第一話『春の嵐』
この作品は微妙にフィクションであり登場人物の職業、人格等は多分あんまり関係ありません
といふ希望と絶望と恐怖と歓び。その他諸々を詰め込んでおり、合成着色料、遺伝子組み換え食品は含んでおりません。ただし作者アレルギーの方はご遠慮下さい。
本題↓
此処より始まる物語 此処より巡る物語 此処より始まる出逢い
一期一会を幾度でも 袖擦りすぎて過多の縁 千里の道も瞬歩から
いざ…照覧あれ
明けない夜は無けれども暗夜の道はいと暗く、遥か彼方の星彩も八雲の奥に隠れけり、近く聞こえる呼び声も真黒な闇に飲みこまれ、雲の間に間に流るるは刹那に駆けた箒星、眼を光る一雫。想い凝らせし輝きも流れて闇に霞みゆく、真黒な闇に霞みゆく。
巡り巡りの日輪も堂々巡りの白の夜は何時ぞ明けるか暮れるのか。
真白き闇に彷徨いて真黒き夢に誘われ微かに虚ろに流れ聴く唄は現か幻か
白夜を駆ける流星に汝は何を望まんや、願い託して散る星は遠くに淡く溶けてゆ
く、真白な闇に溶けていく
「ならばその闇喰ろうてみせよう」
誰かが言った、誰も知らない誰かも分からぬ声だけが闇の奥へとただ響く
「喰らう?四方八方六合の一体どの闇を喰らおうと言うんだい」
一面の闇の中、鈴の様な声が響くいた。水面に投げた小石の様に波紋を拡げて
「真黒も真白も闇ならば霞んで溶けた願いごと喰ろうて還してお見せしよう、星彩煌めく天原に星と並べて御魅せしよう」
「ははは、全く欲張りな事だね。喰らって星と並べるだなんて理解にしかねるよ。だけど実に興味深い」
足音が響く、神楽の鈴の音を鳴らして
「往くのかい?」
返事はない足音が遠くなり鈴の音だけが遠く響く
「やれやれ愛想がないね君は…それと君が往く道はそっちじゃないこっちだ」
闇夜に星が瞬くように夏夜に蛍が舞うように小さな光が仄かに淡く闇の彼方へと延びてゆく
「感謝する。其方は一体…」
「今は未だ言わないさ君がこの道を進むならいずれ判るよ辿り着ければね」
「我はあの日の答えに辿り着けるだろうか」
「さぁね、ほら急がないと僅かな道標も消えちゃうよ」
「道標…か」
「この光はねこれから君が出逢うかもしれない想いの欠片そして可能性だよ」
「美しいな」
その時交わした言葉はこれだけで鈴の音を鳴らしてソレはゆっくりと歩いて往った。真っ暗な闇に長い銀色の髪を揺らして
その時導いてくれたその人は何かを待つように佇んでいた、五体に絡む闇の糸は鉛の様に重く誰かの腕の様に纏わりつく、重くて想いを籠めた足をただ進めた…ただ見送られるように歩く事しか出来なかった
「往ったか…喰らう、喰らうか。この色取り取りの光を呑み込む闇を喰らい続けて歩く君は一体どんな色になるんだろうね」
声が聴こえた気がした。
『照覧あれ!』
白夜
小鳥は囀り朝日は優しく木々は春の若葉にいっぱいに受け若緑の薄い葉を光に透かせている。目覚まし時計もまだ眠っているそんな良き春の穏やかな良き朝に私はまだぼんやりと霞んでいる目を擦る。
スルリと鳴るシーツの音と一緒に朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで洗面所へと向かう、流れ出す水は澄んでいて手に掬い顔を洗うと眠気も一緒に流してくれる。
「あ”~」
うがいも済ませて頬を軽くパシリと叩いて気合を入れる。
「うん、今日も好調好調」
ぴろーん♪
「ん?なに今の音」
その奇妙な音に誘われるように恐る恐る振り返るとソレはそこにいた
銀色の髪のその人が
第一話「春の嵐」
「よし、撮れた撮れた早速とぅいったぁにあげるか」
「…あげるか…じゃないわい!!」
渾身の右ストレートが顔面にめりこみ変な音がした
「おい!何をする‼乱暴な娘だな。さては貴様、蛮族か?危うく飯を落とすところだっただろうが」
大事な大事な食事を何とか死守した事に安堵し、その娘をみると小さく肩を震わせていた、そっと肩を叩いてなるべく穏やかな表情で語りかける
「安心するといい、俺は白故あって…はぐぅ‼」
また殴られた、しかも今度は助走付きだった。酷すぎる親父にも殴られた事ないのに(嘘)
「ちょっとソレ私の朝ごはんなんですけどぉ!?それにここは私のお家!こんなとこに不法侵入して勝手にごはんまで…はっ!確かに鍵は閉めたハズなのに!」
賑やかな娘はベランダの窓へとパタパタと走っていく
「何この穴…」
「あぁ、良い飯の気配がしたんでな少しばかりガラスをくり貫いてそこから鍵を開けたのだ…ま、音も無く入れたからな。良い寝顔で眠っていたぞ娘よ」
「空き巣の手口ぃ~」
自分の技術に関心しつつ、ついでに最近手に入れたあいぽんを片手に巷でよくあるという噂のウインクとやらで爽やかに微笑んでやる
「もしかして寝顔も撮った?」
「無論だ、このあいぽんを手に入れてから色々と撮るのが楽しくてな。勿論先程のうがいも収めたぞ。お主はうがいの時は『あー』というタイプなのだな。これからとぅいったぁに上げるが、ふぉろわーからはウケがいいんだ若い娘の無防備な姿は。いやぁ~飯といい何から何まで大漁大漁」
ドドドドドド
「成敗!!」
眩しい閃光が視界を奪うと頭部から全身へと稲妻の様に痛みが走り抜ける。先程の音は走り込みだったか。いつの間にか、この娘が飲んだであろう酒瓶を手に強烈な一撃を貰ったようだ。凶器を使うレスラーにでもなれば有名になれるのではないだろうか?などと自分の血で真っ赤に染まる視界とひんやりとしたフローリングに意識を失いかけて
「正座」
「はい?」
「せ・い・ざ♪」
「は、はい!!」
柔らかな笑顔の底から溢れ出る殺気に身体が反射的に動く、返り血を滴らせる酒瓶を片手にしたその娘の笑顔は地獄の鬼よりも怖かった。
「それでここで何をしていたのかな?」
「やれやれ最近の若者は客人に座布団も無しか親の顔が…」
言いかけてクッションらしきものが顔面に飛び込んできて言葉を塞がれた。
「まずは自己紹介でもしておこうか、俺の名は白というしがない妖狐だ。ここに参ったのは深い事情があってな…」
「あ、クッション使わないんだ」
自己紹介を勝手に始める彼…白はスタスタと部屋を歩く
「深い事情って?」
「それはな…腹が減ったので飯を分けて貰おうと思ってな」
「単純やないかい!分けてっていうか全部食べちゃってるじゃない」
「それともう一つ、お前の悩みを喰らいに参った」
「え、悩みを喰らう?一番の悩みは急に私の平穏を乱した自称妖狐とかいう変態さんだけど」
そういうと彼は一瞬顔を曇らせて黙り込んでしまった。流石に言いすぎたかも
「変態だと!?けしからんな成敗してくれる!」
「お前じゃい!!」
「なっ…お褒めに預かり光栄至極」
「成敗しないんだ…」
前言撤回、なぜか嬉しそうに頬っぺた赤くしてるし完全にダメな人?いや狐っぽい。自称だけど。これがよくある中二病というやつなのかな?何にしても早く出て行ってもらわないと朝の枠を立てれない
「それで自称妖怪さんはその壊した窓とご飯をどうしてくれるんですか」
「ふむ…飯は返せんな…しかしながら…」
彼は自身が壊した窓へ近付くとこちらを見つめてこういった
「照覧あれ」
声が響いた、小さな部屋に小さなはずのその声が。春の風とは違うどこか重みのある、それでいて寒くも熱くもない秋の夜のような風が窓の隙間からではなく…
彼の周りに筆で描いたような白やら黒やらの色彩が集まって弾けた、光が差した
「ふぅ…やはりこの姿が一番落ち着くな」
ため息一つ付いた彼、白と名乗るその人は長い銀色の髪をなびかせ着物を羽織り、よく目立つ真っ白な狐の耳とふさふさの尻尾を生やしていた。一瞬だけ私の方を朝焼けの様な金色の瞳で見つめて腰に付いている鈴をシャランと鳴らせ何やらボソボソと呟く
「還元呪法・廻天」
尖った爪の先から淡い光を放って窓の穴をなぞると先程まで春の息吹を招いていたその小さな穴は陽炎のように消えてしまった。そこには私の知っているいつもの窓があった。
「あ…」
「ん?どうした娘よ」
つい、時折ピコピコと動く耳とゆらゆら揺れる尻尾に気を取られていた
「な、なんでもない!」
「ふむ、そうか…ところで娘、君の名は?」
「ぷっ!」
なんで妖怪なのに人間の作品タイトルを知っているんだろうと、目の前に立つ白の容姿とのギャップに吹いてしまった
「ななくさ…七草 奏…です」
「良い名だな娘よ。しかと心得た、して悩みはないのか?我は人間の感情が大好物でな中でも悩みとそれが解消した時に出る気が美味なのだ」
「悩みかぁ…うーんすぐに出せと言われても出ないよ」
一人称の安定しないキャラがブレッブレの妖怪の言葉にのせられて少し考えてみる。
「出そうで出ないとは、そうか便秘か。良いか娘よ、便秘解消には主に水分と運動だ。アレの大半は水分で構成されているのでな。それと運動によって腸蠕動…あ、腸の動きを活性化することで出やすくなるのだ、それとアレを纏める役割の食物繊維だな、野菜を食え野菜を。他にはヨーグルトなどの乳酸菌などで腸内細菌の調整に最終手段は下剤やら浣腸といったのがあるがこれ等は最後だな」
「違う!そうじゃなくてって、私乙女なんですけど!?花も恥じらう乙女に何言ってるんですか‼」
「なに、気にすることはない生きとし生けるもの全てが摂取と排泄を繰り返すものだ。排泄物の件くらいは朝飯前だ。あぁ朝飯は先程済ませたか…フハハハハ」
「乙女っつってんでしょうがぁぁぁぁ!!」
つい怒りにまかせて手元の酒瓶で後頭部をフルスイングしてしまった…奏ちゃんお茶目♪
白は数秒ぴくぴくと床で痙攣したかと思うと何事もなかったかのように立ち上がった
「見事な凶器攻撃だな娘よ。先程考えたのだが凶器を使うレスラーなど向いておるかもしれんな、スイングの速度といいパワー、打ち込む場所の精密さも私が太鼓判を押してやろう」
「もう!何なんですか!さっきから女の子にむかってレスラーだの朝からう〇この話とか失礼すぎますよ」
「う〇ことは言ってないだろう排泄物だ」
「大差ないでしょ!?」
ドン!!上の階から何かを叩く音がした、これがいわゆる天ドンかぁ…いつも夜中にワイワイ騒いでいる部屋の人だけど、すこし凹む
「おぉ、これが天ドンか娘よ俺は天丼が食べたいぞ」
「さっき私のご飯食べたでしょ」
「成長期だからな」
「いやもう大人でしょ」
「…心も魂もまだまだ成長期なのだ俺は」
「何綺麗に言ってるの?材料もないし調理の時間も気持ちもありません」
「うっ…つらい」
「もう、泣かないでよぉ…泣きたいのはこっちなんだから」
耳をしゅんとさせてうずくまる大人気ない狐さんに頭を抱えてしまう
「泣き落としは有効と…メモメモ」
「をい」
「しかし何か悩みはないのか?先程の便秘の話でも悩みが解消した気配がない」
「だから違うって言ってるのに、急にいわれてもそう出る程のはないよ」
「やはり便秘か」
「その流れはもういいから」
「ちっ…やはりこのネタでは怒りも喰えないか」
「はい?」
「いや、気にするな。次の手を考える。俺はな悩みや感情を喰らう物の怪だ。故に俺自身への強烈な怒りやらも捕食対象なのだ」
「お巡りさん呼んでいい?」
「それは困るな」
「そんなに怒られたいなら、いっそのこと怪我人とか出ない場所で爆発するとかは?」
ふと陽気な春の公園で彼が花火のように爆発するグロい様子を想像してしまいげんなりするが、それは白さんも同じらしく顔を青ざめさせていた。そのあたりは人間に近いのかもしれない
「恐ろしい娘だ、テロリストの才能もあるとは」
「えー…とばっちりが過ぎる」
二度目の前言撤回、感覚が違いすぎるこの妖怪。
「しかしな娘よ、俺は悪戯が大好きなのだ。それにそのような大勢の人間を巻き込む大惨事は結果的に笑えんからな。笑えない事はすべきではない」
「いや、現状私に笑える事してないから狐さん」
「なん・・・だと・・・。それはすまなかったな。しかし悔いはない若い娘の新鮮な怒りを喰らえただけでも良しとしよう」
「悔い改めて下さい。割と本当に」
白い狐さんは少し考えんでこちらを真っすぐに見つめてくる、まさか妖怪っていうくらいだし私を食べたりするんだろうか。悩みがなければ肉をよこせって…そう言えばさっきは天丼がどうとか言っていたし栄養価の高いものが好きなの!?
