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第20話 麗佳の過去

ちょっと更新空いたけど、今回ボリューム多いし、許して(五体投地)

「缶コーヒーで良かった?」


 麗佳はそう口にしつつ、俺に対して缶コーヒーを手渡しする。




 眼下には街並みが視界いっぱいに広がっている。西の空には橙色の太陽が浮かんでいて、あと数十分もすれば夜の帳が訪れるのが分かる。




今、現在、俺は麗佳に連れられて、市街地からは外れたところにある高台に来ていた。




 ここなら俺が麗佳と一緒に居たところで、誰かに見つかる心配はないだろう。例え、麗佳と俺が一緒にいるところを見られたとしても、あまりのミスマッチに俺の存在は幻覚か何かだと思われるだろうし。

まぁ、少なくとも麗佳のフォロワーを下げる心配はせずに済む。




 ――――などと考えたところで、もう麗佳のフォロワーの心配などする必要はないと分かる。




 なぜなら俺はスパイとなって麗佳を裏切ると決めたのだから。


 なら、積極的に麗佳のフォロワーを下げる策を取った方が合理的なのに。何を考えているのだろうか、俺は。




 一方の麗佳はミルクティーを一口飲みつつ、口を開いた。




「どう? ここ、実は私の好きなところなのよ。嫌な事とか悩みとかあった時によく来るのよ」




「決め顔で言っているとこ悪いけど……ちょっと、寒くない?」


 季節はまだ春に入ったばかりで、寒さを少し残している。高台に上がって風が強くなると、薄手の制服姿では寒かった。




 とは言え、俺はそれを見越してホットの缶コーヒーを飲んでいる訳だが、一方の麗佳は冷たいミルクティー。なんならちょっと小刻みに震えてるし。




「じょ、女性はオシャレの為に我慢するものなの」




「見せる相手がいるならそりゃあ、まあ格好つけるのも良いけど、ここ俺しかいないじゃん」


 俺が相手ではオシャレをする意味も無いだろうに。




「良いじゃない。私は円城瓦君が居るなら、少しくらい寒さは我慢するわ」




「…………缶コーヒー、飲む?」




「……じゃあ、ちょっとだけ」


 なんか変な空気になりかけた気がするので、紳士ぶった行動でフォローする。




 既に缶コーヒーは空いていて、当然俺は口を付けていた訳だが……。


 まあ、高校生になって間接キスくらい気にしないだろう。






「…………」


 すると、缶コーヒーを口にちょびっと含んだ麗佳はほんのり頬を赤らめた。




 ……そういうのマジ止めてくれませんかね。うっかり惚れたら、まーたフラれて俺の黒歴史増えんじゃん。終いには黒歴史によって悪に目覚めそう。






「やっぱり円城瓦君って、良い人よね」




「それはない」




「舞島ちゃんと会ってたんでしょ?」




「……エスパーかよ」


 リア充ってそんな事まで分かるのか? 




「ごめんなさいね、用事ってのはデタラメなの。ホントは昼休みに貴方を見かけたら、なんでか死にそうな顔してたから。それに貴方からは『今日の舞島対策会議は延期しよう』ってメールが来たから、ピーンとね。それで用事だってウソ吐いて、貴方の後を追ったら一年生の教室棟に行くから」




