第二話 『硝子』その壱
この作品は微妙にフィクションであり登場人物の職業、人格等は多分あんまり関係ありません
といふ希望と絶望と恐怖と歓び。その他諸々を詰め込んでおり、合成着色料、遺伝子組み換え食品は含んでおりません。ただし作者アレルギーの方はご遠慮下さい。
本題↓
此処より始まる物語 此処より巡る物語 此処より始まる出逢い
一期一会を幾度でも 袖擦りすぎて過多の縁 千里の道も瞬歩から
なんやかんやで第二話へ突入するお狐お悩み相談ストーリー
いざ…照覧あれ
沈み沈みて闇の奥 潜り潜りし大穴で 照らす灯りも無きにけり 踏み出す度に傷を負い 羽搏く度に射られ墜つ 生まれおつるは闇の中 茨の揺り籠抜け出せど 立ちたる大地は針の山 やがて出でたる人波は寄せては引いての大津波…翼もぎ取る大嵐 素足で逃げ込む穴の中 混沌奈落の闇の中
奈落の底で掴んだものは誰かが手繰る傀儡の糸 地獄に垂れる蜘蛛の糸 藁をも掴んて握った糸は
奈落の舞台で踊る糸 哀れ悲しき傀儡となりて虚ろに嗤う舞台の上に悲鳴も喜劇の演出に
叫びの歌が響くのみ 針の衣を身に纏い 悲しき傀儡は今日も舞う 底は奈落の、薄氷の舞台の上で今日も舞う 脆く儚い舞台の上で光る硝子の髪飾 青い硝子の髪飾 いつ砕けるかもわからない青い硝子の髪飾
深い深い闇の中、誰も知らない闇の中。姿も見えない闇の奥で声だけが響く
「かくして運命の歯車は動き出す…か。けれど君と出逢うには足りない歯車が多すぎるよ」
「生憎、絡繰りには疎くてな。悪いが真直ぐ行かせてもらう」
「おっと、そこは鋼の茨道だよ。そのまま進むと君は…」
ザクリザクリと音がしてジワリジワリと血が流る
「そうやって血にまみれて進むのかい?そうやって傷付きながら進むのかい?」
「回り道も見当たらぬではやむを得まい」
「やれやれ、君はもう少し賢いと思っていたんだけどね」
「手探りさ…いつでもな」
「愛想が無い上に不器用か…困った奴だね君は」
掠れた声がただ響く微かな声がただ響く
「一体君はいつまでそうやって歩く気だい?私は望んで此処にいるんだよ。君と同じく」
「…そうか」
「いい加減に止めておくのを薦めるよ。きっとお互いに不幸にしかならない」
「…そうか」
同じ歩調で足取りで同じ速さでただ歩く
「わからない人だね。君も…他にやるべき事があるだろう?取るべき腕があるだろう。望んでいるんだよ。ここにいることを。無駄なお節介は止めるべきだ」
「…そかもしれんな…ならば何故…お前は泣いている…」
真っ暗闇の真ん中で 真っ暗闇のその先で 小さく光る星があった。
顔も見えない暗闇で 道も見えない暗闇で 彼方に刹那に瞬いた か細く光る雫があった。
「…全く訳がわからないな君は。その血で出来た足跡は誰も通りはしないのに」
「…そうだろうな」
バタリと音がした。何かが倒れる音がした
「無茶をするからだよ。さぁ今は眠るといいよ。その闇色の硝子の城で、悲鳴の歌を聴きながら」
言葉は続く倒れた者に囁くように 夢に微睡むその者に
「…いまはその夢を…照覧あれ」
第一章 第二話 『硝子』
張りぼての星 張りぼての月 張りぼての空。いつ割れて落ちるかもしれない舞台の上で今日も虚ろな瞳で僕は歌う。大好きな歌を。大好きな詩を。身体に絡まる闇色の糸に操られて。
もっと自由に歌えたら…もっと自由に動けたら…一体どれほど素敵だろう。一体どれほど楽しいだろう。でも…もういいや…疲れたよ。何十何百何千と歌ってそしてまた捨てた。
微かに抱いた希望の光を僕は黙ってまた捨てた。
「これでいい。これでいいんだ」
「おやおや…良くはありませんねぇ。まだまだ働いてもらわないと」
「本当なのかい?本当に僕が歌えば他の人は…」
「えぇもちろん、私は約束は守りますよ。さぁ次の舞台です!休む暇などありはしませんよ!」
