対立
「ハァ、ハァ、いくらバーチャルだからって、相打ち覚悟の無差別攻撃って、何考えてるのよ!」
試合終了後、息を切らした瑞希がコウに文句を言った。
「あの状況から勝つには、俺にはあれしか思いつかなかった」
コウの方は涼しい顔をしているが、全身汗まみれで、いつもより顔色が悪い。コウ自身は気にしていないだけで、実際は瑞希以上に疲弊している。
コウは操縦技術が高いだけで、魔法に対する耐性は彼女に比べればずっと低い。
「だからって、あれが実際の海上戦なら酷い環境汚染よ」
「そもそも、海上戦であれば多少は海の生態系を破壊してしまうことも覚悟すべきじゃないのか?」
「それはまあ、そうかもしれないけど……」
「海洋生物の被害と、実際の喰精の襲撃による被害なら、何としてでも後者の方を止める
べきだろう」
コウは理性だけで物事の優先度を決める。
仮に自分を含む人類の九割が死ねば、喰精を全て殲滅できて世界が平和になると言われ
れば、コウは迷わず人類の九割を切り捨てる。彼はそういう人間だ。
だが、彼のそういう性質は決して好まれるものではない。
例えば、彼のパートナー。
『コウ。さっきのはどういう事?』
フルメルは血相を変えてコウに近付いた。
「何がだ?」
『さっきの戦い方よ!』
彼女は有りっ丈の憎しみを込めてコウを睨み付ける。
「勝つ方法があれしか思いつかなかった」
『勝つ必要なんてなかったわ!』
フルメルは怒鳴る。
そう。彼女は許さない。
誰かを、自分すら犠牲にする戦い方を、この精霊は許さない。
『何のための脱出機能だと思ってるの? 実戦なら死んでたわよ!』
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
明らかに冷静さを失っている彼女を、瑞希が抑えようとするが、彼女はそれでは止まらない。
『だから嫌いなのよあなたは! あなたは実戦でも同じことをするのでしょ?』
「ああ」
コウは即答する。
まるで何とも思っていない態度に、フルメルの声のボリュームは上がった。
『敵を倒せるなら自分は死んでもいいと、本気で思ってるの!?』
「それがどうかしたか?」
その一言で、フルメルの中の何かがプチッと切れた。
『そう。だったら……あなたをフルミニスに乗せるわけにはいかない』
「!!」
さすがのコウも、この発言には驚きを隠せなかった。
常に無表情の彼が、初めて目を見開いて、驚愕の表情を見せたのだ。
「あのねフルメル。あなたの独断で勝手にパートナー解消なんてできるわけ……」
『こいつを辞めさせない限り、私は今後一切霊子駆動を操縦しない』
「はぁ!?」
仲裁に入った瑞希も、さすがに声を上げずにはいられなかった。
「フルメル。何故そうまでして俺にパイロットを辞めさせたいんだ?」
未だにフルメルの気持ちを理解していないコウは、的外れな質問を投げかける。
フルメルはもう怒ることなく、ただため息を吐いて冷たい視線を向けた。
『単純な話よ。あなたは私に相応しくない。ただそれだけ』
「なら、俺には何が足りないんだ?」
コウはそれでも食い下がる。
状況を分かっていないとはいえ、彼がここまで必死になるのも珍しかった。
『何が足りないかって? そうね……』
フルメルは自分の髪を指に巻きつけ、蔑むような目でコウを見た後、嘲笑するような顔で言い放った。
『人として大切な全て、かしら』
「……俺には、それが分らない」
コウは無表情のまま俯く。
そこには、表情にはすることのできない、彼が自身でも理解できない苦しみがあった。
『そう。ならこれ以上の問答は時間の無駄ね』
フルメルは踵を返し、その場を後にした。
冷たいベッドの上で、少年は思考する。
どうして、自分はここにいるのだろう。
来る日も来る日も、過酷な人体実験と戦闘訓練の日々、
もう自分がここに来る前、どのように過ごしていたかすら思い出せない。
何日経ったのだろう。何年経ったのだろう。
分らない。分らない。
「コウ君!」
またあの人が呼びに来た。
しかし、今日は様子が違う。
彼女は息を切らしながら、扉を勢いよく上げると、
「逃げて!」
そう叫んで、少年の腕を掴んで走る。
部屋の外には、他にも施設に閉じ込められた子供がみんな集まっている。
子供達は、怯えた様子で女性に引っ付いている。
「大丈夫だからね」
女性は子供達一人一人の頭を撫でて、彼らを連れて走り出した。
「大丈夫、だから」