第23話 舞島の過去
中学一年生になったばかりの頃、舞島はとある劇団の所属していたほか、子役として小さな端役でこそあったが、ドラマにも出演していたと言う。
舞島の母は若い頃は女優として活動しており、売れないながらも熱心であった。芽こそ出なかったが、その情熱は冷めておらず、代わりに娘にと夢を託したのだ。
その母の熱心ぶりに娘の舞島はほとほと呆れていたものの、ちょっと気の重い習い事の一種として活動を熟していたらしい。母もその活動をしていれば上機嫌になった事から、舞島もそれほど嫌とは言わなかったそうだ。
そんな中、件のオーディションで舞島は書類選考を通過した。
件のオーディションは業界でも有名な女優や歌姫を幾人も排出しているスターへの登竜門であった事から、母親の喜びようと言ったら無かったと言う。
舞島もその時ばかりは上機嫌になり、学校でもその話題でも持ち切りだった。
当時からクラスの人気者であった舞島が、誰しも知る有名人になるかも知れない。謙遜こそしていた舞島だったが、内心では鼻高々であった。元から要領がよく、なんでも熟せるタイプであった舞島は、「もしかしたら自分にはその素質があるのかも」と思ったらしい。無理からぬ話だ。
そして、オーディション当日。控室には十数人のどこか垢抜けた同年代くらいの少女達がいたものの、その中でも舞島は決して負けていなかった。当時から既に垢抜けていてスタイル抜群。誰からも一目置かれるような存在であった舞島は、母を喜ばせようと審査員の前でその実力を見せつけた。
「その時から詩羽先輩は美人で可愛かったですけれど、結構控えめで途中までは負けるとは微塵にも思いませんでした」
舞島がそう語るように控えめなアピールだった麗佳は途中まではあまり注目されていなかったらしい。
だが、歌唱審査になった途端、流れは大きく麗佳詩羽に傾いた。
「……圧倒的でした。もう審査員の目はわたしや他の女の子に向いていませんでしたよ。当日は一次と、二次で別れていましたけど、一次審査の時点で二次審査はもう形式ばったものになると分かっていました」
舞島は一次が終わった時点でもう自分が選ばれないと分かっていた。二次審査にこそ残ったものの、そんなの何の意味もないと諦めていた。
だが、本人こそ諦めていた中、唯一諦めていなかったのが舞島の母親だ。
当時のオーディションは公開でこそなかったものの、保護者などの身内は観覧できた。舞島の母親も当然、一次オーディションの様子を見ていたが、それでも諦めなかった。
「もう無理だよ、と言った瞬間、母に頬を叩かれましたよ。わたし、要領の良い子でしたから母に殴られたのなんて生まれて初めてでした。そこから怒鳴られ、励まされ、最後には抱きつかれましたけれど、そんなんで合格するならみんな合格しますよね?」
そんな事をされればされるほど、舞島は惨めになっていった。
元々、プライドが高く、さらには挫折の経験もほとんどないタイプで、挫折を受け入れるには時間が足りなかったのだ。
そして、その様子を偶然目撃していたのが、よりにもよって麗佳詩羽だった。
「お手洗いに来てたんでしょうね? 間違いなくわたしが怒鳴られる様子は目撃していたでしょう」
そして、何の意味もない二次オーディションが開始される。
だが、麗佳は一次オーディションとではオーディションの質が変わった。
「あの人、思いっきり手を抜いたんですよ。次もわたしが母親から怒鳴られないように」
「…………、なるほどな」
「さすが挫折しなれてるとすぐ気づきますね」と舞島。ほっとけ。
「想像どおりですよ、先輩。詩羽先輩のそれは一見優しいのかもしれませんが、私にとっては自分を惨めにする一方でした。それどころか母も調子づいて『勝てるわよ』と言ってくる始末で。いよいよ辛くなってしまいました」
その後、舞島は二次オーディションでどんなパフォーマンスを見せたかは憶えていないそうだ。
「ま、結果は言わずもがなですけれど……、思いっきり手加減して尚、負けたんですよ、わたしは。調子に乗っていたわたしからすれば、かなりのトラウマでしたよ」
「……それで嫌いになった、と」
「ええ、勿論嫉妬以外の何ものでもない事は百も承知ですよ。ただ、それを決定づけたのが偶然再会してからでした」
高校に入り、偶然舞島は麗佳に再会した。近くの高校に通っている事は風の噂で知っていたものの、それが同じ高校だとは思わなかったらしい。
麗佳を偶然目撃した舞島は、嫉妬とも嫌悪ともつかない感情を抱いたと言う。当時の舞島はと言えば、トラウマを直視する事ができず、『麗佳詩羽』という情報は一切をシャットアウト。ファンでもなんでもなかったとの事だ。
そして、声を掛けた舞島が返されたのは、「初めまして」との一言であった。
