第3章-5 アイドルの父会合
「疲れました……」
「仕方ないわよ。誰だってあれは見間違えるわよ」
「そんなに似てますか?」
「まずは似てない点を言えネクロマンサー‼」
あの、疲れてるので疲れることはやめていただけないでしょうか?
「横暴やなシルバーロードのぼっちゃん。そのネクロマンサーの父上様のおかげでこれだけうまい鍋食えとるんやで?」
「ぐっ!」
既にお椀に手をつけている以上、反論できないことをいいことにディーナはアグロスの痛い所をチクチクと指す。
何も出ないであろう夕食にイノシシ肉の入った鍋が出てくるとは思わなかった。ご膳にはほど遠いだろうがご馳走である。
これに一役買ったのが父上である。
雨避けの宿を借りる以前に父上は金銭を持ってきていなかった。そりゃ野宿する羽目になる。
何とかできないかとエドさんに交渉した結果、物々交換と言う何とも原始的な方法を取ることになった。
その物が今出ているイノシシ肉である。ここら一帯のイノシシが絶滅したのではないかと言うほどのイノシシを持ってきたことに何泊する気なのか、とエドさんは驚いただろう。
「お前たちが俺の分まで食べたからだろう! 俺は腹が空いているんだ!」
「ずっと気絶してたあなたのせいだと思うわよ」
その気絶した原因を記憶がないからって父上に卒倒したと偽ったクリスにも原因があると思います。
「それと俺は何でネクロマンサーと一緒に飯を食ってるんだ!」
「ならやめればいいやん」
「他の所はまだ来てないからだ!」
「来たら移る気かい」
アグロスの食い意地も問題ではあるが、こういう状況に陥っているのもおかしな点ではある。
鍋はうまい。イノシシ肉以外にもキノコや白菜などの野菜があっていい。
が、何よりその提供が遅い。
それ故に少しずつ味わう人もいれば、既に寝た人や後で食べに来ようとお風呂に行った人もいる。
「そういえばお風呂は凄いらしいわね。聞いた話だとかなり広いらしいわよ?」
「私はできればメリアスさんと二人位で入れるお風呂がいいです」
カトリナなら一人用でも無理矢理ねじ込んで入ってきそうですけど。
この宿は東方の島国をイメージした旅館と言うだけあって、お風呂も温泉だという。それもかなり広いというのだから恐らく源泉なのだろう。
「お待たせしましたー」
エドが大きな鍋を持ってくる。が、別の席だ。
「くっ、ここのはまだなんか‼」
「も、申し訳ございません。後二席分お待ちください」
「二⁉」
絶望の数字にアグロスは言葉を失う。
「もううちらはええかな。風呂いかん?」
そこでディーナはお風呂に行くことを提案する。それは即ちここの席を離れることで、考えようによってはアグロスに鍋を全て譲ることになる。
「何の考えだディーナ! まさか弱みにつけて恩を着せる気か⁉」
まぁ両家の因縁となればこうなります。けど、ディーナはそんな考えでこの鍋を譲る気はさらさらないことを私でさえ理解している。
「隣の奴が不憫でしゃあないからや……」
呆れ顔で視線を向けた先には隠し切れない涎を滝のように流しているゼノの姿がある。
二人の上下関係はアグロスの方が上らしく、ゼノは昼をたらふく食べてるからとアグロスが全て食べている。確かにあの面子の中ではゼノが一番いっぱい食べていた、がゼノの体格ではお腹が減るのは必然。何も悪くない私たちまで悪い気がしてくる。
ちなみにその更に上を行く王女は自室で「私に地面で寝ろと言うのですか⁉」と言う畳に謝れと言わんばかりの暴言を吐きながらも、疲れには勝てずに熟睡している模様。
「くっ。ここでこんなことばかりしていたらシルバーロード家の評判にも関わる……仕方ない、お前も食え! あっ待て! 肉は残せ! と言うか鍋ごと持っていくな!」
お許しが出た番犬――超特大――はこれでもかと言わんばかりの食欲を見せ、お味噌汁よろしく、鍋をお椀に一気に流し込む。
「それじゃ行きましょうか。公共浴場みたいなの?」
「そんな感じですね。一回一回バスタブのお湯みたいに捨てる物じゃありませんし」
「源泉やろうからさぞ熱かろうな。クリスはん火傷せーへんとけや」
「それはあなたたちに返すわ。普段外に出歩かない人が長時間外にいたんだから日焼けが染みると思うわよ」
「えぇ……」
盲点だった。夜行性と日焼けは両極の存在で決して交わることが無いと思っていた。
「寧ろ以前のプールのように溺れないか? 大浴場と言うくらいだろ?」
「アーチェさんまで⁉ 流石にそれは――無いですよね?」
お風呂なんだから足はついてもいい――はず。
「行かないとこうかな……」
ガシッ。
「メリアスさん行きましょう! 私と裸のお付き合いをしましょうよ」
「わわ。わかりましたからそんなに抱き寄せ、おぼぶぶ」
カトリナが私の腕をひっぱり、抱き寄せる。お風呂の前にこっちで溺れてしまう!
