第1章-1 僕ゼノだけどふだん喋らないのは
「はぁぁ……まさかこんな仕事をすることになるとはな」
「近場、高収入。ここだけ見れば最高何だがな、それでも3Kはね」
「それも普通ならきつい、危険が真っ先に降りかかると思うのにまさかの汚いから入ってきたからな」
真っ暗な中普段通り愚痴を零しながらグリズリーの内臓を引き出していく人生の先輩たち。見ているだけで卒倒しそうなんだけど、指が大きいから必要な部位を切り取るこの作業が出来なくて見守っているだけ何だからここは我慢。皆が嫌な思いしている中で僕だけ後ろを向いているのは失礼かもしれない。
「で、これって何に使うと思う?」
「教えてもらえないのは高収入でもみ消されたが、それでもやっぱ気になるよな」
「討伐ならこんな面倒なことしなくてもいいし。何より何で夜なんだ?」
「そうだよな~。討伐なら昼の方が安全だしな」
「なぁゼノ君はこの仕事をずっと前からやっていてたから……と言っても君何でか知らないけど喋れないんだっけ?」
人見知りだからです。と言うのも恥ずかしいから言えないんですけど。
「ゴールドバーク家の仕事ってだけじゃわからないよな。あそこ色んな仕事に手を出してるしよ」
「商売業は勿論、それも多種多彩。食堂、病院、娯楽施設、定期馬車や最近は馬車を使った即日配達までしているって話だ」
「アイドル業とか言うやつもやっているって話だけど、なんでも女の子が歌ったり踊ったりする姿を見て騒ぐらしいんだが、最近の若いもんのやってることはようわからん」
それ僕の同級生です。
皆さんの社長さんがプロデュースしていて、僕が低月給で働いているシルバーロード家の依頼主をも巻き込んだりして結構儲かっているらしいですよ。買い手の人たちがとても裕福で羨ましい限りです。
イシュタル王女本人はネクロマンサー討伐と言う物騒なことを使命としているらしいのですが、どう見てもディーナ社長にうまいこと使われているだけに見える。人の使い方が美味くて得する模範的な例と言える人だからある意味勉強になる。コミュ障なので話すことはほとんどできないけど。
「とはいえ仕事をしねえと飯にありつけねえし、前の仕事クビになって相当経ってるから、番に愛想尽かれかねねえ」
「家庭があるってのも辛いもんですね。俺はまだ独り身だから関係ないけど。大人は働いて稼いでくるのが当たり前みたいな空気を両親が出してくるから仕事を辞める訳にもいかないんですよね」
大人な話を聞きながら魔物の臓器が入った袋を運搬用の荷台に積む。小さい物なら担いで持っていくことが出来るけど、大きな物だとこれが必須になる。道が悪い分押す力が重要になるここは体の大きさが取り柄な僕が皆さんに重宝されるとってもありがたい持ち場である。
「私の所は息子の部費に回してますね。遠征とか何やらが多い部らしくて毎月かなりの小遣いを差し出してるんですよ」
「ほぉ。将来有望な人材になるかもしれないじゃないか。何の部活してんだ?」
「お金がかかるなら弓術ですか? 弓は勿論、矢だって昔みたいな木の棒を尖らせたもの使っている訳じゃないって聞きましたし。後は吹奏でしょうか。楽器はどれも高額でしょうけど、王宮楽団に入れれば知名度、将来の安定性は抜群では?」
「うーん。それなんだが、どこの部に所属しているかは一切教えてくれないんですよ」
「奇妙だな」
「きっと大きくなった時に今磨いているスキルを親に見せてあげたいんでしょう」
「うーん。そうなのかな? この前もだいぶ長い合宿だったらしく、夏休み入ってからすぐ二週間くらい家に帰ってこなくて、戻ってきたら別人みたいに筋肉質になっていたんだが。まさか運動関係……なんてことはないですよね」
……それって合宿に軍曹が不参加になった原因を作ったあの部では?
