第二話『硝子』その2
「来い人間…俺に牙を剝いた事…その身で後悔させてやろう…」
「陰陽道退魔衆 叢雲流破魔術師 群青派宗家 群青百々花!参ります!!」
突如現れた破魔術師 群青百々花と白い妖狐の激しいバトルが始まろうとしていた
俺は狐の姿での機動性を活かして部屋の中を駆け巡る、その速度に合わせて妖気の残渣で幻影を設置しつつ隠遁の術を展開して京娘の死角に伏せて息を殺す。
「さぁ…まずは小手調べだ。遊んでやろう人間」
群青百々花と名乗った娘は扇子を片手に設置した残像を一薙ぎして蹴散らしていく。
「まるで子狐のかくれんぼみたいやなぁ…そないな術でウチと遊ぶやなんて冗談きついわぁ」
「小娘相手には丁度いいと思っていたのだが…楽しんでもらえぬか。しかし之より先は少々危ない遊びになるやもしれんぞ?」
「小娘や思て油断してはると、泣いて森に帰るハメになってもしらんよ?」
隠遁の術で隠れた俺の方を真っすぐに見つめて小意気に構え直すと扇子に力を集中させて振りかぶった。来る!身構える俺。
「人の部屋で何暴れとんじゃぁぁぁい!!」
稲妻の様な衝撃が身体を駆け巡り目の前で火花が弾けたように眩しい。
「白しゃん!お部屋滅茶苦茶になっちゃったじゃないの!」
激しい遠心力がかかり床にべちんと叩きつけられ、見上げると俺を見下ろす奏の姿があった。
その片腕に握られた『黒斬死魔』の酒瓶が鈍く光を反射している。
どうやらあれで殴られた挙句に尻尾を掴まれてブンブンされて叩きつけられたというわけか…コンボ攻撃とはいやはや恐ろしい。
「あ、あの奏ちゃん?」
「大丈夫、気にしなくていいよ百々花ちゃん。全部この狐が悪いんだから…ね、白しゃん?」
急な出来事に唖然とする百々花に笑いかけると警告するように自称天使の笑顔でこちらを見つめる奏。
「は…はい、全部自分が悪いですごめんなさい」
「分かればよろしい!ってそれ私のTシャツぅぅぅう!」
む、なにやら引っかかっていたのは奏の着物だったか。
「すまないな。悪意はないのだ…」
「もう!洗い直しだよー…あれほどクローゼットに入らないでって言ったでしょ!」
「俺を猫やその辺の動物と一緒にするな。これは身を隠す為にやむを得ずだ、確かに暗くて狭いところもそれはそれで落ち着くがお前の匂いが詰まった空間では落ち着かぬ」
「うわーやっぱり変態だ」
露骨に汚らわしいものでも見る様にドン引きする奏、良い反応で素晴らしいがそれどころではない。
「変態だと!?ありがとう!!しかしそういう意味ではない、浦島太郎の亀の気持ちとでも言うべきか…沢山の奏に囲まれた気分になってな」
「え?嬉しいよね?」
「え?怖いだろ?」
「…白しゃん?」
「何だ奏。はっきり言おう、お前は確かに声も美しいし性根も優しい素晴らしい人間だ。しかしなそれ以上に命の危険を感じるのだ俺は。いつこの儚い命を狩り取られるかわからぬからな」
しばらく俺の言い分をふむふむと聞いていた奏だがいつもの天使の笑顔を浮かべる。あっ…これダメなやつだ。
「そっかぁ…言いたい事はそれだけかなぁ?」
「ちょっ…まて!清楚だろ!すぐに腕力に頼るのは乙女としてどうかと!!」
すぐ目の前まで奏が迫り手を伸ばし俺に掴みかかる。寸前のところで俺はいつもの社へ戻されていた。
ふふっ。日頃の行いが良いのだな俺は。天は俺に味方したようだ、ナイス時間切れ!
