第2章-5 アイドルの父爆走
「ここやな」
自然トラップの犇めく二階を慎重に進みとある一室に辿り着く。
用心に越したことはないというパーティー内の意見一致によりぶつくさ文句を言うクリスが最後尾になっている為、鍵は先頭を行くディーナが所持している。
その鍵に書かれた「弐四」の文字と合致することからここが二四号室らしい。
錆の臭いが鼻に突く鍵を鍵穴に差し込むと、普通ではならないような鈍い音を立てて回る。
「扉の先は落とし穴だったりしませんよね」
「自然のな。かといって廊下も一緒やし休むんなら部屋で休むで」
前を行っていた比較的軽い――と言う名のチビ呼ばわり――二人で相談して開ける。
開け放たれた扉の先には穴、などは無く比較的清掃の行き届いた部屋があった。吹き抜ける風に誘われたのはかび臭い、ではなく青くさいのはい草の匂い。表向きから理解していたがどうやら東方の型を取り入れているみたい。
窓も障子――なのはいいが真ん中など目立つ部分は綺麗に貼られているが、外周の部分には結構破れている場所が見られる。今は夏だからそこまで気にならないが冬場だと大変ではないのだろうか? 蚊が沸くのであれば夏場もかなり危険ではあるけど。
「どう? どんな感じ? あたし駄目? いや寧ろあたし駄目っておかしいよね?」
「恐らく大丈夫です。部屋自体はしっかりしてそうなので落ちないと思います」
合宿先までの道中苦もなかったクリスが何故か疲れ切った声で訊ねてくるので安全であることを伝える。
「なら入るわよ。多少トラブルはあったとはいえ昼食にはいかないとね。これだけの大人数なら先に支度は出来てるでしょうし、冷めたら困るもんね」
そう言ってカトリナ、アーチェをかきわけてクリスは部屋の中に入っていく。
――て。
「ちょ、ちょちょっと待ってください!」
「え? 何? まさかここも落ちそうな場所あるの?」
私の戸惑いを一種の忠告と理解したらしいクリスは足元の懸念をする。
確かに対象は正解ではある。けど違う。
「靴」
「靴?」
「脱ぐんです」
「はぁっ?」
そう。土足。
畳の上に見事土足で入っている。
「どういうことだ?」
「どうしたんですかメリアスさん?」
私の忠告に対しアーチェとカトリナも返事――ってこの人たちも土足だ!
「うん、せやな。畳の上では靴を脱ぐんは当たり前や」
それに対して相槌してくれたのはディーナであった。仮に彼女の靴は玄関口に脱いである。
「東方で尚且つこれは島国の方でよくある部屋でこの下に使っとるのが、た・た・み言うてな。この上に土足で上がることはマナー違反なんや。やからそこで脱ぐ必要性があるんや」
「はぁ? 何でそんな態々。靴何て寝るときとお風呂入る時以外は常時履いててもいいじゃないの」
「その国には『郷に入っては郷に従え』ちゅう言葉があってやな。まぁあれやな、ここではここのルールがあるからそれに従え言うことや。規律守るナンデモ学園生徒の模範でありたいんならここは従うんやな」
「……いつもルール守って無いようなディーナが言う言葉じゃないと思うんだけど」
自分の博学を見せびらかすように説明するディーナ。不満を持ちつつもクリスはディーナに従い普段そこまで脱ぐ機会の無い鉄ブーツを外すのに取り掛かる。
「風習と言う奴か。寧ろ僕たちの国では足の怪我を防ぐために就寝時も靴を履いていることすらあるんだがな」
森と言う穏やかでありながらも細かな危険が付きまとう環境のアーチェも納得が言ったようで太ももをほとんど覆い隠す位のロングブーツの紐を解く。
「にしてもメリアスはんがこれ知ってるってのが以外やったな」
「やっぱりメリアスさんは物知りなんですね。いい子ですね~」
先に入っていたディーナが私の判断に関心を持ち、カトリナは私を褒めはぐしてこようとする。それを私は未だ靴を脱いでいないことを利用して畳の方に逃れ、そして思う。いやいや何言っているんですか。
私が物知り?
