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第4章-1 アイドルとしての戦い

「さぁて! 一攫千金のため――基! 勝負に勝つために探すで!」

「金目の高いものを選べばそれだけ給料が高くなる。探さねば」

「ぐっふへへ。メリアスさんのお屋敷……メリアスさんの私物の宝庫……」


 〝拝啓 父上、母上へ

 がさ入れです〟


 とは言うものの、これを見る限りだと泥棒に近いかもしれない。

 ディーナさんが開幕を宣言したアイドル勝負。その日の学校が終わってすぐ、私の屋敷に闘技大会メンバーが揃った。理由は一つ。勝負内容である『アイドル私物オークション大会』に出す私物を探すという名目である。

 遡ること6時間ほど前。

『納得がいきませんわ! そもそもそこのネクロマンサーはアイドルになったとほざいているではありませんか! その勝負は明らかに私の不利ですわ!』

『メリアスはんだってアイドルになって一日目やで? まさか一日だけの差で自分が負けるほどイシュタル王女は弱いんかいな? 民の信頼も置けない王女様とはさぞ肩身が狭いんやろうな~』

 というわけで怒り心頭となったイシュタル王女がディーナさんの案に乗り、アグロスさんを殴り、蹴りながら教室を出ていったと同時に今日の予定が決まった。

 しかし、目的が変わってしまっているディーナさん、行動力が変わってしまっているアーチェさん、そして――何もかもがおかしく変わってしまっているカトリナさんを見るととんでもなく不安になる。明日の朝、私の屋敷に私の物はいくつ残っているのだろうか?

 物欲の亡者となった三人を心配しながら、私はもう一人の心配をする。

 昨日、及び今朝とは打って変わって内股で、肘をくっ付けた状態で握りこぶしを顎近くに寄せ、フェニックスのような紅きポニーテールも、今はしおれた犬の尻尾のように見える少女。

「クリスさん……体調が優れないのであれば、先にお帰りになってもいいですよ?」

 背後からかけた私の声にも三センチほど飛び上がったクリスさんが私に向き直る。

「な、な、な、な、な、何を言ってるの? あな、あな、あ、なただけだとディーナの暴走止められないかもしれないでしょ? だ、だ、だからあたしがつ、つ、ついてきてるの!」

 壊れた蓄音機よろしく。ノイズが激しい。

 明らかに大丈夫じゃなさそうなクリスさんに私は確信的事実を突きつける。

「クリスさんお化け苦手なんですよね? うちはその巣窟みたいなものですから、あまり長居されないほうが」

「ど、ど、ど、どこでそれを! ……あ、お化けなんか怖いわけないじゃない! 幾多もの化け物を退治してきた私に退治できないものはないわ!」

 慌てて訂正しながら、大剣を振る動作をするクリスさん。でもその大剣は今ソファーにかかっている。

 実はクリスさんも私がネクロマンサーであることには気づいていたらしく、アイドル対決の原因である、王女との因果関係について説明した際、少し淋しげに『わかっていた』と漏らした。

「少しよろしいですか、メリアスお嬢様」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃー!」

 早速気絶しかかった!

 というよりも一番人間に近い形であるブラムハムでこれだと他相当やばいですよ!

「どうなさいましたか? えっと……あなたは確か先日の」

「この人はクリスさんです。それよりもどうしたのですか?」

「いえ、ご確認をしたかっただけでありまして。今回はどのような理由でこれだけ大勢の方がいらっしゃったのですか? 中には聖職者がいらっしゃいますが……」

 ブラムハムが私の普段愛用しているコップをはぁはぁいいながら嗅ぐ変態聖人を見る。

「私たちの討伐や浄化が目的ではありません。私事ですが……何分今後の学園生活とここでの生活がかかっている事態で」

「……左様でございますか」

 納得のいった表情ではなかった。そりゃそうだろう。家具や骨董品、さらには床に至るまで観察しながら話し合う二人に、ひたすら私の愛用品を網羅しまくる一人。この状況がある意味異常事態である。