脳裏によぎる嫌な予感と先程までの恐怖をふりはらうべく、この前破壊された小屋の修理に取り掛かる。つぎはもう少し頑丈にかつ大きくしてみるか…久々の物作りに意気揚々と人間の形に戻り作業にとりかかるのだった。
「白しゃんめ、言いたい放題いって帰ったなー…覚えてなさいあの狐め」
「あの…奏ちゃん?あの妖狐に…」
白しゃんが帰って残ったのは私と百々花ちゃんと荒れた部屋。なんだか不思議そうに彼女は私をじっと見つめている。
「どうしたの?」
「いや、実は私少し用事でこの辺りまで来たんやけどな、そしたらえらい大きい妖気感じてそれで気になって来てみたら奏ちゃんに喰印付いてるから…あ、喰印っていうのは妖怪とかが獲物を見失わないようにとか、他のもんに手を出させないようにって付ける妖気の呪印って言えばええかな。とりあえず慌てて追いかけてな、しばらく玄関の前で話聴いてたら憑くだの憑かれるだの言ってて、これは退治せなあかん思て乗り込んできたんやけど…」
白しゃんを悪い妖怪と思って、それに私が狙われてると思ったんだね。ちゃんと説明した方がいいよねきっと。でもこのお部屋掃除するの大変だなぁ…とりあえず奏流片付け術でお部屋を整理しながらお話してみようか。
「あー…誤解させちゃったのかな?白しゃんは…」
「うちも手伝うよ、もともとうちにも原因があるし」
荒れた私の部屋が片付いていく、さっきまで少し怖かった百々花ちゃんはこうしてみると穏やかで気品があって薄桃色の長い髪にエメラルドの様に透き通った瞳、京言葉もあってかはんなりとした雰囲気に引き込まれるみたいで…そんな彼女と一緒にお部屋を片付けていく。
「なるほどなぁ、そういう事情やったの。いややわうち、おっちょこちょいやね」
「そんな事ないですよ、あの狐が挑発するからですよ!…あっお皿割れちゃってる」
「あらあら、ごめんね。高いものかな?弁償するわ」
「大丈夫ですよ、そういえばあの術?みたいなので直らないかな」
「術で戻すかぁー」
「あーっ!そうだ聞いて下さいよ!あの狐…」
白しゃんとの出逢い。あの空き巣のような侵入手口をチクる、もちろん私が殴った事は言わない。だって清楚だし、乱暴な子だと思われたくないし。それと妖狐として白しゃんが初めて見せてくれた不思議な光景を
「嘘やん!?作り替えるでもなく元に戻したん!?」
「えぇ…それって凄い事なんですか?私にはさっぱりで」
「奏ちゃんの話から察するにそれはその部分だけの時間を巻き戻したって事なんよ」
「時間を?」
「そう、術で時間を操作するって事自体が大変なんやけどな、一部だけ、自分の思う場所の時間を逆流させて、それでもその戻された時間の余波を全くなくして収めるっていうのはとんでもない事よ?この国の術者でもそれが出来るのは片手程もおるかどうかわからんレベルなんよ」
「ほえー、凄かったんだ白しゃん…あっ…これいつの間に…洗い直しだよぉ」
「あらあら、そういうんを使うタイプなんやね。ええわぁ♪」
私の超プライバシー洗濯物をうっとり見つめる百々花さん。なにか雰囲気が変わった気がする!!
色々と大丈夫なのかな?でもあの狐がそんなとんでもない術を使う妖怪だったなんて…人は見た目によらないっていうか妖狐だけど、変態だけど、悪戯ばっかりするけど!なんか腹立ってきた。
「えとっ!そのっ!これは!」
「気にせんでええのんよ?女の子同士なんやから…うふっ」
「ですよね!あの変態狐ならともかく!女の子同士だし百々花さんなら大丈夫だよね!」
「そうやよ~、女の子同士仲良くしたいわぁ。やから奏ちゃん、うちにも敬語はなしで頼むね」
妙な認識のズレを感じつつも、また私の周りに不思議な人が増えた気がしつつも。お部屋の片付けを終わらせて一息ついていた。その中で群青百々花といふ一人の女性と、そして以前から気になっていた術を使う人達の事を聴いていた。
彼女が言うには、それぞれの宗派いわば信仰の違いやら解釈や使う術とかでの派閥みたいなのがあるらしくて、彼女は陰陽道とかいう流れで破魔術っていうのは主に害がある妖怪とかを倒しちゃうらしい、退魔術っていうのよりさらに攻撃的なんだとかなんとか。
妖怪さんたちには悪いたとえになっちゃうけれど、虫よけスプレーか殺虫剤かみたいな感じなのかな。
それで群青派っていう大きなお家のお嬢様らしい。お嬢様かぁ~羨ましいような大変なような。
しかしこの食器どうしようかな…割れたものをまとめてダンボールに詰め込む
「白しゃんなら直してくれるかな?」
「ん?どこにもっていくん?」
「白しゃんのお社にもっていけばいいかなぁって。半分は白しゃんのせいなんだし、よし行こう!」
「うちはその…さっきの件もあるし」
「いいのいいの!せっかく仲良くなれたから」
私は慣れた手つき門を開くとダンボールを担いで門をくぐる。いつも通りの、私が訪れた時とはちがう穏やかな夕暮れのお社に。
「白しゃ~~~ん」
いつもなら尻尾でも振りながらくるのにぃ…気になってお社の中へ向かうと人型の白しゃんと見慣れない男性二人が何かを覗き込んで賑やかに騒いでいる。何かの会議か重要なお話なのかと思ったけれど驚かせようとゆっくりと覗き込んで絶句した。
「ちょ…白…しゃん?」
『あっ…』
皆が同じ様な表情で私を見て硬直する。時間が止まる、それもそうだろう、白しゃんお気に入りのあいぽんで流れている動画は紛れもなく私だったのだから。停止した時間のなかであいぽんさんの動画だけが流れる。無理やり縫い付けられたみたいに。寝顔、うがいをしたり顔を洗ったり、倒れている私のほっぺたが伸ばされたり‥‥無防備な私がそこに流れるたびに顔が熱くなる。
「あらあら、可愛いなぁうちにもあとでソレ送ってほしいわぁ」
私の背後から覗き込む百々花さんの声で時は動き出す。
「はぁぁぁくぅぅぅぅしゃぁぁぁぁん!!」
「ヒィィィ!!ごめんなさいぃいぃぃぃぃ」
「ふふふ…あいぽんさんにお別れできたかな?」
天使な笑顔のハズの奏ちゃんをみて白しゃんは露骨に顔を青ざめながら後退りしてお口をパクパクさせている。面白いけれどだめ。乙女の清楚を乱すものは許さないのが奏クオリティなのだ!
