第4章-4 アイドルと湯煙事件
「エドさん!」
「はいっ⁉ 何かございましたか⁉」
突然の来客。それも私となると事件に関連した何かと想定したのか、エドさんは大慌てで振り向く。
その瞬間バランスを崩し倒れそうになる。
「危ない!」
急いで厨房に入りエドさんを支える、幸い今は具材を盛る所だったらしく包丁など危険な物を使ってなくてよかった。
「あ、ありがとうございます」
「ごめんなさい突然叫んじゃって」
今のは焦りすぎた。エドさんが忙しいのが分かっていたのに。
「何かあったのでしょうか? まさかお父さんが?」
「いえ、父上は大丈夫です。先ほども会いましたし。それよりも、私に何かお手伝いできることはありませんか?」
「えぇ?」
私の願いに目を丸くするエドさん。その顔はすぐに普段通りの顔に戻る。
「いえ、お客様に手間をかけることはできません。これは私目の仕事ですから」
「けど、エドさんふらふらじゃないですか! それに何人かいなくなったとはいえまだ生徒はいっぱいいるんですよ? 一人じゃどうしようもできませんよ?」
「あなたはお客様です。今朝は誠に恥ずかしい所を見せてしまいましたが、私もこの旅館を任された身。こちらも仕事に対するプライドがあります」
優しい笑顔。だが、その瞳は本物である。自分の仕事に自信を持っている。私がアイドルを強制させられながらもネクロマンサーであるのと一緒な考えだ。
「っ。ごめんなさい、自分勝手なことを」
「結構ですよ。素晴らしい心がけだと思います」
エドさんと比べると本当に子供じみた考えであると思う。
「時にはそう言う物を外してみては如何かな?」
「え?」
「お客様――」
諭すような声は厨房の入口から聞こえた。そこには大きなイノシシ、ではなくそれを担いだ父上がいた。
「確かに客に迷惑をかけてはならないことは良い心がけじゃと思う。では今宵の献立は? 一緒な物で客は満足すると思うのか?」
そこで気づいた。先ほど盛ろうとした野菜たちの先には昨日見た物と同じ鍋が調理台に乗っていて、奥ではいくつもの鍋が中の具材を温めていた。
「これは当店の自慢なので、皆さんに楽しんでいただけるかと思いまして」
「うむ、確かに美味であった。しかし、美味な物でも何度も出てこられては飽きられるのではないだろうか?」
「……そ、それは」
確かに同じものばかりは飽きる。それはうちのめんどくさがり料理人でよくわかっている。けど、こればかりはどうしようもない。鍋料理は一度具材を揃えて入れれば煮立つまで目を離すことができる為、次の料理に着手することができる。一人で切り盛りするには打ってつけの料理と言える。
「確かに昔は各料理人がいていろんな物を出せました。煮物、吸い物、蒸し物、造り、先付の小鉢など。ですが私一人では到底――」
それが所謂ご膳と呼ばれる物らしい。どんな内容かはわからないけどこれだけの品目を作るのであれば一人は難しいだろう。
「そうじゃろうな一人では難しい。だからこそ必要な物がある。そうであろうメリアス」
「父上?」
唐突な呼びかけに戸惑う私に父上は話を続ける。
「我々は常に複数人でいるようなものではあるが、実質一人だ。娘も学園に通うようになって一人暮らしをして寂しい思いをさせてしまった。とある事情で儂らは人里離れた場所に暮らしておってな、おまけに娘は人見知り。我々意外と人付き合いなど当然したことなどなかった」
けどな、と父上は笑う。
「普段通りであろうと久々に娘の所に戻ってくれば、娘の周りには人がいっぱい集まっておった。おまけに人前に出ようとはしない娘が積極的になっていてな、とてもうれしいできごとじゃった」
私たちの詳しい事情を隠しながら話す父上であるが、内容は大体当たっている。違っている所と言えば人前に出ることになったのは強制的と言うことだけ。
「それは微笑ましいことです。私の周りにもいろんな人がいました」
昔を思い出したのか、虚空を眺めて思い出に更けるエドさん。
「娘を助けてくれた人たちには父として感謝しきれぬ。今その中の数人がいなくなってしまった。そしたら娘は言った。助けたいと」
