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精霊戦記フルミニス  作者: 師走
第二章 彼らの日常
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彼らの日常 1

ここからしばらくは日常編です

 樫宮高校は全寮制の学校である。


 しかし、珍しいことに学科ごとに寮の区分はあっても男子寮、女子寮という区分は存在しない。

 それもそのはず、軍事養成学校である樫宮高校は女子率が低い。だからいちいち寮を男女で分けてられないのである。中には男子部屋と女子部屋が隣り合っていたりすることもある。


 さすがに男女相部屋ということはないが、そういう経緯から、特に異性の部屋に入ってはいけないなどのルールはない。だから、同じ部屋から異性の声が聞こえてもそこまで珍しいことではないのだが、


『どこ行ったあいつ!』


 朝七時半、朝食を取るために多くの生徒が起床する時間に、男子の部屋から女性の怒声が聞こえるなんてことはまずない。


『あいつがこんなに早起きだったなんて想定外だわ』


 なぜか樫宮高校の制服を着た(正確にはそれを模した姿になった)雷の精霊フルメルは、綺麗に片づけられたベッドを見て頭を抱えた。周りを見渡すと、制服は壁に掛けられたままだ。


『まさかもう食堂に行ったってことはないだろうし、となると……』

「ただいま」


 フルメルが頭を悩ませていると、コウが帰ってきた。

 彼はジャージ姿で髪を汗に濡らし、暑そうに手で顔を仰いでいる。


『何していたの?』

「朝のトレーニン……」


 言い終わる前に、彼女の上段回し蹴りがコウの顔面に炸裂していた。

まるでどこかで見た光景だ。当然、実態のないフルメルの蹴りはコウの顔面を透過するだけだったが、ミニスカートの中身が丸見えだった。


「フルメル。見えてる」

『それが何?』


 フルメルは全く気に留めていないが、さすがに足を上げ続けるのは疲れたのだろ。しばらくして足を下した。


『あなたは大人しくしていろという話を聞いていたの?』

「だから今日はランニングを少々……」

『バカなの?』


 バカと言われても、何の事だか分らないと言わんばかりに首を傾げた。


『しばらくトレーニング禁止! 大体、あの後フルミニスを操縦するなんて馬鹿なことしなければそこまで悪化しなかったのよ』

「けど、あそこで俺が乗らなければ街は破壊されていた」

『いやそれは分かってるけど……』


 コウの言うことが正論であっただけに、フルメルが口ごもる。

 フルメルが黙ったことを話が終わったと解釈したのか、コウはジャージを脱ぎ捨てて着替え始める。


『他人は言う癖に、自分は気にしないのね』

「何がだ?」

『いえ、何でもないわ』


 別にコウの着替えなど見たいわけがないが、特に目を逸らすことなくぼんやりしていた。


(仁はもう少し恥じらいがあったけれど、まあこいつにそんなもの求めてもねぇ……)


 そんなことを考えていたところふと、コウの右腕に視線が向く。


『ねぇ、コウ』

「何だ?」

『腕の腫れ、治るの早くない?』


 フルメルの指摘通り、昨日まで真っ赤に腫れていたコウの腕は、今ではほとんど引いていた。さすがに完治とまでは言い難いが、昨日今日でこれほどとなると随分な回復速度だ。


「元々大したことなかったんじゃないのか?」

『そうだけど、それにしたって早いわよ』

「そういえば……昔から傷の治りは早かったような気がする」

『そういえばって、あんたの記憶はどんだけ曖昧な情報で構成されているのよ』

「情報の集合体は言うことが違うな」

『なに、皮肉? あなたも嫌味とかいうのね』

「いや、素直に感心しただけだ」


 皮肉を皮肉で返したつもりが、ただの感想だったらしい。

 コウは基本的に嘘を吐かないことは、彼女は前から知っている。吐かないというよりかはむしろ、吐けないのだろう。嘘を吐く能力がないと言ってもいいかもしれない。あるいは偽るべき時を見極める能力がないのか。


「フルメル、早く行こう。腹が減った」

『あなたの着替え待ちだったんだけど。でも、あなたもお腹が空くのね』

「そりゃ、俺も生物なんだから空くだろう」

『ふーん。一応聞くけど軽いランニングと称して、結構な長距離を走ったりしてないでしょうね』

「大丈夫だ。軽く21・0975キロだ」

『マラソンじゃないっ!』


 驚愕のあまり、彼女はいつものクールな態度を崩して叫んでいた。

しかもきっちりハーフマラソンの距離。一体誰がこれを軽いランニングと言うのだろう。言い切ったやつがここに一名いるのだが。


『一体何時に起きたのよ!』

「五時半分だった気がする」

『うん。そこまではいいわ。で、昨日寝たのは?』

「二時半だったと思う。課題が終わっていなかった」

『なるほど……』


 そこまで聞いて、何か納得したようにうんうんと頷いた。


『よーく分かったわ。あなたの生活習慣がどれだけ乱れているか。あなたに比べれば、むしろいつも遅刻ギリギリで、授業中に居眠りをしている学生の方がよっぽど健康的よ』

「それは酷いな」

『他人事ではないのよ』


 すると、フルメルはビシッとコウを指さす。


『昨日の宣言通り、私はあなたの生活態度を改善するわ。昨日は半分くらい冗談だったけど、今回は本気よ』

「はぁ……」

『取りあえず、まずは急いで朝ごはんを食べに行くわよ』

「あ、ああ」


 いつにない迫力のフルメルに、コウは完全に気圧されてしまった。

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