「で次はどこにいるでしょうかねグリズリー」
「昔はテリトリーなんて何があっても入る場所じゃなかったのに、逆に魔物を探し回る立場になってしまったとは」
僕自身も入ることになるとは思っても無かった。昔のお偉いさまのおかげで魔物が外へと出てこなくなったおかげで近くにはあるけど、何だか遠い存在に感じていた物が、最近になって関りを持つことが多くなった。
ネクロマンサーが近くに、それも二人もいて。
そのネクロマンサー討伐の為に安月給で雇われ。
片やネクロマンサーと協力、協力? しあっている方からも高月給で雇われるなど、あのグループと知り合ったことで僕の人生は大きく変わった。後はもうちょっと人前に出て喋れるようになれればいいのだけど。
「もうこうなったら声出していった方がいいんじゃねえか? お~い熊さんや~」
「あ、それいいっすね。美味しいかはわからんけど餌がありますよ~」
「待ってくださいよ! グリズリー以外もいるかもしれないし、危ないですよ!」
「大丈夫だって。出てもゴブリンとかそこらの稚魚なんてゼノ君が倒してくれるよ」
出来れば僕もあまり大声を出してほしくは無いんだけど。ここって確かこの前辞めてしまった人たちがその日のうちに辞めるほどの恐ろしい化け物が住んでいたはずなんですよね。
見た目は牛みたい何ですけど、二足歩行で歩く双角を持つ筋肉質の化け物。背中にはのこぎりの歯のような鋭い棘がいくつも生えているとか。後日魔物生物学の先生に尋ねた――筆談――ところベィヒモスとか言う名の生き物じゃないかと言う答えをもらった。ご高齢なので何らかの勘違いがあるかもしれないが、たぶん当たっているに違いない。
あ、そうだ。後は鋭い牙が両口から飛び出ている。イノシシの牙に似たような形の物があったんだ。
今ちょうど目の前に先生に見せてもらった見本がいてくれたおかげで思い出せた。
…………。
「ガァァァっ‼」
「お? そっちに熊ちゃん――って何だこいつは⁉」
「だから言ったじゃないですか! 逃げますよ! いくら戦闘経験があってもこんな奴相手に出来ませんよ!」
「グリズリーより遥かにでかいじゃねえか! こんなん無理だ! 逃げるぞー!」
ドタバタバタバタっ‼
……。
「オォォォッ! グワッ?」
……。
「ウゥゥゥ‼」
……。
「ウッ……」
……。
ドン、ドン、ドン…………。
……。
はっ? 今何があったんだ?
何か恐ろしい物がいて、それを見て気を失っていた時間に一体何が――。
……あれ?
皆さんはどこへ行ってしまったんだろう。
地面を見ると人のような足跡が幾つかとその恐ろしい奴の物であろう足跡が。まさか襲われたのでは?
怖いけど危険な状況にあるかもしれない。見捨てる訳には行かない。
そう思い実行に移そうとした時、奇妙なことに気付く。
足跡の方角が違う。
三つの人型の足跡は入ってきた入口方面に向かっているが、大きな足跡は奥へと向かっている。
先回りでもするつもりなのだろうか?
そう考えることが魔物にできるのかどうかは定かではないけど、このままでは危険すぎる。
さて……そうなると。
「どっ……ちか」
逃げて行った先輩を追いかけて助けるか。
先回りをしようとしている魔物を妨げるか。
逃げて行った先輩たちを追いかける場合は安全ではあるが、追いつけるかが問題になる。この仕事を引き受けたのだから腕利きの戦士、或いは肉体労働が得意なのは間違いない。そんな人たちに今から走って追いつけるのか?
逆に追いかけて行った魔物の方は? ベィヒモスはあまり速くないと言われているが、それは何を基準にしての速くないのかがわからない。
何より遭遇して僕が勝てるのかどうか。
……。
そうだこの考えが今の僕を作っている。見た目だけの自分自身で何とかしてきたから未だに変われない自分。
もっと自分の意見、行動を示す。
積極的にコミュニケーションを取る。
嫌な物は嫌と断る。
給料が安すぎると訴える。
それが出来ないから貧乏くじを引くし、何より怒られる。
そして今回は。
「やり……きる!」
一番危険である道を敢えて進む。それが貧乏くじであっても、それによって迎える結末が良い物であればそれでいい。
意を決し森の奥へと早足で進む。
足跡はどんどん奥へと進んでいっている。
カエラズの森は決して広くはない。それに加え街に近いため内部の調査はだいぶ進んでおり、地図も出来ている。
それでも夜間となると方向感覚を失い、迷ってしまう。
この先はどこに続いているのか全く理解できない。そもそもこれは本当に出口に、皆を追いかけているのだろうか?
けど、ここで戻れば今まで進んだ分が全て無駄になる。時には戻るという選択肢もあるが、戻りすぎは良くない。
行こう。自分らしくもない結果論だけの選択肢を選ぼう。
意を決して前に進むと。
…………。
大木に辿り着いた。
森と言うだけあって大きな木はそこら中にあるけど、これは一際大きい。ここいらの中では最高齢だろうか。
それと、足跡はここで消えている。
どうやら当ては外れたのか、或いは途中で別の足跡を追いかけてしまっていたのだろうか?周りを見てもそれらしい影はない。かなりの巨体のはずだから見えなくなる訳がないのに。
……。
それにしても大きい木だな。
僕でも余裕ですっぽり入ってしまいそうだ。
近づいてみるとその大きさがよくわかる。
……。
ぎゃっぎゃ。
?
