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第0話 プロローグ

新連載始めましたので、どうぞ宜しくお願い致します。



 高校生活は果たして万人にとって青春足り得るのか――――



 高校二年生になったばかりの俺――円城瓦えんじょうがわら 太一たいち――はふと思う。


 言葉の意味では、それは決して間違ってないだろう。辞書を片手に調べれば、「若い時代」の事を指したり、「異性を持ち始める時期」などの言葉が並ぶ。



 基本的には全人類が一度は経験する――――それが青春という言葉だ。


 ただ、言葉などではなく、実際にはどうなのだろうか。


 例えば「青春を謳歌している者」と指した時、多くの者は恋愛をしていたり、部活に精を出したりなど、何かに打ち込んでいる者の事を「青春」だと呼ぶのではなかろうか。



 ただ、このように定義した場合、「青春を送っていない者」は数多く存在するのではなかろうか。


 さらに「青春を送っていない者」の内、全員が全員、青春を送りたいと思っている訳ではないと思う。


 なぜなら俺がそうだからだ。俺は自分が青春に縁遠い存在だと思っている。


 だが、それで良い。なぜなら俺は青春にそれほどの価値を感じていない。


 例えば恋人と付き合っていたとして、その九割は高校生活が終われば自然に別れる。


 部活に打ち込んでいたとして、社会に出てそれが何の意味を持つだろうか。


 ネット社会が確立し、高度に進化した現代社会は価値観の多様性を認めている。俺のようなアンチ青春勢が居たって受け入れられて然るべき。


 よって高校生だからと言って青春するべきなどという差別主義者はお呼びではない。


 波乱万丈な人生など必要なく、さざなみのような日常を享受する。そんな人生こそが俺の求める平穏だ。

 よって俺はこう思っている――――

 


「じゃあクラス会の日程決めるかー」


 担当教師の急な体調不良によって出来た自習時間を使って、クラス会の日程を決め始めたクラスメイト。


 彼は参加する人物のリストを作っているらしく、クラスメイト一人ひとりの名前を「あ行」から順に読み上げていく。


「阿久津、参加。伊波、参加。宇良、部活で不参加、江川、参加……えーと、次はえんじょう……ああ、これは違う――――遠藤、参加。小野、用事で不参加」



 江川の次にはきっと『炎上瓦』という苗字があったのだろうが、彼はそんな文字など見えないかのように口にはしなかった。


 俺は全員に声が掛かるはずのクラス会の予定で、ナチュラルにメンバーに入っていなかった。こんな時、青春には心底無縁なのだなと悟る。


 いや、良かったわ、ホント。アンチ青春主義者である俺がクラスメイトとのクラス会に参加するとか、マジ無いし。ふー助かった! 呼ばれたらどうしようかと思ってたわ! やったね、太一ちゃん!


 そんな死ぬ程、どうでも良い事を考える四月半ば。俺は教室に用意された自分の机に肘を立てる。


 今日も今日とて、誰とも喋らず一人教室の隅にいる俺に声はおろか、目線を送ろうという奴はいない。高校二年生になってクラス替えしたばかりなので、教室中が若干真新しい空気になっている事を除いても、クラスメイトらはまるで俺を目にしたら石になるとでも思っているかのようだ。一体いつからメデューサの能力を使っていると錯覚していた?


 断っておくが俺はイジメられている訳ではない。少なくとも今は。そんな時期は当に過ぎ去った。今は埃と同価値の存在意義ならばクラス間において認められているようで、無視されながらも排斥されずにこの場所には座っていられる。


 とは言え、俺の周囲はまるで結界でも張られているかのように、周囲との机の距離感が少しだけ開いている。近づきすぎると円城瓦菌が伝染るとでも言いたげだ。いや、実際のとこ昔クラスメイトに言われた事あるけど。炎上瓦菌、やっぱ実在するのか? ならば発見した功績として俺の名前をつけて後世に残そう。そういう偉人いっぱいいるし、俺もその仲間入りだ。炎上瓦菌、バンザイ。



「おい、見ろよ。あそこ!!」

 そんな俺の妄想をかき消すがごとく、クラスメイトの一人が声を上げる。当然、俺に言った訳ではない。もしも言ったとしたら「おい、飛べよ。あそこから」だろうか。


 クラスメイトの声に続き、次々と雄叫びや黄色い歓声が上がる。

 そんなクラスメイト達の視線の先にいたのは、廊下を歩く一人の少女だった。


 茶髪のショートヘアで、意志の強そうな瞳がやけに印象的だ。キリリと釣り上がった眉や目元からは快活そうな印象を覚える一方、グロスの塗られた唇からは女性らしい魅力が感じられた。また、女性にしては若干背が大きいが、それも大きすぎるという程ではない。男子の平均身長より一回り小さいくらいだろうか。だが、プロポーションや姿勢の良さからか、実際の身長よりも大きいように感じられる。


麗佳詩羽うららかうたはやっぱくっそ可愛いな!」


「詩羽ちゃん、ホント綺麗だよね。プロポーション抜群だし、ホント羨ましいわぁ……」


「ホント華があるよね。美人だし可愛いし、もう最強って言うかー」


 麗佳詩羽。簡単に言ってしまえば、学校のマドンナ的存在だ。

 クラスは分からないものの、俺と同学年である事は知っている。


 道を歩けば注目を浴びる美人で、妙な存在感のあるカリスマ的人物。


 しかし、彼女のスペックは美人だけに留まらない。


「好きだわぁ。俺、昨日、詩羽ちゃんのアルバム聴いたわ。やっぱ高校生離れしてるよなぁ。綺麗な声で、歌上手いし、一生聴いてられそう」


「ホントこの歳で芸能活動してて、しかも有名ってヤバすぎだよねー。ホント、尊敬する」


「ちょっと違う世界の住人みたいだよね。気軽に声掛けられないよ……」


 次々と飛び出す麗佳への賛辞。

 彼女は校内での人気に留まらず、どうやら世間からしても有名人の部類に入るスーパーリア充女子高生だった。


 俺はあまりテレビなどを見ないため、よくわからないが、そこそこに活躍しているらしい。それがかなり凄い事は、馬鹿な俺でも分かった。


 言ってしまえば俺とは全く違う、陽のあたる世界の住人。


 彼女が光属性なら、俺は闇……いや、無属性だな。だって他の奴から見た俺って居ても居なくても同じだろうし。まあ人間関係で楽できて良いけど。……泣いてないよ?


