空上の防衛線
風見ヶ原支部、霊子駆動格納庫。
「遅いよシルフィード」
彼女を待っていたのはパイロットスーツを着た背の高い男だ。男性としてはやや長めの茶髪、日本人としてはやや高めの鼻に彫の深い顔とハーフっぽいが純日本人だ。
『すいません一颯様』
パートナーの顔を見てニッコリと微笑む。
「全く、気を付けてくれよ。僕達はこの街を守るヒーローなんだからねっ!」
そう言って髪をファサっとかきあげる。その姿をシルフィードは微笑ましそうに見て、
『その通りですね。一颯様はヒーローです』
とさらに言葉を重ねる。
「そうとも。ヒーローは遅れてやってくる時代はもう過ぎた。これからの時代は最速最強。そしてその称号に相応しいのはストームライダーのパイロットである僕、風間一颯だ」
『はい。では行きましょう。最速最強で!』
調子に乗るパートナーを全力で煽てつつ、自分達の霊子駆動の元へ向かう。
彼らの霊子駆動は白と灰色を基調としたボディ、背中や肘、脹脛、体の至るところにブースターユニットと思わしきものが付いている。
「エルフォン、セット」
コックピットにエルフォンを装填するとストームライダーに魂が宿る。
「目標は上空1500メートル。準備はいいかい?」
『はい。バッチリです』
ストームライダーは格納庫の外、入り口から伸びた滑走路のような場所でクラウチングスタートのポーズをとっている。
「それじゃあ……three」
一颯の合図で両脚に力を込める。
「two」
一気に駆けだす
「one」
跳躍。
その瞬間、神機外装のブースターユニットが火を噴く。
風を切り裂き、ストームライダーは空へと羽ばたく。
「さて、喰精は……あれか」
視線の先にあったのは、一見すると巨大な航空機のように思える。しかし、ところどころ継ぎ接ぎのように黒い膜が見える。さらに下に戦闘機のようなものがパーツとしてついている。
この巨大な喰精が、地上に小型喰精をばらまいていたのだろう。
『燃料は残り何パーセントですか?』
「六十%。連続戦闘時間は5分程度ってところかな」
『では、五分以内に決着をつけましょう』
ストームライダーは二丁の拳銃を取り出し、敵に向けて撃ち込む。
タァンッタァンッタァンッ
衝突音が三つ。しかし、弾丸は敵の体を貫くことはなかった。
『固いですね』
「ならこれだ」
左側にある三本のレバーの内、奥のレバーを押し込む。
掌から風の刃が発射され、喰精の体に傷をつける。
当然攻撃されて敵も黙ってはいない。敵の体の中からいくつものミサイルが発射され、ストームライダーに襲い掛かる。
「ふっ、遅いよ」
余裕の笑みを浮かべ、左右のレバーを操作する。
機体は目にも止まらぬ速さでミサイルをかわし、その間にも魔法による射撃を行う。だが、
『ダメージはあるみたいですが、五分は少し厳しそうですね』
敵の体は魔法によって何か所も削られたような跡がついているが、決定打になっているようには見えない。
「なら、敵に取り付いて接近戦だ」
『了解です』
ストームライダーは敵に手を向ける。
すると、今度はストームライダーの手の甲からワイヤーが射出され、敵の体に突き刺さる。そしてワイヤーを巻き取り、敵の体の上に飛び乗ると、足裏から爪が伸びて機体を固定する。それに反応して、敵の背中に無数の黒い狼のような姿をした小型喰精が出現した。
『やはりこう来ましたか。では』
両手を広げると、持っていた左右の拳銃のグリップを折り曲げて直線状に変形させる。すると、銃口の下から刃が伸びて短剣へと形を変えた。
『はっ!』
短剣を投げ、敵の体を切り裂く。と同時に、腕からワイヤーが伸びて武器のトリガー部分にワイヤーを巻きつけられる。
ワイヤーによる変幻自在の斬撃で、瞬く間に小型喰精は消滅。続けざまに斬撃、それに重ねて風の刃を飛ばし、敵の装甲を徐々に削っていく。
「さーて、そろそろ終わりにしよう」
左のレバーを操作し、手元に出現したホログラムパネルから一つを選択。
すると、ストームライダーの両手に風が集まり、手の中で渦を巻いて槍状に収束する。
『「空烈撃槍!」』
風が敵の装甲を削り、一気に貫通していく。
やがて、体に大穴を開けられた喰精はその場で空中分解。それを構成していたパーツは街へと降り注ぐ。
『一颯様!』
「分かってるよ」
この状況を予測していた一颯は魔法を発動。風が落下する金属片を掬い上げ、さらにそれを覆うように風が吹く。風の球に閉じ込められた金属片は中で高速で回転。金属片は細かい粒子へと砕かれた。
「任務完了。うん。僕らしい美しい戦いぶりだ」
『はい。一颯様は美しいです』
「ふふっ、そうだろう、そうだろう」
パートナーの称賛を受けて調子づく一颯。そんな彼に画面の向こうから笑顔を向けるシルフィードだったが、不意にその表情が険しいものに変わる。
『……まだです』
「え?」
刹那、倒したはずの喰精の残骸、空中に飛び散って消滅したかに思われたそれが、まるで時間を巻き戻したかのように一つに集まる。
やがてそれらは一人の女性の姿を作り出す。
褐色の肌に、頬に赤い爪のような刺青が左右二つずつ、その刺青は体にも伸びており、彼女のスレンダーな体に複雑な模様を描いている。
「あれは……喰精なのか?」
『確か本部に人の姿をした喰精が出現したという報告もあります。その仲間でしょうか』
冷静に敵の分析をしつつ、武器を構える。すると、
『&?$%?=/?*!』
女性型の喰精は謎の言語を呟き、右手をストームライダーの方へ向ける。
瞬間、空気が破裂する音が響く。
『「!」』
熱せられた空気の波がストームライダーを遥か後方へと吹き飛ばした。