プロローグ
ねずみが最弱なのに対して、チートで書きたくなった作品
不定期更新
「くそぅ……これもデマか!『シャリア姫に玉座のあいだから話しかけた瞬間に、王様の方に向きなおってイベントアイテム【嘘言破りの宝珠】を選ぶ』。いたって普通にシナリオ通りだ」
真っ暗な部屋、パソコン画面の前、眼鏡に被さるべたつく長い前髪を指でよける。
手前に置いた何十枚という紙束から最後の一枚を手にし、コントローラーを置く。
「えーと、『ギデロの窓バグ』? ギデロ山道マップB、大きな坂道を歩いて行くとグラフィックの隙間に落ちる。これで最後か……」
紙を横に置き、エナジードリンクを一口飲みコントローラーを手に取る。
キャラクターを操作しながら、次々と思考を重ねて行く。
『黄昏の迷宮 -Twilight・Dungeons-』、通称トワダン。
マイナーゲーだが隠れマニアの多いPC用RPGだ。そこそこの難易度やグラフィック。
数十人から選べるNPCのパーティーメンバー、数々の職業やスキル。ストーリーもそれなりに面白いのだが、名だたる他作品と比べると今一つ届かない。
……なぜならこのゲーム、設定ミスやバグがとんでもなく多いのだ。
『ストーリーよりバグを遊び尽くす』ことが真の楽しみ方だと言われるほどに。
攻略よりもバグ紹介サイトや検証スレの方がものすごい数になった作品だ。
「このマップの切り替え地点だったな。まさかマップAから道と崖のすれすれを『歩く』と落下するなんて、普通はダッシュ使ってるし見つからねえよそりゃあ。おし、落ちた」
このバグ、初めはびっくりしてマップ切り替え地点に引き返したら、坂道にキャラが浮き出てきて笑っちまったんだよな。
マップグラフィックの内側をキャラクターが進む。見えない岩壁やなぜか身動きが取れなくなる空間、バグらしいシビアさだな。……ん?
グラフィックの内側で見慣れない物を見つけた。
「何だあれ…マップでこの位置にあるのって、『嘘吐き祠』だよな…」
『ギデロ神のほこら』、通称『嘘吐き祠』はサブイベントを受注している時以外に調べても『祈りを捧げる』しかできないし、祈る前と後で結局何も変わってないってネットでも調査されている。やれ条件が整ってないとか、いやそれはデマだったとか…『偽出る神』の由縁だよまったく。
見上げると祠(の内側)がしっかりと見える。その真下、俺と同じ高さに……
「祠の真下に……窓?もしかしてこれか?『ギデロの窓バグ』……」
ぽつん、と暗闇に浮いているかのように佇む窓。普通じゃ絶対見つけられない物。
裏ボスまでクリアした俺でも、見たことない形状の窓だ。…ワクワクしてきたぜ。
『詰み位置』を探りながらゆっくりと窓に近づく。窓の中には何も見えない。
「苦節5日、ようやく終わりだ……。あと少しでバグ完全制覇だ!」
手前に置いてある大量の紙束をちらりと見る。少数ではあるが、数万人といわれる全トワダンプレイヤー達の努力の結晶(バグ一覧のコピー)に心から敬意を払う。
『バグ完全制覇』に5日貫徹で挑戦してるんだ。苦労に見合う結果であってくれ!
ドキドキしながら、そのバグ窓を調べる操作をする。転移アイテム『帰還の羽』を使った時のSEが流れると見慣れた場所に着いていた。
「……『覇龍の塔』、か?」
脱力感とともにため息が漏れた。ちょっと期待しすぎたか?
バグ一覧に書かれているのはフリーズやデータ消失の危険度、バグを起こす方法と大まかな結果だけだ。しかしそこは『バグを遊びつくす』とまで言われるRPG。
バグを起こした後どう進められるのかというネタバレは一切書いていない。
だから大のゲーム好きな俺は自分で検証して、バグ完全制覇を目指してるんだ。
「マジかぁ…。あんな意味ありそうな場所にあって、ただのワープバグなのか?
いや、山道から一気にここまで行けるならRTAで使えるけど……ってあれ?」
なんだこれ?表示されたダンジョン名、『覇龍の塔』と違うぞ?
「所々バグってるけど『p次:@の*^狭\エゥ』…?これまさか続編予定だった隠しダンジョン、『次元の狭間』か!?没データ自体は残ってるのか!」
トワダンの制作をしていたゲーム会社が別の社と統合され、続編の制作が中止。
公式サイトにアップされていた隠しダンジョンの情報は白紙となってしまった。
数十分、没データマップを歩き回ったが成果は無し。
すでに探索を終えた各地のダンジョンのマップを転々と移動するだけだった。
「へー、名前だけの張りぼてって所か。おっ、『フェリス修道院』……ん?元々のマップと違う…のか?」
本来、この修道院マップにはシスターのNPCが2人いる。しかし見た目がそっくりなこのマップ、教壇を前に神父が1人立っていて違うマップだと訴えかけてくる。
「話しかけてみる、しかないよな……」
教壇の前に立ち、神父に話しかけようとした瞬間、信じられないことが起こった。
〈やあ、ボクはラグナ。この世界、アルフガレドを創造した神様さ。キミは今までこの場所に訪れた人間の中で、記念すべきちょうど一万人目だ!〉
イヤホンを通して、確かにそう聞こえた。パソコン画面ではNPC神父が喋っているモーションが流れているが、それはまるで頭に直接聞こえてくるような声だった。
体が硬直し、思考は真っ白になり定まらない。い、一万人目?
〈そんな運命力のあるキミに1つ、選択を与えよう。もちろん、キミが考えている通りの展開かもしれないけどね。断ってもかまわないし〉
驚きと興奮で喉はカラカラだった。真っ白な思考のまま、温くなったエナジードリンクをあおり落ち着こうとする。
〈キミが遊んでいるこの世界、『黄昏の迷宮 -Twilight・Dungeons-』。
この世界でキミ自身が冒険してみないかい?〉
ごくりと唾をのんだ。俺自身がゲームの世界を冒険する?ラノベや漫画のように!
〈そうだなぁ…死んだらそう簡単には復活できないし、セーブなんて概念もない。『勇者行為』は盗賊になっちゃうようなゲームとリアルの合いの子みたいな世界になっちゃうだろうけど。それでもいいなら連れて行ってあげるよ?〉
「…何で俺が選ばれちまったのか分かんねえけど、まあラッキーだったってことで良いのか?俺自身が、大好きなトワダンの世界で生きてけるなら本望だよ。どうせ家族も友人もいねえしな…」
〈ふうん、キミってば色々と運がいいんだねえ。じゃあ改めて自己紹介といこう。僕は創世神ラグナ・ロック。もしキミさえ良ければ、ボクを信仰してほしいな。〉
「オーケー。本当にトワダンの世界に行けるんなら、いくらでも祈りを捧げるさ。俺は直人、久良識直人だ」
〈ナオト、か。祈りはしっかり頼むよ?それじゃあ、そろそろ招待するとしよう。
ボクの創造した、アルフガレドの世界へようこそ…ってね〉
画面が光り出したと思った瞬間、俺の意識は暗転していた。
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