが俺の理性を削っていく。
しかし、
「遠慮しとく」
俺はその言葉をしっかりと口にする事に成功していた。
「……初めてのキスだと聞いても?」
「……ッ、勿論だ」
その言葉に心臓の鼓動が確かに跳ねるのを感じながら、本能が理性を越える事はなかった。
「そうですか。もしかして、……もっとその先を期待しているのですか? それはさすがに私としての心の準備が必要不可欠で御座いまして」
「……あんなアカウント作っといてか」
「少々手痛いところを突かれてはおりますが、勿論です。言ったでしょう、私はビッチではないと」
「いや、それは言ったけどさ」
バーチャルな事は出来ても、現実では難しいのだろうか。
いや、まあこいつのアカウント見る限りは直球でヤバい画像の投稿はやってないみたいだけど。
「まあ今日のところは貴方と手を重ねられたという事実があるだけでも良しとしておきましょうか」
そう口にしつつ、俺の手から実葉は手を離した。
「………………」
なんとも歯がゆい空間を体験してしまった。青春アンチが聞いて呆れる。いや、今もそのつもりだけど。
そんな中、丁度よく予鈴がなり、「もう、おしまいですか。残念です」と別れを惜しむ恋人のような事を言う。
いや、字面としてはその通り、らしいけど、勿論俺は懐疑的だ。
「では、戻りましょうか。円城瓦さん」
そう言って教室へ向かって先を進む実葉に対して、俺は静かな敗北感のようなものを覚えていたのだった。