 とにかく学校の頂点と底辺。それが俺と麗佳詩羽を指し示す指標だった。


 ……とは言え、青春アンチを自称する俺からしてみれば、疲れる生き方であるようにも思うけど。


 そんな誰に言うでもない負け犬の遠吠えをしている最中、



「ねぇ、ちょっと」

 なんて声が聞こえる。幻聴かとも思ったが、多分、恐らく、きっと、そいつは俺に話しかけてきたようだった。え、ホント? マジ?


 高校生にしては若干ながら化粧の目立つ顔に、頭横で結った髪、スラリと長い手足に、やたらと大きい胸が目端に引っかかる。


 クラスメイトである姫崎ひめさきだ。



 俺の妄想か立体映像でない限りは俺に話しかけているのは明白で、俺の方を真っ直ぐと見ながら、そいつは言葉を続ける。



「……ほんっとあんたと話すなんて気が滅入るんだけど、特別に話してやってんだから感謝なさい」 

 

「はぁ」気のない返事を返す俺に対して、姫崎の眉がピクリと動いた。


 ことさら姫崎は「特別に」という言葉を強調する。まるで上位者が下々の者に話しかけているかのような口ぶりだ。


 まあ姫崎はクラスカースト上位者だから、彼女の言は正しいかもしれない。いっつもクラスメイト(主に男子)からチヤホヤされてるし。いわゆる「姫」で、取り巻き達にも「姫」と呼ばれている徹底ぶりだ。素直にやべぇ。



「今日の放課後……分かってるわよね?」

 挑発するかのような彼女の言に対して俺は頷く。


 すると彼女は嫣然とした表情で笑った。



「うふふ、楽しみだわ」

 会話だけを聞けば、まるで放課後に二人で逢引でもするかのようだった。


 だが、それはまるで違う。俺がそんな立場にない事は俺自身が一番よく知っている。



「これであんたみたいな社会のゴミを思い切り潰せるわけね」

 姫崎は軽蔑の入り混じった視線で俺を見る。


 そう言えば姫崎とは先ほど色々あったんだっけか。


 結局、姫崎が俺に話しかける意味については思い至ったものの、俺には彼女に言葉を返す必要がなかった。すると、俺が何も返せない事を敗北だと察したのか、姫崎はさらに俺を小馬鹿にしたかのような笑みを浮かべた。



「ホントさー、いつも思うんだけど、あんたみたいな奴ってどうして、そう平然としてられるのかな。あたしがあんただったらもう恥ずかしくて学校になんか来れないと思うんだけど。……ほんっとムカつくわ、あんたのその顔見ていると」

 次の瞬間、姫崎は怒りに任せて俺の机を蹴る。大した力で蹴った訳ではないので大した事もないが、その音は教室中に響き渡った。


 一瞬、シンと静まり返る教室。誰かが「姫崎さん、またあいつにちょっかい掛けてるよー」とくすくすと笑いながら口に出す。


 姫崎は”今日の一件”が起こる少し前から俺に直接的な行為を仕掛ける数少ない奴だった。


 他の奴らは中等部を卒業する頃には、このような行為にはもう飽きていた。大したリアクションも返さず、さりとてイジメに参りもしない俺には興味を失ったのだ。



「ま、いっか。今日の放課後は逃げるんじゃないわよ……返事は?」

「……ああ」

 俺が確かな返事を返したのに納得したのか、まるでバイ菌にはこれ以上近づきたくないとでも言いたげに足早に俺の机から離れて行った。そして、いつものように取り巻き達の中に合流する。


 ほんの少しだけ注目を集めていた俺だったが、周囲の目は姫崎が離れた瞬間には興味を失って俺をまた埃と同価値の存在だと認識し始めた。



 掃除されないだけマシなのだから、こちらには決して関わるなとでも言いたげだった。


 そう――彼らは俺に何か付け入る隙ができれば非難や中傷するべく注目を集め、それ以外では見向きもしない。


 もう俺はそういった事でしか、彼らに存在を認められていないのだ。

 

 あの時から――――――――俺はずっとこうして生きてきた。


 麗佳詩羽のような超絶リア充が居て。


 かと思えばクラスで幅を利かす女王様――姫崎のような奴もいる。


 一方、その遥か下の底辺を這い回る俺のような奴がいる。


 学園とは色々な奴がひしめき合う社会の縮図だ。学園生活というパワーゲームの結果、序列が決まり、敗者が定まる。俺は間違いなく、学園カーストの敗者だ。


 

 ただ、これからもそうだとは限らない。


 一寸の虫にも五分の魂が宿るように、追い詰められた鼠が猫を噛むように。


 あるいはクラス、いや学園一の非リアが教室の中で威風堂々と君臨しているリア充を倒すかのように。




 その幕開けとして俺はまず――――あのクラスメイトである姫崎を倒そうと思う。



 


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