「そういえば、ブラムハムは今までどこにいたのですか?」

 屋敷に帰って早15分ほど経ったところでブラムハムは現れた。普段はすぐに来てくれるはずが、今日は遅かった。

「申し訳ございません。少しばかし今日は日差しが強くございまして」

 恨めしそうに窓を見るブラムハム。春は日の入りが遅くて困ると言いたげな表情である。

「そうでしたか。いえ、私も無理をして迎えてくれというわけではないので」

「有難きお言葉です。しかしながらこれほどの新参者が屋敷に入ってきたにも係らず、応対できないとは、これが本当の討伐部隊か強盗であったと考えると……」

 ブラムハムが不吉なことを口にする。だが、私はそのことを聞いて別のことを考えていた。

「……つまりはそういうことなのですか?」

「……そうでありましょうね。そもそも前回ディーナ様がいらっしゃった時もそうでありましたね」

 決定である。もう逃れられない事実が私の元にある。

「おぉにぃはんにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」

「うぉっ! 何や!」

「ど、どうしたのメリアス! 何叫んで!」

「出てこい! 魔力供給も楽なもんじゃないのよ! さっさと出てこないなら今日こそは我慢の限界よ‼ 冥府の端の端まで吹っ飛ばしてやる!」

「落ち着いてメリアス! カトリナ! 何か精神安定の術――ん?」

 私が喚くと、足元から白いものが出てくる。それは二本の弓なりの角で、それを筆頭に床を突き破ることなく、まさにすり抜けるように姿を現す。

 それは――二本の角に真っ白い凹凸のある壁のような――

「逆じゃぼけー!」

「うはあぁぁぁぁぁぁぁー!」

 思いっきりその白い部分を蹴りこんでやった。

 ふらふらよろめきながらも、白い壁は少しずつ回転する。

 真っ白な頬に大きな釣り目と口からはみ出た牙が見え始め、見開いた黒目がギロリとこちらを見る。――と言っても目が動くわけではない。なんせカムシンと同じく父上から身の程の安全を守るために遣わされた死霊『鬼般若』は面なのだ。

 カムシンが畏怖を振り撒くものであれば、鬼般若は畏怖を持ち続けるものと言える。知らない者の前に現れたりすれば、その者は恐ろしさに気を失うか、腰を抜かすか、逃げ出すであろう。

 まぁ主にそんなことは一切通用しないわけで。

「あんたはぁぁぁ! これで何度目よ、門番の役割をそっぽかしたの! 特に昨日は重要なターニングポイントだったのよ⁉ 仕事しないなら今度こそ、出てけ! 冥界帰れ!」

 声を張り上げて怒る私に鬼般若はふらふらする。動揺しているようだ。できれば言葉の謝罪が欲しいものだが、生憎、鬼般若は口があっても喋れない。面だからね。

 相当怒っていることを理解したのか、私以上の背丈――背じゃないか顔丈?――がある鬼般若がゆっくり傾く。頷いた証拠である。

「旦那様の護衛であると言っても、いえ、旦那様の護衛であるからにはこれ以上失態の無いよう努力をされては如何でしょうか? 旦那様がどれだけメリアスお嬢様を溺愛しているかあなたもご存じでしょう?」

 …………。

 少し考えた? のち、鬼般若はゆっくりと地へと戻っていく。ブラムハムの一言が聞いたのだろうか。父上は父上としてはあれだけど、ネクロマンサーとしては――うーんあれかもしれない。けど、威厳、実力、顔のごつさは折り紙つきである。流石にあれを怒らせるのは得策じゃないと鬼般若も理解したのだろう。

