水無月瑞希
「どうやら、ほとんど完治したみたいだね」
「それは良かった」
自分のことなのに他人ごとのように、喜びもまるで見せない。
「……もう今まで通り訓練に参加しても大丈夫だけど、しばらくは経過観察ということで、あまり無茶はしないように」
「はい」
「……本当に大丈夫なのかな」
『大丈夫です』
すると、フルメルがエルフォンから出て姿を現した。
『いざとなれば私が無理やりにでも止めます』
「ああ。頼んだよ。精霊さん」
保険医とフルメルが謎の信頼関係を構築していた。それを受けてコウは二人の顔を交互に見た。
『それじゃあ、早く朝ごはんを食べに行きましょう』
「そうだな」
フルメルをエルフォンに戻し、保健室を出た。その時、
「おっ!」
「きゃっ!」
突然走ってきた少女とぶつかった。
「いたた……」
ぶつかった少女は、艶やかな茶髪をポニーテールに束ね、白と水色ジャージ姿をしている。
「ちょっと、気を付けてよ!」
彼女は起き上がるやいな、コウに罵声を浴びせた。
「ぶつかったのは、そっちの不注意だと思うけど」
「はぁ?」
「客観的に見れば、君が廊下を走っていたことが原因だ」
「はぁぁ!?」
彼は事実をただ事実として述べただけなのだが、その無感情ゆえの行動は彼女を逆ギレさせてしまった。
『ちょっと……挑発しないで』
「挑発した覚えはない」
百パーセント相手が悪いとはいえ、コウが意味もなく怒らせてしまった事は全く分かっていなかった。
「その声、フルメル!」
『ん? あなたは……』
再度、エルフォンから出現したフルメルは、少女の姿を見て、驚いたように目を見開いた。
『瑞希じゃない』
「久しぶりじゃない。去年会って以来よね?」
『ええ』
「……二人は、知り合いなのか?」
旧交を温める二人に、コウはまた自分が蚊帳の外にされたので、話に割って入った。
『ああ。こちらは水無月瑞希さん。霊子駆動、アクエリアスのパイロットよ』
「俺と同じパイロット……」
「同じ?」
同じと言われて、瑞希は目敏く反応した。
「あなたが一緒にいるってことは、もしかして彼があなたの新しいパートナーなの?」
「そうだ」
『正確には、私のパートナー(仮)よ』
あっさり肯定するコウに対して、フルメルはあくまで代役であることを強調した。
「へぇ、あの切咲仁が負傷してパイロットを引退したっていうのは本当だったのね」
『引退じゃないわ。長期療養のため休暇中よ』
そう言いつつも、フルメルの顔は暗い。
やはりフルメルは、仁の事が心配なのだろう。
「まあ、何はともあれ彼が無事ならそれでいいんだけど」
「というか水無月」
空気を読めないコウは、この場面で普通に口を挟んだ。
「何? かっこ仮くん?」
「急いでたみたいだが、いいのか? こんなところで油売ってて」
「そうだったぁっ!」
急に叫んで飛び上がり、神速の御業でカバンを拾い上げると、電光石火の速さで廊下を駆け抜けた。
「じゃあまた後でねー!」
彼女の声が聞こえる頃には、既にその姿はなくなっていた。
『いっちゃったわね』
「……ごめん。もしかしてまだ話したいことあった?」
コウにしては珍しく、気遣うような発言をする。
その言動に驚いたのか、あるいは的外れな物言いに呆れたのか、少しコウを見たのちにフッと息を吐いた。
『別に。それより、あなたもまだ朝食をとってないでしょう。こんなところでぼんやりしていていいのかしら?』
「ああ。それもそうだな。じゃあそろそろ……」
その時、廊下にチャイムの音が鳴り響いた。
「……朝食はお預けか」
『いや、サボってでも食え』