第21話 過去が殺しに来る
間が空いて申し訳ない……ない……。
いやね、年度末でね、仕事がね……。
まだどうにか期待して戴けているようなので、もう少し頑張ります!
まだ麗佳を裏切らないと決めた日の舞島対策は気が楽で、それこそ夜遅くまで麗佳と対策を話し合ったが、結局のところ良い案が生まれなかった。
「やっぱり週明け初手で舞島ちゃんをぶん殴っちゃっうのが一番良い気が……」
「お前そればっかなのな」
割に脳筋的思考の麗佳からはうんうん唸った挙げ句、それしかアイディアが生まれない。
「でも、円城瓦君の『催眠掛けて、舞島ちゃんを思い通りにする』ってアイディアもアホ極まりないんだけど……」
「おかしいんだよなー、スマホアプリの一覧に『催眠アプリ』ってのが見つからないんだ……」
「おかしいのは間違いなく貴方の頭よ、円城瓦君」
うんうん二人で話し合っても夜も更けてきた二人からは頭のおかしい舞島対策アイディアしか生まれなかった。
「それじゃあね、円城瓦君」
二十一時半を超えた辺りでさすがに話し合いを一旦打ち切る事としたため、麗佳を送りにマンションの下まで降りる。
女子を一人で帰すのは危険だからと数あるゲーム(女の子がいっぱい出てくる系)から学んでいた童貞思考の俺は、家まで送ろうかと申し出たものの麗佳からは「悪いから」と断られた。家まで送るにはどうやら俺の主人公力が足りないらしい。主人公力など日本の男子学生で言えば下から数えた方が早いであろう俺がそれを望むのは到底不可能だった。割り切り早くない?
「ごめんなさいね、円城瓦君。でも、どちらにしてもこうして話し合いができるのも、週明けまでだから」
そう言って苦笑する麗佳。
「……、もしかして麗佳、お前……」
そんな彼女の表情を見て、なんとなくだが麗佳はとどのつまりは俺のためにこうしているのではないかと思い至る。
今日の夕方、麗佳と話をするまでの俺は、裏切る立場になった事から来る懊悩を確かに抱えていた。
だが、今はなんとなくだが気が楽だ。それは彼女のお陰であったと言っても過言ではない。
だから麗佳は最初から俺を説得する気などなく、俺を気持ちよく裏切らせるために話をしたのだとすれば――――
いや、さすがに考えすぎだろうか。
そんな考えを口に出す事は勿論なく、挨拶もそこそこに麗佳とは別れる。
小さくなっていく彼女の背中を見つめていた俺は、柄にもなく前向きに頑張ろうと思えていた。
※※※
翌朝。学校が休みである事からいつもよりちょっとだけ遅くに起床した俺は、リビングで「あ、あう……」などと奇妙なうめき声を挙げているゾンビ――もとい乃雪に遭遇した。
「あ……、にぃ、おはよいございますなのなの」
乃雪は目がいつも以上に半開きになっているほか、目の下に隈が出来ていて、顔には疲労の色が色濃く見える。せっかくの狸型着ぐるみ風パジャマだが、着ている本人がこれでは可愛さを発揮できていない。
「…………もしかしてまた、徹夜したのか? そういうお肌に良くない事は駄目だと日頃から言っているだろうが、お前の世界最高とも言っていい可愛さが損なわれる事は世界の損失だと何故気づかない? それより何やってんたんだ? 昨日の舞島対策会議にも出ないで一人自室に閉じこもったりして」
実のところ乃雪は昨日の舞島対策会議にはいなかった。「ちょっと早急にやることがあるの」などと言って、自室に引きこもったまま顔も見せなかったのだ。
「昨日の舞島対策会議? あーあの、なんの益にもならなかったであろう奴の事?」
「すっごい辛辣なこと言うじゃん……」
まあそう言われても仕方のない内容だった気がするけど。
「特に催眠アプリで舞島さんをどうにかしようの下りはヤバすぎるの……現実と虚構の区別がついてなさすぎて、我がにぃながらドン引きなの……」
「あの時はちょっと疲れで頭おかしくなってたんだよ、そこまで言わなくても良いじゃないか!」
過去が! 過去が俺を殺しに来る!
