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第3章-2 アイドルとしての日常

「あれ、えっとあなたは……あ、メリアスさんでしたか。今日は早かったですね」

「あ……あはは、どうも」

 担任が目を丸くしたのを見て思い出した。そういえば昨日はHRをまともに受けずに闘技大会に連れてこられたんだっけ? だからヘイボンをつけていない私を知らないわけだ。

 そして普段私は遅刻の常連犯。この時間帯に来ても怒られることは皆無だった。役得――と言っていいのだろうか。

 複雑な心境の中、学園に入ってたぶん二回目? 入学式以来のHRを受ける。内容は残った闘技大会の日時、身体計測に体育テストの日程等、四月から五月にかけての行事についての確認、後はテリトリーへの無断侵入や、校則に規定されている時間以外での外出禁止など私に向けて言っているとしか思えない事柄ばかりで目を、いや耳を反らす。

 机に突っ伏す形になると、とってつもない睡魔に襲われる。二日連続朝登校は流石に答える。

「メリアスさん、メリアスさん」

 それを止めてくれたのは、ミクシェの一言だった。

「寝、寝てないよ? ドラゴンの角は生後一年の頃に子角が生え変わるんだよね」

「その授業一期生の頃だよ……」

 私の答えに頭を右手で抱え込むミクシェ。ごめん、何言ったか全く覚えてない。

「ところでさ。気になることがあるんだけど」

「なぁに? ドラゴンの個体数が少ない理由?」

「長寿だからでしょ。そうじゃなくて」

「ぶぶー。実は生殖本能が人間の千分の一にも満たないからです」

「嘘! 真事実! そんなのどこで知ったの⁉」

「アヴェロンさん! まだHR中ですよ!」

「ぁ、すみません……」

 大声を出したミクシェが担任教師に怒られ、顔を赤くして縮こまる。

「もぅ! 何で私だけなのよー!」

 小声で私に訴えかける。でもほとんど耳に入ってこない。脳内はもはやお眠寸前。

「そうじゃなくて、知りたいのは――メリアスさんって本当にネクロマンサーなの?」

 眠気が覚めた。

 ネクロマンサーであることがディーナさん以外にばれていない可能性が否定されたからだ。

「どうしてそう思うの?」

 ネクロマンサーであることを確かめている時点で、この質問はタブーだとわかっていた。

「どうしてって……闘技大会の時に出ていた骸骨、召喚獣でも、高位元素魔術によって模られた物でもなさそうだったし。そもそもメリアスさん叫んでいたよね?」

 そして予想通りの答えが返ってきた。もう隠す必要性もないか。

「確かに私はネクロマンサーよ。隠し通してきたけどこの前うっかり出しちゃって」

「うっかりって……まぁ命の危険に晒されてたからね。そもそも何で闘技大会に?」

 あーそっか。ミクシェは私が闘技大会に出た理由を知らない。事の発端だけを見れば、クリスさんが強引に私を闘技大会に参加させるため連れ去ったようにしか見えない。……これで九割当たっている気もするけど。

 私は仕事内容を伏せ、テリトリーカエラズの森から始まり、クリスさんの誤解、そこから闘技大会に参加するに至る経緯を大まかに話した。

「そっか。アレクサンダーさんに魔道士だと誤解されて……あの情報は事実だったのね」

「あの情報?」

「実はアレクサンダーさん――幽霊が大の苦手なの」

 初めて聞くことであったが妙に納得。今までにクリスさんが気絶したのは合計二回。カエラズの森でグリズリーと対立している時と闘技場から逃げ出す時。原因はリッチとカムシンにある。私の屋敷で目を覚ました時クリスさんは記憶がうろ覚えであったが、私がネクロマンサーであることに気付いているのだろうか? 