博識?
「それどういう意味ですか?」
だっておかしいじゃないですか。
「私東方の島国出身ですよ?」
「あぁ、それやったらそやな。東方出身ならな」
「当たり前よね。地元のことなら」
…………。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」」
それはそれは凄まじい大声量が響き、思わず耳を塞ぐ。今のでこの旅館が倒壊するのではないかと思ったがその様子はない。
「何ですかいきなり!」
「いきなりもや! あんさん東方の出身なんて知らんで! そもそもメリアスはんはヨ――」
不意を突かれたかのように捲りあげるディーナであったが、私との約束事に関わる所まで来て口を閉ざす。
「そうよ! それに東方人って黒髪の人が多いって聞いたわよ? 恐らくここの支配人は東方の人だと思うけどメリアス髪の色違うじゃない!」
確かに私の色は濃い紫色をしている。東方人、正確には東方の島国出身は髪が黒、年老いると白くなっていくのが基本である。
「私ハーフ何ですよ。父上が東方の、母上が――ヘイワ街の人で」
生粋のヨミガエル出身である母上の出自を説明するのが難しかったのでそこは適当にはぶらかす。実際に昨今ヘイワに潜んでいたネクロマンサーは二人ほどいたので、私が生まれるよりも前の出来事に疑問を持つことはないかな?
「ハーフならしゃあないわ。東方、おまけに島国つったらクリスはんの言った通り黒髪で、レイハはんみたいなんが多いイメージやからな。メリアスはんに当てはまることなんて小さい位やで」
「あなたには言われたくないです」
私よりも小さいのに態度だけは大きいですね。
島国の人間は文字通り周りを海に囲まれた孤島に暮らしている為今みたいに海を渡る術が無かった頃には外海の人たちと接する機会も無かった。それが人間界のテリトリーのように働き、島国だけの社会が形成され、比較的小柄な人間同士の遺伝子が今の島国の人格を形成している。
「でも父上はそれなりに大きいですよ。母上の方が比較的小さいですし」
「男性と女性ならそんなものじゃないの?」
「確かにそうですが、父上は」
故郷――に今いるかと言われたら十中八九いないであろう父上を思い浮かべながらクリスの正論を事実で返そうとすると。
「どういう意味ですか⁉ あなたたちは何をおっしゃってるのですか⁉」
下層から罵倒が飛ぶ。
「王女ですね」
「王女やな。今度は何なんや?」
聞きなれた声色ではあるが、この場でここまで罵倒する人間、罵倒の仕方、言い方などなどから推察するとここにいる人なら誰でもあの人だと理解できる。それともう一つ。今回も理不尽な理由だということが理解できる。
「今度は何で揉めとるんや? 畳か?」
「畳の良さがわからないんですね」
畳最高じゃないですか。立っている必要性も無く座っている必要性も無い。突っ伏せばいいだけと言う最高のロケーションですよ。
「でも、あたしは馴染めないかな。素足で地面歩いてるみたいで」
「慣れるまでの問題だろうな。慣れればどうってことはない」
「これもメリアスさんを知るため何です! ここでこう――あ、でもこうしてみると意外と楽ですね。
ただ他三人はまだ馴染めないみたいでそわそわしているクリスは畳の上で立っているし、カトリナとアーチェは畳に腰を着かせることには成功したが、正座はもちろん胡坐も知らないであろう二人なので足を適当に前や横に流して座る。その格好だと下着が見えてしまいそうだけど、女性しかいない部屋だから大丈夫――なはず。
「しかし、収まらんな」
下の階での喧騒は止まらない。声が聞こえづらくなり若干終息しかけているのは単に王女の体力が限界なのだろう。
