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第4章-5 アイドルと湯煙事件

 旅館ドイナカ再生計画はその後おかしな方向に向かっていった。

 始めはクリスが配膳をしているのを見て生徒会の人たちが手をあげ、その後四苦八苦しながら料理をするエドさんを見てお手伝いと言う形で生徒たちが入ってきて、その後何故かエドさんの和風料理教室が始まった。

 結果、みんなで料理をしてみんなで食べて楽しむという調理学習のような形になってしまった。が、皆満足をした模様。

 ちなみに私はずっと仕込みの方をしていて、クリスは「私は二期生生徒会代表だから」と言って最後まで裏方に徹することに――料理が出来ないことを隠し通すことに――した。

 何はともあれ、不安と苛立ちが限界に達しようとしていた事態は思わぬ形で緩やかに下降し始めた。

 それでも解決すべきことは変わってはいない。行方不明の人たちがどこへ行ってしまったのか、そして明日の迎えが来るまで自分の身を守らなければならない。

「はぁぁ……疲れた後でこのぬるさはどうにもならないわね……」

 そんな中でもお風呂に入るのは汗をかいたからである。けど、クリスがぼやくように残念ながら今日もぬるま湯である。

 言い出しっぺである私やそれに付きそう形になったクリスとアーチェは夕食後の後始末もかって出て、全てが終わったころにはもう少ししたら明日になりそうな時間になっていた。

 もう寝ようとも思ったが、陽の上がっているうちは捜索、陽が沈んでからはあっちこっちと立ち仕事をしたのだからこうしたいのも仕方ない。

 三人でこの大きな浴場を貸し切り、と聞けば聞こえはいいが簡単に言えば遅上がりの休憩である。

「湯浴み様の機嫌が悪いんでしょうね」

「何それ?」

「今朝エドさんから聞いたんですけど、この旅館の守り神で昔はその神様に感謝するための祭りごともあったそうですよ」

「そういう信仰はよくあることだ。僕の国にも古くからの風習で祀られている物やそれにまつわる儀式等が存在する。あまり興味はなかったけど」

 そんなことしているよりも銃を整備していた方がよっぽど現実的だと信仰心の高いカトリナがいたら怒りそうな捨て台詞をアーチェが吐く。

「まぁどの道関係は無さそうよね。エドさん一人でこの旅館を切り盛りしてたんなら整備が追い付かなかったからこうなったんでしょ」

「でも神様がいる場所ですよ? 脱衣所も綺麗にする気合の入れようなら本元の浴場に手を出さない訳がないと思うんですけど」

「気合の問題じゃないだろうな。岩盤や配管の問題なら人手、最もなことを言えば金銭問題が大きく関わってくるだろうな」

「そこまで来ちゃ夕飯時みたいに私たちだけでどうこうできる問題じゃないわよね。ディーナがやる気魅せる位じゃないと話にならないわ」

「この旅館を買収する勢いが無いと絶対にありえない話ですよね」

 初日の感想の時点で望みが無いことは明白だ。例え先ほどの場にディーナがいたとしても、感情の前に勘定が入るに違いない。――ごほん。

「しかし本当に寒いわよね」

「業とじゃないですからね⁉」

「はっ?」

 まさか心の声まで見透かされるとは。

「そういえばディーナは源泉が流れている近くが温かいとか言っていたな」

「そうよね、近づいてみる?」

 確かにそんなことを言っていた気がする。昨日何故それを実行できなかったのかはあまり覚えていないけど。

「あ、でも確かに若干温かいですよ」

「そうね。でも源泉ってかなり熱いのよね? ここまで来ても人肌若干超えた位じゃない?」

「そもそもの源泉が遠いのかもしれない。それにしてもでかい水路だな」

 そこは水路、と言うよりも穴であった。屈めば私は勿論、クリスやアーチェ、成人男性も余裕で通れそうな広さがある。流石にゼノは通れそうにないけど。

 穴の中には灯りが無く、浴場からの灯りで僅かに照らされた入り口付近を見る限り大穴を中央で仕切るように木の板が立っている。男女の浴場を行き来できないようにしてあるものだと思われるけど、それがどこまで続いているかはここからじゃ確認することはできない。