「舞島との話を聞いてたのか?」




「ううん。でも、分かるわよ。何かしら弱味を握られちゃったってところかしら」




「…………、そこまでお見通しか」


 観念した俺は舞島との話合いの事を包み隠さず打ち明けた。




 麗佳を裏切るよう命令をさせられた事、麗佳や俺の情報を舞島に流した事などなど……最早隠し立てできるような状況ではなかった。






「……舞島ちゃんの私への執着も凄いわね。まさか私じゃなくて、円城瓦君を狙ってくるなんて」




「お前、本当に舞島にやった事、分からないのか?」


 そんな俺の言葉に麗佳はかぶりを振る。




「残念ながら検討もつかないわね。もし思い出せたら謝れるんだけど……その何かが分かっていない以上、謝ったら逆効果になっちゃうわね」


 はぁ、と麗佳は溜息を吐く。






「それじゃあ」


 そう言って俺は麗佳に背を向ける。




「え、ちょっと? まだ話は終わっていないわよ」


 すると、麗佳は不思議そうな声を俺の背中にぶつけた。思わず、振り返って言う。




「……いや、分かるだろ? 悪いが、手詰まりだろ。お前には悪いが、手を組むのはここまでだ。今後はお前の敵になる。敵になった以上は、こうして会うのは無駄だ」




「ふふっ、嫌になるくらい合理的な事を言うのね、貴方は」


 破顔する麗佳とは違い、俺は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。




 ……まあ、俺は親父と血が繋がっているんだし似て当然か。






「でも、顔はまだ納得していないようだけど」




「……は?」






「まだ顔、死んでいるわよ。そんな顔で乃雪ちゃんのところに戻るの?」


 麗佳はさっきもそう言って家に帰ろうとする俺を引き止め、この場所に連れ出したのだった。




 ……痛いところを突くな、こいつも。妹の事を教えたのは失敗だったかも知れない。




「円城瓦君、納得いってないんでしょ? だから、そんな顔してる」




「馬鹿言え。俺は人間的に最悪だぞ。人を裏切るのなんてそれこそ日常茶飯事で……」




「乃雪ちゃんの言うとおりね。なんて見事な萌えキャラ」




「…………」


 いや、それ乃雪が勝手に言っているだけだからね?


 とか言っても、もう通用はしないだろう。




「……まあ、裏切るってのが少し気に咎めるのは、あるさ。けど、仕方ないだろ? 俺には目的がある。バトルロイヤルに勝って、乃雪を助けるって言う目的が」




 俺は乃雪を助ける。それが俺の贖罪だから。




 その為には手段を選んではいられない。俺はずっと自分に言い聞かせてきた。




 今こそ、その時が来た。ただ、それだけだ。


 そこに俺の感情など不要だ。そうしなければならないのなら、そうするべきだから。




「私としては――――」


 麗佳は、言う。






「私としては円城瓦君とはこのまま、仲間になっていて欲しいわ。だからこうして交渉に来たのよ」




「交渉って……。もう俺には手が残されて――」




「円城瓦君がそう言うのなら、そうでしょう。舞島ちゃんが握っているカードを覆すのは難しいわ。けど、もしかしたらまだ手があるかも知れないじゃない」




 だから、と麗佳は続ける。




「円城瓦君が状況の合理性から私を裏切ると言うのなら、私は貴方の感情に訴えるわ」




「感情?」


 反芻する俺に対して、麗化は「そうよ」と頷く。






「私の事情を聞いてもらって、それで私の側に居てもらう。だって私もバトルロイヤルで勝ちたい。叶えたい願いがある。貴方に裏切られて、それでいて舞島ちゃんとで攻めて来られたら幾ら私でも負けちゃうもの。だから、裏切られないように努力する。それが私の合理性」




「…………」




「それに裏切る事を割り切れないくらいには、円城瓦君は良い人だもの。そこが隙ってやつね」



「……分かった。元、仲間のよしみで話は聞く」




「まだ仲間でしょ? まぁ、私の策が不意になれば、結局はそうなるでしょうけど」


 麗佳はそう言って微笑んだ。




 どうして裏切り者になるであろう俺に対して、そんな顔ができるのだろう。




 きっと俺は、麗佳もまた、他の奴と同じような目つきをするのだろうと、そんな事ばかり思っていたのに。






「じゃあどこから話そうかしら。私が芸能界で活躍中だったってのは知ってるわよね」




「確か今は活動休止中とか言ってたな」


 そんな事を乃雪が知っていた気がする。




「活動休止の公式的な発表は『学業を優先させるため』ってところ。まあ実際に忙しくて学校にはあまり来られていなかったし、出席日数も学校に便宜を図ってもらってどうにかって感じだったから、それも間違っていないわ。……この辺りは知らない? ネット辺りを調べてたら、少しは分かると思うけど」




「いや、俺が知ってたのは、休止してるってとこまでだ」




 活動休止について、その理由を俺は調べる気にならなかった。


 どうしてだろう。調べてはいけない気がした。




 調べなかった理由を俺が理解したのは、この後の彼女の言葉を聞いたからだった。




「でも、公式的な理由はただの建前でしかないわ。本当の理由は――――」




「成程。『炎上』――か」




「さすがね、正解よ」




「『炎上』は俺の庭みたいなものだからな」




「そんなのが庭って、凄い環境ね……」


 軽口を返しながらも、その表情には諦観が浮かんでいた。




 『炎上』を経験したのであれば、まあそんな顔にもなるか。






「私の場合はマネージャーさんとの熱愛疑惑が浮上してね。ご丁寧に写真まで撮られちゃって……。それ、CD収録の労いとしてマネージャーさんがご飯を奢ってくれたってだけなのにね、はは……」