「闘技大会ってまだ続くのよね。クリスさんが倒れたら完全にアウトかもしれない私の部隊」

 グリース兄弟の奇襲作戦が炸裂した瞬間を思い出す。どう見ても戦いに向いているとは思えない三人。クリスさんの人気上昇と売上向上の相乗効果を狙っているディーナさん以外には参加する動機などほとんどないに等しい。

 そうだ。

「ミクシェさん。ディーナさんの情報って何か知ってます?」

 ディーナさんは現在、私の行動制限をすべて掌握していると言っても過言ではない。そのディーナさんについてだが、些か謎が多い。その一つとして圧倒的な行動力。小規模とはいえ一つの運搬業者を買いあげたり、昨日アイドル宣言したにも関わらず、翌日には握手会の広告を出したり、自分の思ったように事が動いているとしか思えない。

 本人は生粋の商人みたいな口調をしていたが、彼女の家柄も商人の血筋を引いているのだろうか? そうであったとしても業者一個買い取る位ならかなりのものに違いない。情報通のミクシェであれば、このくらい朝飯前に答えてくれるだろう。

 できれば何らかの弱みを握りたいものだが、逆に驚異的な圧で押し黙らせられるのではないかと不安にもなる心境の中ミクシェの答えを待つ。

 ……返事が来ない。

 どうしたことかと見てみるとミクシェが目をぱちくりさせ、呆然と私を見ている。その頭の中ではたぶん脳神経が急停止しているに違いない。

「おーい。ミクシェさん」

 私は体ごと隣の席に座っているミクシェに寄せ問いかける。我に返ったミクシェはさぞ驚いたと言わんばかりに私の顔から遠ざかる。

「ご、ごめん。メリアスさんが名前で呼んでくれたのが初めてだったから、つい呆然と」

「え? あぁ……」

 いかに自分が失礼な人間だったか思い知らされる一言であったが、すぐにそれが『ヘイボン』による作用だと気付いた。この説明もしないといけなかった。

「以上でHRを終わります。体力測定が近いので、くれぐれも怪我の無いように」

 いつの間にかHRが終わっていたようで、担任が注意を促すと同時にチャイム。

 ガラッ。

 ――と同時に前方、後方の扉が開いた。そして教室内に大量の男子が雪崩れ込む。

「何ですか貴方達は⁉」

 担任の驚く声にも耳を傾けず、我先にと向かっていった先は――私の所だった。

「メリアスちゃんこれ今朝渡せなかったけど受け取ってー!」

「メリアスちゃん少しでいいから握手!」

「メリアスちゃん写真撮らせてー!」

「おぱーい!」

 押し寄せる面々に否応なくも気付く。ディーナさん曰くファンと呼ばれるものである。今朝の握手会で時間外に溢れた人たちであろう。それよりもまたあの変態が来ている⁉

「お、押さないでください! そういえばメリアスさんは何でアイドル業を、痛い! 痛いから押さないで! て、いやん! どこ触ってるの!」

 私を囲みだす男たちの壁に、周りに座っていた生徒たちはどんどん飲み込まれていく。その中にはミクシェも入っていた。一期生より名前も呼んであげなかったのにひたすら友人であり続けてくれた親友が変態の餌食になっていないことを祈り、渡される箱を机に山積みにされながら挨拶に応えた。

 結局四限目までの休み時間全てにファンたちは乱入を繰り返し、ミクシェとの会話は昼休みまで中断させられることとなった。


「なるほどね。ゴールドバーグさんの計画に巻き込まれてネクロマンサーからアイドルに転職させられちゃったと」

「まだネクロマンサー辞めたわけじゃないわよ……」

 昼食時。初めの数分こそ一~四限目の休み時間内に私用を終わらせられなかった男たちが寄ってきたものの、それ以降は平穏であり、こうして朝と比べて癖毛がかなり増えたように見えるミクシェと会話をしながら昼食を楽しむことができている。

「それにしても厄介ね。まさか大地主とは」

 ディーナさんの血筋であるゴールドバーグ家は予想通り、有名な商人の家柄であった。けど、大きいは大きいでも桁違いの大きさであり、いくつもの鉱山を持ち、そこから採掘された特殊な金属を加工し、現在普及が進む投写水晶体を使った投写水晶機(カメラ)などの最先端技術の道具を生み出し続けている。ミクシェの話だとディーナさんはナンデモ学園美少女部と連携を取っているらしく、美少女部にある投写水晶機(カメラ)は全てディーナさんからの寄付だという。金持ちの連中ばかりいるのではなく、一人の大金持ちがいたからあんなに投写水晶機(カメラ)があったのか。

