蘇る記憶
それは幼い頃の記憶、
薬品と血液の臭いが満たす白い部屋で、病衣でベッドに拘束されている彼の耳に届くのは、悲鳴と無慈悲な機械の稼働音だけだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
痛い。苦しい。
度重なる薬品の投与が、自身の肉体を内側から蝕んでいく。
筋肉が膨張し、締め付けられるのが分かる。
自分の中身が改変されて、別の物に書き換えられていくのが分かる。
「やめ……があぁぁぁぁぁぁぁっ!」
血管が熱い。体中の水分という水分が沸騰して、自分を構成するあらゆる物を燃やし尽くしてしまいそうだ。
絶望と恐怖。
彼の心を塗りつぶすそれらは、次第に感覚を麻痺させていった。
彼は目を閉じた。彼は耳を塞いだ。彼は鼻を潰した。彼は舌を切った。彼は神経を絶った。彼は涙を枯らした。彼は叫ぶのを止めた。笑うのを止めた。怒るのを止めた。悲しむのを止めた。感じるのを止めた。
そして人である事を……止めた。
「あぁぁっ……」
外界から受け取る全てを拒絶した。痛みも、苦しみも、悲しみも、恐怖も、全て捨て去った。
「……」
やがて、拘束が解かれると、彼はゆっくりとベッドから起き上がった。自分を取り囲む大人たちを虚ろな瞳で見つめ、口を開く。
「……もう、終わったの?」
六歳の少年は、感情を失った表情で呟いた。
2
寮のベッドの上でコウは目を覚ました。
「……久々だな。あの夢を見たの」
ベッドから起き上がり、いつも以上に生気のない顔で壁にかかった制服を手に取った。
手早く着替え、机の引き出しからエルフォンを取り出すと、
『よく眠れたかしら?』
ひとりでに電源が入り、フルメルの姿が画面に映る。
「おはよう」
質問には答えず、棒読みで短く挨拶するコウ。
『……腕の調子は?』
「ああ。問題ない」
そう言って腕を曲げたり伸ばしたりする。その様子を、フルメルはジト目で見つめる。
『やっぱり、医者に見せた方がいいわね』
「何故だ?」
『あなたの大丈夫は一ミリも信用できないわ』
「痛みはないが」
『自分の限界以上に筋肉を酷使して、しかもそれに気付かず動き回るような人間が、痛みがないと言ったところでそれは大丈夫の根拠にはならないわ』
そう言ってフンッとそっぽを向いた。
無茶を無茶とも思わない彼の姿勢は、やはりフルメルにとっては嫌悪の対象でしかなかった。
『ほら、朝ごはんの前に保健室に行くわよ』
「ああ」