「ノノとしてはダンボール越しにでも詩羽さんと同じ空間に共存して、同じ空気を吸い、さらには詩羽さんと同じ酸素を身体に循環させていたかったけど」
「お前、いつもそんな事を考えて麗佳と一緒にいるのか……?」
「詩羽ニウムを身体の中に循環させていたかったけど」
「うたはにうむ……」
発表した時点で学会が困惑するような新単語を生み出す妹に、我が兄ながら掛ける言葉が見つからない。
「んで、まあそういった楽しみをそっちのけでお前は昨日、部屋に閉じこもってたのか。何してたんだ? オンラインゲームか? アニメ一気観か? エロゲーとか言ったらぶっ飛ばすからな」
「舞島さんについての情報をできるだけ集めてたの。にぃが逆転できるように」
「ホント疑ってすいませんでした!! お兄ちゃんを、お兄ちゃんを殴ってくれ! 音高く!!」
乃雪はいつだって俺の味方で、さらにはずっと俺の為に動いていたと言うのに!!
何故、俺は疑った!? 確かに乃雪は普段からだらだらしていて、家にずっといる癖に家事を一切やらず、さらには主にネット関係で問題を起こしまくっては、警察の厄介になった事も――――――疑っちゃうのも仕方なくない?
それはともかく俺は俺の為に動いている乃雪を疑って叱責しようとしたのは事実に相違ない。
ここは少しぐらい天罰を受けても仕方のないところだ。
「良いの……ノノはにぃの味方だから、にぃの役に立てる事をするのは当然なの。それににぃはずっと追い込まれていたの……。舞島さんに弱味を握られて、さらには詩羽さんを裏切らなくてはいけない立場になったのだから」
「乃雪……さすがは俺の妹――――ん? ちょっと待て。なんでそう言う色々な事をお前が知っている?」
俺は舞島の奴に弱味を握られた事などの昨日の一連の一件を乃雪には伝えていない。メールでも伝えなかったし、昨日は早朝意外ではほぼ顔を合わせていない。
つまり、一連の一件を乃雪が知っているはずがない……のだが……。
「それは……うん、にぃとノノは一心同体だから。例えにぃと距離が離れていても、なんでもすぐに分かっちゃうの。理想的な妹なの」
「あとで真実が判明したら、俺はさらにキレるけど?」
「この前ノノが用意した超小型の通信機があったでしょ?」
「ああ、更衣室での作戦で使ってた奴な?」
確か作戦の後は乃雪に返して、それを乃雪は「改良して、もっと使いやすくする」とか言っていた気がするが……。
「あれね、改良して通信機としての機能を強化して、ノノにも会話が聞こえるようにしておいたの。すぐに状況が分かるように。さらに小型にして、集音性能も上げておいた」
「ほう、それで?」
「それ、集音性能をチェックするためのテストとして、にぃの通学用カバンに突っ込んでおいた」
「殺すぞ」
明確にして、率直な殺意が口から飛び出した。
は!? なにやってんの、こいつ!? 俺のプライベートは一体どこ行ったんだ!?
「これでにぃの学校の様子が分かって一石二鳥だったの。ノノは引きこもりだから、にぃの授業参観には参加できないけれど、こんな方法でにぃの学校での様子が分かるなんて……画期的だったの」
「不登校児であるお前には分からないかもだけど、うちの高校では授業参観なんて行事無いぞ?」
つうか授業参観があったとしても、こいつは様子を観られる側で参加すべきだ。
「これによってにぃが学校のみんなからすっごく嫌われている事が分かったの。話には聞いてたけど、実際に分かった事でもっとにぃの事が分かったの」
「うんうん、そんな事は知らなくても良いんだぞー」
と言うか、そうではない。
ぶっちゃけ言えば嫌われている状況を知られるよりも、知られたくない状況が昨日であれば如実にあった気がする。
「にぃ、それにノノは嬉しかったの……普段から学校なんてクソだとか青春とは無縁だとかって言っているにぃにも、青春っぽい一コマがあった事、ノノは家族として、妹といて嬉しく思うの」
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
そう――――昨日は珍しくも女子と二人きりになるという人生でも類をみないシチュエーションを、二回も体験していた。
例えそれがバトルロイヤル関係から端を発した事であっても……なんかこう言うのを家族に知られるのすげぇ恥ずかしいんだけど!!!
つうか普段から青春アンチとかって立ち位置を持っている俺が、そういう状況に出くわした事をよりにもよって家族に知られるのがキツい。なに? なに、この感情!!
「にぃ、女子と二人きりになったら結構イキってて、格好良かったの……。舞島さん相手にはちょっと斜に構えてる感じで、ニヒルっぽい態度取ってるのがノノ的には凄い良かったの。特にブラのサイズうんぬんでからかわれてる辺りが最高だったの」
「お前、俺を殺しに来てるんだな? そうなんだな?」
確かにそんな会話をした事は今も憶えてるさ!
どうしてあんな事言っちゃったのかなぁ!? あとになってこういう事を、しかも妹から再確認されるのって辛すぎない? まじでさぁ!!!