絡みついた糸が無理に身体を引き上げて、僕はまた舞台の上へ歩き出す。
これでいい…他の誰かが同じ目にあうなら…これでいいんだ‥‥
そして舞台は幕を上げる。誰もいない真っ暗闇に歌う独りの舞台が幕を上げる。
脆く儚い舞台の上で虚ろな歌を響かせる。虚ろな星や月が僕を見ている。そこにあるのは張りぼての
…ただ救いなのは、いつ砕けるかもわからない、僕には似合わない綺麗な綺麗な硝子の髪飾。
青い花弁の硝子の髪飾。
「ハハハハっ‥‥」
狂ったように歌って、狂ったように笑って、そうして僕は壊れていく…そうして僕は崩れてく。
もう誰も来やしない。もう誰も助けてくれはしない。もう誰も…歌を聴いてくれはしない…
誰も…虚ろな舞台の上で硝子の髪飾が揺れた。
パリーン!硝子の破片が砕けて散って宙を舞う。
「もう!誰も助けてなんて言ってないでしょ!?」
「いや、しかし危ないかと思ってな!」
奏が怒っている、いつものことではあるが怒っている!いつものように空き瓶で俺を殴ってもなお怒っている。白い狐の姿の俺を見下ろして頬を膨らませている。
とある事件をきっかけに、縁を紡いだ人間の娘『七草 奏』という娘。普段はニコニコと人当たりの良いこの娘だが一旦怒ると地獄の鬼も裸足で駆けていきそうなこの迫力…これが清楚か!
「いま少し、いあかなり失礼な事考えていたでしょ白しゃん?」
「そ、そんな事はない!とても清楚だと思っていた!!」
俺の名は白といふ、とある社に住むしがない銀髪の妖狐だ。悪戯と色々な感情と甘い物が好きなどこにでもいる普通の妖狐だ。
俺の頭を殴りつけたその辺にあった謎の瓶を片手に俺を見下ろす奏。とりあえずその割れた場所が物騒にギラギラと光る酒瓶を放してほしい。いくら清楚でもそれは怖い。
「全くもう…加減ってものをしらないの?」
「す…すまん」
お前がそれを言うのか!と内心思いつつ平謝りに土下座を決め込む。白狐の姿だからどちらかと言えばお座りというか五体投地に近い体勢ではあるが、細かい事は今は良い。どうにかこの荒ぶる娘を鎮めねばなるまい。
「しかし無事でよかった…」
「白しゃん…」
状況が掴めないであろう謎の観測者共に俺が懇切丁寧に状況を説明しよう。思い返せば先刻の事である。
春も半ばに木々の色合いはやや濃くなりつつある季節。やがて日も暮れ始めようかという快晴の、春の陽気を含んだ長閑かな時間帯。風は優しく空気は潤うそんな刻。
俺がいつも通り過ごしている別空間の社でいつも通りに趣味の創作活動を楽しんでいると奏から「少し助けて欲しい」と割と普通のトーンで通信が入ったのだ。
どういうシステムなのか子細は前回の事件を参考にして欲しいがそういう便利アイテムが奏にめり込んでしまったと今は説明しておこう。
兎にも角にも俺は疲れるのは奏なので快く転移に応じた訳なのだが。何の抵抗もなく転移すると
「はい、白しゃん。これ持って♪」
「…嘘だろう」
「じー‥‥」
か弱い人間の娘がおよそ一人では持てないであろう買い物袋を突き出してきたのだ。要するに荷物持ちのパシリというやつだ。ただ『か弱い』の定義は七草奏の定義に従う。下手な事を言ってしまっては大変な事になる。まぁ奏の睨み…もとい熱い期待を込めた眼差しに負けて俺は荷物を承諾したのだ。
だが人間の姿で一緒に歩くのは乙女の今後に良くないので女体化を薦められたが、玩具にされそうなので断固拒否して、白狐の姿で荷物を持っていた。持っていたというかその辺の草木やらを術でベルト代わりにしつつ、背中の上に籠を付けてだ。ロバか俺は!後は口で袋を掴むというか銜えて運んでいたというわけだ。俺のここでの災難はまだ続いた。
奏は袋をガサゴソとあさりと…じゃない漁ると小さな鈴が付いた真っ赤な首輪を見動きの取れない俺に付けたのだ。犬でもあるまいし冗談ではない…が鈴は好きなので良しとしよう。奏曰く