いやでも私まだまだ若いしこんなとこで訳の分からない妖怪に食べられるのはちょっと、いや断固として嫌すぎる。
「も、もしかして私の事食べたりしないよね!?悩みの代わりにお前を食べてやる~みたいに!!」
「食べる?俺が?人間を?フハハハハハハハ」
私何か変な事言ったかな?この狐さんの頭よりはかなりマシな発言だったと思うんだけど、もしかして男の子が好きな笑ってキレるっていう展開!?ピンチすぎる
「莫迦な事を言うな娘よ、人間を食えない事もないが大して肉は美味くない。それに何より人間を喰ろうてしまっては感情も何も喰えんであろうが。もしや性的な意味でか!?いやぁ~それは展開的に流石にないわー…ワンチャン…いやどうだろう、薄い本が厚くなる可能性が…」
「言ってませんけどぉ!?大体見ず知らずの、しかも妖怪とかないです!」
「そう怒るでない娘よ。ほんの冗談だ」
「乙女のイメージを勝手に汚さないで下さい。これでも一応清楚で通っているんですから現状は、冗談が酷すぎますよ」
「すまんな、久々に若い娘との会話にはっするしてしまった。紳士な俺らしくもなかったな詫びよう娘よ。」
紳士…嘘だこの狐、絶対変態に違いない
「それよりさっき何か言いかけてませんでした?」
「そうだな…何か俺の好きそうな感情の匂いがしていたが今は時期早々だったようだ」
「ほぇ?」
「いや、気にする事ではない此方事だ。袖擦りあうも多生の縁、生きていればいずれ逢う事もあろうな…十年後か二十年後か…はたまた来世か…」
狐さんは笑いながらそう言った、だけどその瞳はどこか遠く寂し気で
「朝餉の件、馳走になったな娘よ恩はいずれ…返せたら返そう」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
別れの挨拶も無しにその妖怪は今度は普通に窓を開けて跳ねるように春の陽気の中に飛び去っていってしまった。
「ここ二階…」
一体私が何をしたんだろう、気持ちの良い朝に突然現れた妖怪。
悩み…悩みかぁ小さな悩みは語りきれないとはいえ大きな悩みがあるかと言えばどうだろう、きっと私なんかより大きな悩みがある人は沢山いるはず。
どうしてあの妖怪は私の元に現れたんだろう、どうして朝ごはんを勝手に食べてしまったんだろう、あっ…私の画像…おのれ狐め…
けれどなんだろう今は怒りよりも突如として私の前に現れた白い嵐との遭遇に妙な胸騒ぎと期待を覚えていた。これはきっと不安そして奇妙な出来事への好奇心に違いない。
「白…か。名前教えたのに結局呼んでないじゃん」
開けっ放しの窓から麗らかな春の風が吹いてカーテンが踊る、陽の光を受けながら私の髪を撫でていく。
「あ、お出かけの準備して枠たてなきゃ…はぁ~朝ごはんどうしよう」
過ぎた嵐の後の静けさに失った朝食とその他諸々に後ろ髪をひかれながら、いつもの私に戻っていく平和で楽しくて…そんな日常に。そのあとはお出かけの準備をすませつつ枠を建ててお話して空っぽのお腹で玄関の扉を開けた。
空腹のままの授業は少し集中しにくかったけれど、その後お昼もとっていつも通り、友達や皆とお話して笑って今朝の嵐が嘘のように楽しくて穏やかな今日を満喫する。
空っぽにされた冷蔵庫を戻すべく買い物もして、大好きなお姉ちゃんとお話して今日も日が暮れていく。
またあの狐がいないかと戦々恐々としながら玄関のドアをあけて部屋を見渡す。いない
ほっとしながら課題やらを片付けて、枠を立てて配信を開始する。
今日はどんな出会いがあるんだろう、今日はどんなお話しようかな。部屋のギターを手に取ってスマホの画面の前で深呼吸する。
枠を開くといつもの皆が私を迎えてくれる。私はこんなにも多くの人に支えられているんだなと実感しながら歌う。よく歌う歌やリスナーからもらえるリクエスト。けして良い事ばかりではないんだろうけどそれでも笑いながら。
「今日もありがとう」
そして今日が終わる。いつも通りの毎日だ。
それから次の日、その次の日も私の周りは比較的平和だ。慌しくなる大学生活、充実した毎日、あの事が嘘の様に約一月の時が流れた。試験とかの理由もあってしばらく配信を停止する事も皆許してくれた。正確には止めようがなかったのかもしれない。少し物足りなくなるのは分かっていけど…ううん、違う。きっと怖かったのかもしれない。今はまだ大丈夫だけどそのうち期待も上がっていくかもしれない、皆は言わないだろう。
けれど私は私を許せなくなるかもしれない。私を…進めないままの私を
「はぁ~ダメだ気分変えないと」
窓辺に寄って少しだけカーテンを開いて夜空を見上げる。月は隠れてしまっているけれど星はまばらに輝いていた。
「あっ…流れ星」
急に願い事なんか出ないよ…それに星に願って叶うならきっとこんな気分じゃないはず。まだまだだな…私。そう思うと胸が痛くて、苦しくて…理想の私はきっとずっと先できっと今の私を見たら笑われるんだろうな。なんて自暴自棄になっている私自身を自嘲気味に笑う、願い事か…消えてしまって数分たった流れ星。次はお願いごと出来るようにしないとそう声に出して、ううん、声にもならなかった声にして。今日は寝よう。
「おやすみ」
今度ははっきりそう言って、誰に語るでもなく誰に伝えるでもない挨拶をして電気を消そうとした瞬間。
目の前が真っ暗になる。電気はまだ付いていたはず。
目の前がぐるぐると回りだす。体調に異変はなかった。ご飯も食べた。
歪む視界のうねりはドンドン大きくなって私は大きな渦に放り込まれたようにまともに立つ事さえ難しくなっていた。そして私は気を失った。
どのくらいの時間が流れたんだろう、頬をぺしぺしと叩かれた気がする。なんか頬っぺたが痛い、引っ張られてる?なんとか力を振り絞って瞼を少し開くと雲がかった月の光が見えた。
「おはよう、いやこんばんは。か」
聴きなれない声がして霞んだ視線だけでどうにか声を追うと、そこにはいつかみた銀色の髪の妖狐が私の顔を覗き込んでいた…お気に入りのあいぽんを私に向けて。
「客人か、もしくは…いやはやいつ以来だろうか此処へ何かがくるのは」
雲の衣を被ってはその隙間から薄らに光る月を見上げて呟いた。
この古びた山の社も今は獣と自分の気配しかない。いつも静かな草木が騒めき、眠っているはずの鳥達が飛び立つ。
刹那、連なる鳥居が淡く輝いて中空に青い光の粒が渦を成す。門が開いたのだ。
「今日日星に願いとは全くもって珍しい事だ。またも童が迷い込んだか、もしくはどこぞの強欲かロマンチストか…鬼が出るか蛇が出るか、はたまた神か仏の説教か…はぁ気が滅入る」
門の光が収束して形を成す。雲にでも乗るかの様にそれはゆっくりと地面に降り立った、厳密に言えば仰向けで転がっているのだが…
「ほう、これは何時ぞやの」
転移の余韻か気を失っている娘、なんとか起こそうと思案する。この様子をとぅいったぁに上げるのも面白いとお気に入りのあいぽんを構えて頬を軽く叩いてみたり頬をつまんで伸ばしてみる。中々に愉快だが怒らないでは意味がない。水でもかけるか?いやそれでは風邪をひくだろうしなどと思考を巡らせていると娘は微かにその瞳を開くと驚いた様に目を見開いた。
「おはよう、いやこんばんはか。か」
「ひゃふしゃん?」
「ん?今なんと…と、すまない頬をひっぱったままだった」
うっかりしていたと慌てて手を放す、少し赤くなっているが直ぐに戻るだろう。うん、黙っていよう。
「うぅ~痛いでしょ」
眉をひそめて苦言する娘、以前の様に殴られるのかと思いきや転がったままだ。
「このまま転がったままでは話も出来ぬな、どれ少し待っていろ。アレ?どこにしまったっけ?ここでもないしあそこでもない…お、あった」
しばらく悪戦苦闘はしたものの何とかお目当ての物をとりだして娘の掌に握らせる。
「ちょっ!今どこから出したの握らせましたぁ!?」
ふふ、成功だ。相変わらず良い反応をする
「案ずるな娘よ、そういう反応をすると思ってな。探すがてらに悪戯として一芝居うってみた」
「だってさっきパンツの中覗いていたじゃないですか!」
「え、どこって?」
「だからぱんつの…」
ぴろーん♪あいぽんさんが任務完了の音を鳴らす
「あっ…」
「フハハハハハ!ネタは貰ったぞ娘よ」
「をい狐ぇぇぇぇ!!」
「安心しろ…はいてない」
「は?ちょっとやだぁぁぁぁそんなの握らせないでよ!!」
「フハハハハ!冗談だ。大体そんなところにそんな物をしまえる訳がなかろう。安心しろ、ちゃんと懐の隠しポケットにしまっていたからな」
納得してないのか納得せざるを得なかったのか表情は曇ったままだがコクリと頷く娘。
「ところで娘よ。そろそろ起き上がれるだろう?心なしか声もよく出てしな」
「ホントだ…身体のだるさも消えてる。ところで此処はどこで何で私は…」
ゆっくりと身体を起こして不安そうに尋ねる、至極当然だろうな普通はまずここには来ない。否、来ることはそう叶わぬしな
「困惑するもの道理だな、そうだなどこから話すか…」
「クシュン!」
「ふむ…」
術式を構成すると娘の頭上の空間が歪む
「なにこれ?…わぷっ」
中空から物質を転移させる初歩的な術だが、突然降ってきたソレに娘は言葉を詰まらせた。クッションの礼だ悪く思うな。
「古い物ですまぬが風邪をひくよりはよかろう。一応綺麗なものだ羽織ると良い」
「あ、ありがとう白さん」
「それと大事な事だから言っておくが、今渡した小鈴を帰るまでは放すなよ?帰ってからは捨てるといい。勝手に我の元に戻ってくるからな」
「やっぱり一人称安定しないなぁ」
そうして社の離れに案内する、俺が普段から居住している小さな小屋だ。しばらく使う事もなかった客人用の座布団の上に娘は腰掛ける
「どこから説明するか…まずは此処がどこかだな。此処は俺の…いや正しくは今は俺が使用しているとある山中の社だな。とは言ってもお前達人間と我々妖の世界の狭間にあるのだがな」
「んん?山の中じゃないの?」
「あぁ、実際にある山ではあるがそこに此処はない。だから景色は同じでも場所は違う、例えるならばお前達の世界を紙の表とするならば裏…いや紙の繊維の間とでも言うか」
「裏じゃないんだ」
「まぁな、ちゃんと裏の場所はあるからな。特殊な結界で区切られた隔絶された場所だ」
「そっかぁ、なんだか檻の中みたいで寂しいね。でも私は何故かここに来て白さんはここにいるの?」
「そう…だな。だが安心しろ娘よ、お主はもう直にでも家に帰れる」
「私は?でも前に不法侵入してたじゃない」
「それこそお前が此処にいる理由だ、以前俺が悩みを聴いただろう?」
「うん、でも特に悩みなんてなかったし」
「そうではない、俺が通常人間界に行くことが出来るのは余程強い縁があって事故的に俺がとばされるか、何者かに召喚…つまり呼び出されるか、そしてこれが最も重要だ、処理しきれない悩みがあり、尚且つそれが俺に解決出来る場合だ」
「解決?食べるんじゃないの?」
「悩み自体の感情を一時的に喰らってもそれは根本的な解決にならぬしな。厳密には解決した時に出る『気』を喰らっている訳だな」
「よくわかんないよ、とりあえず狐さんが食べてくれるって事だよね?」
「そうだな、他に同じような妖やらがいない場合はな」
「ふぅん、一応良い狐さんだったんだね。てっきり変態かと思ってた」
「変態ではあるがな」
「あ、そこ認めちゃうんだ。それで私が此処にいる理由だけど誘拐?やっぱお巡りさん呼ぶ?」
「お巡りさん怖い!!」
「何があったの、お巡りさんと」
「いやまぁそれは兎も角だ。お前さんが此処に来た理由はな直接的に俺は関与していない」
「ふぁい?」
「何を驚いている、貝が砂を吐いたような顔をして」
「うぉぉぉぉぉい、貝の顔分からないですぅ!鳩が豆鉄砲でしょそれ!?」
「フハハハ気にするな狐ジョークだ」
「趣味悪いよそれ」
「まぁ本題に戻るか、お嬢さん何か悩んでいるんじゃないのか?」
「…悩みなんてそんな…私のは悩みと言うほど大きくなくて。きっと誰もが同じで…同じ事で悩んでいるはず…だから」
「此処に来た理由…条件とでも言うかな。まず俺を知っているないしは存在を耳にしたことがあり流星に願う事そうしてその想いや悩みが強ければ強いほど門は開きやすくなる」
「門ってあの気持ち悪いやつ?」
「そうだ、慣れれば特に体調に変化はでないし負担もない。人間にはな、一種の乗り物酔いと同じだ」
「じゃぁ何も知らない人が勝手に来ることはないのね。安心した、急に変態のとこに輸送とか大変だもんね」
「普通の人間ならばな、我々妖や神々といったのはそうでもないがな。星に願うロマンチスト乙女よ」
「え?神様とか妖怪って本当にいたんだ!?」
「目の前にいるだろ‼」
「あはははは」
「全く…それで悩みは?」
「それは…」
行燈の灯りが大きく揺らめく
「ふむ、人間よ。悩みに大きいも小さいも無い。心が質量や体積で表せないように内容は何であれ、そこにある想いの強さに変わりはない。ある者にとっての一つの『想い』がこの星や宇宙より小さかったり大きかったりはしないさ。それがそこにあるという事それが枷になっていること、それが重要なんだよ」
「そんな事言ったら誰でもそうじゃない‼」
