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第4章-6 アイドルと湯煙事件

 その後すぐさま父上を退出させ、それぞれ服――何が待ち構えているかわからないので戦闘着――を身に纏い、再度浴場に戻ってきた。

 携帯用の火灯台(ランタン)をエドさんに借りてこようとしたが、そこで足が止まる。この浴場の源泉がどこから引かれているのかわからないが、そんなに遠くは無いはず。となると今回の行方不明事件はこの旅館ドイナカで起きたことになってしまう。

 今しがた元気を取り戻したばかりなのにここでまた落ち込まれては心が痛むということで内密に調べることが決定した。

 尚携帯用の火灯台(ランタン)は用意周到にディーナが所持していたのを拝借することにした。

「で、この先か」

「皆の者湯には出来る限り触れんように警戒せよ。これに触れていると相手にかどわかされるぞ」

「歩きづらい……」

 源泉は踝近くにまで流れていて普通の靴ではお湯の侵入を容易に許してしまいかねない。

 そこでまずはクリスの予備鉄靴を借りたのだが、少し歩いただけで息切れしてしまう。普段から履きなれているクリスの脚力に圧巻。

 次にアーチェの予備ロングブーツ。こちらは革製であるが、普段森で活動するエルフ用に作られている為水が侵食しないようにできていて膝近くまですっぽりと納まるので膝を水面につけるくらいまで下ろさないと浸水は難しい仕様になっている。