「なんていうか、わたしも当時の事を詩羽先輩に覚えていて欲しいなんて思ってなかったですよ。むしろ早く忘れて欲しいと思ってたくらいで……」
だが、「初めまして」と言われた直後に舞島の口から飛び出したのは憎まれ口だったらしい。
「なんで最初に憎まれ口を叩いちゃったのか……わたしもよくわかんないです。でも、友人達の前でしたし、その場をごまかすために『詩羽先輩の前では特別そういうキャラ』って感じで誤魔化して……、それからはもう後戻りもしづらくなってしまいました。ねぇ、先輩。わたしは詩羽先輩に当時の事を忘れていて欲しかったんでしょうか、それとも憶えていて欲しかったんでしょうか」
「さぁな。……どっちもなんじゃねぇの?」
「……先輩の癖にちょっと鋭いですね。わたしも正解は分かんないですけど」
そう口にして溜息を吐く舞島だが、説明のできない感情もあるだろう。
特に昔のトラウマ、失敗に向き合うのは難しい。
俺だってそんな経験はある。俺はこの時点でこいつを笑えない。笑わない。
「知りませんでしたよ、わたしがこんなに性格が悪いなんて。一方で詩羽先輩って引くほど性格良いんですよね。あれでわたしを嫌いになりきらないところとか、すっごく性格が良くて、嫌いです」
「面倒な性格してんな、お前……」
「なんですか、先輩。わたしの事、性格よくて完璧な女子高生だと思ってたんですか?」
「んなわけねーだろ。人を脅迫してくる奴のどこが性格良いんだよ」
「ふふっ、正論ですね。でも、こんなところで女の子に共感したり、慰めようとしないところは好きですよ、わたし。絶対モテないタイプですけど、それ」
「モテたくてもモテねぇだろ、俺は。現状を見ろ」
「でしょうね」
舞島はくすりと笑った。こうしてみれば可愛い女子高生には違いない。くっそ腹黒いけど。
「そんなことがあったから、わたし、詩羽先輩のアンチ活動しようと思って、それでCD買ってみたんですよね。難癖付けて、ボッコボコに叩いてやろうと思って。そしたらあの人の曲、めっちゃ良いんですもん。ズルくないですか、ホント」
「……それで、ファンになったと?」
「だって、作品には罪は無いじゃないですか」
「お前、実はくっそ性格良くない?」
世の中にはよく知りもせず、人を貶すことだってそれほど珍しくないのに……。そもそも貶してやろうと思ってCD買うとか、素直かな?
「人を憎んで、モノを憎まずですよ」
「超理論じゃねぇか……」
できれば人も、モノも憎まないのが一番だが、こいつの経験上、難しいのか。仕方のない奴だ。
「ところで先輩」
大まかな話が終わる中、舞島は新たに居直って、こちらを見つめてくる。
「やっぱり詩羽先輩裏切って、こちら側に付きません? もし裏切ってくれたら先輩を好きに……好きに……まあ、何があってもそれは難しいですけど」
「そこは嘘でも好きになってあげるって言ってくれねぇかな」
「じゃあ、わたしの飲み干したカップ、好きにして良いですよ。先輩みたいな変態ってそういうの舐めるの興奮すんでしょ? ……うわあ、マジきもっ」
「架空の俺の変態的行為で、ドン引きしないでくれない?」
とは言え、どんな答えを出してきたとしても回答は変わらないけれど。
「悪いが、舞島。俺からの返答はもう変わらない。俺は麗佳の側に立って戦う」
もう決意は固まっていた。
例え最後には麗佳を倒すとしても、それまではあいつを裏切らない。
それが俺の出した結論だ。
「……、ほーんと、詩羽先輩には勝てなくてムカつきますよ。でも、後悔しても知りませんよ? 勝負は決してそちら側有利じゃないんですよ」
舞島は肩の方を指出す。こちらのフォロワーやその他の戦力は既に舞島には知られてしまっている。その意味では例え二人であったとしても、こちらの有利ではない。
舞島のフォロワーは決して麗佳には劣らない。何かしらのきっかけで簡単に覆りかねない戦力だ。
さらに言ってしまえば学園の”話題”に働きかける力は圧倒的に舞島の方が強い。なにせ舞島には友達が多い。それは俺達が舞島に大きく劣っている部分だ。
ただ、
「負けないさ。俺には叶えたい願いがある」
負ける訳にはいかない。俺には俺の叶えたい願いがある。
「わたしだって戦う理由はありますよ。わたしの願いはあのオーディションの日に戻って、もう一度詩羽先輩と勝負すること。そして、手加減一切なしの先輩と、本気で争うこと。そうすることでようやくわたしのトラウマは払拭される。惨めなわたしが、きちんと負けたわたしになれるんです。だから――――負けないですよ」
舞島の戦う理由は過去を振り切ることにあった。
ある意味俺や麗佳とも通じるものだ。
戻った時間や出来事は通常覆らないが――――これが俺達に残されたチャンス。
与えられたチャンスなら、最大限掴み取る努力はするだろう。誰だって。