娘は語気を荒げる、言いたいけれど言う事で自分の弱さを許せないとでもいうように。今にも崩れそうなそんな瞳で
「おっと、これは招かれざる客がきたな。お前さんはそこで隠れていろ。絶対に外に出るな、声を出すな。何があってもな」
人間の娘に強く釘を刺して外に出る。こんな時に空気の読めない輩め…ある意味読んでいるのかもしれないな…迷惑な事だ
「…二人称まで不安定じゃない」
木々が騒めく、肌や髪が静電気でも帯びたようにパチパチを瞬く、風は怯えるように唸るように暴れまわる。悪い予感は見事に当たったようだ。突如上空にガラスが割れるような音を轟かせて空間が砕け散り、その割れ目から野太い腕が這出て更に割れ目を拡げるとソレは眼前へと降ってきた
「グフゥゥゥゥ‼餌の匂いがしたと思えば勘違いか、外れて子狐とはのう」
眼前に降り立った異形、四本腕の剛腕に俺の三倍はあろうかという巨体に鋭い牙、隆々と盛り上がった鋼のような筋肉
「おやおや外れとはお言葉である、どうやら昨今の鬼様は礼儀も知らないようだ」
「生憎、儂は小物や獣に尽くす礼は持ち合わせてなどおらぬわ。まぁ良い貴様、此処に儂の餌を見かけなんだか?」
巨体を屈めでドデカい顔面でこちらを覗き込む、角は左程大きくはないがその眼光の威圧感はまさに鬼と言っても良いだろう
「はて、なんの事やら。ご足労ではあるがそちら様の餌に心当りは御座いませぬな。どうぞお引き取りを」
「とぼけるとロクな目に合わんぞ子狐、いや半端者よ。若い娘がおったであろう強い想いを抱えた娘がなぁ。儂の鼻は誤魔化せんぞ」
「あぁ、それでしたら先程現世に還しましたよ」
「情けない‼貴様も妖怪ならば人間の一匹や二匹喰らえばよかろうに。現世に還してしまっては簡単に手出しで出来ぬではないか!しかし貴様の様なチンケな妖狐風情が人間を喰らうと目を付けられるであろうがな」
ガハハと嗤い声を上げる鬼のお客様、その都度空気が震え木々は軋む
「それもそうですね、どうも私は人間の肉は舌に馴染みませぬ故」
「クンクン…しかしまだ強い匂いがあるな。」
大きな鼻を鳴らしながら辺りを嗅ぎまわる鬼。
「それよりも折角お越しいただいたのに茶の一つも無ければ不作法が過ぎるというもの、現世から拝借してきた酒でも一杯いかがでしょうか?私は下戸ですので御口に合えばと」
その間に予防線でも引いておくべく、特殊な手口で手に入れた酒を振舞う。この鬼の事だこれしきの酒では酔いもしなければ大した時間も稼げないだろう。
「お客人の様な大きな身体に合わせた盃がない故、こちらの人間の大きさのでよければ」
「ほぉ、やむ得ぬが獣風情にしては気が利くではないか、それに免じて付き合おうではないか」
鬼にばれないようにこっそりとひっそりと静かに術式を組上げて発動する
「しかし獣のしかも男に酌をされるのもな、餌を逃したにしては割に合わぬな」
ちっ…更に好色ときたか…ならば手の打ちようはある。更に術式を組み上げて発動する。自分の身体を光の粒子が一斉に包み込むと弾けて拡散する。成功だ
「なるほど、貴様等妖狐は変化の術が得意であったな。さも器量の良い娘に化けるとは」
「ささ、どうぞ召し上がって下さいまし」
出るなと言われてから少しの時間が経った。大きな太い声がここまで響いてくるけど白さんが何を言っているかは聴こえない。そのくらい大きな身体か声なのかな?でも食べるとか食べないとか本当に心臓に悪い。狐さんの知り合いならきっと森の熊さんかな?でも人間を食べるならきっとお友達にはなれないわ。なんて息を殺してしずかに身体を縮める。
『聴こえるか小娘』
唐突に頭の中に響く女性の声にきょろきょろと周りを見渡してみる
『声は出すな、心の中で思えばこちらに届く』
テレパシーみたいなものかな、不思議な感覚でも今考えていることは届いてないみたいだし私の動きも見えてないみたい。私は強く念じてみる
『あれ?白しゃん?あの大きな声…』
『招かれざる客だ、鈴は持っているな?それを強く握ってお前の家を出来るだけ鮮明に思い描け』
『わ、わかった』
どうしたんだろう、さっきまでとは声の感じが違う。言われるがままにいつものお家を思い浮かべる。
『その部屋にかけている着物の裏側にこちらとは反対の森に出る扉がある、それをそっと開けて今から出る道を真っすぐ走れ』
『う、うん』
言われるがままに小屋を出ると目の前には白いカーペットでも敷いたように森の中へと光の道ができていた。
『お前には先程このクソ鬼には見えなくなる呪いをかけた、お前が奴と目を合わせなかったり触れない限りは見つかる事はないだろう。安心して進めこちらは全く心配するな』
『白さんは大丈夫なの?』
心の中で会話しながら言われたとおりに光の道を走り抜ける
『問題ない、押し売りやB級シネマの借金取りと変らん。お前は全力で走れ何があってもだ』
『うん、わかった。でもなんで女の子の声なの?』
『化けて一時的に女体化しただけだ』
『見たい!!』
『却下だ』
『ケチ!』
『ならば声だけ戻すか』
少し残念だったかもしれない。でもこんな状況じゃなければきっと光の道を走るなんてこともなかっただろう、けれどこんな素敵な風景は本や創作の世界じゃないと味わえなくて。久々の全力疾走も気持ちよく感じる。眩いばかりの光の道、駆けるたびに足元の光が水たまりの水滴みたいに弾けて消えてまるで…
『お姫様みたぁぁい♪』
『聴こえとるんかい!』
あぁ、台無しになってしまった。さよなら私のお姫様シチュエーション
『先に言っておくぞ娘よ、これから先何があってもお前はふり帰るな。それは今も未来もだ、過去や生きていく上できっと何かしら苦しむだろう立ち止まるだろう。月並みな言葉かもしれんがそれらは全てお前の糧にするんだ。悩みも苦しみも必死に越えて行けばいい、失敗さえ省みて糧にすればいい。周りを見渡すと多くの支えてくれる者がそこにいるはずだ、お前は独りじゃない瞳を開いてみるとそこにいるはずだ』
白さんの言葉は足音もしない光の道の中で私の頭の中に響いていた。確かに月並みな言葉かもしれない、確かに誰しもが知っている答えかもしれない…ただ今の私にはそれが…胸の奥がただ熱かった。
『ありがとう』
『久々の説教で気分が良いだけだ気にするな。お前なら出来る、今の様に一歩ずつ進むだけそれでいいんだ。お前の悩みも感情も喰い損ねたが短い時間楽しかった…お前の行く末を楽しみにしているぞ奏』
『うん…』
それっきり白さんの言葉は聴こえなくなっていた、あの人をからかうのが大好きな狐さんが何かに追われるようで、それでもただ言葉を伝える為に出来るだけ優しく、私の名を確かに呟いて。雛鳥を包むように、巣立ちを見送る親鳥のように…私の目の前に古くてボロボロな小さな鳥居とその中に佇む光の環、その中に見える私のお家。いつもの毎日が続く私のお家。私はふり帰らない…ふりかえらない…
私は勢いよく大地を蹴った。
「ふう~畜生よ。小物にしてはよい歓待であったぞ」
歓待か…やれやれだな。こちらは肝が冷え切っておるというに
「それは光栄に御座います。これ以上は私も振舞えるものが御座いませぬ。興が冷める前に…」
「それは出来ぬな」
「はて、何故に?」
「儂は鼻が良いと言ったろう、酒香で誤魔化そうなどと不届きな。小物の浅知恵に付き合ってやるのも飽きたまでよ。そちらの犬小屋に隠れておろうがぁぁぁ!!」
見破ったとばかりに小屋の屋根を粉砕する鬼。高笑いしつつ小屋を覗き込むがそこには娘の影も形もない
「やれやれ、随分と乱暴ですね鬼殿」
「貴様!儂の餌をどこにやった!!」
「お前に食わせる餌など、初めから在りはせん」
「ならば追うまでよ!!…放せ畜生よ」
腰に巻いた毛皮を掴んで鬼を見上げると鬼は眉間を深くする
「命を捨てるか小物よ…獣の肉では儂は満たせぬがなぁ」
どこからか取り出した金棒を四本の腕の一つで振るうと風圧で小屋が残骸となって舞い上がる
「他愛ないな、欠片すら残らぬとは」
舞い上がった瓦礫が雨の様に降り注ぐ、狐のひき肉も喰い損ねたと森へと視線を送る鬼
「左様全く他愛ない。あの程度で狐を狩れたなどと思うとは。あれではネズミ一匹殺せまい」
「貴様ぁぁぁ!!愚弄するか!カス程の妖気しか持たぬ妖狐風情が!!」
鬼は辺りを見回して怒声を上げる
「カスとは自嘲が過ぎるな、苦闇堕ちの鬼…確かそう四力ノ蛮鬼だったか」
「儂の勇名は小物の狐風情にも轟いていたか!ならば話は早い餌共々貴様も殺してやろう」
「勇名とは滑稽な、神仏の化身である鬼が人の肉を喰らうに堕ち。追手から逃惑い、挙句は苦闇堕ち…笑えぬ冗談だ。ついでに人間の娘は今頃現世に帰っている、貴様如きには手は出せまい」
「言わせておけば調子に乗りおって!そこかぁ」
蛮鬼が睨んだ先、朱色の鳥居の上に佇む一匹。淡い月明りに銀髪をなびかせる口の減らない妖狐
「勿体ぶるのも風情がないか…久々の舞だ孤月」
「その矮小な刀で儂と殺り合うか笑わせるな狐!」
「ほぅ…ならば最期まで笑えるか試すといい、生きていればな」
「口だけは達者か!」
「では…照覧あれ‼」
白い妖狐は月夜に舞い上がると疾風の如く宙を駆ける
「月明りで目くらましのつもりか!浅知恵な!儂は鼻が良いと言ったであろう狐臭いわ!!」
白の刃が残光を引いて空を裂く。しかし鼻を鳴らして両肩から生えた腕が金棒を鈍く光らせて白の迫る宙を薙ぐと鮮血の花火でも散ったかのように白を粉砕する
「口だけの狐等この程度、儂の邪魔をするからこのように…」
「この様に容易く斬られるのだ」
「なっ!儂の腕がぁぁぁぁ」
蛮鬼が振り返ると自分の腕を担いだ白が呆れたような目で見据えていた。
「馬鹿な!確かに捉えたはず」
「慢心するからそういう事になる、『幻月』お前が砕いたのは幻だ」
「よかろう、ならば儂も本気で貴様を砕こう」
けたたましく咆哮を上げると失ったはずの腕が瞬く間に生える。四本の腕に金棒を握ると嵐の様にそれを振り舞わす、社の石畳は一瞬にして砕けて砂に、周りを囲う木々も風圧だけでなぎ倒されていく。
「クハハハ!四力ノ蛮鬼のこの技を受けて生きていた者はおらぬわ!」
「受ければか、自慢の鼻もこの嵐では利くまいて」
「負け惜しみを!手も足もでまい」
「手も足も出す必要があればな…土操術式『岩槍之筵』」
白の言霊に呼応して大地が鳴動すると蛮鬼の足元の大地に大穴が口を開く、重力に抗えず落下する鬼の真下には槍衾のように鋭く尖った岩の柱が敷き詰められていた
「考えたな狐!だが鬼の肌は岩をも砕く!」
「承知の上だ、『廻貫獄』残念だったな鬼よ、俺の術は鉄をも貫く」
「おのれクソ狐がぁぁぁぁぁぁ」
断末魔の様な怒声を響かせて蛮鬼が墜ちていく、岩の槍が高速で回転し骨肉を削る音と真っ黒な血飛沫が噴水の様に大穴から時折噴き出しては返ってゆく、やがて音が収まると大穴はゆっくりと口を閉じていく
「存外に呆気なかったな、かの鬼の足元にも及ばぬか」
一言だけ呟いて白は雲で霞んだ月を見上げる。久方ぶりの新しい出逢いは袖擦り合うほどの束の間ではあったが彼は満足そうに嗤う。
「しかしこの惨状…どうするか今夜中に片付くか?最近は飯も食ってないからな、それに戦うのは腹が減るから好かぬな」
粉々に潰れた小屋の残骸から壁にかけてあった着物を慎重に取り出すと大きな破損は奇跡的に見当たらず安堵の息をもらして社の奥へと仕舞いこむと忘れ物でもしたかのように蛮鬼が飲まれた大地に手を当てると、血相を変えて駆け出した。
俺としたことがぬかった、悔やんでも悔やみきれない!慢心するなと彼の鬼に言い捨てた自分の姿が自責するように脳裏に浮かぶ。
「奏め、進めと言ったろうに‼いやあの時、奴が来る直前に無理をしてでも先に現世に帰すべきだった。悔やむのは後だ、今は一刻も一瞬も速くっ!!」
腰から下げた鈴が森の中にサイレンの様に鳴り響く、その一つをむしり取って念を込めると轟音と共に急加速する。矢よりも迅く弾丸より尚疾く。風のように宙を舞い木々を縫うように森を駆ける、それはさながら黒い森を縫う銀色の糸。
「はぁっはぁっ…奴より早く着いた…か」
目的の場所、あの娘を逃がす為に門を開いた朽ちた鳥居。門は閉じているが転移の痕跡が無い!?飛び込む猶予は十分にあったはずだ。
「奏えぇぇぇぇ何処だぁぁぁぁぁ」
声だけが森に響く
「クソっ!」
悪態を吐きながら追跡の術式を掛けるが隠遁の術が干渉して上手く作動しない。相互干渉しているなら片方の術を消せばいいがそうすると彼女の危険性は跳ね上がる、致死的な程に。
策をこらそうと思案した刹那、膝が落ちる。
「冗談じゃない!こんな時に!!」
今は迷う時間すら惜しい。腰の鈴をまた一つ引き抜いては上空に投げた。
「あれ…こっちだっけ?」
白さんには怒られるかもしれない、けれど私は元来た道を歩いている…はずだったけど完全に迷子になったみたいだ。怒られる理由がもう一つ増えたかもしれない。
だけどこれは私と私の約束なんだ。私が私と向き合う為の1人っきりの約束
「クシュン!ふわぁ~…汗かいちゃったから冷えてきたのかな?」
パジャマに裸足で歩くとか野生児みたい、さっきまではお姫様だったのになぁ。
「痛っ」
木の枝を踏んだみたい、足の裏がジンジンと痛む。光の道を全力で走っても何ともなかったのに、やっぱりあれも白さんの魔法だったのかな?