 鬼般若がゆっくりと地に戻り、私を遮っていた物が無くなって再び数分前の光景がそこには映る。

「…………」

 そこには白目をむき出しにして倒れるクリスさんがいた。――あー、そういやさっき。

「って、これやばいですよ⁉ 口から魂出てますよ⁉」

「ホンマか⁉ うちには見えへんけどな! カトリナはん蘇生術はよ!」

「わかりました!」

 カトリナさんの手が太陽に照らされる初雪のような光を内側から発す。それに呼応するかのように屋敷のあちらこちらからざわめきが聞こえる。

「あー……大丈夫だよ。たぶん……」

「何がだ?」

「屋敷にいる死霊たちが浄化されるのではないかと怯えている」

「……大変何だな」

 アーチェさんとの他愛もない話をしている間にクリスさんの前を飛んでいたエクトプラズム型クリスがクリスさんの中に戻り、白目に再び生気が帯びる。

「……あれ? ここは?」

「あかん。記憶失うのは相当や」

「以前話した通りカエラズの森でもこのような状況に陥りましたので……」

「クリスはんは少しばかし離れた方がいいかもしれへんな」

「え? 何? どうしたの?」

「いえ、こちらの話です! まだ倒れて少ししか経っていませんし、夜風にでも当たってすっきりしましょう!」

 脳内の記憶が完全に消えている。仕方がないので私は死霊たちに近づかないでと暗に命令した後、バルコニーへ向かう。

「それではそろそろ私は下拵えに」

「ん? もうそんな時間やったんか」

「僕も手伝う。五人分は結構な量だろ?」

「ありがとうございます。ディーナさんももちろん手伝いますよね?」

「んにゃ。うちはもう少し探索を」

「はぁ。棚の中段にすら手が届かないって悲しいことですね」

「んだと⁉」

 バルコニーに向かう階段に差し掛かった時、後方から残された三人が何らかの相談をしているのが耳に入った。


「で、あたしの身に一体何があったの?」

「気にしたら負けです」

 本気で記憶が無いようだ。これはもはや防衛本能と言うべきか。騎士が何にも臆することなく戦うために、己の弱点を悟らせないような遺伝子が組み込まれているのではないかと思うが、これではやりあう前に戦闘不能に陥るという本末転倒な結果しか起きないような気がする。

 二階へ行く踊り場から外に出たところにバルコニーがある。中央付近にはテーブルが置かれ、昼には優雅にお茶などもできるが、基本私一人なのでそのようなこともしない。ブラムハムは昼だと外に出られないし。

 そこにある落下防止の手摺に腕を乗せ、平原を眺めるように、左側にクリスさん、右側に私がついた。

「それにしてもすごい家よね。あたしの家もかなり広いけど、ここまで広くはないわ。それもあなたほとんど一人暮らしでしょ?」

「一応いっぱいいますけど事実上人間は一人です」

「……聞くんじゃなかった……。初めて会った時の記憶はうろ覚えでしかないけど、あなた本当にネクロマンサーなのね」

 自重するように話すクリスを見て昼間のことを思い出す。ミクシェが言っていたアレクサンダー家の地位がネクロマンサーによって落ちたことである。

 本来ネクロマンサーである私は憎むべき相手なのかもしれない。けど、何の因果か私をディーナさんから庇護するような形に納まっている。これは責任感から来るものか、それとも表面上の嘘なのか。

 その答えを知るもっと簡単な方法がある。本人にそのことを確かめることだ。

 けれども、それができないからこそこうなっているのだ。ミクシェと話し合う世間話ではなく、互いに己の身に関わる重大な話を易々と出す訳にはいかない。

 沈黙が訪れる。聞こえるのは夜風の吹雪く音と木々の掠れる音のみ。そういえば居間の方から一切音が聞こえないような。先ほどまでがちゃがちゃ音を立ててあちこち探っていたはずなのだが、誰もいなくなったのだろうか?

 居間の状況が気になった私は静まり返ったヘイワ街の街並みが見える夜景から目を反らし、居間の方へと振り返ろうとした。

「ごめん」

 クリスさんの一言で振り向くのを止める。左向きに回ろうとしたため、目線はちょうどクリスさんにぶつかった。

 短い一言の後、少しばかし時間が空く。が、すぐにクリスさんは口を動かす。

「あたしのせいで闘技大会に無理矢理参加させられて、今まで隠れて過ごしていたのに公に晒されるような形にされて、そこをディーナに目を付けられて、挙句の果てに王家にすら追われるようになって。どう謝っても許してもらえることじゃないと思ってる。それでもあたしには謝ることしかできないの」

 懺悔することがありすぎるかのようにクリスさんの口が動き続ける。確かに連鎖の大元となったのはクリスさんとの出会いであった。

 だが、そこを更に遡れば原因がクリスさんに至ることはまず無い。

 最奥の原因菌は――私だ。

 何故私はあの時草むらから出て行った? あの時ブラムハムの提案に乗っていれば――。

 何故私はあの時クリスさんが対峙した瞬間にすぐ逃げなかった? クリスさんは前しか見てなかった。

 そして――なぜ私はあの時クリスさんを助けた?