「飼い犬に首輪とか付けてないとダメなんだって、何かあると飼い主の責任になるみたい」
「おい!俺は狐であって犬ではない!!」
「はいはい、動物は喋りませーん。バレたら白しゃんも困るんだからね?悪い人に掴まってどっかの研究機関に売られて大変な事になるんだよ?」
「いや…人間相手に負ける事はないし転移時間の影響で…」
それ以上は言わなかった。少し悲しそうな表情だったからだ。どのみち俺の様な白い狐はすぐに犬とは別だとバレるだろうから良いのだが、人間の戯れに付き合うのも悪くない。
とはいえ、奏の家までの帰路は何事もなく。こともあろうに人間は
「あらあら、お利口なワンちゃんねぇ」とか
「あー、見て見てママーわんわんがお買い物してるー」とか
「うそ!ちょー可愛い!あの犬!」
などという始末、奏はそのたびにクスクスと笑っていたが俺は不満気に歩いていると
「白しゃん、楽しそうだね」
「何がだ?俺は不機嫌だ。俺は狐であって犬ではない」
「でもさっきから尻尾がブンブンしてるよ?」
「…」
不覚であった。確かにこうやって現世の世界を歩くのはいつ以来の事だったか、すっかり変わってしまったこの世界が物珍しくはあったが…知的好奇心というのは厄介なものだ。しかし尻尾は仕方ない、人間が梅干しを想像して口の中が酸っぱくなるのと似ているのだ。
そして事件は起こった。そんな不機嫌で決して尻尾など振ってない、むしろ怒りで毛が逆立っているであろう俺の前でそれは起こったのだ。
簡潔に言えば奏がナンパされた。それはハッキリ言ってどうでも良いのだ。人間は恋をして子を成して種を育み、想いを紡いでいく。結構な事だ、しかし事もあろうに俺に
「可愛い犬だね、あっ男の子なんだ。俺も犬好きでさ、家のわんこ女の子なんだけど良かったら犬の散歩デートしない?その後はもちろん二人でさ」
などとほさきおったのだ、そやつは三度も俺を犬扱いした挙句、犬とデートなどと烏滸がましい。
ただ、喋ると怒られそうだったので黙ってはいたのだが
「少しだけだからいいでしょ?ね、少しだけ!あっ良かったらレイン交換しようか。それでさー…」
と、続いていたのだが数分こんなやり取りが続いて。焦れた男が奏の肩に手をかけたのだ。あと…
色々嫌な予感がしたので奏には悪いが少し脅したのだ。
俺の意志に呼応して風が渦巻き、純白の毛皮に真紅の紋様が浮かび上がる。
「おい人間の小僧…この娘に妙な事をするとタダでは済まんぞ?」
人間の言葉でそう言った。男はたちまち血相を変えて逃げて行ったが、そのあたりは抜かりはない。数秒もすればすぐに記憶が消えるだろう。そう思っていると殴られたのだ、どこから拾ったのか分からない空き瓶で。そして今に至るというわけだ
「しかし無事でよかった…」
「白しゃん…ありがとう、一応心配してくれたんだね。よしよしいい子いい子」
完全に犬扱いされているが荷物を咥えたままでは反抗もできず。頭をグリグリと撫でられる。
「あぁそうだな、お前が怒りのあまりあの男を半殺しにしないかと内心冷や汗ものだったからな、俺の鋭い観察眼では先程男が手を触れた時に拳を握っていたのが見えたのでな。いや、怪我人が出なくてよかった。痛い思いはしたがな」
「え?私がそんな事するはずないじゃなーい」
「いやいや奏、お言葉ではあるがな。いつも俺は…」
「私がそんな事するはずないでしょ?ね?」
いつも綺麗な歌を歌うその声で、愛嬌のあるその声で、春風の様に暖かく軽やかにナントカの夜の様な暴風雨と絶望を彷彿とさせる威圧感をもって。
学習能力の高い俺は白い狐の姿でコクリコクリと頷き帰路を進んだ。決して人間の娘に恐れをなしたわけではない、決して脆弱な人間の娘が『七草奏』が怖かったわけじゃない!絶対に!絶対にだ!
