第2章-4 アイドルの父爆走
噂の合宿先には言われていた通り大分時間がかかった。
「つ、着きました……」
最近はよく歩くようになった、とはいえそれでも疲れるものは疲れる。おまけに今回は軽い傾斜――私にとってはそうは思えないが――の山道であったが為に普段とは違う体の動かし方をしたせいで余計に疲れおまけにこけた。
「結構歩いたわね~」
そんな私とは正反対に鎧に大剣、私なんかより圧倒的に重たい物を持っているクリスが淡々と言って見せる。ネクロマンサーいや、寧ろ人間とは構造が違うんでしょうね。
「はぁ――ぜぇ――なんて辺鄙な所にある宿ですの! もう少し考えてみる配慮は無かったのですか⁉」
愚痴を零すのは私とは全く違う意味で普段とは違う体の動かし方をしているイシュタル王女。その愚痴に関しては今回に限り王女に同情せざるを得ない。
「合宿とはこういう何も無い所で一つのことに集中できる環境を作ることが大切なんだ」
「まぁそれはそうなんやけどな。せめて休まる場所は選ぼうや……」
アーチェの一般論を聞いてなお否定を入れるディーナが見つめる先には、よく言えば古き良き――いや、その範疇では許容されないほどに老廃している旅館がある。正面玄関上に掲げられた年季の入った木製看板の辛うじて読める『ドイナカ』の文字が廃れている感じを更に醸し出している。
「ここが今回の合宿先になる。各自指定された部屋に荷物を置いてきた後にここに戻ってくるように」
皆の「はい!」と言う返事に疲れは見えない。この程度ではへこたれない鍛え方が違う人ばかりで自分が場違いな気がしてならない。
そんな人たちの後を重い足取りで続くとそこは正面入り口、つまるところの受付場所になっていて一階から二階まで見える大きな吹き抜けとなっている。中央には遠くから見ても底が抜けそうな位ガタが来ている大階段があり、その麓階段の上がり場に一人の男性が立っていた。
「ようこそおいでくださいました。私が支配人のエドと申します。ナンデモ学園の皆様のお世話をさせていただきます」
物腰の低い男性が深々と会釈する。白髪交じりではあるが若そうな男性がここの支配人のようだ。この年で支配人と言うのだから仕事も出来て信頼の厚い人なのだろう。
「こちらもよろしくお願いします。何分このような試みは私共も初めてでして」
軍曹スタイルだとキャンプが中心だったらしいのでこういった宿を使う合宿はナンデモ学園教師陣も初らしい。
「いえいえ。このような宿ですが、できる限りのことは――」
謙虚な姿勢で言葉を交わしあっていた時、悲鳴のような破砕音が響く。
その発生元は音の大きさからもすぐに判明した。中央の階段が無くなっている。
「な、なんだこれはぁぁぁ‼」
分断された階段の上部分。辛うじて残った手摺にぶら下がっているのはアグロスだった。そして階段が無くなった部分、アグロスを支えていた足場は見事にゼノが一階の辛うじて耐えた木造の床と一緒にサンドしていた。
「え、えっと……」
「申し訳ありません――老朽化が酷かった物で。お手数ですがこちらに非常用の頑丈な階段がございますので。こちらからお上がり頂ければ幸いです」
「は、はぁ……」
流石の教師陣も呆気に取られてしまう。
「階段が落ちるってどないやねん……」
「重量オーバー――と言ってもほぼ一人だったわよね」
ゼノの体格上重いのはわかっているが、まさか崩落するとは思ってもいなかった。
「ある意味テントの方が良かったかもな」
「やめてよ。寝ている最中に床が落ちたらどうしようって不安になるじゃない」
「でも、口に述べたくなるほど不安はありますよね……」
「怪我人が出ないでほしいですね」
この選択が既に誤りだったのではないかと言う声がパーティー内で問われる。それは他でも一緒らしくひそひそ話がこの季節には少しばかしうれしい隙間風の吹き抜けるホールに木霊する。大声では言えないが流石に不吉な予感はしているようだ。
「おい! それよりも早く俺を何とかしろ!」
そこに躊躇なく大声を入れる者もいる。大階段の延長線上にある手摺なのだからいつ壊れてもおかしくない場所に必死でしがみつき、現在進行形で危険と隣り合わせなのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「何をしているのですか全く! 早く私を休める場所まで案内しなさい!」
それを心配などするわけもない王女が上から文句を垂れる。支配人の挨拶などお構いなしに誰よりも先陣を切って部屋に向かおうとしていたのか、既に上の階に上がっている。
長い間歩かされた苛立ちが収まらないのか、二階部分にある落下防止の手摺部分を勢いよく蹴っている。
身体測定で私と一緒に散々な記録を出した王女様ではあるが、この旅館はそれにすら悲鳴をあげ、その余波はアグロスの命綱にまで響き渡る。
「お、お嬢様! 待ってくださいそこを蹴られたら! はっ! はぁっ!」
ベキョッ。
あ、折れた。
「はぁぁぁぁ‼」
あ、落ちた。
「何事ですか⁉ アグロス、ゼノ! 何でそこで寝ているのですか! それよりも何で階段が無いのですか⁉」
衝撃の事実に狼狽える王女の呼びかけにアグロス(気絶)とゼノ(無口)は応えない。
「もうええわ……。休みたいから非常階段行こうや……」
「そうですね。休憩したいです……」
このやり取りを自ら望まなくても散々やらされてきた私自身だけでなく、それをうまい具合に使ってきたディーナすら嘆息入れる始末。お供二人は地に、残り二人は自らのご都合意思で出払っているのだからそこは何とかしてください、といらぬお世話を心の中で呟き丈夫な――今は亡き中央階段と比べて――非常用階段へ向かう。
「大丈夫やよな……」
「クリスさん一番最後ですよ?」
「あたしそんな重く無いわよ!」
「いや、装備の問題だろう」
「あの……あの人たち治療しに行かなくていいのでしょうか?」