 降霊術を使う。あれがどれだけ危険な行為かは重々承知だった。なのに私は降霊術を使いクリスさんを助けた。

 その後、実は幽霊嫌いで倒れてしまったこと、私を魔道士だと間違えたこと、闘技大会に参加するために強力な仲間を探していたこと、などが重なったがこれらは全て私の知りえない事象であった。それでも私があのようなことをしなければ起こりえなかった。

「そんなことはないです! 私もあの時実は――」

 私が言い終わる前にクリスさんの手が私の肩を押さえた。少しばかし力強く痛かったが、それが何らかの苦しみであるような気がした。そしてクリスさんはそれを一言で表した。

「ごめん」

 クリスさんが一歩踏み出す。

「クリス、メリアスいいか?」

「うぇっ⁉」

 クリスさんが手を放して飛び退いたのは、アーチェさんがバルコニーに入ってきたと同時だった。

「い、いつからいたの⁉」

「さっきだ。食事の支度ができそうだから伝言しにきた」

「そ、そうだったのか」

 動揺して答えるクリスさんであったが、先ほどのやり取りは見られて悪いものだったのだろうか? 他のメンバーに何かよからぬ連想をさせられる可能性でもあったのだろうか。

「そういえばもうそんな時間だったのですか。フロースが出てこなかったのは既に人数を把握していたからなのですね」

「? フロース?」

 納得する私にアーチェさんが首を傾げる。

「え? 料理ができたのですよね? フロースか、もしくはブラムハムがそれを伝えて」

 説明している途中居間の方から漂ってきたのは香ばしい匂いだった。鶏肉を焼いた物だろうか? 香草の匂いも混じっている。

「カトリナが料理でもしたの? 料理できるのはカトリナくらいだし」

 鶏肉を焼いた? 焼く料理?

「僕も多少なりはできる。スープ系は僕の担当だ。調理場にはそこらの小さな飲食店並みの機器が揃っていた」

 スープ? 煮込む? 機器が揃っている?

「ちなみにディーナは役立たずだった」

「やっぱり。いつも使用人に任せているから生活能力ゼロよね……」

「フロース!」

 私の想像が頭の中で合致したとき、私は走らずにいられなかった。

 踊り場から下へ一気に下り、屋敷東側に位置する厨房に駆けこんだ。

「ぬぉ! 何やいきなり!」

 突如開いた扉にびっくりしたディーナさんが皿を落としそうになりあたふたする。けど、そんなことに構ってなどいられず、大声で叫ぶ。

「フロース! フロースどこなの⁉」

「メリアスさんどうしたのですか?」

 突然の乱入戸惑いながらも問いかけるカトリナさんと目が合う。制服の上からエプロンをかけた料理人モードのカトリナさんが火を使っていることから最悪の事態が確定となる。

「フロースは? 白銀の髪をした少女がここにいませんでしたか⁉」

「え? 私が来た時には誰も居ませんでしたよ? その後アーチェさんと、一応ディーナさんが手伝いに来てくれた以外は誰も」

「一応って何や! うちなりに結構頑張ったで!」

 カトリナさんの説明に文句を言うディーナさんのやり取りには目をくれず、すぐさま床を調べ出す。私がクリスさんをバルコニーに連れ出してからかなりの時間が経っている。それでも魔力供給が途絶えているわけではない。