「『貯めるなら、貯めて見せよう、金の山』ゴールドバーグ家の家訓にも言い伝えられているように貯めることこそが骨頂な家柄ですからね。その分投資の仕方にも糸目を付けません。『1億使ったなら3億取り返せ』これも有名な教訓ですね」

 屋敷で取引をした際ディーナさんは運搬業者を買い取っている。それにいくら使ったか知らないが、最低でも万はくだらないだろう。それを取り返すまで私を働かせるとなると――いつまでかかるのだろうか。

「とりあえず覚悟しておいた方がいいですよ? ディーナさんお金に関わると人が変わりますから。普段でも十分変わってはいますけど」

 ミクシェは苦笑しながら忠告し、海苔入りの卵焼きを口の中に放り込む。ミクシェのお弁当はいつも自分で作っているらしく、何度か食べさせて貰ったことがあったが、結構美味。本人曰く美味い物を食べさせてご機嫌を取ると同時に、情報を引き抜くための常套手段の一つにするらしい。情報屋と言うよりもスパイである。

 一方の私はバスケットの中に入ったサンドイッチが今日の昼食。野菜がふんだんに入った物や鶏肉を蒸した物、ツナ、卵などバリエーション豊富。単純に挟む物を用意してパンで挟むだけの料理だが、これは私の作ったものではない。配下の一人で料理番を任せている死霊の一人に作らせている。家の中に随時いるのはブラムハムとその子の二人位である。

 …………。

「ねぇ、ミクシェさん。ちょっと聞いてもいいかな?」

「ん? 何? マンカンゼンセキでお勧めの料理?」

「さっきの仕返し? 情報通と言うよりも料理評論家の仕事よね、それ」

「若干。それと情報通は何でも知っていたい人柄なの。グルメだろうが政治だろうが関係無いの。それで聞きたいことは何?」

 二日前には考えられなかったジョーク交じりの会話に和む中で、そのことを口にするのは気が引ける。けど、やっぱり聞いておきたかった。

「私のこと。怖くないの?」

「えっ?」

「ネクロマンサーとして、ってこと」

 突然の問いかけに先ほどの対話とは違い、ミクシェはすぐに答えを返さなかった。

 ネクロマンサー。

 人類の裏切り者、ルバヌス・アルカードの末裔、もしくはその仲間の末裔である私たちを恐れている人、恨む人は少なくはない。そんな存在が机二つ越しにいるのだから怖いと思っても当然のはずである。

 沈黙数秒。しかし、そこまで考える必要はないと言わんばかりに、

「そんなわけないでしょ」

 ミクシェは言った。

「だって今迄こそは呪具、だっけ? あれのおかげで少し威圧感あったけど、今じゃ全然感じられないし。もしかしたら私でも倒せちゃうかな? って」

「言ったわね、平民」

 思わずドスを効かせてしまう。けど、それにも笑っていられるほど、私の威厳とは限りなく少ないものであると若干ショックを受ける。

「まぁそれは冗談として、普段通りに日常を過ごす私たちにとっては関わることがないからかな? 魔物だってテリトリーから出てくることなんてないんだし、私たち平民にとっては遠い存在。ネクロマンサーもその部類に入っちゃうかな? 強盗とか殺人犯の方が私にとってはよっぽど怖いかな?」

 ミクシェの感想からすると、目の前に現れない魔物や悪さをしてこないネクロマンサーよりも、身近な刃物を乱暴に扱う人間の方が怖いという。そういえばかつて配下の一人だった幽霊くんが何度も人を驚かせようと頑張っていたけど、結局吼えるわんこに驚嘆を持ち逃げされたことに絶望して消滅を迎えた子がいたな。今頃元気にしてるかな、あの子。幽霊に元気とはおかしい話であるが。

「まぁ、そんな感じ。私にとってメリアスさんはメリアスさんだから。ネクロマンサーだろうが、アイドルだろうが関係なく友達だよ」

 迷うことなく断言してくれるミクシェに感動を覚える。アイドルは強制だけど。

「たぶん他の生徒たちも同じ気持ちじゃないかな? 今の所メリアスさんが危害加えることは皆無、寧ろ学園を盛り上げるために貢献すらしちゃってるからね! ……あー。でも注意した方がいいのはやっぱり王宮の関係者かな? あそこは今でも討伐意識が強いからね」