戻るか進むか少しだけ考え込んでまた歩き出した
「おのれ生意気な狐めぇ儂をここまで追い込むとは」
身体をボロ布みたいにズタズタにされ、急速再生させるのにかなり妖力を消費したがまぁいい。九死に一生を得、近くに人間の臭いがするからな喰えばお釣りがくるわい。
だが、匂いが変ったか狐が小細工をしたのかもしれぬな。物の怪の分際でありながら人間に肩入れする妙な妖狐。そういう輩が増えてきたのは確かだがそんな連中がよもやこのような時空にいるわけがない。儂と近しい存在でなければ…もう二百年は昔だ、思い出すのも腹立たしい地獄での屈辱の日々の中にあった鬼の間の噂話に。だが故に儂は力を得た。
だが儂は奴等とは違う、より力を得る為に積極的に人間を喰らってきた。儂を追い出した地獄の連中に報復するために。
「むっ…匂いが強くなってきたな」
自慢の嗅覚で辺りを探ると小さな小枝に眼が止まる、間違いない人間の若い娘の血の跡だ。最初の匂いからかなり質は落ちたが十分な素養だ。この牙で魂ごと噛砕くのを想像すると涎がとまらぬわい。手負いならばそう遠くへも逃げられる訳もなし、邪魔な狐の妖力も先程爆発的に上がったかと思えばいまは虫の息より静かだ。どういう事か分からぬが先に見つけて喰らえばこちらの勝ち。現世への門を開けるには莫大な力と少しの手間がかかり、儂が別の狭間に逃げる方が圧倒的に速い。それにあの噂が本当ならば忌々しい狐も追ってはこれぬ。
「クシュン!」
「フハハハ…勝ったぞ狐。儂の勝ちだ‼」
やっちゃった!さっきからくしゃみが止まらないよ。これは早く帰って休まないと悪化しちゃう。けど、今はそれどころじゃない。あの鬼?みたいなのに見つかるかもしれない。
月明りの影から見ると多分熊より大きいよね。それに食べるとか何とか言ってたからゴメンナサイが通じる相手でもなさそうだし。人生最大のピンチかもしれないわ。
白さんが言うには目を合わせたり触れなければバレないっていってたからゆっくり少しずつ距離をとるしかない。
「どこだぁぁぁぁ」
雷でも落ちたような大声に思わず身を屈めると目の前の木がポ〇キーみたいに簡単に折れて吹き飛んでいく。洒落にならないこれ!私みたいなか弱い乙女にこんなのが当たったら想像するだけでも恐ろしい!暴れている間に足の痛みを我慢してダッシュした。
さっきより息が重い。絡みそうになる足を前へ前へだしていく、痛みは辛いけど大丈夫生きてるし。走り込みでもしとくべきだったかな?なんて一瞬考えてスピード上げて、盛大に地面に転がった。不幸中の幸い転んだところは若い草でいっぱいで怪我もない、明日からは野菜も美味しく食べようとおもいましたまる…っとこんな事考えている場合じゃなかった。今日の私はある意味ラッキーガールかもしれない、まだ走れるし動けるし元気もある!小石でも当たったみたいに胸の真ん中が痛いけど、跳ねるように飛び起きて前を向く。
ドシンと地震でも起ったみたいに地面が揺れて目の前に大きな影が出来て反射的にそれを見上げてしまった。目の前にいたのは鬼より怖いガチムチの四本腕の大きな鬼。夜より暗い真っ黒な身体に血の様に真っ赤な目の鬼だった。
「やばい…次回、奏ちゃん死す!?デュエルスタンバイ!」
「見つけたぞ餌ぁぁぁ!だが勝手に死なれては困るな儂が喰らうのでな」
あまりの迫力と恐怖に言葉が出なかった。大きく開いた口からは見たこともないくらい大きくて鋭い牙。蛇に睨まれた蛙っていうのかなこれ。身体が全く動かない、金縛りにみたいにいうことをきかない。恐怖で呼吸が速くなるパクパクと口を動かすのが精一杯で…目の前の鬼は満面の笑みで私に手を伸ばして
「助けて白しゃぁぁぁぁぁん!!」
「それは無理だなっ…」「断る!!」
二つの声が重なる。大きな鬼の足元をくぐって白い狐が私に飛び込んで…来たとおもったら通り過ぎた…と思ったらジェットコースターみたいに急なGがかかって私は空を飛んでいた。
「はい?」
眼下にはさっきまでいた森がいてあの恐ろしい鬼が少し小さくみえた。どんどん遠くなる地面と鬼。少しずつ大きくなる…白い狐?
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、奏は今飛んでいます。今日はお姫様になって野生児になって餌になりかけて私はいま鳥のように飛び立っています」
「余裕か!」
大きくなっていたように見えた白い狐さんは目の前で薄っすらと輝くと私の知っている銀色の妖狐…コスプレみたいな和服姿になってか弱い私を小脇に抱えた。小さく見える鬼が何かいいながら走ってくる
「安心したらつい」
「大物になるぞ娘よ」
「やったぁー」
「やっぱり落そうコレ」
突然の手の平クルーに軽く腕を振って抗議してみる。そして鬼は走ってくる、森の木を雑草みたいにかき分けながら
「酷い!鬼!悪魔!狐!」
「いや、最後のやつ悪口じゃないだろ。ところでお前、鈴はどうした?」
「持ってるよ?ほら」
広げた掌の中には何もなかった
「なにぃぃぃぃ!?」
「ごめん!大事なものだったよね。さっきまであったんだけど」
「いや、予備は幾つかあるが…しかしおかしいな」
白さんは不思議そうに眉をひそめる。あ…鬼さんが転んだw
「え?この抱き方?普通女の子をロマンチックに助けて空中散歩ってこんなバッグみたいな持ち方しないもんね。まぁされるのもそれはそれで困るけど」
「大物かお前は!そうじゃないお前の持ち方はどうでもいいが鈴だ、確かにお前が持っている気配あるんだが…あとで引ん剝くか」
「さいてー!へんたーい!はい逮捕ー!!」
「嫌なら後で自分で見つけろ」
「そうしますよ!変態!でも白さん…助けてくれるんだよね?」
「却下だ!気が変った。お前は後で説教だ!さっさと逃げれば怖い思いをせずにすんだものを」
「ねぇ白しゃん…」
「ん?」
不機嫌そうな顔を私に向ける狐さん
「もう名前で呼んでくれないの?」
「…」
口を堅く閉ざしたままじっと私を見つめる白さん。金色の瞳に私の姿が映り込む、動揺しているのか疲れているのか瞳孔の大きさが大きく揺らぐ
「気が向いたらな…」
そういって視線を逸らす狐さん
「はい、ツンデレ頂きましたー」
「ちっ…」
「白しゃん白しゃん!これが終わったらね、言いたいことがあるの」
「止めとけ!それはフラグだ」
「フラグ?あぁ~聞いたことある。何期待してんの?ねぇねぇ?」
「うるさいぞ奏!」
「えっ…今なんて!?もっかい!もっかい!アンコール!アンコー…わあぁぁ」
私のアンコールを遮るように激しい重力で私の身体が地面に向かって加速していく。
からかったから怒ったにしてもあんまりだ。
そしてちらりと見えた鬼さんは怒りのあまりに腕をブンブン振りながら何か叫んで走っている。ほんのちょっとだけ可愛くみえた。
「そっちは頼んだぞ!」
「そっちってどっち!?私は鳥じゃないからどうにもなりましぇあぐっ」
地面がそこまで近づいてまた慣性の方向が変わった
「餡子のお嬢さんは任せな白さん!」
「え?誰!?」
確かに誰かに抱えられて低空飛行みたいに地面の間際を滑るように駆けていく。今の声の人が抱えているんだろうけど姿も見えない
「ちょっと失礼するよ」
見えない人はそう言ったのも束の間、目の前に真っ白くて大きな鹿さんが現れてその子に乗せられる。
「鹿さんだったのかぁ」
「違うから。それ俺の式神ね」
こんどは私を乗せる鹿さんと並行して声がする
「なにそれ?」
「詳しい話はまた今度!それより今は社の本殿の中に隠れて!」
「でもあの鬼さんって木とか簡単に折ってたよね」
「あそこは特別なんだよ。絶対に大丈夫だから、俺もそこで隠れるし」
「姿は見せないの?」
「ちょいと訳ありなんでね」
とか言っている間に気が付けば見知った神社についた。鹿さんは速度を緩める事なく神社の中に突っ込む。悲鳴を上げる間もなく本殿の扉にぶつかると思ったけど何事もないようにするりと中に着地した。
「ここは超特別な結界みたいなもんだから。分かり易く言うと無敵のバリア」
「ほお!それは便利だね」
「便利…便利か、そうかもね。けど今はそれで正解」
変な間に違和感を覚えたけど、それに集中する間もなく金属音と怒声が入り混じって近づいてきた。さっきの鬼さんと白さんだ
「どうした!狐よ先程までの力も速度も全くないではないか」
「何、気にする程でもない貴様如き相手に本気を出してしまうと久々の戦闘が直に終わってしまうからな。蛮鬼よお前こそ鬼術は使わないのか?いや、使えないのであったなこれは失敬」
「相も変わらず口が減らぬ狐め!まぁ良いわ、あの娘を喰らえば儂の力も前以上だ」
「させるとでも?」
白さんが少し重心を落して屈むと姿が見えなくなったと同時に激しい金属がぶつかる音と鬼さんを中心としたあちらこちらに火花が咲いては消える。鬼さんはあまり位置が動いてないけれど腕が見えないから多分物凄く速く動かしてるんだ。…顔とかは怖いけどなんか可愛い。
白さんから珍しく…初めてとでも言っていい緊急の呼び出し、お願いが来た。誰かに頼むのが物凄く下手くそで不器用で不愛想な妖狐から。出逢いの経緯は別の機会に話すけれど縁あって縁を紡いでいる。とにも要件は簡単なものだった、用事をしている俺の目の前に一本の呪符が届いて声が聴こえた。
「なんでもするから助けてくれ!礼は後で考える。今はただお前の力が借りたい。例の娘をしばらく守って欲しい!俺の社だ、俺は四力ノ蛮鬼を始末しなければならん。お前が来なくても怨みもしなければ何もしない、俺とお前はとも…知り合いのままだ!…すまん、急ぐ!またな!」
「不器用かよ」
これほど焦って慌てて殆ど意味伝わると思ってるのかねぇ。ただ、白さんが言うには知り合いの頼みだし断る理由もない、指名手配の蛮鬼もいるとなれば尚の事。
「それに、あの妖狐がなんでも…か。面白そうだ」
かくしてあの場所への門をくぐってこの子を保護、回収したけれど
「ねえ、速すぎて見えないんですけど」
「そりゃ普通の人間には見えないよ、あの速度だし」
マイペースというか大物というか何でこんなに落ち着いているんだろうねこの娘は
「あなたは見えてるの?」
「そりゃな、ま、見えるだけだけどな。人間でどうこうなる速度じゃないわ」
そりゃ副業上はね見えないと話にならないからね
「いいなぁ」
「テレビとかの格闘技番組じゃないからな?でもまぁ…あ、手遅れだこれ」
「え?白しゃんピンチなの!?」
ピンチっちゃぁピンチだけど、俺の手に負えるもんじゃないしな。この娘もなんでわかんないんだろうか、けど今はそっちは置いておこう。この戦いを見たい…ねぇ。
「えと…ひとつ怒られるのもふたつ怒られるのも一緒か。ただね見ちゃうともう引き返せないよ?」
「どういうこと?」
「あれを見るとさ…ほっとけなくなるのよ」
「んん?」
わけがわからないと言った瞳で姿が見えないはずのこちらみてくる
「あー…無粋だけどね、彼と、白さんと友達で居てあげて欲しいんだ。知り合いでもいいよ、会った時にさっきみたいに話したりするだけでいい、そうすればきっと白さんも…」
「んー分かったような分からないような、だけどそれは無理!」
ま、そうだわな。こっち側と近い人間でさえここには近寄ろうとはしないからな
「そうか、そうだよな相手は妖怪だし変態だし」
「そうじゃないよ、変態で頭おかしいけど、きっと友達ってそういう約束?みたいなもので縛るものじゃないと思うから、心と心で繋がっていくものだとおもうから、一緒に笑って泣いて怒ったり喧嘩したりして、そうやって少しずつ分かりあっていくものだと思うから」
「これは一本取られたね。なんだあしゃ…奏ちゃん白さんが言うよりよっぽど凄いじゃないか」
「あとで聞いてやろうあの狐。でもね、友達にはなりたいよ、妖怪とか狐とかじゃなく白っていう人だから」
こんなに真っすぐな瞳でこんなクサい台詞をすんなり口に出来るってか。こりゃ俺の完敗だな、白さんアンタやっぱり苦労人だわ。なんでこんな大物ばっかり集まるのか。嫌になるね
「そうか、んじゃ見せてあげるよ。彼と俺達の世界の片鱗を…」
深呼吸して呼吸リセットする、特殊な呼吸法で気を練り上げて龍脈と接続して増幅し神気を繋ぐ…接続完了、手持ちの媒体を配置…まぁこの場合これでいいや。あとは言霊でこれらを形成して具現化いく…と
「眼を開け猛禽の王よ 彼の者を追え地を駆ける獣よ 刮目せよ眼あるもの風の行く末 雨滴の一滴 雷光の閃き 万事見通す眼とならん 開眼呪法 十方天瞳の型」
「おぉ、それっぽい」
彼女の言葉を無視して無防備な額に指で呪印を描きこむ。これで成功のはずだ
「おぉ、見える…見えるけど…やばくない?」
「あ、ほんとだ不味いねぇ」