「じゃあ、先輩。一つ賭けをしませんか?」
「賭け?」
俺の言葉に舞島は「ええ」と頷いた。
「週明けの放課後、わたしと勝負しましょう。勿論、詩羽先輩も加えた二体一で構いませんよ? それで勝った方が負けた方に一つ言うことを聞かせられるんです。どうですか?」
「…………どうって」
「ちなみに週明けでなかったら賭けは無しです。わたしは先輩達とは戦わない方針を取ります。どうですか?」
「……あからさまだな」
勿論、あからさまな罠だった。
しかし、勝負を確定できるというメリットもある。
実際、どんな罠があったとしても、今なら二対一で舞島という強敵を潰せるというのは美味しい。むしろ、ここで舞島が戦わないという選択を選ぶ方が面倒という考え方もある。
なにせ舞島が俺達と同じように誰かと組めば、それは間違いなく驚異だ。元々強敵であるほか、こっちの戦法を知ってしまっているというのが大きい。
ならば罠があったとしても飛び込む方にメリットがある、かも知れない。さらに『餌』つき。条件としては然程悪くない。
「……麗佳に相談しても――――」
「駄目です。先送りは許しません。今、決めてください」
との舞島。どうやら冷静にする時間も与えてくれないらしい。
なら――――
「……分かった。週明けの放課後、勝負しよう」
「さすが、先輩。男に二言はなしですよ♪」
「ちなみに舞島、その賭けとやらの命令件に制限はないのか? なんでも良いのか?」
「……ものすっごい悪寒を感じるんですけれど。それにそういう事を普通に確認してくるあたりが先輩らしいですよね。普通、嫌われそうだと思って、ひとまずは保留にしそうなものですけど」
「嫌われる事を恐れる俺だと思うか?」
「さすがは先輩、びっくりするほど気持ち悪いです」
今日何度目かも分からないドン引き顔。止めろよ、お前。このままだと心の安寧を保つ為、新たな性癖に目覚めそう。傷つく事で成長するとかサイヤ人かな? いや、成長かは知らんけど。むしろ退化っぽいけど。
「……まあ基本は何でも良いですけど、一応確認して良いですか? ボイスレコーダー起動するので」
「言質取りつつも新たな脅迫ネタの入手に勤しむところ、嫌いじゃないよ」
どこまでも腹黒そうで、憎めない。こういうところがリア充の中でもとりわけ目立てるバイタリティに繋がっているのかも知れない。
ま、こっちとしても言質取れていいけど。
「もし俺達がお前に勝ったら、お前は今までの事を麗佳に謝れ」
「……たまにはそういう真面目な事言えるんですね。てっきり気持ち悪い事しか言えないのかと」
「俺割と真面目な事も言ってなかったっけ?」
え、そしたら俺って普段から気持ち悪いって事? 地味に傷つく。昨日、乃雪に女の子との二人の時での言動を煽られた事から、気をつけたい。気をつけてどうにかなるもんなの、これ?
「ま、良いですよ? でも、わたしが詩羽先輩のファンとか、その辺りの事は言いませんけど、それで良いのなら」
「構わないよ、それで」
さすがにそれ含め露見させるのは鬼畜すぎるし、普通に謝罪してくれれば俺としては悪くない条件だ。まあ麗佳がそれでどう思うかは別問題だが。
「では、そういう条件で。それでは週明け、楽しみにしてますよ」
そして、用がなくなり立ち去ろうとした舞島に対して、俺は温めていたネタをぶつけておく。
「ああ、楽しみにしているよ――ニーナ」
「…………、先輩? まって、先輩」
「いやいや。俺はお前の名前を呼んだだけだぞ。舞島ニーナ」
ニーナ。それが舞島の名前だった。
ちなみに舞島はニーナという名前にコンプレックスがあるそうで、あまり名前で呼ばれたがらないらしい。これも乃雪の調べた情報だった。
……あいつ、ほんと無駄に優秀だなぁ。
それでからかわれている当の本人はと言うと、
「――――――――ッッ、それホント止めてくれませんかマジで先輩からかいすぎたってんなら謝りますから、マジで似合わないの自覚してるんで勘弁してくれませんか?」
舞島はそれまでとは打って変わって、本気のトーンで言ってくる。
どうも本当にコンプレックスらしい。
だが、
「まあまあニーナ、週明けは宜しく頼むよ。お互い正々堂々と戦おうぜ、ニーナ」
これまで散々からかわれたところを、ようやくとばかりにやり返す。俺はスイッチがあったら押して、物凄い後悔するタイプ。ろくでもなかった。
「……、そういうとこですよ、ホント」
舞島は刺々しい口調で言う。
「わたし、負けられない理由が一つ増えました。わたしが勝ったら先輩はその名前で呼ぶの一生止めてもらいますからね」
そう言って闘志と嫌悪をむき出しにする舞島ニーナ。
ようやく舞島に対して一本取れたような気がするが、これは絶対取ったら駄目な一本だった。彼女の言う通り、こういうところだわ、ホント。