 それは私も警戒していた。旅立つ前にもヘイワの王族や騎士には注意しろとさんざん言われてきた。当初は学園の式典、講演などで王族や著名な騎士が出席する会は毎回欠席していたほどである。

「やっぱり騎士って王国の意思に従っているのね。クリスさんに会ってからその考えが若干薄れたんだけど」

 カエラズの森にてクリスさんと出会った時ももちろん警戒していた。けど、何の因果か私はクリスさんと行動を共にするようになり、いつの間にかアイドルに転身することになった。……はっ。自ら転身したと断言してしまった!

「それもおかしな話なのよね」

「おかしい?」

 私の騎士に対する考え方を聞いたミクシェが難しい顔をする。

「アレクサンダー家はネクロマンサーによってその地位が危ぶまれたはずなのに、アレクサンダーさんがメリアスさんを擁護しているのは明らかにおかしいんですよ」

「え?」

 耳を疑った。

「ちょっと待って。それって一体どういうこと?」

「知らないの? 結構大きな話題になって、新聞にすら載った三年前の事件」

「三年前……。私去年からヘイワ街に移り住んだからその時期のこと知らないの。一体何があったの?」

 移り住む前に政治、世相、軍備、色々な情報を学んだ。しかし一般的な事件にまでは目をやる暇が無かった。それが意外な落し穴となって私の前に立ち塞がる。

 真剣な面持ちを理解したのか、トーンを少しばかし落とし、それでも聞こえやすいようにミクシェは話し始める。

「三年前。アレクサンダー家の長ジェイ・アレクサンダー、アレクサンダーさんの父親がある作戦の隊長として兵を率いたの。内容は『郊外に住むネクロマンサーの討伐』。住民からの密告で事が明るみになって騎士の中でも名声、実力共にトップクラスのアレクサンダー家に討伐指令が下ったの」

 背筋が一瞬にして凍った。食べかけのサンドイッチは再びバスケットの中に落ちた。一年間世間に関わることなく、ある意味平和に暮らせて行けたのだが、その外では未だにそういった惨劇が行われていることに恐怖する。

「討伐は成功。けど、その際に隊長のジェイ・アレクサンダーは大怪我を負ったの。それが原因で二度と戦いの舞台に立つことはできなくなったわ。名誉ある出来事と称されると思っていたネクロマンサー討伐だったけど、実力者として認められていたアレクサンダー家がこうも簡単に戦線離脱してしまったことに騎士内部では落胆の声が上がり、名声は上がる所か急下降。それを挽回するために実力を魅せようとしているのが――アレクサンダーさんなの」

 ようやく気付いたような気がする。クリスさんが、何故あそこまで強引に闘技大会に出ようとしていたのか。自らの価値にかかわるとわかりつつディーナさんに協力したのも、それが原因だったのか。

 だとすると、

『ごめん』

 クリスさんが何度も口にしたあの言葉の意味は何なのだろうか?

 私がネクロマンサーであるから? それは少し違うか。

 となると私を巻き込んだから? やっぱりこれが一番しっくりくる。

 ディーナさんの犠牲になる対象が自分(クリス)から(メリアス)に変わったことに責任を感じているのかもしれない。

「メリアスさんは、闘技大会が終わるまでの間アレクサンダーさんと行動を共にすることになるから、気を付けておいた方がいいと思いますよ?」

 ミクシェが念を押す。けど、私は首を横に振った。

「大丈夫。クリスさんいい人だし。それよりもディーナさん、後は――カトリナさんの方が気をつけなくちゃいけないかも」

「あ。やっぱ聖職者だめ?」

「それもあるけど……他にも身の危険を感じることが……」

「他にもって?」

「ディーナさんが言うにはユリが関係するらしいのですが、それ以外は――ミクシェさん?」

 私が何を言ったのか、ミクシェが目を見開いてこちらを凝視する。若干哀愁が漂っているのは気のせいか?