「どうした? 急に走りだして」

「メリアス、何か問題でもあったの⁉」

 そこにアーチェさんとクリスさんが駆けつける。私の突発的な行動に一抹の不安を覚えているようだ。

「どこかにいるはずです! とりあえずカトリナさん今すぐ火を消して!」

「えっ? もうすぐパエリアが」

「何かの一大事なんや! 消せい!」

 パエリアとついでにスープを煮込んでいた火を消したのはディーナさんだった。非常事態への対処が早いのは流石商人と言うべきだろうか。

「で、一体何なんや? フロースってあんさんの知り合いか?」

「そう! 私の屋敷の」

「………………スケテ」

「ん? 今何か聞こえなかったか?」

「どこですか⁉ どこから聞こえましたか⁉」

「結構近場だったはず」

「ヒゥッ⁉」

 常人よりも耳の大きなアーチェさんが何らかの声を捕えたような口ぶりをしたので聞き返す。その時クリスさんが小さな悲鳴をあげる。

「どうしたクリス?」

「ううん。足に冷たい感触があっただけよ。たぶん水滴でも落ちて……」

 クリスさんの目線と同時に私、アーチェさん、真ん中にある大きな調理台で見えないディーナさん、カトリナさん以外の3人が一緒に目線を落とす。

 そしてみた。

 床に広がる水たまり、その中央に真っ白な右手が生え、クリスさんの足首を捕まえている姿が。

「キェェィィクェッククェェックゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥー!」

 クリスさんがゴブリンのような奇声をあげる。ディーナさんとカトリナさんはその声に驚く。

 アーチェさんは固まり、クリスさんは制御不能のバーサクモードに陥っている。そしてあろうことかクリスさんが右足を掴んでいる謎の右手を残った左足で蹴ろうとする。

「駄目ぇぇー‼」

 私はクリスさんへ渾身の体当たりを食らわせる。吹っ飛んだクリスさんが調理器具――刃物が無くてよかった――の詰まれた棚にぶち当たり、いろんな器具がクリスさんの上に降り注ぐ。

 その光景には目もくれず、私は近場にあったボウルを取り、謎の右腕と近場の水たまりを掻き入れる。わわわ、排水溝に一部が流れ出ていく!

 素早くサルベージした水の入ったボウルを持った私は入り口とは別の鉄でできた頑丈な扉を開ける。そこは少し熱気が強かった調理場とは真逆、一気に冬真っ只中になったと錯覚させるような冷え切った部屋。ここは冷凍庫であり、本来は食材が痛まないようにする飲食店用の部屋なのだが、私の場合は主に呪具に使う魔物の一部を長期保存するために使っている。――ってそんな悠長に語っている場合じゃなかった!

「どりゃぁぁー!」

 私はアロマキャンドルのように手が生えたボウルを冷凍庫の中に放り込み、勢いよく扉を閉めた。

「はぁはぁ……」

「ホンマにネクロマンサーの家では何が起こるかわからんで……」

 ディーナさんが普段とは違い、少しばかし動揺しているのは私の奇行が原因でなく、クリスさんの奇声が原因だろう、たぶん。

 そのクリスさんがアーチェさんの手によって救い出されている時、先ほど閉じた鉄の扉が開く。

 けど、外側からではない。内側からだ。

 開いた扉から出てきたのは、全裸の少女だった。

 白銀の長髪は腰にまで伸び、顔立ちは幼いながらも丹精な仕上がりをし、有名な彫刻家が生涯をかけて作ったかのような雪像彫刻のようなものだ。何故雪像に結び付いたのかと言うと、その顔は死体レベルに真っ白だからである。隆起の無い残念な体も全体に真っ白であり、青い眼のみが白い体の中で目立っている。

 それもそのはず。この子も死霊であり、私の屋敷での調理担当者なのだ。そして火にとにかく弱い。

「はぁー。危なかったー。フロース自体下水ウォータースライダーになりかけたよ! フロースは流れても箸じゃ掴めないし、汁に入れることもできないんだからねー」

 危険な目に合っていたにも関わらず、それにそぐわない声で、安堵している――と思う。

 理由は一つ。言っていることがわからない。

 本人曰く冥界語らしいのだが、ブラムハムはそうでないと断固否定。まぁ助かっただけいいか。これで明日からの料理に困らない。

「全く……。で、何でフロースは溶けてたの?」

「んー。フロースが冷凍庫で今日の献立考えてたら、何かの拍子に貯蔵してある魔物の一部がてんやわんやになってたのを見つけたの。片づけていたら偶然にもミノタウロスの俺のバットにガーゴイルの顔が覆いかぶさっていて、『魔物版BLキター!!!』と一瞬にしてこれだけでご飯三杯行けるシチュエーションが完成! とこんな感じで冷凍庫に長くいたら、いつの間にか厨房に先客がいて、今までに使ったことの無い熱気で厨房に戻ったら一瞬にしてドロンドロンなわけ」