 麗佳は力なく笑った。やるせなさが滲み出ている、掠れた笑い声。






 まあ、そんな証拠っぽいのが世に出ちまったら……、待っているのは想像できる。






「散々な事を言われたわ。詐欺だとかアイドルの自覚はないのか、とか汚い歌声をずっと聞かされていた身にもなれ、とかね。それ以上に酷い暴言も目にしたわ。手紙とかSNSへの公式リプとかもに寄せられた暴言は、周囲の人達が私の目には触れないようにしてくれたみたいだけど……」






「…………」


 そう言った事を受け止めるのは難しい。女子高生且つそれまで人気者であったのなら尚の事だ。




 むしろそんな事があって尚、麗佳がまだ人気を保っていると言うのが驚異的な訳だが……。






「まあ撮ったのは一般人で、その出処もSNSの片隅。それほど多くの人に知れ渡った訳ではないし、誰もがそんな噂を信じた訳じゃないわ。けれど……、それでも、やっぱり辛かったわ」


 でも、と麗佳は語る。






「辛かったのは言葉がまったく届かなくなる事だったわ。公式HPに謝罪文を挙げたけれど、事態の収束についての効果はあまり期待できなかった。ああなってしまって、それを信じ切ってしまったら、もう私の言葉はあまり意味がないんだって知った」




 それが炎上の恐ろしいところだ。


 炎上を効果的に沈静化させる事は非常に難しい。




 なぜなら火をくべる相手はもう真っ直ぐには、こちらを向いていない。




 揚げ足取りや過去からの発言から都合の良い部分を曲解することに終始する。




 当然、中には正当な意見もあるだろう。ただ、火をくべる者の視点があまりにも明後日の方向を向いている事の方が多すぎる。




「……私はファンの人達が大好き。だって応援はいつだって私に力をくれた、頑張れた。けど、今回の件で不特定多数の人が怖くなった。それも、情けなかった。ファンの事を少しでも怖がった私が情けなくて仕方なかった」




「……それはしょうがないだろう」


 多くの者から否定的な意見を送られる。




 暴力的な表現や、それ以上の残酷な言葉も。




 そうなれば、怖がっても仕方がない。むしろ、それが普通の感情だ。






「ウソを吐いた憶えはなかった。私はアイドルじゃなくて歌手だし、男の人と付き合わないなんて言った憶えはない。……まあ、経験はなかったし、今回の件も誤解。それで好き勝手言われたのは……、やっぱりちょっと悲しかったわ」






 麗佳は言葉を続ける。






「今回の件で一番迷惑を掛けたのは、マネージャーさんだった。職務規定違反だとかそんな事を言われてクビになったの。例えマネージャーであっても、女子高生と一緒に食事をするのはおかしいって。……私からしたらそんな事はないって言える。だって写真を撮られた時も収録が押していて、夜も遅くて、それで私、帰り際にお腹が鳴っちゃったのよ。だからマネージャーさんは気を遣って、ファミレスに連れて行ってくれたの。今思えばマネージャーさんも私と一緒にご飯を食べに行くって事にリスクがあるのは分かってたと思う。いつもは真っ直ぐ家に返してくれるし……だから、あの日は特別だったのよ」




「その一回が仇になったのか……」


 簡素な言葉で言ってしまえば炎上なんてそんなものだ。




 当人に悪意がなくても、ちょっとしたミスだったとしても、炎上は起こる。




 だってネットの住人からしたら、そんなものは知ったことではないからだ。




 その行動が彼らの視点から見て正しいかどうか。彼らの持つ定規はそれだけしかない。


これに情けや感情の入り込む余地はない。




どこまでも――――合理的で、そして冷酷だ。






「そのマネージャーさんは会社から去るときは『気にするな』って言ってくれた。けどね、後日、マネージャーさんの番号から着信があったの」


 