「遊んでないで部屋まで着替え取りに行くわよ」
「遊んでふむぶ」
遊んでないのでできれば助けてほしいです。
結局カトリナを引き連れたまま部屋に戻り、着替え用の下着と旅館内で活動する際に着用する制服――私は昼も同じだけど――を持って大浴場に向かう。
「ここは少しばかし片付いてるわね」
「せやな。若干籠がくたびれとる感じはするけど、床は綺麗やし、穴空いてないし」
脱衣所は部屋や廊下と違ってかなり綺麗にしてある。それなりに曇りない大鏡が設置されていて、観葉植物らしきものまであしらわれている。
「んじゃさっさと行くで」
「あっ。待ってくださいよ!」
「メリアスさ~ん待ってください~」
あ、こっちは待ちません。
そして中へ。
「うっわぁぁ……」
「広ぇやないか」
想像以上に浴場は広かった。まず目に入ったのは大きな浴室。今回宿泊するナンデモ学園生徒が半分以上一緒に入れるのではないかと思われるほど広い。自然か人工か、岩で周囲を囲んだ浴場からは湯気と不快な感じにさせない柔らかな硫黄の匂いがたちこめる。
浴場は木造とは違い石材で周りを囲んでいる分横風が入ってこず、かなり上にある天井には湯気が雲のように見えている。
「ここだけ気合入れてるな」
「普通泊まる場所を優先しない?」
「温泉は旅館の醍醐味の一つみたいなものですからね。とはいっても流石にあそこは何とかしてほしかったですね」
色々ありすぎて最早呆れた返事しかできない。
「とりあえずまずは体を洗いましょう」
「あ、そうか。バスタブじゃ洗えないのよね」
一人用なら最後は水を抜けばいい話だけど、公共浴場ではお湯は抜けないのでまずは汗や汚れなどを落とす必要性がある。今回に限っては屋外での時間が多かったから余計に酷い。
周囲の石壁には大浴場のお湯とは別口からお湯が常に流れていて、その前には檜か松かはたまた他か、区別はつかないがこれまた良い木で作られた椅子と桶が用意されている。
お湯を桶で掬い、体に流す。
うーん!
「……ぬるくないですか?」
「ぬるいのぉ」
「私はあまり熱いのが好きではないですけれども、これは流石に」
まぁ。周りがあんなにいい感じだったのでここにきてのこれは肩透かしである。
「うっわ……ぬるい」
「真夏の湖みたいだな」
先に体を洗い終えていたクリスとアーチェが浴場に手を突っ込んで感想を述べる。けど、内容は私たちとほとんど変わらない。
「これなら染みることは……恐らく無いんでしょうけどね」
それにしてもぬるい。そこまで深くない浴槽に足、お尻を底につけ肩深くまで浸かってもそこまで温かみを感じない。
「どこかで水を足しているのでしょうか?」
「それしてもぬるすぎでしょ。川の水がどこからか染み込んでるんじゃないの?」
愚痴が零れてるのはここだけじゃなく、先に入っていた他の生徒たちからも漏れている。天井まで届く竹の仕切りの向こうからは男子の罵声みたいなものが聞こえる。どうやら男女ともに同じところから来ている源泉を使っているようだ。
「これちょっと奥の方が温かいんやな。んなら源泉近くまで行きゃもっと温かくなるんちゃうかな?」
「危ないですよディーナさん! 入口の張り紙にも源泉には近づかないでって書いてあったじゃないですか!」
ディーナが源泉の流れている近くが温かいことに気付く。更に近づこうと屈めば中に入っていけそうな源泉が流れている大穴にディーナが入っていく。それを危険だとカトリナが止めようと後に続く。
そこは温かいのだろうか。流石にこれでは温泉を堪能できないので私も近くで温まろうかな。
……。
とは思うけど、体が温まらないのはもしかすると温泉の温度が原因ではないのかもしれない。
「……何ですかクリスさん」
先ほどからクリスの視線を感じる。それも見つめるというよりも貫くと表現した方がいいような冷たい視線。
「……」
喋りはしないただ視線を送るだけ。
それも明らかに顔を見ていない。一か所、私の胸を凝視している。
「やっぱりむかつくわね」
「いきなりな物いいですね⁉」
喧嘩案件ですよ!
