第16話 通話
最近、感想もらえる事が多くてホント励みになります、マジありがとうございます。
そんな訳で書いてきました。やったぜ。
舞島対策会議の翌日、学校に行く前の早朝の事だった。
普段、乃雪からの連絡でしか通知音を鳴らさないスマホが、こちらを呼びつける。自宅にいる以上、乃雪はスマホでの連絡をしない。いや、たまに自宅にいてもスマホで連絡する事はあるけど。主にオンラインゲーム中でPCの前から離れられない時とかに呼びつける。「トイレ行きたいからペットボトル持ってきて」って連絡もらった時は、妹を諦めようと思ったものだ。
などと感傷に浸っている場合ではない。大体、乃雪はこんな早朝には起きない。
だから――――まあ、相手は分かりきっているのだけど。憂鬱だ。
「…………もしもし」
『太一か』
スマホを通じて聞こえてきたのは厳格そうで、それでいて頑固。人の話を聞く気があるとはとても思えない、薄情そうな男性の声。
「ああ。悪いけど、もうすぐ学校なんだ。切るよ」
『まだ学校までの時間に余裕があるのは分かっている。それとも何か? 今から準備しなくては間に合わないほどギリギリに起きているのか?』
有無を言わさない口調。こちらの隙を伺っているようにしか思えなかった。
「……わかったよ。まだ余裕はあるから、話くらいなら聞くよ」
『父に向かってなんだ、その口調は』
電話の向こうの男性――――親父はさっきまでと同じ口調で、そんな事を言う。
……虫唾が走るな、ホント。
「悪かったよ。思春期なんだから、それくらい許してくれよ」
『成程、思春期を盾にするのか。馬鹿としか思えない論調だな』
「……さっさと要件を言ってくれないか?」
怒りが抑えきれない中、なんとか先を促そうとする。
この男と喋っていると、自分にもこれだけの怒りがまだ残っていたのかと思い出せる。
『要件は一つだ。乃雪と話がしたい』
「悪いけど……」
『なんだ? よもや寝ているなどと言うことはあるまいな。そんなだらけた生活を送らせるために安くない金を投じているんじゃないぞ、私は』
あくまで厳格に。ともすれば感情がないのかと思える声色で、親父は俺を叱る。
そんな男に、俺はできる限り感情を隠し、言う。
「分かった、注意はしとくよ」
『良いか? お前が言ったんだぞ? 『親父と一緒にいたら乃雪が立ち直れない』――と。ならば、この生活で改善されなければ、資金の援助は打ち切らざるを得ないな』
「……あんた、本当に乃雪の父親か?」
とうとう抑えきれなかった怒りが飛び出す。電話口から嘆息が聞こえてきた。
『勿論、乃雪。そして、太一、お前の父親でもある。だから安くない資金を援助している。安アパートなどではなく、高校生二人で住むには些か高すぎるであろうマンションも用意した。食費、教育費、雑費その他諸々の金も出している。一方で私が要求しているのは、乃雪の更生のただ一つだけだ。これだけお前達に条件の良い契約の何が不満なんだ』
「色々あるが、その一つがさっきから言っている援助とか契約だかって父親から出たとは 思えない言葉だよ。家族相手にそんな他人行儀な言葉が出るのか。大体乃雪がああなったのは元をたどれば、あんたの――――」
『感情が宿れば良いのか? それで乃雪が更生できるならそうしよう』
「……やっぱり俺はあんたと乃雪を引き離して正解だったと心底思うよ」
駄目だ、怒りが抑えられない。親父相手に――いや、親父だからこそだろう。
その肉親が何一つ乃雪の事を理解できない、ともすれば乃雪を心配しているのかどうかも怪しい。それが何より、腸が煮えくり返るほどの怒りを覚える。
『まあ、良い。乃雪には時間が必要だと言うのは医者も言っていた事だ。専門家であれば信用できる。お前達に今しばらくの時間を与えるのはやぶさかではない』
「俺達の言葉より専門家の方を信用するのか」
『当然だろう。貴様はどれだけ乃雪の病気の事を知っている?』
「少なくともあんたよりは乃雪の事に詳しいさ」
『話にならんな。そんな不確かな根拠しか言えない者の言葉を信用するなどというのは馬鹿げている』
「…………ッッ、大体乃雪があんな風になったのはあんたの所為で――――」
思わず怒鳴り声を上げてしまった。こいつ相手にこういった感情的な会話が逆効果になるのを知っていたのに。
『……話ならんな。それにあの件はお前達に謝罪したはずだ。また、あの状況ではああしなければお前達を何不自由なく養う事はできなかったかもしれない。とは言え、私にも非がある事は認めている。だからこそ、こうしてお前の言い分を受け入れたんだ』
だが、と親父は続ける。