今何か聞こえた。それも。
ぎゃーぃ。
やっぱり、木の方だ。それも裏側、と言うよりかは中だ。
声が聞こえる方に周ってみると。
「あな?」
大樹が大きな口を開けていた。
自然にできたもの、かと思ったが穴が開かれている周囲の樹皮が乱暴に剥かれている所を見るからにくりぬかれたという表現が正しいのかもしれない。
真夜中ということもあり、中は真っ暗にで何も見えない。が、
ぎゃっぎゃ。
声は聞こえる。
さっきの化け物、な訳はないだろう。大樹とはいえあの大物を収めるには小さすぎる。
皆がいるという可能性は限りなく低いが、ゼロではない。
手持ちの携帯火灯台を使って、大樹の中を照らす。
薄暗い洞穴はそこまで大きくなく、仄かな光はすぐに周囲に満ちた。
その中央に、ベィヒモスがいた。
けど。
「……」
「ギュッーイ」
先ほどの物とは比べる必要性もないほど小さい。
恐ろしい見た目は二頭身に近い身体によって完全に打ち消され、禍々しい角は丸っこく山羊のような形をしていて、牙に至ってはほとんど見えない。
体自体も鋼のような筋肉質より、毛並みがよさそうな毛布というイメージのほうがしっくりきそうだ。
総じて言えるのは、脅威とは到底思えない子供。
行くべき道を誤った。
落胆し、この場を出ようとしたとき、携帯火灯台を取り出す時に引っかけてしまっていた一枚の紙に目が行く。
魔物の部位のリストを記したメモ。その中の一文に目が行く。
ベィヒモスの角。
……。
目の前には山羊のような角を持ったベィヒモス。
『なんでそんなチャンス逃したんや⁉』
『あんなデカブツ倒すなんて俺はまっぴらごめんだよ!』
『こんな危険な仕事やってられるかよ!』
以前辞めていった人たちと社長の最後の言い争いを思い出す。
辞めていった人たちは命がいくつあっても足りないと吐き捨ててその場を去って行ったが、社長はこれをチャンスだと言っていた。
「?」
それはつまり。これを持っていけばかなりの実績になるのではないのだろうか? もしかすると特別手当が出たりするのではないか。
このリストに指定されている角が成人の物じゃないと規格外など言うことも考えられるが、果たしてどうなのだろうか。
それならいっそのことこの子を連れて帰るか。これくらいなら僕でも担いで持っていけそうだ。間に合うならそのまま取ればいいし、これでは使えないのであれば森に返せばいい。あの人なら投資だと割り切って育てるとか言うかもしれない。
どちらにしてもやるべきことはこの子を持ち帰ること。先輩たちが気にはなるけど、このままだと何の成果もあげられないまま終わってしまう。こっちにも生活と言う物がある。
そしてこの子にも申し訳ないけど、生活があるのでついてきて――。
‼
気づいた時には動いていた。
横へ飛んでから数秒、元自分がいた場所には大きな腕が振り下ろされていた。
後ろから圧を感じることは普段から慣れていた為、避けることは容易かった。
「グワァァァッ‼」
後ろから飛びかかってきたのは今目の前にいる幼子が成長した姿とは思えない凶悪な存在。
気絶していた為しっかりとは見ていないが、たぶんあいつだ。僕たちの所に現れた奴だ。どうやら先輩たちを追いかけたのではなくここに来ていたようだ。
「グルルルッ」
ここに来る理由。
この憤り。
恐らく、この子の親だ。性別がどっちかはわからないけど。
謎の侵略者、殺戮者に危険を感じた親が子供を守るために前に出てきたのだろうか。
鼻息荒くこちらを睨みつける。ここから立ち去るように訴えかけているみたいだ。
……。
だが、こっちにもやらなければならないことがある。弱肉強食と言う名の社会形成でかなり下のランクにある我が家にはその子に生えている角が、温かい食事であり、大きな部屋であり、寝心地の良いベッドに見えてしまう。
こちらが悪意を持っていると感じたベィヒモスは子を守るように陣取り、子も危険を察したのか先ほどのあどけなさが震えに変わり、親の後ろに隠れる。
逃げる獲物に対して近寄ろうとするとそれを対角線上に隠すように親は動く。
「グゥォォゥ」
子は渡さない、と言わんばかりの威嚇をしてくる。
さっきはこの顔が突然目の前に現れて気絶してしまったが、今回はそうならない。何よりその後ろにある金の卵がどうしても欲しい。
「ウゥゥゥ……」
低い唸り声をあげ、渡さんと言っているだろう! と言い返された気がした。
どうしてもあげる気はない――親なら当たり前だろうけど――ベィヒモスがヘイワ宗教の勧誘をお断りするかの如く押しだす姿は宗教に一切興味を持たない我が家の主のようだ。
だが、そこと全く違う点が一つある。
「ウゥ」
迫ってくる気配が無い。
普段なら悟った瞬間に避けなければ三途の川が見えるはずなのに避けるまでもない。なんせ攻めてこないから。
そこをついてお構いなしに近寄ろうとする。
けど、子供を渡す気が無いベィヒモスは体で子供を守る。
守る、それだけ。
それが違和感を醸し出している。
これだけの巨体を所持しているのであれば僕何て余裕で捻りつぶせそうなのにそれをしてこない。
怪我をしているわけでもない、そもそもさっき気絶していた時に何故僕を襲ってこなかった?
