彼らの日常 2
朝食時ということで、食堂はかなり混雑していた。券売機に並ぶ人の数は、食堂の外にはみ出すほどだった。
『やっぱり、券売機は一台じゃ絶対足りないわね。予算はあるんだし、せめてもう一台は欲しいわね』
自分が使うわけでもないのに偉そうにコメントするフルメルは現在、コウのエルフォンの中だ。
元々エルフォンは精霊を憑依させることを前提に作られており、こうやって画面越し会話することもできる。
「予算は他にも使うべきところがあるんだろう。それにみんながみんな、ここの食堂を利用するわけじゃないしな」
『まあ、メニューを予め決めておけば、券を買う時間自体は十秒もかからないしね』
そうこうしている内に、コウに順番が回ってきた。コウは迷わずカツカレーのボタンを押す。さらに少し首を捻ってから、大盛りのボタンを押した。
『朝からよく食べるわね』
カウンターに食券を持って行ったところで、フルメルが呆れたように呟いた。
「今日は何故かすごく腹が減っている」
『朝あんだけ走ったからじゃないの?』
「普段も朝のトレーニングはしている」
『……普段どんなことをしているのかは、訊かないでおいてあげるわ』
そうこうしている内に、大盛りのカツカレーがコウの目の前に出される。適当な空いている席を見つけて座り、無言で合掌するやいな、カレーにがっつく。
コウは、その生気のない表情からは想像できない食べっぷりで、山盛りのカレーを次々に口に運んでいく。
『ねぇコウ。あなたって食べるの好き?』
その質問を受け、コウの食べる手がまるで時が止まったかのように、ピタッと停止する。
「……多分、好きなんじゃないか」
他人事のように答えて、再び食べるのを再開した。
そのコウの意外な一面を見て、フルメルは思い返した。
(そういえば、仁に食事中に話しかけられてもコウは食べる手を止めなかったのよね)
感情がないコウが、食事を人並み以上に楽しみにしていたのは、これまでコウのことを戦闘マシーンのように思っていたフルメルにとって少しだ彼のことを見直すきっかけとなった。
『ところで、今日の予定だけど』
「なんだ?」
『四限目の授業に体育があったでしょう』
樫宮高校は軍事養成学校だが、ちゃんと普通の学校と同じ教科もある。二年生になると専門科目が増えてそういった授業は少なくなるが、現代文や公民といった一般教養となるもの、そして基礎体力をつける意味でも重要な体育は三年になってもある。
ちなみに理数科目は一年の内に必要な内容をハイペースで終わらせ、技術関連の専門科目に移っていくので、二年ではやらない。
「で、体育がどうした?」
『今日は見学しなさい』
「何故だ」
『腕、怪我してるでしょう? 普通そういう時は休むものよ』
「今日はサッカーだから腕は使わない」
『そういう問題じゃないの。激しい運動は控えろって話!』
「だが……」
『だがも、しかしもない。大体、あなたはどうせ、たかが体育の授業に本気で勝つために無茶なプレーや作戦を取るんでしょう?』
「サッカーの戦略というのは、実は実際の戦争の戦略に通じるものがあって……」
『知らんわ! ていうか、あなたは指揮官じゃないし、あなたの敵は軍人じゃなくて喰精よ』
「フルメル。声が大きい」
気付くと、周囲には人が集まっていた。
開発科の生徒と違い、機兵科の生徒には一年の頃から精霊の存在が知らされている。フルメルの場合は学生の仁がパイロットだったとい事もあって、他の生徒とも交流があったのだ。
「おい、今のって……」
「仁君のパートナーの精霊さん? だよね」
「何であいつのエルフォンに……」
そして、コウは仁の後継人であり、また戦闘員を育てる機兵科の生徒ではなく、技術者を育てる開発整備科の人間だ。仁のパイロット引退の噂が立っていたところで、その後継が名も知れていない人間では、否応なく目立ってしまうのだ。
『あなた、そういうこと気にするタイプだったの?』
「目立つことはごく限られた場合以外ではデメリットにしかならない」
言いながら、いつの間にかカレーを食べ終えたコウは、皿を持って席を立つ。
「もう行こう」
『それが賢明ね』
コウは他人の感情を理解できないが、しかし悪意にだけは敏感だった。今自分に向けられている視線が、決して好意的なものでないこと、空気が読めなくてもそれだけは直感的に理解した。