「俺の事は破壊してもあいぽんさんの事は破壊しないでください!ふいん…ぐはぁぁぁぁ」
あっ飛んだ…どこかで聞いた事あるようなセリフを吐いて飛んだ。まさかか弱い女の子が大の大人を数メートルも飛ばせるわけないし、白しゃんってば大袈裟なんだから。でもちょっと血が出てるみたいだからとりあえず弁明の余地を与えよう。やっぱり私って優しい!別に他の二人が鬼でも見たような表情だからじゃないもん…ないもん。
「それで白しゃん…なんで私の上映会なんてやっているのかなぁ?」
しばらくピクピクしてる白しゃんが産まれたての小鹿のように起き上がると正座して、私に向き直る。
「実はだな…この動画をとぅいったにあげていいかどうか相談していたのだ、今否決されたがな。」
「うん、それが正解だと思うよ?じゃないと奏ちゃんも限界超えて怒っちゃうぞ?」
「…はい、すみませんでした!もう一つ重要だったのが現世でのお前への事だ。お前も知っての通りだが、俺がお前に何かあった時に活動できる時間は限られている、そして先程の娘のように急に襲われることもあるだろうしな」
うん、言いたい事はわかるけど何であの動画だったんだろう…まぁロクな理由じゃないだろうけど。
それに画像だけならもっと可愛いのを言えば撮らせてあげないわけでも…いや、却下。これも多分ロクな事にならない…なんて呆れていると白しゃんが私の後ろを見つめて表情を変える。
「ここまで来たか娘!いいだろうその愚行を後悔させて…」
「白しゃんお座り!」
早とちりな狐を制止しようとしたけど…すでに飛び出していた白しゃんは勢い余って顔面から床に突っ込んでしまう…いまの動画に撮っておけばよかった。
「百々花ちゃん大丈夫だからね?白しゃん」
「俺は大丈夫じゃないんだが!?」
「ややこしくなるから白しゃんは黙っててね」
何か言いたげな白しゃんだけれど、話が進まないのでとりあえず黙っててもらうと百々花ちゃんが申し訳なさそうに顔をのぞかせる
「さっきはすみません、うち早とちりしてもて…てっきり悪い妖狐か思て…ほんまにごめんなさい。実はうち、破魔術の家系なんよ。喰印みると人間としては放っておくわけにはいかなくて…けど事情は聴いたから、なんて謝っていいのか」
「なるほど、まぁ人間の術師としてはやむを得まい。だがお互いに怪我もなくて…いやたった今俺は大怪我を被ったが、誤解が解けて良かった。次は俺も落ち着いて対話するようにせねばな」
白しゃんはそう言って優しく笑う、百々花ちゃんとの誤解はこれで大丈夫かな。
「それで、この人達だれ?妖怪なの?」
「妖怪じゃないわ…れっきとした人間だ、二人共な。ま、こうやって姿を見せて話すのは初めましてだわな、餡子のお嬢さん…じゃなくて奏ちゃんか」
やれやれって感じでこっちに向き直る紺色短髪で青い瞳の男性。聞き覚えのあるその声に首を傾げる。
「もしかして声の人さん!?」
「そそ、自己紹介すべきだわな、俺の名前は唯野奎この狐とは先祖からの付き合いで術師の家系なんだわ。詳しくは言えないけれどね…つっても今は悪友みたいな感が強いけどな。それで…こっちが…」
「私は仮ノ菜のらっていう者だよ、奎と同じく術師の家系でね。とは言っても役割は大きく異なるんだけどね」
パシャリといつの間にかスマホを取り出して私を撮影する、薄紫の髪を後ろで少しまとめている、かけている眼鏡がすこしインテリな印象を受ける。
「なるほど、これは噂通りだね奏ちゃん。配信ではお世話になってます」
言ってのらさんはもう一人の私、アプリで配信している画像を見せる。
「おー驚いた顔もいいね、先祖代々観測者みたいな事をやっているんだけど遺伝子レベルで癖になっちゃっててさ。白さんに話を聞いてたらちょうど君が現れたってとこだよ。でも気にすることないよ、アプリで見かけたのはたまたまだし、今回の喰印の件で僕達術師に白さんと君が問題にならないように奎から私に他の術師へ連絡して欲しいって事だったんだけど…ひと悶着あったみたいだね。群青家のお嬢さんとは」