「初めて会った時もそうだし、この前の島に行った時もそうだけど。ここまで直で見れると本当に羨ま――腹立たしいわね」
「言い直しが逆な気がするのは気のせいでしょうか⁉」
クリスの貧乳に対する劣等感と、自分よりも豊満な人に対する妬みは先日の島旅行で理解している。
「言っておきますけど私は普通だと思いますよ! カトリナさんとか凄いじゃないですか!」
「あそこまで大きくなると大剣振る時に邪魔になるのよ。それにそこが問題じゃないの」
「そこが問題じゃない。と言うのは」
「メリアスだからむかつくの」
「個人的恨み⁉」
姫様より騎士様の恨みが強いのはどうなんですか!
「時々いるのよ背丈低いわりにそこだけ育つ子って。確かに背が低いのはコンプレックスかもしれないけど女の子の場合かわいいで済ませることができるから逆にチャームポイントになるのよ」
「そ、そんなものなんですか?」
別段背丈が低いことに悩みは持ってないんだけど。
「寧ろ背丈があるクリスさんも羨ましいですよ。私なんてネクロマンサーってばれてもこの見た目のせいなのか危機感無いとか、ミクシェさんに至っては殴ったらすぐに泣きそうって馬鹿にされるんですよ! ミクシェさんだってそこまで背丈変わらないのに!」
更に言うと今までの行いが原因だから仕方ないけど、クリスの発言権とカリスマ性が羨ましい。私の発言なんか普段五割くらい無かったことにされる。
「人は良し悪し問わずそれぞれに個性があるんだからそう僻む必要性も無いだろう」
その子供のような言い合いを見て、アーチェが大人の対応をしながら、湯船から上がる。
その際お湯が流れ落ちる大きな双房、すらりと長く尚且つほっそりとした足が目に付く。
「「優遇種……」」
以前ディーナが嘆いていたが、やはりエルフはずるいです。
「でもメリアスなら背丈伸びるんじゃないの? お父さんの血が受け継がれているなら」
「それはそれで嫌ですよ。あの顔に育ちたくはないですから」
「あ、あはは……た、確かに」
そりゃネクロマンサーならあの迫力があれば威厳保てると思うんですが、あの顔で人生送るのは流石に御免被りたい。
「てことはメリアス母親似? 島国って感じじゃないし」
「うーん……そう何でしょうかね。髪の色は母親譲りですし、顔立ちもそうかもしれません。そうなると――背丈は絶望的ですけど」
「背低いんだ」
「普段大体座っていてあまり動かないから正確な背の高さはわからないんですけど」
「メリアスそっくりじゃん」
「誰がいつも座ってあまり動かないですか!」
「メリアスよ」
そんな訳はありません!