声の人の魔法?呪法だっけ、とにかくそれで白さん達の動きは見えるようになったけど白さんは劣勢に見えた。苦しそうに顔をしかめて足も若干ふらついて見える。
鬼さんの金棒が当たるギリギリでよけているけれど、風圧みたいなのでまともに近寄れないみたいだった。直撃こそしていないけどそこら中の瓦礫やら小石や木の欠片なんかが吹き飛ばされて掠ったり防ぎきれなかったりして真っ白だった彼はところどころから真っ赤な血を流している。
「声の人さん」
「何かな?」
「援護できないの?」
「無理、この社この結界からじゃ攻撃できる呪法なんてないし。外に出たら一発アウトだわ。万が一援護に成功しても反撃されてアウト。もしくは白さんがしゃしゃり出てきてアウト。手詰まりさ」
「そんな…石投げるとかは?」
「無理無理、今は見えているだけで実際の速度は別だから何の役にも立てないよ」
「質問していい?」
「良いけど」
「この目の前でパチパチしてるのって何?」
「あー、これは戦闘の余波で飛んできてる飛礫やその他諸々だね。この社に何かしら危害があるものはこれで消し飛んじゃうんだよ」
「うーん、どうして白さんはこっちに戻ってこないの?あんなに傷だらけなのに」
「そっか、そこからだよね」
「白さんは戻らないんじゃない戻れないんだよ」
「ん?」
「あの鬼、四力ノ蛮鬼が苦闇堕ちだからだよ」
苦闇堕ち?病み落ちと同じなのかな
「苦闇堕ちっていうのはね、自身の欲求の為に禁忌を犯して力やら何やらを手にした者がそれを現世や幽世の住人に同じ事をさせて喰らう事で更に自分の根源的な欲求を満たして力をつけていくやつらの事さ」
「例えば盗んだバイクを更に別の人に盗ませてその人のせいにするみたいな?」
「あれ?経験者か」
「ちがわい!」
「冗談、けどそんな感じだよ加えて言うなら二番目に盗んだ人から賠償金を強引にむしり取るって感じだわ」
「うわぁ…えげつない、けど」
それ以上の言葉が出なかった
「蛮鬼の始めの罪は地獄にいたときに無断でそこの住人を喰らい尽くしたことに始まったんだ」
「それってダメなの?地獄ってなんかそういう怖いイメージがあるけど」
「地獄の刑罰っていうのは罪人が犯した罪によって厳密に区別されるものだ、本来鬼というのは神や仏の化けた姿とされていてね、あくまでも罪人に罰を与える事でその罪の重さを理解させて魂の根源にまでそれを刻み込み更生させる事にあるんだよ、だから鬼は罰の執行を行ってもその根源である魂の滅却までは余程の事がないと出来ないんだよ」
「でも、死んじゃっているなら死なないんじゃないの?」
「霊体を破壊されても復元は出来るんだけど魂は出来ないんだ、魂はガラスみたいに砕け易くてプリンみたいに柔らかいんだよ、それでいてある種この宇宙を創るほどのエネルギーを秘めている。そして奴の言う喰らうはそれを丸ごと自分の中に吸収してしまう、そうなってしまったら最期生まれ変わってやり直す事も自らを省みる事も出来なくなる」
「完全な終わり…」
「そう、誰も救われない最期だね。禁忌っていうのはその殆どが魂を劣化させてしまうからエネルギーの変換効率は最悪だし」
「劣化?」
「うん、気持ちの乗っている時っていくらでも頑張れそうだったり逆に辛い事があった時は身体は異常がないのに凄く身体が重かったり何も出来なくなったり全てが失敗しそうな感じになったりね」
「わかるぅ」
「そして蛮鬼の根源的な欲求『飢念』は『弱さ』だ」
「そんなの…そんなの誰にだってあるじゃない!完璧な人間だっていないし何でも知ってる人間もいない!誰だって…」
声の人の言葉に反射的に語気を荒げてしまう
「その通りだよ、けどね蛮鬼はさ…」
「何故だ狐!貴様もこのまま果てるまで続ける気か!」
「何故だ蛮鬼!お前ならこんな道を往かず進めたはずだろう!」
刃がぶつかる度に重い衝撃と蛮鬼の想いが流れ込んでくる
「貴様に何が解る狐‼弱さ故に爪弾きにされ屈辱の日々を強いられた儂の何が!」
「蛮鬼お前はっ…!」
下段から斬り上げた刃と上段か振り下ろされた金棒が激しく衝突して力の差で大きく吹き飛ばされて木々をへし折りながら森の中に吹き飛ばされる
「儂は独りだった!奴等は力故に儂を拒絶した!腕力で敗北する事を恐れ鬼術の使えない儂を!だからこそ禁忌を犯してまで苦闇堕ちにまで成り果てて儂は拒絶しきれぬ力を付けたのだ!あと少しだ、あの娘を喰らいもう数人も喰らえば誰も儂を否定できなくなる絶対的な力が!あ奴等を超越する力が!」
天地にでも響くような響かせるような怒気を含んだ悲鳴のように蛮鬼が叫ぶ。
「蛮鬼ぃぃぃぃぃ!‼」
加速して孤月を振りぬく、慌てて蛮鬼が防ぐが疲労もあってその巨体が天を仰ぐ
「超越だと?ふざけるな…お前のソレはただの逃避だよ小角…お前は独りだったんじゃないお前がお前を孤独にしたんだ!大悟や清吾達はずっとお前を待っていた!お前が差し出した手を取ってくれるのをずっと待っていただろう!お前が俯いてばかりでその手をも払っていただけだ!」
「どこでそれを…どこでその名を知った狐ぇぇぇぇえ」
白は刃を降ろして静かに小角と呼んだ鬼へと歩み寄る
「知っていたさ…お前の事は苦闇堕ちする以前からな。一つの腕で一人の鬼の力に匹敵する腕力、故にお前は四力ノ鬼、鬼の象徴たる角は小さくも罪人にさえ手心を加えるそんなお前をな。大悟は言っていたぞ、いつかお前が罪人を更生させられるような厳しさを備え持った本物の優しい鬼になる時をな」
「気安くあの方を語るな!鬼の中の鬼!地獄の鬼の統括にして最強の鬼を…妖狐風情が語るな!」
「あの方?苦闇堕ちした貴様がか…小角!」
「…そうでもせねば認められぬと、そうでもせねばあの人に近づけぬと。儂には力が必要だった!」
「違う!断じて違うぞ小角‼奴が慕われていたのは決して力故ではない!どんな時も仲間を想う強さ、どんな苦しみも立ち向かう強さ。時に冷徹にされど慈愛に満ちていた‼仏の化身である鬼の象徴はその心に!生き様にあった!」
「もういい…十分だ狐の説教も何もかもな。ここまで堕ちた儂ならば往くところまで往くまで」
小角は再びその巨体で大地を踏みしめると妖狐を見下ろして得物を構えた。これで終わらせようとばかりにそして舞い散る火花は留まる事無く加速してく
二人のやりとりに私は何も言えなかった。弱さに悩んだあの怖い鬼もそれを知りながらも私を守ろうとする妖狐も、どちらも否定する事が出来なかった。だってあの鬼は…小角は。
「奏ちゃんさ、何で此処に君が居てあの蛮鬼、いや小角が此処に来たか解る?」
今までの私には口にする事が出来なかったと思うけど多分これも一つのケジメなんだ
「私の悩みとあの鬼さんの『飢念』が似てたから…」
「だな、俺が口出すと絶対白さんに怒られるけどさ。この絶対的で不安定な空間には君達のような強い悩みや想いを鍵に縁の糸に絡み取られるようにして引き寄せられる。そしてそれを喰らう苦闇堕ち達もね」
「それじゃやっぱりあの二人が戦って苦しんでいるのは…」
「どうだろう、それは俺が言う事じゃない。ってか殺される」
「止められないの!?」
「無理だ」
「だってあの二人、凄く苦しそうで悲しそうで…どうして泣きながら殺し合うの!?」
私には見えていた、ううん私にも見えていた。気が付かないふりをして私が私から逃げるように目を背けていたんだ。私自身の弱さから。あの鬼は自分を弱いと思い込んで道を間違えた。私は進めない自分を許せなくて、そこから目を背けた。どっちも自分から逃げたんだ。自分と向き合って周りの人達と関わる事から。傷付くのが痛くて怖くて悲しくて。もしも白さんやこの鬼さんと出逢わなければそれを知る事もなかったのかもしれない。一歩間違えばあの鬼さんの様に私も…きっとあの人を小馬鹿にした理不尽な妖狐は私の代わりに傷付いているのかもしれない
「それは違うぞ」
「聴こえとるんかい!」
「鈴…持ってるだろ」
「だってさっきまで何も言ってなかったじゃない!」
激しい戦いのを繰り広げながら
「いや、ミュートしたまま忘れてたのをさっきつけなおした」
「ふざけんな!どっから聴いてたの白しゃん!!」
「しゃん?」
声の人が疑問符をうってるけどいまはそれどころじゃない色んな意味で!
「ついさっきだ、確か『一つのケジメだから(はぁと)』くらいからだな」
「そんな露骨なぶりっ子なんてしてないでしょ!どうみてもシリアスだったでしょ!」
「あ~そうだったかもな。しかし乙女の成長の瞬間が見れて俺は満足だ!」
「うわあぁぁぁぁん!!汚される~私の青春が汚されるうぅぅぅ」
「気にするな減るものでもあるまいし。しかしその羞恥の感情も非常に美味だっ!」
「変態だ!やっぱりあの狐変態だぁぁぁ!ちょっと声の人!本当にあの人と友達ってマ?」
「ま…まぁアレさえなければ‥いやなくても問題あるけど悪い奴でもないしなぁ」
「悔しい…あんなのに守られてる自分が悔しい」
「ちょっ!締まってる締まってる!俺の式神がぁぁぁあ」
声の人が発狂しだして慌てて隣にいた鹿さんの首を絞めてたみたい。でもか弱い女の子が鹿さんの立派な首を絞め落とすなんて出来るはずないよね
「おい、その式神消えかかってるぞ。泡吹きながら」
「聴いとんのかい!それよりそっちに集中してよ!」
「あぁ、今はシリアスパートだったはずだな」
「パートってなに!?」
幾度も打ち合っては離れ合う妖狐と鬼、鍔迫り合いになり両者の視線と死線がぶつかり合う
「小角もう止めよう…お前さえその気になれば俺が手伝ってやる」
「手伝う?お前が?笑わせるな」
「俺もお前も奏も、こんな事で傷付きあう事はないはずだ!誰しもが道を誤る事がある!誰しもが転がる事がある!けれど何度だって立ち上がれるんだ」
「この後に及んでまだ綺麗事を言うか!」
「…確かに俺の言っている事は綺麗事だろう絵空事のように聴こえるだろうけれど今なら。お互いの心が解った今ならやり直せるはずだ」
「殺し合いの最中に流暢な事を」
「例え命を懸け合ってもだ!ぶつかり合って傷付けあっても俺達は生きている!そこからやり直せばいい!」
「世迷言を…儂の身体はほぼ完全に苦闇堕ちしておる。間もなく儂はその刻を迎える」
白は少し後方へ小角の全身が見える位置へと飛びのくと徐に刃を収めて腰に付けている鈴の束を握りしめて鬼へと掲げる。
「何のつもりだ狐」
「俺が今迄に集めた心珠だ。残りは三つ分、今日既に二つを使用したが辛うじてあと一回は使えるだろう」
「莫迦な事を…たかが妖狐が二回も心珠を使っただと?万全の状態の神でも三度使えば必ず滅ぶと言われている心珠を妖狐が二回使いさらにもう一回だと?」
「あぁ…」
「笑わせおる…笑わせおるわ!仮にすでに二回がハッタリだとしても今のお前の妖力は虫の息。殺し合っておる儂がよく判っておるわ!自殺願望者が儂を救うだと!?」
「死ぬ気はない…だが死なぬとも限らぬ。だがな小角、俺はお前の苦悩を知りながら刃を交える方法を選んでしまった。しかしだ、深く傷付いて立っているお前だからこそ今度は真直ぐに歩けるはずだ、それに大悟達に恩を返したいのもある。お前達が再び並んで歩きだす可能性にかけてみたいんだ。生きて、生きて罪を償うといい…」
時折悲し気にけれど真直ぐ鬼さんを見据えて白さんが佇んでいる
「ねぇ、声の人あれってそんなにヤバいの?」
「ヤバいな、ぶっちゃけ超やばい。あーその前に鈴の通話切っとこう…とこれでよし」
「んん?」
「あ、まだ切ってるの気が付いてないねアレは。俺が教えたのバレたらマジで笑えなくなるから絶対に内緒な」
「う、うん」
「心珠ってのはね、純粋な想いの結晶。それこそ超絶好調の新鮮な魂の力を何千個何万個も凝縮したに等しいエネルギーを持ってるんだよ。奏ちゃんに分かり易く言うとあれ一個で国が傾く程の威力を持った核爆弾みたいなもんだわ」
「はぃ!?」
「ま、そういう反応になるよな。心珠ってのは神様だって普通は持てない代物だよ。ただ核爆弾と違ってその効果は様々ってかそれこそ自由自在なんだよ。何を願うかで力の消費量も変われば残量も変わるし、小さい願いで使用者の能力の適正に近ければ負担も少ない。けど人間が使うと普通に百回は死んじゃうくらいのエネルギーだ。超簡単に言うと自分を代償に奇跡を起こす珠」
「そんなのもう二回も使ってるの!?」
「納得だけどね」
「ほえ?」
「あれだけ苦戦して奏ちゃんが同情もしちゃうあの小角だけどさ、いつもの白さん…心珠を使ってない状態なら秒で消えてるくらいなんだよ。俺が今迄の話を聴くに準備のほぼない隠遁に、門の急速解放に、奏ちゃんの捜索ってとこ?もしかしたらどこかでもう一つくらいやってそうだけど」
「なんで生きてるの?」
「あー…それは詳しくは流石に言えない。けど妖狐が隠れたり案内ってのは意外と楽なんだよ元々神様のお使いとかする種族だし。あとはそうだねぇ、心珠を使って隠したものを見つけるのは同じくらい心珠と力を消費するかもね、隠遁が効いてたなら更に倍かな」