 問題は、それが勿論のことアーチェ仕様に作られている所だ。

 私の足だと膝は優に超え、足の付け根寸前まで達しそうで膝を折るのにもかなりの抵抗がかかってしまう。

 そしてもう一つショックだったのが、靴底に達する前に足が詰まることだった。

 つまりは、

「メリアス足むくんでるの?」

「そんな訳ありませんよ! そんな訳……」

 恐らくそれです。

 けれども歩けないと言う訳ではなかったので、アーチェには申し訳なかったけど強引に侵入し、何とか履いていくことにした。

「儂が通るとお主たちが前を見れなくなるだろうし、最悪詰まると後戻りせざるを得ん。済まぬが儂はしんがりを努めさせてもらうぞ」

「なら誰が先頭に行く? 無難にクリスか?」

「え、えぇ……まぁ……あたしかな……」

 穴は私位の大きさならばぎりぎり二人通れる位の大きさしかなかったため、必然的に順番で入っていくことになった。

 一番大きな父上が最後尾になることは早々に決まって、先頭を決めることになったが、ここで前衛のクリスが煮え切らない返事をする。

「この奥にいるのが死霊の可能性があるからですか?」

「うっ……。ま、まぁ……」

 ここ最近は素直に白状してくれるようになったクリスが打ち明ける。

「それなら私が行きます。もし何かが襲ってきたら死霊を呼び出して対抗しますので」

「うむ。鬼般若であれば即時撃退力にはなるだろう」

「あぁ……うん、そうなんですけどね……」

 あいつは恐らく使えない。答えに言い淀む私に父上は一つ溜息をついた。

「――安心せい。後できつく言っておこう」

 助かります。本当に助かります。

「では、決まったな。メリアスはともかくお主たちは髪を束ねた方が万一の為に良いかもしれん」

「そうかもしれないわね。髪の先が濡れても気づかないもんね」

 父上の指摘にクリスとアーチェが髪を上の方で束ねる。あまり見ない髪型に新鮮味を感じる。

「じゃあ私が火灯台(ランタン)を持ちますね」

「足元には気をつけろよ?」

「大丈夫です。もうさっきからかなり気を付けてますので」

 普段より歩きづらい靴の為、かなり慎重になって穴の中に入っていく。

 中には一切の灯りが無く湿っぽく、天井からは露が落ちてくる。

 足元に手をつけず、に何とかバランスを保って歩いていると急に左手から感触が無くなった。

「板が途切れてますね」

 そこから奥に進むと二分割されていた大穴は横に広くなる。

「ここで繋がってるみたいですね」

「ちょっと! ここまで問題なく行けたら表から入らなくても覗きに行けるじゃない!」

「そもそもそのようなふしだらな輩がいなかったのじゃろうな。もしくはここが通れなくなるほどの水量が元は通っていたか」

「ふしだらなことは良くありませんよ父上」

「あ、あれはお主の助けが聞こえたからであって」

「結果論はそうですけど、あれは完全に犯罪です」

 あそこにいたのが私たち三人だったから良かったものの、部外者がいれば王宮審問官にすぐさま案件が飛んでいたに違いない。私以外の二人がいる時点でアウトだと思いますが。

「となると男子生徒の行方不明者も合点が行ったわね。ここを通っていったのね」

「ヤンさんとアグロスさんもここを通っていったんですね。通る理由がわかりませんが」

「恐らくディーナと一緒で少しは温かい方に行きたかったのか、或いは単純に誘惑されやすい体質だったか」

 何だか不名誉な体質ですね。

「それとどうやら近寄っているらしいな。奥から何かを感じる。娘よ、足は大丈夫か?」

「ま、まぁ何とか」

「仕方ない。元々メリアスに合わせて出来てないのだから」

「足が入らないのは予想外だったけどね」

「それを言わないでください……。泣きたくなります」

 足首やふとももを細くする運動法見つけようかな。絶対に運動途中で捻挫しそうだけど。

「ところで。今行方不明になっている人って少なく見積もっても三十人以上はいるわけなんだけど、それだけが残れる沸き場所って一体何なの?」

「源泉がどんな風に出ているのかわからないから何とも……」

 そもそも温泉自体が物心ついてから始めてなので。

「恐らく間欠泉のような物じゃろうな」

「間欠泉?」

「一定時間ごとにお湯が吹き上がる温泉だ。活発な物だと人の身丈を遥かに超える物が噴出され危険性すらあるものじゃが、ここは比較的大人しいのか、はたまた大人しくなってしまったのか」

 大人しくなってしまった。まるで父上はこの先にいる物の正体がわかっているかのような口ぶりでそう語る。

「この奥には一体何がいるんですか?」

「お主も知っておる奴に違いない」

「知っているって。あ、何だか開けてきましたよ?」

 父上に再度問いかけようとした時、岩盤の間隔が更に広まり、少し歩いたところで立てるほどに広い場所に出ることが出来た。

 左右に火灯台を揺らすとかなり両サイドの壁が奥へ奥へと広がっていることがわかった。

「かなり広そうですね。奥には何が」

 前へと進もうとした時だった。

「メリアス‼」

 突然父上の声がして肩を掴まれる。そしてとんでもない力で引き寄せられお姫様抱っこのような形で私を抑え込む。

「どうしたんですか父上⁉」

「着いたようだ」

 その一言の意味が分からない。薄っすらと見える父上の顔は中央の方を睨んでいるようだ。

 そこで気づく。引き寄せた際に落としてしまったであろう火灯台はどこに。

 光源を探ると火灯台(ランタン)は上下に揺れながら光を周りに撒き散らしていた。

 それを支えるのは水面。私が引き寄せられた一歩奥は先ほどよりも深い場所にあり、下手に足を滑らせれば全身が浸かっていたかもしれない。火灯台が問題なく上下に揺れていることが何よりの証拠となる。

 そして全体が薄っすらとゆっくりと照らされる中、火灯台(ランタン)が何かにぶつかり止まる。

 橙色の何かは水面上に浮かび、いや、鍾乳洞のようにそこから突き出ていた。

 けど、それは自然物ではなく火灯台の光が僅かに上に傾いた時、その全貌が明らかになった。

「ディーナさん⁉」

 それは紛れもない私の知っているドワーフだった。

 幸せに満ちた表情をして湯に浸かる姿は温泉を求め旅する愛好家のような姿ではあるが、表情とは別に顔に若干の疲弊感が感じられる異質な光景がそこにはあった。

「カトリナ⁉」

 私の横でクリスが叫ぶ。

 視線をずらすとそこには同じような表情のカトリナがいた。

「こっちにも何人かいるな」

 アーチェの言った通り、そこには私たちのパーティーメンバーだけでなく、他の女子生徒、男子生徒、アグロスやヤン、どこかで見たことのある緑髪の生徒もいる。それとは別に異様な姿も見える。

「あれ先生よね。何で服着てここに入ってるの?」

 先生たちだ。

 けど、他の生徒とは違う。どれだけ長いこと入っていたのかわからないけど、完全に濡れて肌に張り付いた衣服を着用している。

「ここに近づいたはいいが、かどわかされたか」

 かどわかす。まさかここに。

 父上の手から降り、咄嗟に霊視を行う。

 辺りが青白く色褪せる。薄暗い洞穴だと逆にこちらの方が見えやすくなり、本来であれば見えなかったそれも難なく視認することが出来た。

 皆が浸かっている中央。そこには辛うじて人型を残した影が浮いていて顔らしき部分がこちらをじっくりと見ている。

 観察、と言うよりかは警戒に近いその視線に私は身構える。

「ちょ、嘘、何あれ?」

 謎の存在、それに向かってクリスが指差し余り見せない青ざめた顔をする。

 ……え?

 ちょっと待って。

「嘘でしょ?」

 それってつまりはそういうことですよね。そういうことになっちゃいますよね。

「クリスさん幽霊克服できたんですか⁉」

「はぁっ⁉」

「だってあれ見ても気絶しないですし、記憶なくさないですし! 何なら反応したり身構えたりしてるじゃないですか!」

「何か小馬鹿にされてない⁉」

「立派な進化を称賛してるんです! 何なら今度お祝いとしてうちにいる皆でクリスさんを祝ってあげますよ!」

「御免被るわ!」

「娘よ。何があったのかわからぬが落ち着くんだ。それと霊視は解除してもよいぞ」

 え?

 そこでクリス霊克服によって闇へと葬り去られようとした事実が再度闇から浮き上がってくる。クリスにも見えている時点で、これは普通に見えるのだという。

「あれは恐らく付喪神だ」


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