第4章-2 アイドルと湯煙事件
みんなと別れた私は生徒たちが主に止まっている東側とは逆に西側に向かう。
西側は主に教師陣が泊っているのだけど、東側だけでナンデモ学園のパーティー組生徒たち全員を宿泊できる部屋があるので西側にはかなりの余裕があった。
教師陣が泊っている区画から少し離れた場所に父上が泊る部屋があった。
「ありがとうむっちゃん」
一人になるということで危険性を避けるべくむっちゃんの力を借りた。魔力消費の少ないエコな子な上に役に立つ。あの面にも見習ってほしいものだ。何なら今目の前に元上司がいる訳だからお払い箱にしてもらおうかな。
そこはさておき、とりあえず父上に話しておかねば。
「失礼いたします」
施錠はしていなかった。もうすでに起きたのか、はたまた――と思ったが中にいることはすぐにわかった。懐かしい父上の大いびきだ。
「相変わらずうるさい……」
一時期これと一緒に寝ていた母上の耳を疑いたくなるほどのいびきはこのまま旅館を破壊してしまうのではないだろうか。
「父上―」
まぁ聞こえる訳はない。これだけの大いびきだから私の声など一瞬で消えてなくなってしまう。
仕方ない。鼓膜が破れる覚悟で近づくことにする。
「音聞こえなくできない?」
その返答はNoだった。むっちゃんにもできることできないことは普通にあるようだ。
覚悟を決めて部屋の障子を開ける。
「うっわ」
そこにはこの部屋にそっくりな野盗か山賊かと言わんばかりの粗暴男が寝転がっていた。
「よっぽど疲れていたんでしょうかね」
昨日は私が一体何体のイノシシが犠牲になったのやら。
「父上―。起きてください」
ぐっごがぁー。
まぁ起きませんわ。
さて困った。まぁこれだけ余裕があればこの人の心配自体しなくていいのだけど、もし私が行方不明になった場合、事情を知らない父上が何をしでかすかわからない。それこそ昨日築き上げたものが一瞬で瓦解してしまう。
……よし。母上から伝授した極意行きますか。
大きく息を吸って、一旦落ち着いてから大声をあげる。
「パパなんてだいっきらい!」
「なんじゃとぉー‼」
うわ。本気で起きた。
「後生じゃ! 何が! 何が悪かった⁉ 言ってみ! お父さんの何が悪かった⁉ すぐに! 今すぐ正して見せようから! 機嫌を治しとくれ! 何なら昔みたいに一緒に寝んか? 子守唄を歌おう! おとぎ話を聞かせよう!」
「いつの話ですかそれは⁉」
父上の子守唄が酷かったのは幼心でありながらも記憶に刻まれてますからね!
「別段父上のことは嫌ってません。何度も呼びかけたのに起きなかった父上が悪いのです」
「なぬ! 娘の声で起きぬとは。何たる損! この教訓は余生にまで語り継がねばならぬ!」
誰に語るわけですか。
「とりあえず落ち着いてください」
「む。すまぬ」
分かればよろし。
「で、何かあったのか? 支配人殿から伝言か?」
「知らなかったのならちょうどよかったです」
何も事情を知らなかった父上に今起きていることを一から話した。
「集団失踪。神隠しか?」
「私の知り合いですとディーナさんとカトリナさんがいなくなりました」
「なんじゃと!」
他人がいなくなることも問題ではあるが、身近な存在がいなくなると話は違ってくる。ましてや偽っているとは言え私の雇い主だ。父上も驚愕する。
「カトリナ殿がいなくなったじゃと!」
「そっち⁉」
思わぬ方に反応した。
「あの者はメリアスの可愛さを心の底から理解できる友だと思っておったのに。無事であってほしいものだ。そうでなければ娘の思い出の品を共有しあう約束が果たせぬ」
〝拝啓 母上へ
この念が通じるのであれば、今すぐ私の品をどこかに隠してください〟
「そちらも心配ではあるが、何よりメリアス! そなたは大丈夫なのか⁉」
「私についてはクリスさんとアーチェさんと行動を共にしますので」
「そうか。あの者であれば何とかなるやもしれぬ。じゃが人数は大いに越した方が」
「一応合宿の一環と言う括りになるので、部外者である父上が参加されるのはあまりよろしくないというクリスさんの忠告がありました」
「う、うぬ……」
似たようなことを言っていた人物が他にもいた気がするが、一応ルールには則って貰わないと特にアーチェが困る。
「そうか。仕方あるまいな。かくいう儂にも外せぬことがあってな」
「え? そうなのですか?」
単に私を連れ戻しに追ってきた父上が私以外にすべきこととは?