 その相手は――――マネージャーの妻であったと言う。






「奥様からとても厳しい言葉をたくさん言われたわ。『主人が浮気をしたって、近所で騒ぎ立てられた』とか『主人が仕事を失った責任は貴方がとってくれるのかしら』とか……、私としては平謝りするしかなかったわ。本当に返す言葉がなかったもの」




 麗佳はそこまで語って、そして息を吐いた。






「結局、炎上の一番良い解決法はほとぼりが冷めるまで時間を置く事だって、周囲からは説明された。だから、活動を休止したの。……円城瓦君」




「……何だ?」




「凄いわね、貴方は。『炎上』を武器にするなんて普通は考えつかないし、思いついたとしても絶対やらないもの。だって辛すぎるもの」




「……皮肉、じゃないんだな?」




「このタイミングで皮肉なんて言うと思う?」




「……そうかも知れないな」


 とは言え、俺だってこんな諸刃の剣、できる事なら使いたくないが……。




 そうでなければ勝てないと言うのならば、やるしかない。


 つくづく親父の合理主義を体現している気がして、甚だ気に入らないけど。






「つまり、お前はその過去をどうにかする目的で今バトルロイヤルに参加してるという訳だ」






「…………。私にとっては負けられない理由よ」


 


 ……、なるほどなー、マジか―、そっかー。




「麗佳、俺が今どう思っているか言ってやろうか」




「是非とも聞きたいわね」




「裏切り者の立場としてはやっぱ聞かなきゃ良かったなーって」




「……やっぱり円城瓦君は良い人ね」


 今回はその隙に付け入らせてもらった訳だけど、と麗佳は言う。






「良い人な事あるものか」


 何故なら俺はこれから麗佳にこう言わないといけないのだから。






「結論から言って、お前の事情を聞いて尚、俺はお前を裏切ろうと思っている」




「……そう」




「ただ――――」


 ちょっぴり寂しさをたたえた微笑みを浮かべる麗佳に、俺は言う。






「明日から学校は休みで、さらに舞島からは待機指示が出されている。つまり――時間はまだ残されているって事だ」




 明日からは休日で、基本的には学校に登校する必要はない。


 学校が休みであるにも関わらず俺が麗佳を学校へと呼び出したとすれば、麗佳からは疑問を抱かれる事になる。俺が裏切ったという思考にまでたどり着くのも、そうおかしくはない。そうなれば俺にスパイとしての利用価値はなくなる。


 なんて判断から舞島は俺に待機指示を出したのだろう。スパイとしての有用性を十分に発揮するため、週明けのタイミングで俺に指示を出す筈だ。



 舞島は俺に対して絶対的に有利な状況だ。焦った行動はしない。




 だが、それは俺にとって自由に動ける最後の時間を与えられているに等しい。

 


 つまりは、まだ俺にはやれる事があるかも知れないのだ。






「次に舞島から指示が出るまでの間、俺はまだ裏切らない。裏切ったと見せかけて、まだお前の側としてやれるべき事を探す。指示が出た瞬間から、俺はお前を倒す為に行動し始める。これが今回のお前の話に対する対価だ。……悪いが、これでどうだ?」




「……十分よ。ごめんね。無理を聞いてくれて。……でも」


 麗佳は言う。




「貴方、さっきよりもマシな顔になっているわよ。それなら乃雪ちゃんにも見せられるわね」


 ニマニマした顔でそう言う麗佳。完全にからかっている顔だった。




「…………気のせいだろ」


 気が楽になったのは事実だが……。まぁ、事実である以上、彼女のちょっとしたからかいは甘んじて受けよう。からかい上手の麗佳さんだ。




「じゃあ、タイムリミットはあるけれど、これからも宜しくね、円城瓦君」


 麗佳はそう言って手を差し出す。俺は一瞬、ズボンで手汗を吹いてから、彼女の手を取った。


 小さな手の感触がこちらに伝わってくる。スベスベとした感触の他にも、彼女の心中が色々伝わってきた。






「これで私からの話は終わりよ。……それじゃあ、言うけど」




 握った麗佳の手からは、激しい震えも伝わってきていた。






「円城瓦君、もう我慢の限界なのだけれど……ここ、寒すぎない?」




「そう言う事はもうちょっと早く言え」




 だって話が締らないからと言う麗佳の表情は、心なしか先程までよりもどこか明るいように感じた。




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