のらさんの言葉に顔を真っ赤にして俯く百々花ちゃん。
「なら他の術師の人から今後襲われる事もないって事?」
「余程の事が無い限りは大丈夫だろうね、けれどこの前下の部屋がやけに賑やかだったのは奏ちゃんだったか。推しの配信を録画してたから柄にもなく床ドンしちゃったよ、君には天ドンだったけど」
「あ…え?えぇ!?」
「あー、でもね。あそこを借りてるのは本当に偶然だから安心してね」
「夜中にワイワイしてるのは?」
「そ…それは…」
気まずそうにのらさんが白しゃんを視る。…嫌な予感しかしない。
「白しゃん、素直に言えば怒らないよ?」
ビクリと身体を震わせて白しゃんが恐る恐る口を開く。
「実は…こいつとはしばらく前に縁があってな。それで時々邪魔して…はしゃいでました。奎と三人で」
「白さん!?ちょっと俺までチクる事ないっしょ!?」
「大丈夫大丈夫、次からは文句言いにいくから、そっかぁ共犯かぁーへぇーふーん…折角これ直してくれたらプリンの一つでもお礼しようと思ってたのに」
私は忘れつつあった割れた食器を詰め込んだダンボールを床に置いて開く、白しゃんはしばらくそれを眺めて
「無理だ」
「え?あの術で直せないの?」
「壊れてから結構な時間が経っているからな。これは俺が弔っておこう、悪かったと思っているが俺の全財産だ、これで代わりをかってくれ」
申し訳なさそうに私に差し出す掌には500円硬貨が…
「足りるかぁぁぁぁぁい!!」
「ならばこの思い出の古銭を…」
「いつの時代のやつ!?思い出を食器に変えなくてもいいよー」
「しかし参ったな…どうすれば…」
「気にしなくてもいいよ白しゃんは白しゃん、一応他にも食器はあるから」
「そうか…すまんな」
耳をシュンと垂れる、ちょっと可愛いけどさ。うーん責めるつもりもなかったし、それにお腹減った!あっ…私はふと思いついたことを提案してみる。
「白しゃん、土鍋ない?」
「あるにはあるが…まさか俺を食うつもりか!?やめろ俺は美味くないぞ!!」
「なんでそうなるの。食べません、今日は買い物もいっぱい出来たしお鍋しようかと思ってね。折角だから交流も兼ねてお鍋しようお鍋!」
私の提案に一同が賛同する、まぁ材料費とかはのらさんや奎君がこっそり渡してくれたし、また買い物に付き合ってもらえればそんなに苦もないだろうと。私や百々花ちゃんで材料を持ち出してきて、白しゃんのお社でお鍋だ!
とは言っても調理するのは私や百々花ちゃんだったりしたけど、白しゃんは材料切るときにあの刀持ち出すし、のらさんは何かずっと撮影してるし、奎くんは…動けよ!
「ほー、奏ちゃん料理出来たんだなこれは意外」
「奎君…無神経かよ!JDですぅー清楚な乙女の1人暮らしなんだから料理くらいしますー」
「JD?なんだそれは、ジェノサイド・デストロイヤー的な意味か、人間とはよく分からない言葉を次から次へと生み出すな」
「お、やんのか狐!?女子大生ですーその清楚の欠片もない響きなわけないでしょ?」
「そうだな、確かにお前は清楚の欠片くらいはあるな」
「処す」
「あらあら、可愛いわぁ…怒った女の子もええわぁ」
そうして夜は更けていった、のらさんがスマホを常に構えているのは少し奇妙だったけれど。白しゃんに野菜ばかりお椀に入れたら泣いたけど。肉ばかり食べる奎君に追加を買いに行かせたら半泣きだったけれど、時々危ない笑みをする百々花ちゃんが妙に怖かったけど。
それでもそうやって私達は同じお鍋で少しだけ、少しだけ仲良くなれた気がする。
えと、清楚なのでお酒は少ししか飲んでません!本当です!
そんな平和な時間を過ごして、解散しようとしたときだった。社の外から声が響いた
「ここがあの妖狐がいるお社か!どうか!どうか助けてくれ!!俺の友人がっ!!頼む!!」
次は早く公開できるように多分きっとします