ほんとついさっきのことである。
繰り返すことになるが、その気持ちは本来なら必要でない物。
けれど、私は言ったことに後悔はしていない。
そして、今も必要ない物なのかもしれないけど、この気持ちを押し留める訳にはいかない。
「エドさん。初日から階段が崩れたり食糧が無かったりと色々ありましたけど、昨日のお鍋はおいしかったです。それをまさか一人であれだけ切り盛りしていてくれていたなんて。この恩、返させてもらえないでしょうか?」
「そ、そうは言われましても。流石に」
「そうは――言ってられんだろうな」
未だに首を縦に振らないエドさんに父上が駄目出しの一言。
「鍋が噴きこぼれそうですよ!」
「え? あぁぁ」
慌てて火元を止めようと駆けだそうとするエドさんだが、その足元はふら付いており不安定な床の僅かな段差に躓きかける。
「厨房内ならともかく、その体で食堂への行き来は出来ないであろう」
父上が手を差し伸べてある間に父上の配下がばれないように鍋を火から離し、すっと消えた。
「それに向こうから若干不満の声が聞こえ始めているぞ?」
それについては私たちが原因ではないかと思われるけど、ここでそれを言ってしまうと話が拗れてしまいそうなので敢えて口にはしないでおこう。
「それじゃ、とりあえずはこっちから出した方がいいのかな?」
「そうですねクリスさん。とりあえずこの出来ている物を出してご機嫌を取って」
「その言い方だと鍋はその場しのぎにしか見えないぞ?」
「い、いえ。その鍋が単なる腹の足しとかそんな意味で言っているわけではないですよ」
アーチェの言い方は悪いが今はこれで何とか。
――。
「ってなんで二人ともいるんですか⁉」
「今すぐにでも部屋に戻って寝たそうなメリアスに用事なんてあるわけないと思ったわよ」
「寝たいって失礼な」
私にだって偶に用事位ありますよ。偶に。
「気づいておらんかったか。儂が入ってきてすぐからそこに隠れて覗いておったぞ?」
「そんなに早くからですか⁉」
「全くよ。助けたいなら一人でやろうとしなくてもいいじゃない。あんたが頼れる人を頼らないんじゃ、エドさんも頼ってくれないよ?」
「下手な嘘を吐くくらいならすぐに頼ればいいだろ。面倒事を嫌うメリアスなら尚のことだろ?」
「し、失礼な……」
外れてはいませんが。
「と言う訳で私たちは勝手に手伝わせてもらうわよ。行くわよアーチェ」
「え? お客様⁉」
「ふむ。多少なりと強引な所もあれど、あ奴は見込みがある」
「父上はもっと穏便にことを済ませようとしてくださいよ……」
手紙一つで家を飛び出してここまで来るなど娘としては恥ずかしいかぎりです。
「古いやり方にこだわるのはいいことであるとは思う。が、人は常に新しい物に目を向ける癖がある。儂もかなり古い思想や型に嵌まっておった気がするが、それではいけないことがわかった。今の娘は昔より楽しそうじゃからな」
実際そうなのかはわからないけど、合宿前日まだナンデモ学園にみんなといたいと思ったこと、合宿に来て皆と一緒にナンデモ学園に戻りたいと思った時点で私は今の生活を楽しんでいるんだと思う。
そして合宿後は恐らく皆と一緒にまた楽しいことをしたいと願ってしまうのだろう。
「……そうですか」
今までの行いを悔いるように俯くエドさん。けど、時はまたない。
「うーん。やっぱりそうだったわね。また同じものかって思う人が何人かいたわ」
「諦めて出ていくものもいたな」
戻ってきたクリスとアーチェの感想はあまりにも残酷だった。
「嘆いている場合ではありませんぞ。日中余暇で魚を調達しておいた、数に困ることはないはずだ」
そう言い残し父上は厨房を後にする。その魚たちが納まっている場所に取りに行くのだろう。
「エドさん」
父上に代わり今度は私がエドさんに訴えかける。
先ほど私を言いくるめたうまい言い回しはエドさんからすぐに返ってはこない。
悩んだ末にようやく開いた口からは、
「負けました。あなた方の熱意、どうか私に貸して頂けないでしょうか?」
