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第12話 ロッカーから見えるのは…

前半の展開をミスドで涼しい顔して書いてた男


 麗佳は体操服の下にキャミソールを付けていた。


 まだこちらに見えている肌面積はそれほどでもない。


 しかし、それでも。知り合いの女の子が目の前で肌着姿になるという光景は、俺の今までの人生から考えたらあまりにも異質で、とても現実のものとは思えなかった。


とてもじゃないが青春アンチごときに回ってくる状況ではない何かが俺の目の前に展開していた。


 新雪を思わせるきめ細やかな肌。こちらに見える鎖骨や、肩に見えるのはブラ紐だろうか。さらにキャミソールの下からちらちらと覗くヘソがこちらの理性をぶっ壊しに掛かってくる。まるで削岩機でガリガリに削り取られているかのようで、それほどの魅力が麗佳のキャミソール姿にはあった。


 さらに顔を真っ赤にし、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 そして、


(おねがい……みないで……)

 と彼女は口にする。魅力で殺す気かな?


 しかし、彼女のその言葉をどうにか脳髄で理解できた時、ふと我に返る。


 待て、待て待て待て待て。彼女の言葉通り、見ていたら駄目だろう、これは。


 馬鹿になる。このあと脳みそ壊されて殺風景な病室で、一人孤独にベッドで横になる生活を送ったとしてもおかしくない状況だぞ、これは。まあこんな事考えている時点で現在進行形で脳を壊されているのは間違いなかった。


 だが、隙間から覗く視線を外せない。まるで隙間のあちら側からこの世のどんなものより強力な吸引力を見せる掃除機が覗いているかのようだ。ダイ○ンの吸引力など敵ではないだろう。


 外せ……外せ……、と理性を司る俺が大声でがなりたてている。しかし、欲望を司る俺が激しい抵抗を見せる。少しでも間違えば欲望に負けて「……げる」と呟いて、悪魔達の支配者になってしまいそうだ。


 そうした葛藤が渦巻いて、欲望の触を繰り広げている時、


「あら、そこにはいるのは詩羽先輩じゃないですか」


 ――――という風な声が聞こえてきた。


 そんな新たな声の介入を確認できた事により俺はどうにか隙間から視線を外す事に成功した。俺の人生の中でも一番偉く、尊い行動だった。俺の人生薄っぺら過ぎない? もっとなかった?



「貴方は……舞島ちゃんだっけ?」


「はい、そうですよ。あなたの後輩で一年生の舞島まいじまです。お久しぶりですね、詩羽先輩。あなたくらいのお人に名前を覚えられているなんて光栄です。正直、わたし、眼中にないと思っていました」


 とてもじゃないが先輩と相対しているとは思えない。そんな対応だった。


 今現在視線を他所に向けているため、この慇懃無礼な後輩とやらの外見は拝めそうにないが、随分と小生意気な態度を見せている。全校生徒のほとんどから敵意を持たれているであろう俺からしてみれば、その敵意は砂粒にも満たない程度。しかし、基本的に好感を抱かれる事の多い麗佳がこんな絡まれ方をされるなんて意外だった。


 ……いや、よく考えれば、十分に有り得る事だったのかもしれない。


 人気になればなるほどアンチが増える。これはどんな世界にも言える事だ。


 麗佳にそんな人物がいないというのはただの思い込みに過ぎなかった。


「えっと……なにか、用かしら?」


「あら、用がなければ話し掛けてはいけないんですか? さすがは芸能界でご活躍中の詩羽先輩ですね。でも、そんな態度ばかりじゃファンの人は怖がっちゃうんじゃないんですか?」

 そう言ってクスクスと笑い、続いて何人かの笑い声が聞こえてくる。


 これもさっきまでの女の子達とは違う声。どうやらこの後輩女子、舞島のグループの一員なのだろう。明らかな麗佳への敵意を感じる。


「良いかしら、舞島ちゃん。いっつもそうやって私に突っかかってくるけど、そう言う事やめてくれないかしら」

 と麗佳。その言葉には麗佳には怒気と言うよりは戸惑いの声色が大きかった。


 どうやらこう言った舞島からの”絡み”は一度や二度ではないらしい。


 しかし、まあこういう手合は、こんな事で止めるほど甘くはない事を俺は知っていた。


 「え、そ、そんなぁ! わたし、ちょっと詩羽先輩とお話したいと思っただけなのに……。わたし、なんか変な事しましたか? なんならわたしの何が気に触ったのか、教えて欲しいんですけど」


