閑話・ミリアと神父様
「どうして私が教会に!? 大聖堂で働きたいとの希望をだしたではありませんか!」
上司である神父を問い詰めるシスターの姿が、大聖堂の隣の建物、教会本部でみられていた。
「上からそう命令が来たんだ。仕方がないだろう」
物腰の柔らかそうな神父がシスターをなだめるように言う。
「っ、そんな・・・」
「でも、あそこの神父様はとても良い人だよ。いい勉強になると思う」
その神父を思い出してか、上司の神父はふっと目が柔らかくなった。
そして、シスターに言い聞かせる。
「行くからには精いっぱいやってきなさい。シスター・ミリア」
1
がちゃり、と教会の扉を開ける。
すると、人はぽつりぽつりと数人だけ、長椅子に座っている。
大聖堂では満席で座れない人もいたのに、とつい比べてしまうミリア。
祭壇の前ではどなたかが膝まづいて祈りを捧げている。服を見る限り、ここの神父のようだ。
「―――っ」
ミリアは目を見開いた。どうしてか。それは。
綺麗過ぎた。
神父様のルックスが? そういうわけではない。神父は至って普通の顔たちだ。
ではなにが綺麗なのか。
祈りを捧げる姿、雰囲気、姿勢、安らかな表情。全てが、全て。とても綺麗な祈り。
思わずミリアは立ち尽くしたまま見とれてしまう。
「あ、」
神父が立ち上がったところで、ミリアは意識を取り戻す。
「す、すみません」
声をかけると、神父は振り返った。先ほどの綺麗過ぎた印象はもうない。優しそうな神父だった。
「私は、教会本部から参りました、シスター・ミリアです。これからここでお世話になることになりました。よろしくお願いいたします」
丁寧に自己紹介をして頭を下げる。
神父は微笑んでから返事をする。
「ようこそお越しくださいました。神父のドルと申します。お話は伺っています。よろしくお願いします」
どうぞこちらへ、とミリアはドルに案内されて、教会を見て回った。
だいたいのつくりは同じだ。だが、どこもかしこも埃一つなく、輝いて見える程綺麗だ。よく清掃されている。
だが、ここの聖職者は1人と聞く。つまり神父、ドルだけだ。1人でここまできれいに掃除しているのか、と感心していると、ドルが口を開いた。
「ここは孤児院とつながっていてね。孤児院のほうで暮らしているよ。シスター・ミリアも今日から孤児院の部屋で暮らしていただきます」
「わ、わかりました!」
少し緊張していて、つい声が大きくなってしまった。慌てて口をふさぐ。
ドルは微笑ましそうにそれを見ていた。それがまたミリアの恥ずかしさを増した。
「ここの清掃は孤児院の子供たちが手伝ってくれているんですよ。とても助かっています。きっとシスター・ミリアもすぐになつかれるでしょう」
「そう、ですかね」
子供たちに受け入れられるか不安が残るミリアは言葉を濁した。
「大丈夫ですよ。では、そろそろ孤児院に行きましょうか」
「は、はい・・・」
緊張がまた戻ったミリアはなるべく笑顔で入れるように努めた。
2
「おねーさん名前は?」
「ぼくオルっていうの」
「わたしイーナ」
「あそぼー!」
孤児院に入ると、すぐ小さな子供たちに囲まれた。
「あわわ・・・ど、どうしたら・・・」
こんなにたくさんの子供に囲まれたのは初めて、どうしたらよいのか戸惑って目が回っているミリア。
すると、同い年くらいの女の子が寄ってきた。
「こら、あんたら。一気に聞いたら答えらんないでしょうが」
腰に手を当てて子供たちに言い聞かせる。
「なんだよラン! ねこかぶってんじゃねーよ!」
一人の男の子が女の子をからかおうと笑った。
ゴツン!!