……。
もしかしたら僕のことを恐れている?
まさか。確かに僕は普通の人より大きい、けどベィヒモスと比べたらはるかに小さい。
なのに相手は僕を恐れている。
それなら行ける。
意を決し一番最短距離でありながら一番難度が高いと思われる親の道を選ぶ。
「ウォォォっ‼」
「ぬ、ぅぅぅ!」
今までとは違う明らかな攻勢にベィヒモスも反撃に出る。
拳は得物を使わない武器だから器用さに自信のない僕にぴったしの武装ではあるが、こういった魔物と対峙する場合接近戦を余儀なくされる以上とても危険な位置に立たされる。
あの恐ろしい顔がドアップだ。
荒い吐息が届き、手入れや洗顔などと言う概念が無いであろう顔からは腐葉土のような臭いが立ち込めている。
どこへ行ってもこの図体からやれ前線を張り、やれ盾となれ、やれ前が見えない、やれ射角がとれないなどとろくなことが無い。
それも仕事だからと割り切るしかなかった。
我が家の主はそんなことを考えたことは無いという。寧ろ一番乗りは勲章だという。それなら敵は選び放題、手柄は取り放題と前向きを通り越して暴君に近い物言いをする。
まぁ今回はそもそも僕一人となってしまったから取り放題と言うのは当てはまらない。
その意気が相手にも伝わっているのか、焦りが見えている。力押しで追い返そうと試みるが、何とも簡単な答えにすぐに力を入れている手を引く。
この手にベィヒモスは失態に気付いたのかは定かではないが、それを行動に移す前に勢いのまま地面に伏し倒す。
すぐさま立ち上がろうとする頭を左手で抑え、右手を振りかぶって相手の脳天に拳を叩きつける。生物とは思えない硬い手応えに体全体が痺れるが、何とか耐え、更にもう一発。
一発。
そして一発。
何発も当てていくうちに剛毛には血が染みつき、激しく振り回していた頭も次第に勢いを失い、最後まで持ち堪えていた胴体がついに膝をついた。
「ウ、ゥゥゥ、ゥゥ」
いきり立つももはや虫の息。もう抵抗するだけの力は残ってないらしい。
最後の抵抗とばかりに伸ばす手を倒れた大木を横にどかすように動かして子供への道を開ける。
「ヒュィー……」
子供のベィヒモスが悲し気な声をあげ、母親の近くに寄ろうとする。
それを妨げるように手を出し、子供を抱える。先ほどまで逆に抱えられそうになっていた親とは打って変わっての大きさだ。
これで先輩たちの面目も何とか保てる。
これまで幾度も人が変わってきた。その度にコミュニケーションの取り直し――そもそもコミュニケーションを取れていたのかはわからないが――をしてきた身としては今の人たちとは出来るだけ長い付き合いをしたいと願っている。
そして勿論自らの生活の為でもある。バイト学生をしているから友達と遊ぶことも放課後に部活動をしたこともない。もし家が裕福だったらこのコミュ障の性格も治っていたかもしれない。割に合わない仕事をしなくてもよくなるかもしれない。
今後の為には必要となるこの子を社長の元へと。
「……」
赴こうとする足が動かない。右足には何度もこちらの命を捕えようとした太腕が弱弱しく動きを止めている。
爪を立てることで僅かな痛みを与え抵抗しているが、雀の涙ではこちらの動きを止めることはできない。
腕から足を抜き、足早に去ろうとする。
「キューィ、キュキュィー!」
「……」
「グッグ……ァァ、ァァァ」
「……」
進めよ。
進むんだ。
「ピィィィ……」
「……」
この子を持っていけば。
「アァァァ……」
「………………」
……………………。