「調べる価値あり」

 そう呟くとミクシェは愛用している手帳に『カトリナ・ダニエル百合疑惑』と走り書きした。

「あの~。そのひゃくあいって?」

「メリアスさん頑張って」

「えっ! 何その不吉な応援!」

 カトリナさんの存在がより一層危険なものになった。

「う~ん。また仕事が増えそうね。今年の報道部は大忙し」

「ミクシェさん! 教えてください! 私に降りかかろうとしている災厄は一体!」

「大丈夫、命に別状は無いから。精神的には若干響くけど」

「大丈夫じゃないですよね⁉」

「いやーメリアスさんのおかげで今年の報道部は激しくなるわ。謎のアイドル出現。聖職者に百合疑惑。闘技大会だけでも忙しかったのに、メリアスさん、ダニエルさん、アレクサンダーさんに後はイシュタル――――――あ」

 そこで何かを思い出したかのように茫然と口を開けて固まるミクシェ。

「そういえばあの人がいたっけ。というよりも一番やばいよね、あの人」

「あのー。やばいとは?」

 問いかけるとミクシェは真剣な表情で私に振り向く。

「アレクサンダーさんよりもっとネクロマンサーを怨恨する人が今期の二期生にいるの」

「まだいるのですか?」

「うん。それも実力、決定力共に絶大な力を持つ人が」

「実力、決定力って――まるで王族のような」

「まるでじゃないの。何せその人は」


「出てきなさい! にっくきネクロマンサーの末裔よ‼」


 突如、教室前の扉が開け放たれ、大声が響いたのはその時だった。

 そこに立っていたのは制服を着た少女。であるが、その制服は他の人たちのと比べて質が良く、煌びやかな宝飾が着飾れた改造制服であった。

 その宝飾に負けないように輝く金髪は両サイドでロール状に巻かれ、整った顔立ちにはプロが手掛けたような化粧が施されている。けどそれよりも気になったのが、

「憎い?」

 苛立ちを帯びた目で相手を睨みつける。

「あの人がイシュタル・ヘイワ様。その名の通りヘイワ王宮の王女様よ」

 そんな私にミクシェは先ほどの話を続けた。あの人が王女なのか。要注意人物の中に入っていて、尚且つ名前は知っていた。学園内で調べるなりすると不審がられるために手を付けずにいたが、まさか同学年だったとは。

 イシュタル王女は何の躊躇もなく静まり返った教室内に入ってくる。その後ろにはひょろひょろした不気味な愛想笑いする男と、それとは相反する顔つきもがたいもいい大男。

 教室に入ったイシュタル王女はさぞそこが自分の場所であるかのように教壇に立ち告げる。

「ヘイワ王宮の膝元であるこの私立ナンデモ学園に、かのイリス・ヘイワの宿敵ネクロマンサーが忍び込んでいる事実が知れ渡ったのはまさかのこの前! それに気づくこともなかった教師陣には厭きれましたわ! だからこそ、イリス・ヘイワの子孫であるこの私が自ら制裁を下しに参りましたわ!」

「いよ! お嬢様!」

 決まったとばかりに片方のロールパン髪をふわりと撫でると、後ろにいた愛想笑い男がどこから出したのか紙吹雪を王女の前に撒き散らす。掃除するの大変だろ、と王女には見せない視線をクラス中の人が愛想男に向ける。

「ぞれに対し、ネクロマンサーは逃げたかと思いきや、挑発するかのように学園に戻り、尚且つアイドルとして活動してきたではありませんか!」

 いや、挑発ではなく、敢えて言うなれば――強制労働? である。

 けど、そのことを口にできるわけもない。何せ相手は王族。一言討伐令が出れば先ほどミクシェが話してくれた三年前のネクロマンサーのように討伐される危険性が高い。

 幸いにもイシュタル王女は私が堂々アイドルをしているにも係わらず、顔を知らないようだ。クラスのみんなもだんまりであり、このまま時が過ぎ去ってくれれば今回に関してはばれずに済む。その後についてはディーナさんにでも相談すれば、

「おいーす! 迎えにきたで。うちのプロダクション最高のアイドルはん」

 ――いいのだが、今はタイミングが悪すぎた。

 イシュタル王女が入ってきた前扉とは逆の後扉から意気揚々と入ってきたのは紛れもない、ディーナさんである。教室内に漂うピリピリとした空気など物にしないディーナさんが何らかの間違いが起こるわけもなく、真っ直ぐに私の元へやってくる。