『資金を出している以上、私にも教育を施す権利がある。太一、そうは思わないか? だからこそ、乃雪と話がしたい』
「今のあんたと話せば、乃雪の症状が悪化するかもしれない。だから話させない」
そんな俺の言い分を前に、少しの間、黙っていた親父だったが、やがて溜息を吐き、言った。
『……、まあ太一、お前が乃雪の専門家だと言うのならば、今はその意見に従おう』
そんな皮肉たっぷりの口調に青筋が立つが、怒っても仕方のない相手だけでに怒りをぶつける事もままならない。
ホントにこいつとの電話は嫌になる。
『だが、太一。一つ言っておくが……、私は成果の出ない『事業』にいつまでも金を出せるほど気は長くない。それだけは分かっておけよ』
そう言った直後、親父は通話を切った。
……本当にこちらが嫌になるほどの合理主義者だ。それは誰に対しても変わらない。例え家族相手にも。
「…………にぃ」
背後へと投げかけられた言葉に、はっと後ろを振り向く。
そこには不安げな表情を浮かべた、着ぐるみ風パジャマに身を包んだ乃雪がいた。
「相手はお父さん、だよね?」
「いや、それは……」
「隠さなくても分かるよ。そもそもにぃのスマホのアドレス帳、ノノ以外にはお父さんしか連絡先ないし」
「くっ、俺がぼっちである事がこんなところで弊害になるなんて!」
初めてぼっちであった事を嫌だと思った。ウソです、ぼっちなんて負の要素嫌に決まってるだろ、いい加減にしろ。不治の病っぽいので治せないけど。
「ごめんね、にぃ。ノノがいて、迷惑だよね?」
そんな風にノノが言う。
「馬鹿野郎! お前が居て迷惑なんて事あるか、こんなに可愛いのに!」
「ふっふっふ、まあそう返すの分かっていたけどね、ノノは。にぃはノノを見捨てられない生物である事なんて一万年と二千年前くらいから分かってたよ」
「そのネタはもう古すぎない?」
そんな馬鹿な会話をしている間も、ノノは少しだけ、けれど確かに震えていた。
俺は分かっていた。ノノは先程の言葉を、本気で言っている。
乃雪は俺が許すと分かっている一方で、いつか見放されるんじゃないかと本気で心配している。
だから、こうして震えている。不安を拭いきれないのだ。
そんな乃雪に俺はこう言ってやる。
「大丈夫だ、乃雪。俺は何があってもお前の味方だ」
乃雪は世間知らずで、わがままで、馬鹿で、色々迷惑こそ掛ける。
けれど、俺はこいつのお兄ちゃんだ。それだけで、乃雪の味方である理由になる。
そんな論調の通じない、親父のような奴もいるが……、俺は親父じゃない。
俺は親父のようにはならない、絶対に。
「でも……ごめんね。ノノ、まだ外には出られない。怖い」
乃雪は震えた声で、言う。
乃雪は重度の引きこもりだ。それも玄関から先へと出る事は叶わない程の精神疾患を抱えており、解決の糸口はまだ見えない。
乃雪は元々外に出る事はあまり好きでない、内弁慶な人間だ。かと言って外に出られない状況を好ましくは思っていない事は俺が一番分かっている。
ただ、俺としては正直、無理に改善しなくても良いと思っている。俺は乃雪に完璧さを求めていないからだ。ゆっくり、ゆっくり――――治して、向き合っていけば良い。
だが、世間が、親父がそれを許さない。
何より――――乃雪自身が赦せないでいる。
彼女は優しい人間だ。だから自分の存在が俺への負担となっているであろう、その状況でいる事に耐えられない。
それは俺が何度、「迷惑を掛けても良いんだ」「大丈夫」と口にしたところで、意味はない。彼女自身の問題だからだ。
彼女は更生を求めている。それも一刻も早く。
だから俺は願う事にした――――神様に。
このバトルロイヤルに勝ち残り、妹を救う。それが俺の目的。
例え他の参加者に――麗佳に、どんな願いがあってもこれは譲れない。
なぜならこれは俺の願いであり、贖罪だから。
乃雪をこんな風にしてしまった責任は、俺にもある。
あの事件で、あんな事にならなければきっと――――
「にぃ。にぃはずっとノノの味方、してくれるの?」
「勿論だ。シスコン舐めんなよ。あ、でも一つだけ言っておきたい事がある」
「言っておきたいこと?」
ノノが少しだけ不安そうに言う。そんな彼女に俺はこう返した。
「俺、アドレス帳に一件増えてんだわ。緊急連絡用としてほらこれ『麗佳詩羽』って。今後の連絡はお前か親父以外にこいつの可能性があるから、憶えておいてくれ」
「そんなに必死にぼっちじゃないアピールしてるとこが、すでにぼっちの証明なの……」
やっぱりにぃはにぃだね、と口にする乃雪。
ぼっちってほんっとうに不治の病なんだなぁ……。