大事な事だから二回いってみた。
その後は何事もなく奏の家について荷物を降ろす、あとは奏の仕事だ。俺の知ったことではない
この前下手にものをいじろうとして殺されかけたのがトラウマになっているわけではない。
決して、からかって怒らせてクローゼットに逃げ込もうとして更に怒りを買ってフルボッコにされたのがトラウマになったわけではない。俺は誇り高き妖狐。長い銀髪に金色の瞳の孤高の妖狐!
地獄の鬼や悪鬼悪霊も尻尾をまく妖狐だ。悩みを喰らい長き時を生きた妖狐だ。人間なんて…人間なんて…怖くないもん!!
お手伝いの駄賃代わりにと奏がジュースとプリンをくれたのでそれに舌鼓をうつ。まあ、今は人通りの多い時間帯なので狐の姿だが。いつもの姿では自称清楚な乙女のイメージをぶっ壊してしまうからだ、部屋に男が入っているのも良くないであろうし、まして女体化は避けたい。
「へへへー。いただきまーす…白しゃん、本当に犬…狐みたい」
「お前まで犬とかいうな!だが許す。プリンが美味い!」
「うんうん、はー…疲れた時のおやつは美味しいねー」
狐の姿でもジュースやプリンの味は変わらぬし、このような姿で食べ物を食べるのも慣れている。
たまに人間がくれるのだ、この姿でいると。モフモフは便利らしい。
とはいえ、お前が疲れたのは俺を殴ったからだろう…まぁ召喚の体力もあるかもしれんが、安売りだからと買い物を増やすお前が悪い…いや、元から俺を呼ぶ算段だったのか?
だとするとそれはある意味賢いか…侮れんな七草奏。細かい事はさておいてプリンが温くなる前に頂く。
「そういえばね、声の人が言ってたよ?餌をあげないでください。憑いてきますって」
「失敬な、俺は憑いてなどおらぬ」
「ふーん、よくわかんないけど、疲れたからいいや」
「俺は色々ついてなかったが、まぁいい。助かるぞ奏」
「白しゃんって甘い物好きなんだね」
「大好物だな!特に人間がくれるのは最高だな」
「なにか違うの?」
「あぁ、ただ喰らうのとではそこにある感情が違うからな」
「へんなのー、いまは疲れたからいいやー」
「そうだな」
そんなをやりとりをしているとチャイムが鳴る。俺は構わず皿に置かれたプリンを食べる。
奏が玄関の扉の穴から向こうを見て玄関を開ける。
「はーい、今開けます。えと何か御用でしょうか?」
「こんにちわ、あら可愛いお嬢さんやこと」
「可愛いなんてそんな。うへへ…」
全くだ、可愛いなんてそんな可愛いものじゃない。容姿と声と一部の平穏な時だけだ。
ゆったりとした涼やかな声…人間の女か、妖気もない。だが知人ではないか。
「それでえーっと」
「あら、うちとしたことがうっかりしてたわぁ」
「実はお嬢さんもそうやけど…あーおったぁ…そちらの妖狐さんに御用があってな」
その言葉にビクリとして女の方を見て警戒態勢を整える。こいつ…ただものじゃないな
「お嬢さん、お名前はなんていいはるの?」
「えと、七草 奏です。でもあの狐は!!」
「うんうん、ええのんよ。安心してな」
言って奏を下がらせて玄関へ下がらせる京訛り人間の娘
「なんや物凄い妖気やなぁ…けど見逃せんなぁ。お嬢さん騙されとるよ?」
「ほう…騙すか…面白いな人間」
「やっぱり妖狐はそうでないとなぁ…可愛い見た目の白い狐でも妖狐は妖狐やなぁ…」
「え?ちょっとなに?白しゃん!?」
「案ずるな奏…人間よ…俺の餌を奪うと容赦は出来んぞ」
前傾姿勢をとり、後ろ足に力を込めて全身の毛が逆立ち、威嚇して唸る
「餌…ねぇ。二度とそんな口利けんようにせんとなぁ」
人間の娘が懐から扇子を取り出して優雅に開くと彼女の霊力が爆発的に膨れ上がる、俺も一部の妖力を解放すると純白の毛皮に真紅の紋様が浮かび上がる。
お互いの力がぶつかりあって奏の部屋の中で小さな嵐が巻き起こり、先程までプリンが入っていた皿とジュースのグラスが吹き飛んで砕けた
「来い人間…俺に牙を剝いた事…その身で後悔させてやろう…」
「陰陽道退魔衆 叢雲流破魔術師 群青派宗家 群青百々花!参ります!!」