「どうせあたしたちも下に行かなくちゃいけないんだから行くわよ」
畳が馴染まなかったのか、既に鉄ブーツを履きなおしていたクリスが提案する。今回部屋に来たのは荷物を置きに来ただけであり、休憩をしに来たわけではない。そもそもこの合宿に休憩と言う概念がどれほどあるのか知らないのだけど。
「そうだな。規則に反することは良くない」
「とは言っても次って昼食やろ? それ位好きにすればええやないか?」
「非常時はいつ起きるかわからない。たとえそれが昼食時であってもな」
普段は利害の一致が起こりやすい二人も今回ばかりは互いに意見が反れ合う。
とは言えもうお昼は過ぎているであろう時間帯。生命の神秘には敵わないディーナも重い腰を上げる。
「畳ぃ~……」
それじゃこっちはまったりと久々の畳の上で。
「本当に重い荷物よね」
転がっていた所をクリスに持ち上げられる。
「あー! 久々だったのに!」
「家に草でも敷いて寝転がったらいいじゃない」
「牛じゃないんですよ! 侮辱しましたね! 今島国侮辱しましたね!」
「はいはいわかったわよ」
絶対わかってない!
「てか昼食ももしかしたら和食ちゃうんか?」
「かもしれませんね」
「和食? ディーナが時々食べてるおにぎりとかそういうの?」
「いいやもっと本格的なもんや。多種多彩な旬の物が小鉢に盛りだくさんやで」
「シチューとかローストチキンみたいに一品一品で一回分の料理としてまとまっているのと違って和食は少しずつ品物があるんですよ」
ヘイワ街の基本的な食事はメイン、サラダ、スープなど多くても三、四種位で構成される組み合わせが多い。
和食も基本的にはそれに似たり寄ったりの部分があるが、こういった旅館では多い物だと二十近くの品目からなるご膳と呼ばれる物が出てくることがある。
とは言う物のこれ自体は父上やブラムハムから聞いた話で、私自身が島国にいた訳ではないので知識の範囲内である。つまりは私もこれについては初体験である。
「うーん」
それに対して間延びするような返事をするクリス。
「そんなに和が気に入らないんですか?」
少しばかし拗ねるように耳元で返事をする私にクリスは首を振った。
「何かそれっぽくないのよね……」
気怠い返事は変わらないが、普段ディーナを見るような呆れ顔をしている。
その視線の先、もっと正確に示す左人差し指の先には部屋の外、廊下にある微かに傷んだ床が見える。
それがどうしたのだろう? と疑問に思っているとアーチェが囁く。
「何を話しているのか聞こえているのか」
私よりも少しばかし遠い位置にいる彼女には何か聞こえたようで、その事実を元に皆ができる限り近づける位置まで近づいて耳を澄ます。
確かに下からは怒声も聞こえるが、それ以上にざわつきも聞こえる。声を荒げているのは男子らしく、荒げそうな男子は一人しか思い浮かばない。
「原因は畳?」
「にしては他の生徒も騒がしいで」
つい先ほど一階で起きた崩落事故を彷彿させるかのような木霊が下から微かに湧いて出る。この原因が畳だったとしたら皆で和にボイコットとは何事ですか。
「いや、そうじゃないみたいよ」
「それでは、何があったでしょうか?」
「行けばわかると思うけど。あんまりいい知らせじゃないと思うわ」
私たちよりも先に気付いていたクリスが首を横に振る。あらかたの予想がついてしまっているのか、乗り気でない。
こういう時行きたいと願う人間はいるのだろうか? もちろん私は行きたくない。
ただ、進むしかない以上進むのが定義であり幾何かの覚悟を決める時間くらいしか設けさせてもらえない。
けど、今回は、
「な、何故俺たちが昼食の食材を確保しに行かなければならないんだぁ‼」
待ってはくれなかった。