「なんやほとんど食うておらへんやないかい。今後時間勝負になってくかもしれんのやから早食いは身に着けておいた方がええで?」

 身勝手な助言をした口に私のサンドイッチをこれまた勝手な手で放り込む。あぁ、卵は一番好きだから最後まで取っておいたのに。

「ようやく姿を見せましたわね、ネクロマンサー!」

 止まった空間を再度動かしたのはイシュタル王女で、私に向けて人差し指を突きつける。いやいや、先ほどまで私はいましたよ? 幽霊みたいに透明にはなれませんし。

「ん? なんやイシュタル様もおったんかいな? 王宮でコンサートを開く予定でしたら喜んで引き受けまっせ」

「お断りですわ! ヘイワ王宮が何故ネクロマンサーを招き入れなければならないのですか! そもそもあなたはどうしてネクロマンサーに肩入れするのですか!」

「ネクロマンサーやないで。彗星の如く現れた今や私立ナンデモ学園のアイドル、シダ・メリアスや!」

「いえ、ネクロマンサーで正解です」

「その証拠に美少女部の調査によれば一日で『私立ナンデモ学園美少女ランキング』の一位になって、尚且つ歴代記録を大きく塗り替えたんやで」

 身を切るカミングアウトを軽くスルーされた。

「いい加減にしろ、ディーナ! イシュタルお嬢様に何という口の聞き方を!」

 ディーナさんの物言いに抗議したのは愛想笑い男だった。イシュタル王女を庇護する所を見ると護衛らしい。立場がブラムハムに似ているが、頼りなさは云十倍以上差がある。

 もちろんディーナさんがそれで引っ込むことはなく、寧ろ不気味な笑みを浮かべ愛想笑い男と相対する。

「ほー。シルバーロード家の長男坊が一丁前に言うようになったんやな。王族に可愛がってもらえるようになってからは鼻高々やな?」

「何だと? 俺はそのようなことなど」

「王族に媚び売ったおかげで随分と仕事が入っとるみたいやな? 王宮勅命の公的事業ばっかやけど、な。一般人にはさぞ人気ないようやないか?」

「ぐっ。ふんっ! 平民如きにこのシルバーロード家が働く必要性などない! 我らが仕えるのは王族のみだ!」

「ほい、きたー」

 しめたと言わんばかりにいつから入っていたのか、左のポケットに突っこんでいた左手を抜く。抜かれた左手には中が空洞になったガラス玉らしきものが握られていた。ディーナさんはそのガラス玉の一部を撫でる。

『平民如きにこのシルバーロード家が働く必要性などない!』

「何⁉」

 そこから響いた声、台詞は先ほど聞いた愛想笑い男と瓜二つだった。

「最近うちで作り始めた録音石――商品名は『カセット』ちゅうもんや。空洞の中に音を籠めることによっていつまでも保存、再生が可能になる代もんや。アイドルの歌をいつでも聞けるように作ったもん何やがな、こんな使い方もできるんやで?」

 勝ったとばかりに説明するディーナさん。

「これは既に実用性が証明済みや。これを報道関連に渡したらさぞおもろいやろな? あの有名な事業家が平民を足蹴にしている、みたいな?」

「アグロス……っ!」

 そして決定打を与える。イシュタル王女が愛想笑い男――アグロスという名前の男を自らの唇が切れそうなほど噛み、肩を震わせながら睨む。もしディーナさんがこれを公に晒せば、シルバーロード家を雇っている王宮にすら批難が飛ぶだろう。

「おい! ゼノ! 早くあのカセットを奪え!」

 迷った挙句、アグロスさんは後ろにいた大男――ゼノという男に奪取命令をする。

 制服を着ているから学生だろうが、どんな椅子と机を使っているのだろうかと思うほど大きな体は、ディーナさんと対立すれば大人と赤ん坊。とてもじゃないが、勝負にならない。

