思考
精霊のボイコット。
前代未聞の事件の話は、たちまち樫宮高校全体に広がった。
連日、コウの元には事件について聞こうと人が集まり、コウは何も答えない。
フルメルが霊子駆動の操縦を拒否した理由として、パイロットとケンカしたなどの噂が流れ始めてからは、コウを責める心無い言葉が飛び交うようになった。
「仁、俺は分らない」
「ごめん。話が見えない」
仁の病室で、コウは見舞いに来るなり何の前触れもなくそう言った。
「すまない。俺にはフルメルの気持ちが分らない」
「うーんと……そもそもフルメルと何でケンカしたんだい?」
「……分らない」
そもそも何が彼女の気に障ったのか、自分の戦い方の何がいけなかったのか、コウには理解できなかった。
「まあフルメルは昔からコウの事を嫌ってたからね」
「その理由も分らない」
コウは俯いた。
表情には出ないが、かなり落ち込んでいる。
「うーん、コウはもう一度自分で考えてみるべきじゃないかな」
ある程度事情を察していた仁だったが、あえてコウに教えなかった。
「俺が、自分で?」
「うん。彼女の気持ちを。フルメルが何のために怒ったのか。それが分かってないのに謝ったって意味ないからね」
「俺が理解できるのか?」
コウは不安そうだ。
「……コウは、最初に孤児院に来た頃のこと、覚えてる?」
「それがどうかしたか?」
「あの頃のコウは本当に無茶苦茶だったよ。喧嘩した相手の子を一方的に殴り倒したり、こっちの話を全然理解してくれなかったり、それに比べればだいぶ良くなってるよ」
「そうなのか?」
「だからきっと、フルメルが何で怒ったのかも理解できるよ」
「分かった。もう一度考えてみる」
「うん。それがいい」
コウのその言葉に、仁は穏やかな笑顔を見せた。
2
翌日、コウは授業中であるにも関わらず、全く話を聞かずに考え込んでいた。
(フルメルが何で怒ったのか、怒ったのか……)
コウは改めて、その時フルメルが言ったことを思い返す。
――――勝つ必要なんてなかったわ!
――――敵を倒せるなら自分は死んでもいいと、本気で思ってるの!?
――――人として大切な全て、かしら
勝つ必要がないなんてことはないだろう。確かにあれは訓練だったが、実際に喰精に襲
撃された際には、例え命を賭してでも敵を排除し、市民を守るべきだ。
「人として大切な全て……」
コウは自分のエルフォンを取り出し、電源の入っていない真っ黒い画面を、そこに映る自分の姿を見つめる。もしそこにフルメルがいれば、ちゃんと授業を聞きなさいと言ってくるかもしれない。だが、今のコウのエルフォンにフルメルはいない。
「俺は、何が間違っていたんだ……」
「おいコウ」
すると、藍川が上の空だったコウに、軽くチョップした。
「またかお前は」
「すいません」
「パートナーと喧嘩して、落ち込んでるのは分かるが、それとこれとは話は別だ」
「俺が、落ち込む?」
何か引っかかったのか、コウは首を傾げた。
「ん? そういえば、お前が落ち込んでるところ見るのは初めてだな」
「初めて……」
「まあお前が悩みを抱えられるようになったってのは成長した証かもな。だが今は授業に集中しろよ」
「……はい」
「相談なら後でいくらでも乗ってやる。じゃあ授業再開だ。えーっと、関節の連結部についてだが……」
コウは心に何かを引っ掛けたまま前を向き直った。それがフルメルの真意を理解する鍵なのかは、コウには分らなかった。