「ねぇ、もしかしてだけど、ディーナここに入っていったんじゃないの?」

「この中をですか? 真っ暗じゃないですか?」

「ディーナならこういう所にでも入っていきそうだな。カトリナはディーナの後をついていったんだろう」

 灯りも無しに奥に。安易に嫌な想像が出来てしまう。

「まさかどこかに亀裂があってそこからディーナさんとカトリナさんが」

「可能性はありそうだが、他の皆もいなくなるほどの大きな穴が空いていたのか?」

「でも可能性はあるかもしれないわよ。一度出て携帯用の火灯台を借りてきましょう。それにこんな格好じゃ怪我しに行くようなものだし」

 恰好云々も素っ裸なのだから守る物すらない。ディーナたちもそのまま行方知れずになったというのなら夏場であれど凍死する可能性すらあり得る。

 なんせここの湯はとてつもなくぬるいから。

 いや、そんなことはない。ここまで来て少しばかし温かくなったんだからこの奥に行けばもっと温かくなるかもしれない。

 いやいや、家庭のお風呂にすら匹敵しない湯が流れているだけなのにそんなことがあり得る訳がない。

 いや、それは源泉からここまでの距離が長すぎるからであってその道中で少しずつ冷えてしまったからなんだ。距離はあるけどそこは温かいはず。

「――」

 いやいや、距離があるのなら危険では? そもそもここは暗い。天井も低い。怪我をしてしまう要素がたくさんある。

 いや、お湯が常に流れている。お湯の流れる方向を手と耳で感じながら進めば例えどんな人でも奥地に辿り着くことができる。

「――ス」

 いやいや、何が待ち構えているかわからない。魔物を退治したり解体はするけど気持ち悪い虫とかは流石に苦手。ムカデとかいたら噛まれるし。

 いや、何もいない。あるのはただの楽園だけ。

 楽園。

 ――楽園。

 …………。

 それなら。

「メリアスーー‼」

 その懐かしい怒号とも思える大声で目の前が明るくなる。

「父上?」

 そこにいたのは父上だった。

「危なかった。娘よ気は大丈夫だったか?」

「気?」

 そういえば。

「何だか頭がぼーっとして、この奥に行こうか行かないか悩んでたような」

「うぬ。やはりそうであったか、元凶に近づきすぎたに違いない」

「元凶?」

 それを聞いてから気づく。先ほど通ろうとした穴。そこから何かを感じる。

「死霊?」

「さてな。ただ魔力を感じる」

「もしかして皆は」

「この奥にいる者に誘われたに違いない」

「となると行方不明の原因は」

「うむ。調べる必要性があるな」

 今日一日の労力が完全に無駄になった。原因はこんな近くにあった。

 そしてここで私が誘われていたら、私も向こう側に行っていたのかもしれない。

 それを阻止してくれたのは父上。

「ありがとう……」

 思わずその言葉が漏れた。

 父上の後ろにはクリスとアーチェが心配そうに私を見ている。私が意識を取り戻さずに穴を進んでいったらこの二人も道連れになったのかも――。

 本当に感謝――するとこだった。

 それに気付いた時、もう一つ重要なことに気付いた。気づいてしまった。

 二人とも裸である。

 そして目の前には父上。

 自分の姿も見る。二人と一緒だ。

 で、ここは――。

「む、どうした娘よ。怖かったのか。そうか、怖いなら泣いてもいいんだぞ。さぁお父さんの胸を貸してやろう」

 そうですか。そうですか。

 それではありがたく。

「女湯に堂々と入ってこないでくださいぃぃぃ‼」

「ごっぼ!」

 アイドル活動で鍛えてきた腕力を出来る限り発揮して父上のみぞおちに渾身の一撃をかました。


 〝拝啓 母上へ

 父上 有罪です〟


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