どう考えても私一色でしかないであろう脳内で何があったのか考えていると新たな来客が訪れる。
「おはようございます。実は困ったことが――」
支配人のエドさんんだ。この困ったことは恐らく私が話したことに違いない。
「人がいなくなったことか?」
「そう、ですね……。このような不測の事態に陥ってしまうとは思ってもいませんでした」
宿泊先を提供した身としては気が気でならない事態に間違いはない。
「捜索か?」
「それについてはナンデモ学園の教授方から提案がありまして、生徒たちを合宿の一環として捜索に遣わせていただけることになりました」
「ふむ。となると儂には別の案件か」
「はい。申し訳ありません。宿泊費の代わりとは言え、ここまでの徒労を」
「それについては構わぬ。お主だけで出来ることでなかろう」
「えっ⁉」
父上の返事に何故か狼狽えてしまったエドさん。
それを見てか、はたまたもうわかりきっていたのか。父上は大きく頷いた。
「その失踪事件に関わっているのだろう。ここの従業員は今、お主たった一人だけなんじゃな」
「え。あっ、そういえば他の人って」
今になっておかしなことに気付く。これだけ大きな宿に例え夕方から夜にかけてと言う短い時間だけ滞在したとしても他の従業員が見当たらないのはおかしい。それに他の従業員がいないのであれば昨晩の料理の段取りの悪さも納得が行く。
「お気づきになられておりましたか。ですが、今一度誤解の方を解かなければなりません」
ばれてしまったものは仕方ないと立ち直るエドさんが父上に真剣な表情で向き合う。
「元々従業員などおりません。もう彼此五年。いや、それ以上、私一人で切り盛りしております」
「ずっと一人で⁉」
学園にも匹敵するこの旅館をエドさんたった一人で切り盛りしていることに驚きを隠せなかった。ヘイワ街にある一般的な宿でもオーナー以外に清掃や調理を担当する社員が一人や二人はいて当たり前なのに。
「はい。本当はいっぱい従業員がいました。それはもう家族のように親しい方もいらっしゃいました」
ですが――。溜息を吐くような口調で言われたその言葉から哀愁を感じる。
「先代、私の父が病で倒れてから経営がうまくいかなくなりまして。このような辺鄙な場所に行かずとも街中には立派なお宿があります。おまけに安価なため、ここら辺の森にでも用がない限りはわりに合わない料金のこの宿にお越しになる客などまずいません」
どれだけお金がかかったのかは私には知りえないが、ここまでの道のりを考えるとこの宿はあんまりだ。
「自慢だった大浴場も現在ではご覧のあり様で、とても集客効果を呼び出せるものではありません」
「そうなのか? 客室などと比較してはかなり豪華な物であったが」
「父上はまだ見ただけなのですね。私は入りましたけど、相当なぬるま湯でしたよ」
長く浸かっていたいという感じにもなれないほどにぬるく、他の生徒たちも同じようなことを言っていた。
「湯浴み様がお怒りなのでしょうか……」
「湯浴み様?」
聞きなれない言葉を反芻するとエドさんは一枚のお札を服の内側から取り出す。
「私たちのお宿、正確には源泉の守り神として昔から祀っている神様です」
エドさんが手を差し伸べた先には両サイドに東方の古文が書かれた真ん中に湯浴み着をした若い男性のような画が書かれている。
「昔は湯浴み様の為に祭りごとも行っていました。今ではそれを行える人員、財力、それ以前に一緒に祝ってくれるお客様もいらっしゃいません」
「悲しいですね……」
「そこにこのような事態が起きてしまい、泣き面に蜂です。このことが知れ渡ってしまってはこの宿は完全にお終いでしょう」
この世の終わりと言わんばかりの表情で大切なお札を見つめるその目はいつでも涙が落ちんとばかりに悲しみが溢れていた。
「うむ……なら儂らに出来ることをやるしかあるまいな」
まるで重苦しくなったこの部屋の空気を体現しているかのように腰をゆっくりとあげる。
「探索については微力ではあるが儂の娘も付かせよう。で。儂は何を?」
私がアイドル活動をして危険な目に合わないようにと迎えに来た父上が敢えて私を危険な場所に放り投げる。父上は本気のようだ。
「ありがとうございます。このまま調査が続くのであれば宿泊予定の二泊を超えてしまう恐れがあります。私も頑張っているのですが、何分一人ではできることが少なく。食糧に関しましては先日お客様が取ってきてくださった物でしばらくは足りると思いますので、今度は水の調達をお願いできますか? 本来用意していた衣服の枚数で追いつかなくなれば洗濯も必要になる恐れがありますので」
「お湯を使うのは流石に駄目なのか?」
「確かにそれが一番なのですが、どうしてもそれはできなくて」
「うむわかった。水を持ってくるのもよいが、川から直接水路を引くのもありか」
滅茶苦茶な方法ではあるが父上、いや父上たちならできる荒業である。
「私はそろそろ他の皆さんの所に行きますね」
ここで私ができることは無いと思い、皆の元に戻ることを提案する。
「なら儂も朝餉を頂くとしよう。腹が減ってはなんとやらと言う」
「あまり豪勢な物ではございませんが、どうぞ腹の足しにしてください。さぁこち」
エドさんが招待してくれた時だった。大きな物音が聞こえる。その音には聞き覚えがあった。
「そういえば今日は穴が多かったような……」
「皆さん大慌てでしたので、緊急時です。仕方がありません」
エドさんの溜息に、そこばかりは私たちではどうしようもできませんと心の中で呟きこれ以上被害を増やさないように撫でるような足取りで比較的基礎の良い一階へと降りて行った。




