第26話 球技大会実行委員
午後。四月も半ばをとうに過ぎ、冬の寒さも消えてようやく春らしさを見せてきた頃合い。
この頃の午後になると心地よい春の木漏れ日が教室から差し込む事により、昼食の満腹感も相まって強烈な睡魔が押し寄せてくる。授業なんてきちんと聞けるかどうかは半々。それは俺以外にも言える事であるのか、普段から教室でも数名が机に突っ伏してしまっている事が多い。
だが、今日に限ってはその限りではない。
本日の午後はロングホームルームの日程が組まれていた。ロングホームルームの議題は新学期に入って最初の行事である球技大会についてだ。
四月の後半に控えた球技大会の種目は例年通り男女合同のドッジボールが行われる。男女平等が謳われるこのご時世に沿った企画であると言えるが、男女平等で良いのだろうかと思わざるを得ない。一応、女子は全員男子に比べてポイントが二倍になるとか、男子運動部は下投げでなくてはならないなどのルールは設けているらしい。
ちなみに俺は当然帰宅部なので上投げがルール的には許されている。ただ、運動部、というかリア充達の提示した独自ルールにより男子はもれなく全員下投げするというのが暗黙のルールだ。ちなみに去年、俺はそれを堂々と無視して、凄まじい顰蹙を買った。いや、だって友達いないんだからそんな明記されてないルールとか知らないに決まってるだろ、いい加減にしろ。
いつもの授業のない開放感からか、はたまた少々まとまりのないクラスであるからか、ロングホームルームに協力的な生徒はそう多くない。
「じゃあ、球技大会に向けた球技大会委員を決めたいと思いまーす」
ロングホームルームで司会を務めるのはクラスの委員長だ。ただ、なし崩し的に決まった委員長であったために、統率力に欠ける中、どこか纏まりの薄いまま話し合いが始まる。
「では、球技大会委員に立候補する人が居ますか?」
雑談の声こそ聞こえる者の、我こそはと立候補する者はいない。
まあそれも当然と言える。球技大会委員になんて基本的に雑用を押し付けられる生贄の類だ。これがリア充やらの主導で纏まりの良いクラスであれば、これも青春の一幕だからとカースト上位の連中が立候補してくれるのだが……。残念ながらうちのクラスはそっち系ではなく、行事をだらだらとこなそうとするタイプのクラスだ。
「お前がやれよ」「えー、やだよー」などの取り留めのない雑談こそ聞こえるが、立候補はいない。段々とそんな雑談すらもなくなってくる中で、委員長が話し合いの転換を図る。
「……えー、では立候補はいないようなので、続けて推薦はありませんか?」
立候補がいなければ推薦というのは流れ当然だ。だって誰かに決めなければこの話し合いは終わらないのだから。
だが、立候補がいないにも関わらず、推薦なんてのはそもそもおかしい。誰もやりたがらないのに、推薦なんてすればそれこそスケープゴートである。
こんなめちゃくちゃがまかり通る辺り、学校とは不思議なところだ。
そして、
「なら、くそ瓦、じゃなかった。円城瓦君が適任じゃないっすか? いっつも暇そうだろ?」
なんて声が上がる。その声を皮切りに「そうだな、どうせ帰宅部だろうし」「むしろ円城瓦君しかいないだろ、そういうの得意そうだし」「あー、そういうとこありそうだよな、あいつ」などと数人の後押しの声が上がる。
そして、十秒もすれば球技大会委員のところに俺の名前が書かれていた。一言も声を上げずに決まってしまうという流れが有り得るのだろうか……。げに恐ろしきは民主主義よ。
まあ新学期に入ってそろそろ立ち位置も固まってきた頃合いだ。クラス委員長の職務は回避できたが、これは逃げ切れなかったか。まあ、最早こうなると予知してたと言って良いくらい分かってたけど。
「では、続いて副委員の選出を行います」
俺を決定として取り扱った委員長は続き、副委員の選出に移る。
ちなみに副委員は女子から選ばれるのが通例だ。だが、女子達数人は俺と行動するのを嫌がって絶対に手を挙げないとしていた。なんならクラスの女子部門でのボス的存在である姫崎は「これ絶対誰もやりたがらないでしょ、うちだけキモ瓦だけ行かせれば?」とか言ってるし。ボスが右を向けば、クラスの雰囲気は右に習う。
まあ、当然の事だろう。
だが、当然選出しない訳にもいかず、女子は女子で新たにスケープゴートを生み出していた。
選ばれたのはメガネを掛けた地味な女の子である。嫌がる素振りこそ見せていないが、内心俺といっしょに会議に出席するなんて嫌に決まっているだろう。
だが、俺の所為では決してない。て言うか副委員の子よく見たら握りこぶし作ってるけど、なんだろう。俺、会議で隣に座ったタイミングでペンか何かぶっ刺されるのかな……。怖い、ほんと怖い。
そんな訳でバトルロイヤルで忙しいにも関わらず、委員を引き受ける羽目になった。
行事だかなんだか知らねぇけど、マジ迷惑だわ。こんな強制的にさせられるイベントで盛り上がったり、あまつさえ青春っぽい一幕が生まれる訳ねぇだろ、殺すぞ。
なんて青春アンチっぽさ全開のセリフを吐く。当然、頭の中で。
頭の中以外に俺の居場所なんて存在しないからね、しょうがないね。
※※※
放課後。球技大会委員に決まったその日から早速各クラスから選抜された委員同士での話し合いがあった。
二時間近くの長時間が当てられた話し合いだったが、大した内容が話し合われる事はなく、選出された委員の自己紹介が主であった。各クラスから選出された委員なので数十名居るのだから時間が掛かるのも無理からぬ話だ。
とは言え一人ひとり球技大会に向けた抱負を話すってのはどうもむず痒い。俺は俺で心にもない無難な事を言ったが、数名による溜息が聞こえてきたのには心が折れそうだった。出たくもない話し合いに出席し、心にもない話をして、嫌われる。世知辛すぎる。
なお、やっぱりと言うか何と言うか隣にいた副委員のクラスメイトからは嫌煙されていた。落としたペンケースを拾ったら、凄い速さで走り去られたし。多分、俺の事が好きで意識してしまったのだろうか、などと考えるないないない精神崩壊する。明日、ペンケースが新しいのに変わってたらどうしよっかな。鋭利なペンをうっかり心臓に突き立てちゃったどうすんだよ、クレーム入れるぞ。
とは言え、委員の話し合いでこうして時間を潰せたのは不幸中の幸いとも言えた。
なにせ今日のところは帰宅時間まで校内にて暇を潰さないといけなかったからな。
話し合いがなければ図書室で寝ている予定だったけど。隙あれば睡眠を取る姿勢は、ナマケモノ界でならトップを狙える器だっただろうが、残念ながら人間であるため惜しくも底辺に収まっている。異世界転生させてほしい。
そんなうわ言はともかくとして、日もすっかり暮れた体育館横で待つ事数分。
お目当ての対象はと言えば、数人の取り巻きに囲まれていたが、俺の存在に気づき、取り巻きから離れる。どうやら時間を作ってくれるらしく、ありがたい。
そいつは取り巻きから見えなくなったところで、開口一番言い放つ。
「なんですか、先輩。とうとうストーカーに目覚めたんですか? いつかやると思ってましたけど、わたし相手であったとは驚きです。わたしのがそれを知るのは夕方のワイドショーであって欲しかったです、死んでください」
「出会った途端、五秒で罵倒が吹き荒れるな、お前は」
俺の目の前にはクソ生意気な後輩こと舞島ニーナが腕組みをして、俺に蔑みの目を向けていた。




