第4章-1 アイドルと湯煙事件
目覚めるとそこには誰もいなかった。
「どういうこと?」
確かここは五人部屋。布団も五人分ある。けど、その中には誰もいない。
既に出て行った後だろうか? それでも流石に私は起こしてくれると思う。合宿は成績に響くからアーチェ辺りは特に気にすると思う。
クリスもそこらへん厳しそうだし、ディーナだったら以前やろうとしていたドッキリのリベンジをしそうで、カトリナなら私の布団に夜中から潜り込んでいそう。
とりあえず外に出てみようかな。
旅館内での服装と戦闘服が同一なのは何とも楽で、家でパジャマを着て過ごすような感覚で部屋の外に出る。
「何か穴が増えてるような……」
気のせい知れないけどそんな感じがする。誰かがヘマしたのだろうか?
「床が落ちないように気をつけないと」
クリスみたいな重装ではないからそう簡単に落ちることはないと思うけど。
「あ、君はまだいたんですね」
「ふぉっわ!」
後ろから突然声を掛けられ。
「ずべっわ!」
振り向き後退りし。
「いっどわぁぁぁ!」
お手頃な穴に右足を突っ込み打撲する。
「大丈夫ですか⁉」
「わ、私は軽いはずなのに」
背丈小さくて重たいなんて何の取り柄も。
「とりあえず手を」
「あ、はい」
声と共に差し出された手を握る。その時上を向いて始めてその人物の正体がわかる。シャオだ。
「あいたた。で、何だっけ?」
驚いたうえにダメージが蓄積したせいで何を話していたのか詳しく聞けなかった。
「すみません驚かせて。メリアスさんはまだ見ていなかったのでもしかしたらと思っていましたが、まだここにいたのですね」
「? 何かあったんですか? 皆いないみたいですし」
「そうですね。いない理由はそれぞれだと思いますけど。ところでヤンを見ませんでしたか?」
「ヤンさん? あの赤い髪の人ですか?」
「そうです。あの粗暴な奴です」
粗暴って。まぁ確かに言葉遣いは汚いですけど。
「わからないですね。そもそも昨日はここに着いて以降見てませんし」
「そうですか。となると僕が昨夜見たのが最後になるのか」
シャオの話によるとどうやらヤンが行方不明になっているようだ。
あ、そうだ。何か気がかりだと思ってたら。
「あ、ちょっとあなた!」
心の靄が晴れた頃だった。聞きなれた上に正直あまり会いたくない人物の声が耳に入る。
「あなたは私の部下である自覚はあるのですか! 誰も起こしには来ない出迎えも無い、朝食の準備も無い。どこで油を売っているかと思えばネクロマンサーに媚を売って!」
「いえ、売られた覚えはないんですが」
「お黙りなさい! 全く! こんな時にアグロスはどこへ行ったんですか!」
ん。そういえばいつものやかましい声が聞こえない。
「ん。メリアス起きてたのか」
そこへ今度は安心できる聞きなれた声。
「アーチェさん。っと――」
「あなたもですか⁉」
ほっそりとした枝のような見た目のエルフの隣にはその枝の巨木のような大男、ゼノが佇む。この二人が一緒とは珍しい。
「ところでアーチェさん。ディーナさんとカトリナさんって昨日から見てませんよね?」
「気づいていたか。ちょうど彼と同意見だったから一緒に探していた所だ」
「同意見――って話し合えたんですか」
「まずはそこか」
だって一言も発しませんし、この人。
「話あったわけではない。普段アグロスと共にいることが多かったからもしかしたら思って聞いてみたら頷いた訳だ。だから一緒に探すことになった」
「何ですのあいつは! 私の付き人の癖に。そもそもあなたも付き人ならしっかりしなさいな!」
募る文句が山々と積もりに積もったイシュタル王女がゼノを蹴る。と言っても全然効いてはいないし、寧ろ王女の方が痺れている。
「あの、これってもしかして」
「そうだね。今下は大揉めだ」
返事はシャオからきた。つまりは既に周知の事件らしい。
「人がいなくなったの。それも大勢」
下の階から上がってきたクリスが事件の全貌を明かす。
「大勢ですか⁉」
「今先生たちが対応に追われているわ」
それを聞いてからよく耳を澄ませると下の階が騒がしいことに気付く。
そして後ろからも。