念願の言葉が聞けた。
「はいっ!」
普段ディーナからの押し付け役をいやいややっている自分がこうやって積極的に出る日が来るなんて。
「懐かしいですね。周りに人がいるというのは」
出会ったころから疲れ果てていたエドさんの顔が少しばかし穏やかになった気がした。始めに会った時の老け込んだ顔はこれまでの疲れが原因だったのだろう。このまま住み込みで働くみたいなことはできないけど、今日だけでもエドさんに楽な、いや、昔みたいなおもてなしをお客様にできるようにしてあげよう。
「ところでだ」
これから意気込んでやろうと思っていたらアーチェが水を差す。
「ご膳とは何を作ればいいんだ?」
そこでここに来て大きな欠点に気付く。
「はい。まずは先付からですが、今から漬けている時間はないのであいまぜや漬けてすぐできる酢の物系を作っていきましょうか。生魚はお造りと被ってしまいますので今回は省かせていただいて、大根と、コンニャクが確かあったはずですのでそれ一品」
「「あ、あの……ちょっと待ってください」」
エドさんが恐らくご膳の作り方を説明しているであろうところに申し訳ないのだけど待ったを入れる。が、その声は二つ。
「クリスさん?」
「……メリアス、まさか……あなたも?」
まさか。と言う発言が意味を成すのは同じ答えに辿り着いたからなのだろう。
助けを申し出たという所存、これは余りにも申し訳なさすぎる回答。
が、最終的にこれが露見してしまうのは時間の問題であろうと腹を括る。
クリスと頷きあい、決死の覚悟で頭を下げる。
「「ごめんなさい! 料理できないんです‼」」
「……メリアスは付き人がいたから知っていたが――そうか、アレキサンダー家も付き人位はいるか」
アーチェの呆れた声が胸にぐさぐさ刺さる。ごめんなさい、これ以降料理の勉強に精進いたしますのでこの場は勘弁してください。いや、この場で一番必要なスキルであることはわかるのですが、出来ないものは出来ないんです。
「かくいう僕もご膳と言う物は知らないし、簡単な物しかできない。スープか焼き系はないのか?」
「鍋を吸い物の代わりにしようと思いましたが、ちょうどいい機会なのできのこを使ったあっさり目の吸い物を作りましょう。お客様、気を落とさないでください。人には向き不向きがありますので」
その言葉が優しく、その意味が悲しく私にのしかかる。
「じゃあせめてあたしたちで出来ることをやりましょう! 皿洗いとか!」
「まだ料理も出てないのに何を洗うんだ?」
「うっ‼ じゃあ配膳!」
「今できているのは鍋だけだ。また文句を言われに行くのか?」
「うぐぬぬぬ!」
クリスの発案を悉くアーチェが射抜いていく。
呑気なことを考えているけど、その実私自身にも手が無いことを示している。
肉体労働では圧倒的にクリスに劣る私は、自分の働き口を早く見つける必要性がある。けど、いったい何があるのか?
「よし、魚を持ってきたぞ」
そこへビチビチ唸る魚たちが入ったでかい籠を持った父上が戻ってくる。
「ありがとうございます。これは焼き魚とお造りにしましょう。後は品目が足りなくなりそうなので、鍋以外にもお肉を使いたいと思いますので、昨日の余りを仕込んでもらえませんか?」
「うむ。まだ生け捕りにしてある奴が何匹かいる。それを仕留めてばらそう」
ここだ!
「あ、じゃあ私手伝います。クリスさんも行きましょう」
「はぁっ⁉」
これならできる、とばかりに思った私は渡し船よろしくクリスも誘おうとしたが、何故かその手は振り払われる。
「ちょっと待って! 解体って。ばらばらにするってことでしょ?」
「そうですよ。クリスさんが普段魔物を切り刻んでいるように今回はイノシシさんをばっらばらに」
「いやいやいや。できないでしょ! グロイわよ!」
えぇぇ……。
「いつもは魔物を分割してるのに何で動物は出来ないんですか?」
「分割してない! 息の根を止めてるだけよ! それよりもメリアスは本当にするの⁉」
「はい。理科でカエルの解剖一人でやった身分ですので」
「何で出来るのよ⁉」
企業秘密です。