 …………うん、わかんない。

 分かる単語で何とか考えたのだが、最近ミノタウロスの一部として取ったのは…………あれか。と言うかあんなの呪具に使って何作る気⁉ 採取する身としては女の子何だから少しは考えて欲しかったわ!

「まあ、とりあえず助かりましたー。とりあえず服着ていい? 流石に百合的欲情湧く人はこの辺じゃ少ないと思いますけど、恥ずかしいので」

 ユリだと⁉ まさかこんなにも近くにこの言葉を使う人間、じゃなくて死霊がいるとは! ユリという物の真意を近々説明して貰わなければならない。

 フロースが迷うことなく一カ所に歩く。冷凍庫の扉のすぐ近く、そこには質素な白いワンピースにエプロンが放置されていた。どうやらここで溶けたようだ。

 けど、そこに向かっていたのは一人だけではなかった。もう一人そこへ向かう姿。カトリナさんである。ふらふらした足つきでフロースの元へと近づいて行く。

「っ⁉ やばいであれ!」

 それに気づいて警告を促したのはディーナさんだった。

「やばいって何がですか! まさか浄化するんじゃ」

「いや、そっちじゃない! カトリナはんはたぶん!」

 そうこうしている間にカトリナさんの手がワンピースを着終えたフロースの手を掴んだ。

「ん? フロースに何かご用でも――あなたは煉獄のS魔⁉」

 何だかよくわからない異名を付けられたにも関わらずカトリナさんは、眼鏡越しの瞳でフロースのみを見ている。そして開口一言

「かわいい」

 と呟いた。――のも束の間。

「いやーん! ここにも上質な宝玉がいたわー! メリアスさんの屋敷にお宝探しに来たらとんでもないお宝を見つけてしまいましたー!」

「いやー! まさかこんな近くにいるとは⁉ フロースの純情がー! それより熱い! 熱いです! 溶けるー!」

 カトリナさんにがっちり掴まられたフロースが拒絶するのにも関わらず、カトリナさんはひたすらフロースの頬に頬ずりする。うわ! やばい摩擦熱でまた溶けだしている!

「カトリナさん止めてください! また面倒事に! クリスさん! 今が役目の時ですよ!」

「あ、あはは……人が溶けてる。でも、人は溶けないよね……じゃあ、あれ、あれはははは」

 駄目だー! また壊れかけてる!

 その後は、もう酷かった。

 残った三人でカトリナさんとクリスさんをやっとの思いで止めて、フロースが再び冷凍庫に引きこもるのを――カトリナが名残惜しそうに見つめながら――確かめた後、ようやく一段落ついた。

 その後夕食をとったのだが、味は――一切覚えていない。

 何故ならスープを一口飲んだ瞬間眩暈と共に意識が飛んだからである。

 翌朝何故か私は自室のベットの上で寝ていた。唯一残っていたのは意識が飛ぶ瞬間の四人のやりとり。

『メリアスどうしたの⁉』

『カトリナはんスープに何入れおった⁉』

『え? 教会の畑ですくすく育ったお野菜ですよ?』

『駄目よ! ネクロマンサーに聖なる土壌で出来た野菜食べさせたら!』

『……脈拍がかなりやばいぞ?』

『何ぃー⁉ 早く蘇生術! ってネクロマンサーじゃそれはあかんか! てカトリナはんあかん言うとるやろ! というか何故脱がすねん⁉』


「……うぷっ」


 〝拝啓 父上、母上へ

 聖職者はどんな者であろうとも、敵であることは変わりないようです〟


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