「おい足りなくねえか? 俺ら五人兄弟だよな?」
「そりゃそうだろ? 俺はいつも成績下から五番目だぞ? 俺より下が四人いるとしたら俺以外の兄弟しかないだろボイズ」
「お、珍しいなお前が俺の名前当てるなんてな、ケイロン」
「マジかよ普段名前間違えまくるお前らが名前当てるなんてな」
「なんだかんだ俺ら兄弟だろ。なぁオルグ」
「そうだよな。ボイズ、ケイロン」
「ちなみにだが、俺は誰だかわかるよな?」
「当たり前だろゼト」
「お前ら……」
「なぁ。それじゃいないのって誰だ?」
「そりゃ未だに呼ばれないあいつに決まってるだろ?」
「そうだなあいつだな」
「あぁ」
「うむ」
……………………。
「「「「誰だっけ?」」」」
向こうも大変そうだ。
「それでどうなったんですか?」
「先生たちで探しに行くみたい。で、合宿の方はいくつか合同になって続けるみたいよ」
「や、やるんですかこの状況で」
「緊急事態とは言えこれも模擬演習だと思え、だそうね」
ま、まぁ実際にこんな感じで人手がいなくなることは起こりえる可能性は十二分にありますからね。以前ディーナとカトリナで潜入した幽霊船での出来事がまさしくこれで、今回は逆ですね。
「まぁ、とは言われても内容は恐らく。捜索ね」
「ですよね」
「ちなみに私たちが一緒に組むパーティーはイシュタル王女のとことだから」
「何ですって‼」
私が驚く前にイシュタル王女が狼狽する。
「私が捜索⁉ ふざけないでくださいな! そんなの王宮の警備隊にでもやらせればよいのです! ましてや何故私がネクロマンサーと一緒に行動しなければならないのですか!」
まぁこうなるでしょうね。以前は共通の目的の元行動を共にしていたけど、今回は完全に押し付けである。私自身もできれば御免被りたい。
「王女様。確かに一緒に行動は嫌かもしれません。ですが、今は人数が多いに越したことはありません」
ここで普段なら喧嘩腰のディーナが食いつくか、腰巾着のアグロスが盛大に自爆するかなのだが、両者が不在の中で声をあげたのはシャオだった。
「行方不明になった。と聞けば多少なりとは恐怖心も薄れるかもしれませんが、これだけ大人数の行方不明者が出るとなると、単なる迷子では済まされません」
「そうね。何者かが関与しているっていう筋が一番よね」
「おまけに複数人か、或いは地形の理を活かせる玄人か」
それぞれ今回の事件の危険性を丁寧に述べていく。
「仮に相手が一人相手じゃなくても十分に拉致できる手腕の持ち主であったとしても、我々が離れずに行動をすればするほど助かる可能性は大いに上がります」
「ん、ぬ……」
葛藤している。ぶっちゃけ敵意の薄い私を相手にしているよりもこっちの方が圧倒的に怖いに違いないのだからこうなってしまうのは仕方ない。
「わ、わかりましたわ! 今回だけですからね!」
残念ながら身の危険は使命をも上まってしまい。王女が私たちについていくこととなった。
「これだけいれば安全かもしれませんが、用心に越したことはないでしょう。メリアスさん、御父上殿にご協力願えないでしょうか?」
「な、あなたは!」
そしてシャオは王女にネクロマンサーと共にいてくれとお願いした上に更にその父親にもご同行願おうと懇願してきた。もしかしたらこれが狙い。
「それは無理だろう。捜索とは言えあくまで合宿の一環。そこに部外者を入れるのは規律に反する」
「うっ。確かにそうでしたね。すみません」
ここはアーチェが抑える。まぁ父上は父上で何かしてくれているだろうし。父上なら一人でもやっていけそうな気がする。
「そうと決まったらまずは朝食よ。一応用意はされてるみたいよ」
「一応って――まぁそうも思いますよね」
昨日の提供状況を見れば仕方あるまい。
「あ、なら先に行っていてもらえませんか? 一応父上に事情を伝えてきます」
「それなら僕も」
「ほら行くわよ王女様が怖い顔してみてるわよ」
「私も被害にあいそうなのでできればご遠慮願いたいです」
私からのお願いもあり、シャオは珍しく落ち込んだ表情でイシュタル王女の後につく。あなたがいないとイシュタル王女の捌け口が本当に無くなっちゃうので頼みますよ。