「だって私のお母さんなのに本当に動いてる姿見たことないんですよ。だいたいは椅子に座ってて、夜になったらいつの間にかベッドに寝てるんですよ。何か必要な物があったり料理とかは死霊たちに全部任せてて、トイレとかお風呂はどうしてるのかもわからないんですよ」
「あんたの両親両極端すぎない……?」
何故二人がくっついたのか娘としても謎です。
「でも仲はいいんでしょ?」
「父上が母上を甘やかしすぎてる感じはしますけど。仲はいいかと」
ペットと飼い主みたいな時が多々ありますけど。
「噛み合わなくても仲は良くなれるのね……同じ道を歩んでいても噛み合わないことがあるのに」
寂し気な声と共にクリスが俯く。湯気が顔を濡らし、まるで涙のように見えてしまう。
たまに何でこんな父上の元に、と思う時があるけどそれ以上に嘆いている人がいることを私は知らなかった。ヨミガエルと言う小さな枠組みと学園で何一つ関りを持たなかったから知ることができなかった事実に、私はただ押し黙るしかなかった。
「はぁ。しんみりしたら余計に温まらないわね」
眠気を覚ますみたいにお湯を顔に浴び、真剣な顔になる。
「このままじゃ湯冷めしそうだしもう上がりましょう。流石に食堂も人が減ったでしょ」
「えっ? 上がるんですか?」
「そうよ。ぬるいし」
「まぁ……そうですけど」
もっと温泉を堪能したい気持ちはあるが、イメージしていた温泉とのギャップがあまりにも大きくて私自身萎え始めている。
「もしかしたら今日は何らかの不都合があったのかもしれないな」
そこにアーチェが加わる。髪を洗ったのか鏡のような白銀の髪がしっとりとしている。
「うっわそうだ髪も洗わないと。今日は森の中動き回ったから砂ぼこりとか若葉みたいなのが挟まってるかもしれないし」
「髪洗うのならそんなに――あー……そうですね」
肩近くまでしかない私の髪に対して、アーチェとクリスは髪留めを外せば腰近くにまで髪が垂れる。それだけ長い髪を洗うのは相当な時間がかかる。
「メリアスはいいわよね。髪が短くて」
「ならクリスさんも短くしちゃえばいいんじゃないですか?」
「うーん。そうしようかな? とか言って最終的に切らなかったりするのよね」
苦笑するクリスに先ほどの寂し気な雰囲気はまるでなかった。羨ましすぎる切り替え。
湯船から上がったクリスは髪を洗うために体を洗った外回りの方に向かう。
「ここには鏡が無いのね。まぁ感覚でやろうかな」
「あ、なら私が洗いましょうか?」
「え? いいの?」
「時間かかるだろうし、メリアスは長髪の洗い方に慣れてないだろうから僕も付こう」
今回は宿泊先でお世話になったし、そもそもそれ以外にも多くの事柄でお世話になったクリスに労いとして洗髪をしてあげることにする。成り行きでアーチェも一緒にやることになったけど、それで気持ちが半減する訳でもない。
「普通に梳けばいいんですか?」
「そうだな。長いから普段よりかはかなり時間がかかるぞ」
私の二~三倍もの長さを誇るクリスの長髪ならそうでしょうね。そう思いながら鮮やかな真紅の髪に失礼ながら指を添える。
ぐっ。
ぐっ。
…………。
その異変に気付いて私はアーチェの方に向く。アーチェ自身も気づいているみたいで、うっすらと呆れたような表情をする。
「どうしたのよ二人とも」
洗髪を買って出た二人が開始早々に作業を中断したことに異変を感じたクリスが問いかける。
「うん。えっと、クリスさん最近洗髪するとき髪の毛抜けたりしませんか?」
「え? 普通じゃないの? 古い物は抜ける物だし」
そうですよね。私もそう思ってました。
ただ抜けるは抜けるにしても抜ける理由に異常がある可能性もある。フロースから教わるまでそのような存在自体知らなかった。
「クリスさん髪切った方がいいですよ」
「ボーイッシュでも十分かもな」
「はぁ? いきなり何言ってるのよ二人とも」
知らないことが優しさと言うこともあるけど、そのように済ませるには私たちは仲良くなりすぎた。だからこそ、これも優しさ何だと私は覚悟を決める。
「……枝毛が酷すぎます……」
「嘘でしょっ⁉」
クリスの洗髪は大剣の如く豪快だったのだろうか、一気に指を下さないと確実に引っかかるような枝毛がクリスの髪に大量生産されていた。
「寝方や日光によって髪は痛むからな。髪を大切にしたいならそこら辺はしっかりしたほうがいいかもな」
「……はいっ」
あぁ……内容は違えどまたクリスが消沈モードに入っちゃった。
こうなった以上は切るしかない。その後は普段通り豪快と言うまでの洗髪をクリス自身が行い、衝撃の事実が後を引いたせいか、クリスは食事も忘れ部屋に戻るのであった。
それに続いていった私も、今日は普段以上に疲れが溜まっていた為、いつの間にか引かれていた布団の上にダイブし、意識が朦朧としだす。
「ん。そういえば」
アーチェが何かに気付いたようだ。
何かあったのだろうか。そう思うも、体も思考も既にコントロールが効かなくなり、そのうち完全に意識が闇へと誘われていった。
その何かを知ったのは翌日の朝のことだった。