「何やってるのよぉ…白しゃん…」
「あんまり気にしない方がいいよ?あの人思いつきでやるし、若干自爆趣味っていうかMっぽいとこあるし」
「そこはわかるかも…」
「多分それ以上に、あの狐の言葉を借りると‥‥馬鹿なんだよ」
しばしの沈黙が流れて小角が口を開く、彼の黒い身体にひび割れるように亀裂が走っていく
「儂は自らの境遇を呪ってばかりいた。だが儂を不幸にしていたのは儂自身だったのだろうな。もう少し早く気が付いておれば…ただそれだけが悔やまれる。狐よ迷惑をかけたな、いやもうひとつ迷惑をかける。少しばかり遅かったようだ…苦闇堕ちの末路か…儂が儂である間に頼む。お主がいつか聴いたかの者であるなら…儂を喰ろうて…欲しい…そしていつか…せめてあの方達のみえる…場所に…還して…」
また一つ、また一つと亀裂は大きくなっていく。いくつかの小さな欠片が剥がれて落ちて風に消えていく
「小角!まだ終わってはおらぬ!」
白は慌てて鈴を構え直して鈴を鳴らす、はずだった。小角は鈴を彼の持つ鈴を払い飛ばす。儚げな音を鳴らして鈴は森の中に沈んでいく。間もなくして全身にを巡ったその亀裂からは禍々しいばかりの闇が噴き出していく
「もう良いのだ…きっとお主はそうやって生きてきたのであろう。そしてこれからも…どうか儂と同じような過ちを犯す前に…そやつらを…救ってやってくれ…」
弾ける。白の前に俯く黒い鬼が爆ぜる。爆ぜてどこからともなく真黒な闇が彼だったものを包むと。目の前に立っていたのは四本腕の巨大な鬼ではなく、人より少し高いくらいのがっしりとした体形に顔だけが陶器の様につるりとした顔のない立派な二本角の鬼の姿があった。静かに佇む黒い鬼。産声を上げる様に悲鳴の様に歓喜の叫びのように天に吼えた。
その姿はかつて小角が憧れた普通の鬼の姿によく似ていた。
直後、無面の顔が横に大きく裂けて黒い肉が盛り上がるように膨張するとそこには小角の目が一つだけ瞬きもせずに発生する、今からそしてこれから続く捕食や惨劇を見せつけるように決して眼を逸らす事が出来ないように。同時に真黒な身体に真っ赤な蔓の模様が走ると胸の中心に真紅の花を咲かせた。
苦闇堕ちの末路、自我もない。もう誰かを堕とすこともない、ただ手当たり次第に自らの『飢念』を満たすだけに対象を喰らう者。誰が名付けたか『虚花津』罪を重ねて罪の大輪の花を咲かせた悲しき存在。言葉を発してもそこに自我はもうない、生前の記憶のみを元に語る動く屍。彼等にあるのは満たされることのない飢えと枯れる事のない憎悪。万物の天敵。虚しき捕食者。
やがてそれは自らと対照的な真っ白な妖狐を見据えて口なき口で言葉を発する。
「清々しい気分だ。なんだその顔は?もしや儂を救えずに悔いているのか?滑稽な…」
「…」
白は静かに俯いて佇んでいる。彼が何を想って何を考えているのか誰もわからない。ただ眼前の天敵を前に佇んでいた。
『虚花津』は社の方へと向き直ると徐に歩き出す、白は慌てて遮ろうと立ちふさがるが羽虫でも払うように虚花津が腕を振るうと弾丸の様に弾き飛ばされてしまった。
やがてソレは奏達のいる社に手を伸ばすと結界への干渉よって激しい閃光と火花を散らす。
結界に触れてブスブスと焦げて煙を上げる腕を見つめてソレは言う
「クハハハハハ!やはり噂は真だったか!!これは滑稽!これほどの喜劇があろうか!儂を救う?やり直す?クハハハハ…心珠を使う相手を間違えていないか?愚かで惨めな狐よ!なにせお前は儂以上の…」
突如、黒い鬼の頭部に爆炎の花が咲く。全てを語り終わる前にその言葉を遮るように。
「黙れ…」
黒い鬼は白い狐の方に何事もなかったように振り向く
「まぁいい。楽しみはとっておこう。儂が覚醒する前に仕留めておくべきだったな狐。いかなお前でもこうして目覚めた我等の前では無力も同然。甘い事を言っているから地獄をみることになる」
「覚醒?堕落の間違いだろう」
「何とでも言うがいい。圧倒的な力の差、その前では軽口を叩いて虚勢を張るのが手一杯」
瞬きする間も無く白は大地に叩き伏せられる
「白しゃん!」
奏の声に反応して虚花津は社に頭をむける
「白?なるほどなるほど!これは滑稽!嗤いが止まらぬな!狐の縁者か?先程必死に儂の口を塞いだのは知られたくなかったのかこの娘に!」
「縁者?よく分からないけどその人は、白しゃんは友達です!」
「友?妖と人間がか?クハハハ…!まぁ百歩譲ってそれも良いだがこの妖狐とか?クハハ」
全身に数えきれないほどの傷を付けて生まれたての獣の様に立ち上がる白
「奏…」
「茶番だな狐。友達ごっこか、んん?そうだこの喜劇を儂が最高の惨劇にしてやろう!まずは狐貴様の四肢をもぎ取り心珠でこの結界を破りお前の悪行を語りながらこの娘を喰ろうてやろう!絶望と孤独!最高の味付けだ!!そして狐、お前に止めを済ませて残りの心珠で儂は新な力を得る!虚花津の王も夢ではないわ!」
天を仰いで高らかに嗤う虚花津の姿が白には酷く虚しく悲しく、そして滑稽に見えた
「全くもって酷いシナリオだ流石三流腕が知れる…しかしその妄想劇は決して幕を開けることはない」
「まだ虚勢を張るか狐!最早この圧倒的な妖力の差を感じる事すら出来ぬか。アリと象!ネズミと獅子!そしてお前と儂!」
妖力が何なのか分からない奏にも一目で見て取れた。目の前の黒い鬼の圧倒的な目にするだけで足が竦むような絶望感と威圧感。それに比べて身体を震わせる白は酷く脆く儚げで
「安心しろ…お前達は俺が守る。奏…声の人」
「白しゃん…負けないよね?死なないよね!?」
「いや白さん!アンタ俺の名前知ってるでしょうが!!」
ほんの少し、微かに少し白が笑う
「こういう笑える茶番ならもう少し乗るのも悪くない…勝つさ」
「末期の別れは澄んだか狐?今から残るのは絶望だけだ」
白はゆっくりと身体を虚花津へと向ける
「小角だったものよ、妖同士の争いは一見した妖力だけでは決まらん。そして此処より先の絶望はお前のものだ」
白は携えた孤月を緩やかに抜く。ようやく出かけてきた淡い月明りがその輝跡をなぞる。
「吠えるな狐!お前が儂と戦えると?」
「それも違うな之より始まるは一方的な虐殺だ」
弱り切った白の傷だらけの手に摘ままれた一片の真紅の花弁。それをゆっくりと持ち上げていく
「貴様!いつの間にそれを!」
「昔から手癖が悪くてな」
黒い鬼は悪寒を振り払うように白のもったソレを紅い花弁を奪おうと襲い掛かるが。白はそれより早くその花弁の一片を真紅に牙を立て柔らかにスローモーションのように噛付く
「いざ…照覧あれ」
ドクンと心臓の鼓動の様な音が天に響くと真っ白な白を中心に真紅の嵐が巻き起こる。やがてそれは漆黒に蠢く。ようやく嵐が収まると肌の所々に真紅の光に脈打つ紋様が浮かぶ銀髪の妖狐の姿があった。
彼は声も無く音も無く風のように姿を眩ますと孤月を携えて虚花津の後ろに立っている。
「させるか!」
振り上げようとした虚花津の腕は肩口から真黒な切断面があるだけで、そこにあったはずの腕は地に落ちて黒い粒子となって風に消える。慌てて新な腕を生やして白に襲い掛かるがバランスを崩して地に伏してしまう。驚くより先に視界に入る妖狐の足元で払われる自分の足だったもの。
虚花津は追撃を防ぐべく残りの四肢で宙へ飛び上がる。
「滅べ忌まわしき妖狐よ!」
両の角から巨星の如き真紅の光が形成されると遥か下の大地に、白が見上げる場所にむかって解き放つ。天から降り注ぐ真紅の絶望。尾を引くような真紅の巨星が帯を成して天を大地を森を轟かせて白に直撃する。白は静かにそして緩やかに刃を掲げる。真紅の光は天にかざした孤月に触れて儚く霧散していく。
「何故だ!何故だ妖狐!それ程の力がありながら!それ程の強さがありながら何故に!‼」
収束して消える真紅の光の奔流、孤月を一振りして着地した虚花津を見つめる白。
哀れむように悲しむように潤んだ金色の瞳が細められる。
「俺は…強くなどはない。同じなんだよ、俺もお前も奏も…どれだけ力があろうとその使い方を誤れば瞬く間に道を逸れていく。進むべき道を見据え、そこにいてくれる友を見失った瞬間に」
「だが何処までも人は孤独だ!」
言って消える白、容赦の無い斬撃が虚花津を切り刻む。その言葉は誰に伝えようとしているのか誰に届けようとしているのか。視線があう事もない奏は黙ってその行く末見守っていた。
「孤独があるからこそ、出逢いの歓びがある、その袖擦り合う一瞬が輝く。その袖を掴む事が出来ない故に孤独なんだよ。俺も…お前もな」
「この期に及んでまだ説教をする気か!」
「違うな…これは懺悔…いや独り言だ。だから少しでもほんの一歩ずつ進むしかないんだ、孤独に見える自分の信じるその道を、そこにいる人と笑いながらな」
刹那、か細く淡い閃光が迅った跡に四肢を切断された虚花津が振りぬかれた刃の勢いをそのままに蹴り上げられる。再生しようとするも虚花津の身体中を走る蔓はとうに消えうせており四肢が戻ることはなかった。高く高く遥かに高く舞い上がる四肢なしの黒い鬼、一矢報いようと角が光を放つが更に上空へと駆け抜ける一筋の光に両の角さえ失ってしまう。なんとか身体を捻りその影を追うと上空に白刃の刃を構えた銀髪の妖狐と雲で薄らに霞む月が見えた。
「クソォォォォォ!」
「力だけを求めた瞬間に道を誤ったんだ、俺達は…」
迫る妖狐が旋風のように身を捻る
「これにて終幕、舞雅月流剣術 秘剣『朧月』」
回転の勢いのまま深く着地する白の頭上には朧月夜に咲いた真紅の花が一輪と風に揺れた。
間もなくしてそれは風に乗って運ばれるように白の手元に収まる。
白はしばらくそれを見つめると花から何かを摘み取って愛おしいものでも抱くように、その花を胸に押し付けると花と同じ真紅の光を放ちつつその胸の中に吸い込まれるようにして消えていく。
「終わった…の?」
「もう少しかな、まだ危ないから社から出ないほうがいい」
「ん?」
「見ていればわかるよ」
白の指には小さく闇色の種があった。手を森の中にかざすと引き寄せられるように心珠を宿した鈴の帯束が彼の手に帰ってくる。軽く一振りするとそこかしらから種に向かって闇色の粒が帯を引いて集約する。
「あれ何してんの?」
「あぁ、あれは虚花津の核…あの種だな。それに虚花津を構成していた闇、その想念であったり身体であったものの欠片を集めて纏めているんだわ」
更に鈴を鳴らすと濃縮する闇が弾けて蛍火のように色取り取りの光の粒が白の周りを漂う。
「じー…」
「はいはい、説明するわ奏ちゃん。あれはあの虚花津、蛮鬼に食われた者達の魂の欠片や想いだ。その殆どが喰われて吸収されたりもするけれど想いの核とでもいうかな、強い想いや魂ってのは、あぁやって完全に飲まれずに残る事も多いんだよ、あと吸収までの時間が浅いとかね」
白の手の中には先程の種が拳大まで大きくなっており、彼は迷うことなくそれに噛付く、否喰らっていく。
「なにあれ?美味しいの?」
「どうだろうね、少なくとも喰えたもんじゃないね。昔から伝わるケースだと人間が手にして、一瞬で別の虚花津になったとか逆に闇になって砕け散ったとか。人間、神に関わらずあんなもの食べないし食べようとは思わないな。人間なら核が安定するまで特別な儀式をしながら安置、妖怪には稀に彼みたいに食べるのもいるらしいけどね、上手くいけば力を得て失敗すれば虚花津になって自分じゃなくなる、だから食べない。神ならあれを浄化する。とはいっても虚花津になった魂は転生もできないから害がなくなった形にして他の命に循環させるんだけど」
「なんで白しゃんは食べるの?」
「いつか聞いてみるといいよ。今の俺にはその勇気も覚悟も無い」
「力が欲しいとか?」
「んー少なくともそれはないでしょ、さっきのアレを見る限り」
「わかんないけど、とりあえず変なんだね」
「とりあえず変態だな」
闇の結晶を跡形もなく喰い終えると光の粒達はそれを見届けたように空を昇って消えていった。
「どこにいったんだろあの光たち」
「さぁ、喰われたことないからわかんね。ただ、生まれ変わったり同じ想いを抱える誰かを助けに行ったりするとか考えるとロマンチックかもな。んじゃそろそろお迎えにいこうかあの変態妖狐をさ」
「うん、白しゃーーん」
白が振り向く、朧月夜に銀髪をなびかせて。自分を友と呼んだ娘と姿を隠し続ける友人の方へ
「お疲れ様!白しゃん!」
「しゃん…まぁいい、お前も無事で良かった。娘よ、それに助かったぞ声の人」
「そりゃどうも、気を遣ってくれて助かるわ」
「そろそろ姿を出して名乗ればよかろう」
「まだできないんだなこれが」