「うわぁん! ランがなぐったぁ! ドルおじちゃぁん」
「ふん、生意気なこというからだ。神父に頼ってんじゃないよ。情けない」
「う、う、わあぁん!」
頭にげんこつをくらった男の子がドルに泣きついている。その子はドルのことを「ドルおじちゃん」と言い、女の子の方は「神父」と呼んでいる。呼び方は様々なようだ。
「こらこら、ラン。小さいんだから手加減してあげなよ」
「これでもものすごく手加減したほうだけどね」
ドルが女の子をなだめる。
「では、シスター。自己紹介を」
「あ、はい。え、えっと」
ドルが男の子の頭をなでながらミリアに自己紹介を促す。
「今日からお世話になります。シスター・ミリアと申します。よろしくお願いいたします」
お辞儀をする。
子供たちが自分も自分もと自己紹介をし始める。が、全員が一斉にいうので何を言っているか正直わからない。
「あんたら、1人ずつ自己紹介しな。あ、私はラン。よろしく。ミリア」
ランと名乗った少女は、綺麗な顔たちをしていた。けれど気取っていなくて、格好いい。そして親近感が持てる呼び方。
ミリアはランとはすぐに仲良くなった。年が近い、ということもあるだろうが。
それから、子供たちとも段々距離を詰めていき、仲良くなっていった。
3
毎日お祈りを欠かさない神父とシスターだが、いつ見てもドルの祈りは綺麗だった。ほうっと気を抜くと見とれている。私もそんな祈りがしたい、といつしかミリアはドルに憧れていた。
ある日、ふと思ったことを口にした。
「ここには、勇者が魔族を倒すような本はおいていないんですね」
すると、ドルが振り返った。その顔はいつものやわらかい顔ではなかった。
ミリアは子供たちに読み聞かせる本を選んでいた。そして気づいたのだ。魔族に関しての本がない、と。
「魔族についての話は子供たちの前ではあまりしないようにしているんだよ」
ドルは自分が怖い顔をしているのを理解したのか、ミリアから顔を背けた。
「どうしてですか? 正義が勝つ、という教育にも良い話ですよ?」
ミリアはただ不思議に、いつものように考えを述べたのだ。自分の考えが正しいと思って。そういいきかされてきたから。魔族は、悪だと。
「正義・・・正義か」
ドルは低い声で言った。
「君は勇者が正義、魔族が悪だと、考えるのだね」
「は、はい・・・」
いつになく迫力のあるドルに、少しおののきながら肯定した。
「そうか。・・・私は、そうは思わないよ」
力強く断言するドル。ミリアはえ、と疑問を口にしようとするが、ドルはその場から去ってしまった。
珍しい反応に、ミリアは驚くばかりだった。
4
あの日以来、ドルの態度が変わる、とか、そういうことは無かった。ただ、ミリアが勝手に、距離を感じているだけなのだ。そう、勝手に。きっと何も変わっていないと自分に言い聞かせるミリア。
「しっ、神父様!」
聖職者としての業務が終わったあと、ミリアはドルを呼び止めた。
「どうしましたか?」
ドルはいつも通りだ。そう、いつも通り。
「お、お尋ねしたいことがあります」
「・・・孤児院へ行きますか」
ドルは移動して、孤児院の食堂の椅子に座った。ミリアも促されて座った。
「どうして、魔族が、悪でない、と、思う、のでしょうか・・・」
ミリアは緊張を抑えてドルに聞いた。最後の言葉は尻すぼみしてしまっている。
「・・・貴方は魔族をみたことはありますか? 会ったことは? 話したことは?」
「も、もちろんありません」
「そうですよね。だったら、知りもしない魔族をどうして悪だと決めつけるのですか?」
「そっ、れは・・・」
言われてみればそうだ。自分は魔族のことを知らない。ただ、周りから悪者、悪だ、と言われてきたからそう信じていただけ。
「それは会ってもいない人を噂で悪い人だからその人は悪い人だ、と言っているのと同じです。決めつけているのです。皆は。先祖や、周りからの意見を信じて」
「・・・っ」
ドルの主張が正しいことを理解したミリアは、何も言えなくなった。
どうしてドルがそこまで怒るのかはわからないが、魔族が必ずしも悪い奴、という考えは打ち砕かれた。
「神父様、私の愚かな考えを正してくださり、ありがとうございます。これからは全てのものを平等に見ていきたいと思います」
ミリアは丁寧にお辞儀をして礼を言った。
ドルは微笑んでうなずいていた。
このことで、ミリアは魔族に偏見を持たなくなったのだった。