「乃雪はぼっちで社会性の欠片もないと豪語しているにぃが、実際にはリア充女子高生とそれなりにしっかり会話できているのを褒めてるし、尊敬してる。ただただ、それだけなの……」
「妹が少しでさえ攻撃の手を緩めてくれない……」
いや、俺だってくっそ緊張してたよ!? でも、どもったら馬鹿にされるだろうし、変に卑下しすぎても足元見られるだろうから、必死で取り繕ったんだよぉ!
その結果のあの斜に構えてニヒル気取った感じの立ち位置だったんだよ!! 分かってくれよ、マジでさぁ!!!!
「詩羽さんとの青春っぽい一コマは感動さえ憶えたの。詩羽さんとの缶コーヒーでの間接キッス辺りでは『ああ……もうにぃは違うセカイの人間になってしまった……』なんて哀愁を覚えたりもしたの……青春の化身だったの……」
「よーし、分かった。見とけよ、乃雪。俺は死んでやるからな!? 今すぐ包丁で首をかき切って――――あれ?」
台所の引き出しから包丁を取り出そうとするも、そこには包丁はなかった。
「こんな事もあろうかと、すり替えておいたの」
「やっぱり確信犯じゃねぇか」
明らかにこちらを攻撃してきている乃雪の悪意を感じる。
「さて、弄りはこのくらいにして……」
などと言う乃雪への殺意は収まらなかったが、ひとまず次の話を聞こう。それから殺しても遅くはないだろう。
「あんなに面白い会話を聞けたからには乃雪も、対価としてそれなりに頑張らないと殺されるかと思ったの、にぃによって」
「おう、それなりの成果がないと控えめに言ってぶっ殺す」
正直昨日の話し合いで何の成果も出せなかった俺が言うのもなんだが……、いや、正直俺の払った対価的にはそれなりにぶっ殺しても良いんじゃないかな。
「それで舞島さんについてまず分かったのだが、確かに舞島さんは詩羽さんと同じオーディションに参加していて、さらには最終オーディションまで進んでいた。そのオーディションで選出されて、一躍人気を勝ち取ったのが詩羽さんだった」
「…………ッ、すげぇ、すげぇ良い情報なのに素直に妹を褒められない俺がいる」
「良いんだよ、にぃ。いつだって兄は妹を褒めたって良いんだよ?」
「畜生、お前はもう少し悪びれろや! あと、よくやった! すげぇ!」
一晩で得た成果としては本当に凄いんだけど、どうしてこう素直に褒めきる事のできない状況を作っちゃうかなぁ、この有能ポンコツ妹はよぉ!!
「ただ、オーディションでの情報を調べきれただけで、その中で詩羽さんと舞島さんが接触していたかどうかは分からなかったの。けど、ある程度の確執が生まれてもおかしくはない状況」
確かに乃雪の言うとおり、舞島の奴が麗佳に対して逆恨みしてもおかしくはない状況だ。
ただ、舞島の態度から察するに、そう単純な逆恨みとも思えないが……、その辺りは乃雪の情報収集能力を持ってしても難しいだろう。そもそもオーディションっての自体が何年も前の話であろう事は予測できるし、その会話内容や噂なんてものは探しようがない。
ただ、これだけでは舞島に対して弱味を握るのは難しい。
この情報を元にして舞島の奴に接触すればどうにかなるか……、いや、あいつがそう簡単にネタを割るとは思えない。下手を打てばこっちの弱味を晒されて、その時点でアウト。
弱味にするならある程度決定的な情報を入手するしかない。
「それに……あと一つ。舞島さんに対して入手した情報があるの。これでにぃが納得しなければ、ノノはにぃに犯されてしまうの」
「うんうん、殺すとは言ったかもだが、犯すとは一言も言ってないぞ、マジで誤解を招きそうな事を言うなよ、ぶっ殺すぞ」
「にぃは妹モノの本を持っているから、適性があってもおかしくはないの……ノノ的にはそういう愛憎展開を迎えるのも悪くないの。一緒に退廃的な日々を過ごすの」
「……本当にそのネタで脅すの止めてくんねぇかな」
あれはたまたまそういうのを持っていただけで、変な感情は一ミリもないから早く忘れて欲しい。
「じゃあ、教えるの。場合によってはこれで形勢は一気にひっくり返るの」
「本当にこれで大したネタじゃなかったら、お前を許さないかも知れない」
という前置きを聞いた後、俺は乃雪の調べた舞島のネタを聞く。
そして、
「…………マジで?」
と驚きを隠せなくなってしまった。
幸か不幸か、乃雪のもたらした情報は実用性抜群の、舞島に対する「弱味」には違いなかった。