わけありといった様子に首を傾げる白、何かを訴えるように彼を睨む人間の娘。
「じー…」
「何だ娘よ」
「やりおし!」
「は?」
「やりおし!さっきまで名前で呼んでたしょ」
腰に手を当ててビシりと白に指をさす
「…気のせいだ」
「ふーん、あーそうですか!」
そういってそっぽを向いてしまう奏。
「白さん、あれなの?もしかして照れてるとか?友達とか言われて照れてるとか?」
「揶揄うな奎!」
「おまっ!?」
「ふふふ、仕返しだ」
「奎さんか、ほうほう」
「ま、姿を見せてないしニックネームだからセーフ」
『はいはい』
「そうだ白しゃん!」
もう声の人の呼び名を知って機嫌を直したのか奏はくるりと白に向き直る
「えとね、ありがとう!私さ、自分がまだまだだって…このままじゃダメだって思ってた…悩んでた、努力しても中々実にならないし、上手くできない事もあってさ。でも私だけじゃないのは分かってて…そう思うと悪循環しちゃってさ。なにやってんだろうなーって」
白は視線を逸らさずに静かに耳をすませる
「けどね、色々あったけど…ううん、これからきっと、もっと色々あるんだろうけどさ。私なりに進んでみるよ。今日みたいに、まあお姫様みたいにはいかないけど」
思わず全員が揃って笑う
「今度は誰かが作った道とか扉を開くんじゃなくて、きっと私が作っていくんだね。私のペースで私らしく」
その言葉に目を丸くする白
「驚いたな、全く人間の成長は早いものだな。だが正解だ、それでいい…楽しみにしているぞ」
白は満足そうに微笑む
「あーっすっきりした。戻って来て良かった!ちゃんとお礼言いたかったから。私が私とちゃんと向き合えるようになったお礼」
「そうか、だが説教だ!礼を尽くすのは確かに大事だ、しかし折角出来た道も命あっての物種だ。無茶をするものではない!大体お前はすぐに殴るしすぐに…いや、いいか。これからも存分に生きることを楽しめ。沢山の友と笑って泣いて楽しく生きろ」
「うん…でも、あの時引き返さなかったらきっと伝える事も出来なかったよね」
「…」
そんな奏はどこか寂し気で、無言で目を細める白はどこか悲し気で、春の夜風は少し肌寒かった。
「クシュン!」
粉々になった小屋の代わりに奏に社で暖をとらせながら、それ以上何を話すべくでもなく嘘のように静かに時間が過ぎた。白と声の人は急いで帰りの門を用意を整えて門を開くと奏を呼び出した。
「これでお別れだ人間の娘よ」
「うん…やっぱり名前で呼ばないんだね」
「すまんな…いや、素直に言おう。お前が成長したのなら俺も成長せねばなるまい。名を呼ぶと情が沸く、いつになっても別れというのは辛いからな、それが楽しかった程にな」
「白しゃん…」
「我儘を許せ娘。今のお前ならばもう大丈夫だ。此処に来ることもあるまい」
「なんで!?せっかく逢えたのにどうしてそんな事いうの!また星に願えば会えるじゃない」
「…」
抗議に詰め寄るも白は中々口を開けないでいた、そんな彼の肩を奎が叩く
「そうだな。言うのが礼儀だな。他の友好的な物の怪やらは現世にも多くいる、だが俺はここから離れる事もそうそう出来ぬ。ここはな、ある種の罠なんだ。ここに悩みや強い想い、願いをもった人間を引き込む罠だ。流星への願いは相手側が無意識に行う儀式にすぎん…俺を知っているかどうかなどはお前を納得させるための嘘にすぎん」
「なんで…あっ…」
「ふふっ、その通り俺は弱いんだよ人間。そうやって舞い込んだ者を使って蛮鬼の様な本命の餌を呼び込み、その闇を喰らう…俺はそういう物の怪なんだよ」
「だって私の悩みを払ってくれたじゃない!」
「あれも俺の罪滅ぼしに過ぎん。悩みが解消した時の気を喰らう、おやつ感覚だがな。お前達の様な抗う術を持たない人間やらを逃がすのは本来課せられていない。俺の罪滅ぼしだ…だがしかし、多くの場合は餌である感情の持ち主の香りが充満した時点で門が開いてそのまま無事に帰るのが常だ。あのタイミングで苦闇堕ちが来るのはかなり稀だ。怖い思いをさせたな」
「そっか、でもありがとう。守ってくれて…私の悩みを食べてくれて」
「気まぐれだ…さぁ帰れ、大切な人達が待つ世界へ。往け、お前が進むべき道へ」
「うん、ありがとうね…そしてさよなら!私忘れないから!ずっとずっと忘れないからね!」
奏は両目をいっぱいに潤ませて、そこから流れる雫も構わずに精一杯の笑顔で手を振る。白にとってもいつ以来の楽しくも鮮烈な時間だっただろう。その笑顔はいつかみた人間の彼が好きだった人間達が放つ日輪のように明るく眩い笑顔だった。
「鈴!ちゃんと捨てろよ!…達者でな…奏」
「あ、へへへ……うん、わかった!」
最期の別れ、幾度も訪れたいつもの別れ、刺激に満ちたいつもらしくない別れ。元気よく奏が門をくぐろうとして奎が大声を上げる
「それだ!!」
奏の足が止まる
「どうしたの?」
「なんだ今更…感動のラストシーンだぞ。丁度カメラアングルも良い感じになって俺も少し恰好よく見える角度だというに」
「それなんだよ白さん!いや、アングルとかどうでもいいんだけど鈴だよ鈴!」
「それがどうした、いつも通り捨てれば戻ってくるだろう。まさかここで服をはぎ取って取り出すわけにもいくまい」
「ふぇ!?」
白の苦言に思わず借りていた着物を握り込み身構える奏。
「違うって!鈴の気配がおかしいんだよ!いや、俺も女の子のそういうのはアリだけど」
「ありなんかい!」
そんなやり取りを他所に白は集中する。
「なっ…奏…お前今すぐ全身くまなく鈴を探せ向こう向いてるから!」
「う…うん」
1~2分ガサゴソと探してみるも
「ない…パジャマだしポケットもほとんどないし服に引っかかってもないし」
「なに!?だが挟まる隙間もありそうにないな…」
「失礼か!ありますーほどほどにー詳しく言わないけどありますー!」
「そんな事よりだ!」
「そんな事ってなに!?やんのかおい!」
白は奏が怒るのも構わず一瞬で距離を詰めて奏に目を凝らす
「ちょっと白しゃん!?ちょ…そんな近くで見つめないでよ」
ポカポカと頭やら身体をを叩かれるが白はお構いなしだ
「ちょっと邪魔だぞ奏」
白は一言いって奏の暴れる腕を掴む
「こら変態!そういう無理やりなのは色々洒落にならないから!」
「すぐに終わるから黙ってろ!」
いつにない剣幕で言われてビクリと身体を震わせる奏、白はゆっくりと奏の胸元に手を伸ばす
「な、無い!!」
「あるじゃろうがぁぁぁぁい!!」
奏の渾身のストレートが白の顔面にめり込み、二転三転と地面をバウンドして吹き飛ぶ白
「違う!無いのだ!」
「おおん?やんのか変態狐!奏ちゃん激おこやで」
立場が逆転したかのように地面に座り込む白の襟元を掴んでグイグイを揺さぶる奏
「そうではない!…ぐはっ!」
「また無いっていった?花も恥じらう乙女に何言ってんだこら」
状況が状況だっただけに中々に奏の怒りは収まらず「ない」のことばに反射的に狐を殴る奏、弁明しようとする白だったが未だに片方の手で襟を掴まれていた
「落ち着け!そして殴るな!話が進まんだろうが!」
「…言い訳タイム?奏ちゃんは乙女的な超ぴんちだったんだけど?」
「誰が命の危険まで冒してお前を襲うんだ!」
「奏ちゃんにその魅力がないと?ほーうたっぷりお話しようか白しゃん♪」
未だにボルテージが下がらない奏に冷や汗を流す白。怒りながらも造るその笑顔に恐怖する。
「鈴だ鈴!大変な事になってるのだ手を放せ…放して下さいお願いします」
「ふうん」
「いや、だからお前は…奏様は大変魅力的で御座いますがそれはまた別の件でございましてのことで、どうかそのお美しい手をお放し頂けると嬉しゅう嬉しゅうございますでございます」
「…仕方ないなあ。奏ちゃんは天使だから許してあげよう」
ようやく解放されてパンパンと埃を払って立ち上がる白
「全く、どこの天使が傷だらけの狐をボコボコにするのか…」
「んーなにかいったかなぁ白しゃん♪」
「ひっ…なんでもないです」
「はいはい、人が見えないのを良い事に何やってんだよお前等。コントの時間じゃないだろ?ま、録画したからいいけどよ」
『…』
抜け目のないというか何というか取り合えず声の人の言葉で場は収束する。
「それより白さん説明しないとやばくね?」
「そうだな、奏。鈴を無理に押し込んだりしなかったか?」
「してないよ?痛そうだし…あっ」
「あ?」
「いやぁ~鬼さんと鬼ごっこしてる時に転んじゃって何か一瞬胸が痛かったんだよね」
奏の説明に頭を抱える白
「それで埋まったのか」
「埋まった?でも血とかでてないよ?」
「えーっとな、少し難しくなるが良く聴くんだ奏。あの鈴は現実に浮かぶ影みたいなものでな、その実体は別の時空にある。俺達の影がそこにあるのに触って感知する事ができないようにだ」
「でも握れていたよね?」
「そうだ、そういう性質なんだよ。あれは俺の妖力の一部を使って加工した道具だ。だからレントゲンやらで映る事もなければお前の身体から物理的に剥がす事も難しい」
「難しいって…できるの?」
「出来るには出来るが…麻酔は効かないし超痛い。何よりお前の胸に手を突っ込むことになる」
「へんたーい、あと痛いのはいやだ」
「だから難しいと言ったろう、今は無理に押し込んだ影響でお前の精神体…魂の根源的な場所に入り込んでしまっている。草の根の様な場所にだ。その根に干渉するとお前の魂が反応して身体の痛みとは別に痛みが走る、だから麻酔も効かない。ここまではいいな?」
「うん」
「そして何が問題かというとだ…俺の妖力に惹かれて他の物の怪やトンデモ生物が寄ってくる」
「うぇ!?」
「類は友を呼ぶんだよ。本来、物の怪にしても動物にしても自分のテリトリーには警戒してお互いが近寄らない為の臭いやフェロモンを分泌する、物の怪等は妖気の残渣などになるが」
「じゃあ白しゃんの匂い?みたいなので寄ってこなくなるんじゃないの?」
「それは俺の道具だ、要するに警戒色を放っていないからな撒餌のように群がる事も最悪はありうる」
「最悪じゃん、心珠でどうにか取り出すとかは?」
「あ…」
白が声の人を睨む
「おい奎!後で覚えていろ!…心珠を使って取り出す事も出来なくはないが場所が場所だ。魂に近い部分に干渉することは非常に危険なんだ。俺にとってもな、それに勿体ない」
「をい!ならどうするの?私は嫌だよ?魑魅魍魎に囲まれておいでよ悪霊の森とか」
「出るまで待つしかあるまい…もしくは出やすくなったとこで取り出す便秘と同じだな」
「忘れたころにやってくるー、このままだと私を中心とした不思議小説になっちゃうよ?」
「なんだよ小説って…はっ!まさか俺の趣味であるアレをみたのか!?」
小説という言葉に過敏に反応して白が露骨に焦りを見せる
「なにそれ?」
「なんでもない…忘れろ」
「きにーなるー♪」
「奏ちゃん、官能小説だわ多分」
「うわー、やーいへんたーい」
「断じて違う!俺が書いているのはもっとピュアで…ってその件は忘れろ!それでだ、お前が不思議体験や事件に巻き込まれないようにこれを預ける」
「官能小説はちょっと…奏ちゃん清楚だし」
「清楚という字を辞書で調べるんだな。ってそうじゃない、ってか眼が怖い!御守りだ御守り」
「御守り?官能小説じゃなくて?」
ぴろーん♪姿が無い所から電子音が響いた。
『…』
「おまっ…そうだ、今作った」
「御守りかぁご利益あるかなー」
受け取った御守りを月明りにかざして見つめる奏
「どうだかな。だがそれを持っていても尚寄ってくる人外には注意しろ」
「なんで?」
「その御守りにはお前の魂を成長させるように縁を調整する役割。魂が刺激された方が出るのが早いからな。それとここが肝心だ、警戒の妖力が込められている」
「警戒なんだ、普通のじゃダメなの?」
「…言いたくは無かったが仕方あるまい。それはな人間を喰らう時に出す呪印みたいなものだ」
「食べるの!?」
「まさか、人間を食べる奴等が共通して使う物だ。これは俺の餌だから手を出すな的な…ぷりんに名前を書くのと同じだ。ただ、名前の代わりに妖力でそれを示す。同じ種族や家族でも妖力は全く違うからな。だからそれを持って尚接近してくる人外はそういう掟破りの乱暴者等になる」
「なるほど、でも私でも妖怪とかそういうの見えるの?さっきかけてもらった術ってずっとじゃないでしょ?」
「あぁ、やはりかけてたか。俺が見えるのは俺が見えるようにしているからだ。他の物の怪同様に人間から見えなくする事もできる。お前が蛮鬼を見れたのはその鈴のせいだ。アレは此方側に感覚を近くする効果もある。主には俺の妖気による害を及ぼさない為だがな。だからチンケな小物はまずお前に触れる事も害する事も出来ん、物の怪ならば一目でそのご都合結界に気が付いて寄ってこない」
「だったら安心じゃーん」
