天宮コウの心情
かなりごねた挙句、結局一限目の授業をサボったコウは、誰もいない食堂で一人、カレーを食べていた。
『前から思ってたんだけど、好きよね。それ』
フルメルは画面越しにカレーを指さす。
『毎日って訳じゃないけど、結構な頻度で食べてるわよね』
よく仁と昼食を食べていた頃、フルメルはコウがカレーをよく食べていたのを覚えていた。
「……これが、一番好きなんだ」
『へぇ。あなたに好き嫌いとかあったのね。てっきり、お腹に入れば何でもいいみたいな人だと思っていた』
やや棘のある言い方をしてみる。もちろんこれでコウが反応するなど彼女も考えていない。
「肉と野菜がバランス良く取れるから効率がいい」
『やっぱりそういう理由なのね』
「それと……ここのカレーは、昔食べた味に似ている」
珍しく、食べる手を休めて感慨に耽るような顔でカレーを見つめている。
『思い出の味ってやつ?』
「……よく分らない」
漠然とした記憶、それはいつだったのだろう。
孤児院にいた頃か、それとも災厄の前、まだ両親が共に健在だった頃に母親が作ってくれたのか。
いずれにしても、それが随分古い記憶であり、そして感情を持たない彼がそれでもその心に残っているほど、大事な記憶だったことは、コウを嫌う彼女にもよく分かった。
本人にはよく分らないようだが。
やがて、二人の間に言葉はなくなり、時折皿とスプーンが擦れる音だけが響く空間でひたすらカレーを黙々と食べ続ける。
『美味しかった?』
食べ終わったコウに、何故かフルメルは感想を聞いた。
その意図を読み取れず、首を傾げるも素直に答えた。
「ああ。美味かった」
『そう』
それを聞いたフルメルは何故か嬉しそうだった。
『授業が終わったら、訓練の前に仁のお見舞いに行きましょう』
「分かった」
珍しく機嫌のフルメルを尻目に、コウは皿を下げた。
◆
檻のような部屋の中で、ジーっと壁を見つめる少年。
薄汚れた病衣で、右腕にはデジタル数字で番号が表示された腕輪、そしてその瞳は少年のものとは思えないほど、輝きも希望も全て失われていた。
「コウ君」
部屋の外から、彼を呼ぶ声がした。
白衣を着た三十路過ぎくらいの女性、この施設の人間でありながら、何故か彼の事を番号ではなく、名前で呼ぶ人。
少年は鍵を開けてもらうと、部屋の外に出る。
「今日もがんばったね」
女性は少年の右腕の傷を撫で優しく微笑む。感情を捨てた彼も、その笑顔を見ると安心した。
少年は女性に手を引かれ、少し広い部屋に連れ来られる。そこは他の部屋と同じように、壁も天井も白い、冷たい殺風景な部屋だったが、薬品の臭いはなく、代わりに芳しい香りが広がっていた。
テーブルを囲むのは、少年と同じように病衣を着た子供達。
しかし、その眼は僅かに光が灯っていた。
「ほら、コウ君も座って」
女性に促されて、一番端の席に腰を落とす。
そして……
◆
「コウ?」
「!!」
仁に呼ばれ、コウはハッとなる。
コウは現在、樫宮高校の敷地内にある病院の一室だった。
ベッドから上体を起こし、仁は心配そうにコウを見つめる。
「すまない。考え事をしていた」
「大丈夫? 何か悩み事?」
「いや、問題ない」
「ならいいんだけど」
表情に変化はないが、長い付き合いというだけあって、仁はコウがいつもと様子が違うと感じた。
『全く、病人に心配されるなんて、どうしようもないわね』
ベッドの横に座りため息を吐くフルメル。
彼女は仁の方を向き直ると、コウには絶対に見せない笑顔で、
『体調はどう?』
「この前手術して少し良くなったよ。順調にいけば、後二ヶ月くらいで退院できるかな」
『よかった』
こうして見ると、熟年のカップルのようだ。
二人にはそれだけの信頼関係があり、その代りは誰にも務まらないのだろう。
「コウはちゃんとやってる?」
『今のところはね。私が厳重に監視してるから大丈夫よ』
「か、監視か……」
実際、フルメルはコウの生活習慣の見直しを行っている。
まず朝ごはんは必ず食べるようにさせたり、過度なトレーニングを止めさせたり、とにかく体を壊さないように気遣っている。
何だかんだと言っても面倒見がいいのだ。
『実際、あなたと同等以上の操縦技術を持つパイロットはこいつしかいないわけだし。何より、仁の親友なのだから足蹴にもできないわ』
「うん。これからもコウをよろしくね」
『後二ヶ月だけね』
コウはそんな二人の姿をどんな気持ちで眺めているのか、それは彼自身にも分からなかった。