「それは……」

 舞島のそんな問い詰めに麗佳は言いよどむ。


 だって舞島は麗佳に直接的な被害を出すほどの事をしていないからだ。


 これは想像だが、きっと舞島は悪意をぶつけるだけにとどめているに過ぎない。言うなれば直接咎められないようにしているのだ。


 そして、


「えぇ……詩羽先輩ってば、何にもないのに私の事を糾弾するんですかぁ? それってどうなんですかぁ? やっぱり芸能人にもなると、そんな事も許されるんですか、酷いですよね。最低ですよねー」

 などと言って舞島はちょっとずつ麗佳の方が”悪”だと誘導していく。


 こうなってくると麗佳からしたら反論しづらい。

 さらに言えば麗佳にはフォローしてくれるオーディエンスもいない。


 論争で言えば圧倒的に不利な立場。誰がどう聞いても麗佳に非はないと分かるだろうが、ここで麗佳が本格的な反論を行えば、さらに立場を悪くするのは目に見えていた。


 ここは耐えるしかないだろう。


「あはは、どうしたんですか? いきなり黙っちゃったりなんかして……。あっ、そう言えばわたし、気づいた事があるんですよ。詩羽先輩ってばいっつも一人ですよねー。もしかしてですけど、友達いないんですかぁ?」

 明らかに勝勢である事に勢いづいた舞島は、さらなる畳み掛けをしてくる。


 うわぁ……それ、触れるんだぁ。


 俺にとって見ればそんな事言われてもなんとも思わないが、ぼっちである事がコンプレックスっぽい麗佳の事だ。間違いなく効いただろう。



 うわぁ……、流れに任せて気に入らない先輩タコ殴りにするんだ……。

 女、怖い。別の意味で今、麗佳に視線送れねぇじゃねえか。


「あれ、もしかして図星でした? 世間では人気者なのに学校ではそれほどじゃないんですね、かわいそー。ま、どうでもいいですけど」


 そして、舞島は麗佳がなんの返答も返さない事に気を揉んだのか、あるいは気を良くしたのか。少しの間の後に、こう言った。


「あ、わたし、詩羽先輩にもう一つ聞きたかったんです。詩羽先輩について囁かれている『あの噂』って本当なんですか?」


 その言葉が舞島の口から放たれた瞬間、


 ――――文字通り空気が変わった。


 さっきとは比べようもなく、空気が重い。


 ロッカーに入っている俺ですらこうなんだから、同じ更衣室の中にいる者達からすればまるで雪山の中にTシャツ一枚で放り出されたかのように思えるのではないだろうか。


 たっぷりの間の後、麗佳は言う。


「舞島ちゃん。悪いけど、その質問には答えられないわ」


「そ、そうですか」

 舞島の声色に動揺が加わった。


 何か知らないが、どうも麗佳の地雷を思い切り踏み抜いたらしい。

 正直言って俺には何の事か分からないが……、麗佳にとってそれは間違いなく聞かれたくない事だったのだろう。


「まあ、答えたくなかったら別に構わないですよ。行こー、みんな♪」

 

 着替えが終わったのか、空気に耐えかねたのか。舞島は数人の女子の足音と共に、更衣室から去っていったらしい。


 最後の言葉には動揺はなく、さっきの調子に戻っていた。小生意気なだけではなく、それなりに肝もすわっているらしい。


 その後は当然の事ながら静寂で更衣室が包まれる。


 俺から見えてこそいないが、麗佳以外にもさっきからいたはずの女子数人がきっと更衣室に残っているはずだ。しかし、先程の姦しさが見る影もない。おもっくそ空気が重そう。


「あ……私達も着替え終わったし、いこっか」

 一人の女子が気まずそうにそう言い残した後、入り口の戸の開く音。


「えっと……詩羽ちゃん、元気だしてね。あんなの、気にしない方が良いよ?」

 そんな言葉が残された後、入り口の戸が閉まる音が響き渡る。


 気配から察するにきっともう麗佳以外には更衣室に誰も残っていないだろう。


 その後、スタスタスタと足音が聞こえ、入り口の戸が開く。そして、数秒で一度閉まると、足音が戻ってきた。



「……円城瓦君、今なら大丈夫だから。早く更衣室から出るわよ」


「えっと、……はい」

 嵐の前の静けさを言葉に乗せた麗佳にはとても反論する気が起きず、俺は麗佳の言葉に従ってロッカーから出る。


 久々の光に顔を顰めつつ出た先には見たことのない仏頂面を浮かべた麗佳。さっきまでの羞恥に塗れた可愛らしい表情はどこにもなかった。


 代わりに居たのはパンク寸前である事がすぐに分かる麗佳だった。



 こいつ……すっげー感情が顔に出るなぁ……。わっかりやすっ。




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