「だから危険なのだ、その結界を意ともしないレベルないしはどうにか出来る程度の格があるという事になる、恐らくは俺に近い実力かそれ以上になる」
「うえぇぇぇ!?どうするのよ!」
「そこで鈴のもう一つの効果だ、通信機能。あいぽんさんから学んでねじ込んでみた便利機能」
「盗聴機能でしょそれ」
「…ともかくそれを使うか。かなり強めに俺に来いと念じてその御守りを振ってみろ」
「うーん…うぇい!」
言われるがままに御守りを振ると一帯に鈴の音が響く、目の前に立っていた白が一瞬消えてまた現れる
「お?なにがあったの?」
「転移だ、緊急時はそれを使って俺を呼び出すといい。ただし、俺が現世にいられる時間は限りなく少ない。今のお前の力では30分だな、そっちに呼び出されてから俺が粘れる時間を含めても長くて三時間。ただしそこにいる時間が長く成程に疲れる…俺が」
「番犬みたいw」
「笑うな!それに俺は犬じゃない狐だ!」
「でも私が力?ってのをつけたら伸びるの?」
「あー…それは心の力だ、つまり呼んだらかなり疲れる。100mを全力疾走した後と言えばいいか。奎の様な術者はもう少し長く呼べるだろが、それはコツコツと霊力を磨いているからだ。すぐには慣れぬ」
「でも今は疲れなかったよ?」
「同じ世界にいるからだ、それだけ世界を跨ぐのは大変なんだ。特に俺の様なわけありはな。それと到着に誤差がある場合がある。俺が今日の様な状況だとキャンセルする場合もある。だから通信と並行して使用するように」
「はーい、どうやって使うの?」
「念じろ」
「うわぁーアバウト、心を勝手に読まれるのは絶対嫌なんですけど!?」
「それはお前が隙だらけだっただけだ」
「お?やるのか狐」
「違う!違います!スマホでミュートしたりするのをイメージしろ下さい!!」
「そんな簡単なのでいいの?」
「そういう念を拾って増幅、発動する術式なんだよそれは。つまりさっきのは音声をつないだまま、声を垂れ流していたって事だ」
「教えない白しゃんのせいでしょ」
「まぁ…そうだな。あともう一つ。鈴は取れたら勝手に戻ってくるからいい。流石に音で落ちたのも分かるだろうしな。だが御守りは三か月に一回は呼び出すなりで妖力を補充せねばならん」
「一年とかじゃないんだ」
「あれは主に加護だけだからというのと…人間の商法だ」
「うわぁぁ、それ言っていいの?」
「問題ない…多分」
「うーん、私からここに来ることって出来ないの?」
「…ここは危険だしな」
「できないの?」
「その御守りをもってここを強く念じて御守りを鳴らして鳥居や扉をくぐる」
「意外と簡単なのね」
「だが疲れる。そしてその分余分に妖力を消耗するから充填期間が短くなる」
「うへぇ~、その期間ってわかんないの?」
「あ…忘れてたな」
「おい!うっかり狐しっかりしてよ」
「ちょっとかしてみろ」
奏が白に御守りを渡すと朱色の御守りが真白に染まる
「これでいいだろう」
「色変っただけだよ?」
「あぁ、その御守りの色が変わり始めたら時期だ」
「可愛い色とかにならないの?これ念じなくても動くだけで鈴の音がするから」
「普通の人間には聞こえんよ。熊除けと同じだ。その鈴の音は警戒の呪印が切れた時の保険だ。破邪や厄除け神降ろしにも使われてるようにな」
「なるほどぉ、これで説明タイムおわり?」
「終わりだな」
奏はしばらく考え込んで指を立てる
「じゃあ他に質問とかある人はとある人に設置されるかもしれない質問箱とかに投げればいいんだね?」
「何を言っているんだお前は!?」
「じゃあ行くね!」
今度は満面の笑みで手を振る奏
「あぁ…さようなら人間の娘」
妖狐は小さく手を振る
「…やりおなし!」
ダメだしにため息をする白だったが、満更でもなさそうに軽く笑う
「…またな奏」
「バイバイ!白しゃん!」
「またな白さん!」
「奎お前は説教だしばらく残れ!」
「とばっちりかよ」
そしてようやく戻ったお家の時計を見て焦ったけれど清楚な乙女らしく色々済ませて夢に落ちていく。夢の中で白い狐が悪戯しようとしたので清楚な奏ちゃんは適切に対処しました。
翌日になって試しに通信したけど反応はなかった。
二日目、興味本位でお社に行ってみたけど白しゃんは本堂の真ん中で真っ白な狐の姿で丸くなって眠っていた。一応書置きを置いてみたけれどその後も音沙汰はなかった。
三日目、呼び出してみたけど、約30分間ずっと寝ていた。折角掃除したのに。
四日目、私は不思議体験もなくいつもの日々を過ごす、いつもと変わらないけどほんの少し前向きに。
五日目になってようやく借り物の着物の袖の中に手紙がある事に気が付いて開けてみると声の人らしき文体でこう書いてあった。
「白さんは今日の疲労でしばらく休眠するかもしれないから困ったらここへ」
アプリのIDだったけど結局どんな人かわからなかった。お互いに登録して挨拶文だけで彼から連絡やメッセージがくることはなかった。かなりの秘密主義なのか、裏組織みたいな人なのかもしれない。なんにしてもそのまま洗濯しなくてよかったかもしれない。そしてお社の白しゃんは眠ったままで書置きも微動だにしていない。
六日目、暇だったから白しゃんを読んでみたけどやっぱり寝てた。この前よりも疲れていない、身体が慣れてきたのかもしれない。ただ呼びだすだけで寝てる狐さんをみるのも退屈だったから手と足と尻尾にお耳の先の方をそれぞれを黒く塗ってみた。30分経っても消えないからいっぱい落書きしていたら嫌がるようにモゾモゾしていた。狐の姿で喋らなければ可愛いのかもしれない。変なことしないし言わないし。
そして七日目
丁度その日は予定がなくて朝寝坊していると声の人から連絡が来た。
「狐が冬眠から開けた。もう春も深いのにw」
って、私が朝寝坊したのは黙っていた。大事な大事な乙女の秘密だからまる
お社に行ってみると白さんがまだ眠そうに太陽の下でウトウトしていた。頭に鳥を乗せてて面白かったけど。
「白しゃん?」
ダルそうに片目だけ開く白い狐さんに鏡を見せたら泣きながらお風呂に行ったみたい。狐のままで。散々人をからかった罰です!って誤魔化したらその狐は笑っていた。あとが怖いので帰った。
そしてその日のお昼時、少し用事を済ませて白しゃんを呼び出した。最初はもう緊急事態かって慌てていたけど、「いいからおいで」って可愛くいうと声を震わせながら「まだ何もしてない」とか怯えるように若干声を震わせて言った。不本意だ。一体私がなにをしたっていうの!?
…いつか泣かす。実際泣かすかは別にしても私は少し傷付いた、女の子だし
そして…
「うわぁぁぁぁぁん」
彼は…白しゃんは泣いていた
「ちょっとまだ何もしてないでしょ!」
「すまん…だが美味くて嬉しくて!」
「食べるか泣くか喋るかどれかにしなよ」
私が呆れていると無言でそれを夢中で食べる。いつか食べたいと呟いていた天丼を
正直言って狐の好物とか油揚げしか分からないけど。覚えているのはそのくらいだったから。
一応落書きのお詫びということにしておいたけれど、声の人が言うには
「あの後急に狐に戻って倒れたとか…そして起きたら人間界に餌をあさりに行くかもしれないから戸締りはしっかりと 追記:餌をあげないでください憑いてきますw」
なんて物騒な内容が送られてきた。まぁ餌はついでだったんだけど喜んでるならいいか。半分憑かれているようなもんだし、後で聞いた話だと月に二・三回程度の食事で済むらしい。それが多いか少ないかわからないけれど。けれど今日呼んだ理由は別にあった。私がほんの少し進めたところを見てもらいたくて。
スマホをスタンドにセットしてアプリケーションを起動。『いありてい』
準備画面には私のもう一人の私がそこにいて私と一緒に笑ったり俯いたりしてくれる。
白しゃんには声を出さないようにってお願いしたら、コクリコクリと頷いて頭の中に術をかけたから例え術者でも見えないし聴こえないから安心しろって。
いや、私が心配してるのは妙な悪戯するなって事を釘さしたら残念そうな顔をしていたけど。
配信を開始する、いつものように皆が来てくれてお話しする。そして私の相棒の『もりさん』を弾いて歌う。私と一緒に歩いていくアコースティックギター
「初見さんこんにちは〇〇〇です良かったら仲良くしてください」
コメント欄が流れる、私は返す…ん?「妖狐ですがよろしくお願いしますヾ(*´∀`*)ノ」
確かにこのアプリの人達にはこういう種族も沢山いるけれど…ハッとして振り返ると面白そうに銀髪の妖狐があいぽんを手にしていた。あっ…イアホンってやっぱりそっちに付けるんだ。
私の視線に気が付いたのか私にニヤリと笑いかける。
「お前かい!」
コメント欄が普段から清楚な私に僅かに賑やかになる。なんとか誤魔化していつも通りの私達に戻る。ちょくちょくコメントを入れる妖怪だけど目立った動きもなく。いつも通りのいつもより少し変わった私の配信は続く。
七草 奏ともう一人の私が皆に歌を、言葉を、そして想いを伝えていく。
こうやって私は進んでいくんだ。お節介な狐さんは満足そうに耳と尻尾を揺らして歌を聴いていた。
そうして配信も終盤になってやけに大人しい妖狐をみると
「ん?」
プリンを食べていた…声の人の忠告で食べられないようにとカップに『七草 かなで』と書いたプリンを食べていた。この後食べようと思っていた大事なプリンを食べていた。
「ちょっとごめんねー、お花摘みに行ってきます」
そういって配信をミュートに切り替える
「ん?お花摘みだろう耳を塞いでいるから行ってくるといい、それとも悩みか喰ろうてやろう」
「おまえじゃい!」
「フハハハハ!」
機嫌よく嗤う銀髪の妖狐。近くに置いてる得物を手に取る『黒斬死魔』の酒瓶を満面の笑みで
「白しゃん!」
声が響いた。少しばかり開いていたベランダの窓から春の陽気に満ちた柔らかな風が吹いてカーテンが揺れる
花の匂いは柔らかで優しく、木々の若葉は笑うように揺れて小鳥は歌う。
こうして私に訪れた春風は暖かくて、こうして私に訪れた春の嵐は騒がしくて、こうして私の春は過ぎていく。
真っ白な狐と巻き起こした…『春の嵐』
追記:その後コメント欄で流れた、酒瓶で殴られるとか。助けてガクブルとか。〇〇りん怖いとか事実無根の事件を中心にしたもう一つの春の嵐があったことを此処に記す。
白夜 第一幕 「春の嵐」 完
※作品崩壊の危険性を含む為、本編完読の後お読み下さい
第一話 『春の嵐』
挨拶
白
なるほど、こうやって晒して行くというわけか…だが本望!元来俺は陰キャという部類なのでなこういうのは苦手だが…まぁ良い。此処からこの時代の大きな流れが動き出す予感だな。俺も忙しくなるかもな…
だが悩みがあるなら流星に願いを込めてみると良い。とりあえず鈴の予備を作らないと怖いなこれは
俺の悩み?あるわけなかろう
…強いていうなら酒瓶を担いだ小娘が…待て!待ってください!清楚で…グハッ
七草 奏
第一話ありがとうございました!きっと読者の皆さんには私が味わった苦労(白しゃんのせい)がご理解頂けたかなと思います。ドキドキの展開があったりなかったりしたけれど、楽しんでくれていたら嬉しいです。あともう一人の私を知っている人でイメージ壊れたって人がいたら白しゃんも原因だよなぁ
ここからどんな展開になるのか楽しみです。できれば平和がいいなぁ…無理だろうな…これからも清楚に頑張ります!え?清楚で可愛い子にしろ?十分じゃないかなぁ…って第一話でそんなメールくるわけないでしょ!ガンッ!!白…お前だったか
声の人
あー俺ぶっちゃけ出番少なかったでしょ?まぁまだ姿見せてないしこれからだわな。説明役でこき使われるのか、似たようなキャラ増えるのかもな…辛いわ。まぁ腐れ縁ってので白さん共々よろしく
さて…なんでもって言ってたな何させるかな。@AkinoSora21にでもリクエストを送ってくれ。あ、俺本体に送んなよ?ふりとか冗談じゃなくな。
蛮鬼
え?儂も!?まだキャスト少ないから良いって?どうしよう、今、完全に素だったからのう、今更キャラ造るのとか手遅れじゃろう…これを見ている者がいたら儂のように抱え込まず誰かに頼るのも勇気だぞ
人間が虚花津にはならぬだろうが、同じように苦しむのも可哀想だからな…もう喰われたから良いがこうやって話を読むとあの娘の方が儂よりよっぽど鬼らしいの。あ・・・なんかきた・・・待て儂は‥‥
鹿(式神)www
約:式神もご飯たべたい…締められているの見て羨ましいとか思った者がいたらお勧めしない
首締まるのもだが折れるかとおもった。人間怖い
???
今後物語に応じてキャストは色々変わりますが基本的に書き捨てはしません
もし作品に出せって方がいたら色々お話して人となりを掴まないと難しいですでも頑張ります