 アグロスさんに命令されたゼノさん。しかし、彼は一切動こうとしない。少しばかしの間の後、彼は首を横に振った。否定だ。

「何だと! お前、これは我がシルバーロード家の一大事であると同時に王家の一大事でもあるのだぞ! それを王家の護衛であるお前が拒否するなど!」

 明らかに自業自得な出来事なのだが、そんなことは知らないとばかりに口を聞かない。

 大木のように動かないゼノさんにやっと動き。右手をポケットに入れるとポケットティッシュサイズの封筒らしきものを出す。けど、それは一般的な封筒らしく、その中から現れた手紙に顔を近づけるアグロスさんの顔で把握できた。

「何だ、これは。契約書? 『あなたをゴールドバーグ家のテリトリーの魔物討伐部隊として雇用契約を結んだことを――』はぁぁぁ! お前は何を考えているんだ! イシュタルお嬢様の護衛でありながら、他の仕事、それもゴールドバーグ家に雇われるとは!」

 アグロスさんの怒声が唾と共にゼノさんに降りかかるが、砲弾ですら受け止めそうなその体には全くもって意味がない。それよりもディーナさんがテリトリーの魔物討伐に人を雇うって――どう考えても先日の約束事に関係するよね? ゼノさん、グロい仕事ですがよろしくお願いします。

「というわけや。もしそっちがその気なら、こっちもその気で行くがかまへんか?」

 資産家に主導権を握られた王女はぐぅの音も出なかった。

「そいじゃうちらはまだやることがあるさかいに、ここらで失礼させてもらうで?」

 ディーナさんが私の手を持って椅子から立ち上がらせ、そのまま教室を出ようとする。

「お待ちなさい!」

 イシュタル王女が渾身の一言。ディーナさんを止めることに成功する。

「なんや、文句あるんかいな? そんなんやと民を思う王の顔に泥塗ることになるで?」

「納得がいかないですわ! 私はかのイリス・ヘイワの子孫、イシュタル・ヘイワですわ! 目の前にネクロマンサーの末裔がいるにも関わらず見ぬ振りをするわけにはいきませんわ!」

「そうかもしれんな。けど、うちには関係ないんや。現にメリアスはんは何も悪さしとらんし、今後する予定もないと思うで? なぁ?」

「えっ? いや、まぁ、そもそも悪さするためにここにいたわけでは……」

「そのような言葉を信じろというのですか!」

 激昂するイシュタル王女に再び緊張が走る。

 片や王族、片や資産家。下手をすると大規模な争いごとになるかもしれない組み合わせに皆声が出せない。唯一聞こえるペンの走る音はミクシェの物で、またいいネタが手に入ったと思っているのだろう。

「残念やがな、うちは互いに納得のいく手段が皆無な交渉に付き合う時間はないんや」

「あの契約書に私は納得していませんけど」

「時は金なり、今はまさにそれなんや」

 ディーナさんがまた華麗にスルー。もうやだ~、この人。

「ならば今すぐにでも決着のつくようなやり方ならばいいのですよね? ならば今すぐ私と勝負しなさい!」

「はぁ? 何を言って張りますかイシュタル王女? 双方に納得のいく方法言いましたやないか? 100か0かの取引にうちがOK言うと思うたんか?」

 イシュタル王女の提案をディーナさんはすぐに切り捨てる。クリスさんの時にはいくつものグッズを作り、私の場合は運搬業者一つ丸ごとお買い上げする行動を取ったが、それは0になることが無いから取った行為なのだろうか? プレッシャー……。

「それは負けることが前提だからじゃないのかしら? ゴールドバーグ家の癖にお金の使い方もわからないなんておかしな話ですわね」

 イシュタル王女の挑発めいた発言に、ディーナさんの眉が一瞬動いたような気がした。

「ほぅ……有り余る資産と税を無駄な使い方ばっかりしていると報道が告げている公的事業の直属上司である王宮がそれを言い張りますか……?」

 今までのような軽い口調から一変。イシュタル王女の挑発を返すような挑発で言い返す。

「私たちのやっていることは投資ですわ。そこらのぱっとでの資本家みたいに荒稼ぎのためにやっていることではありませんわよ?」

「おーそうか、そうか。んなら見せたろうやないか。稼げて、人のためになること。一石二鳥、いや一石百鳥になるやり方、とくと見せたるわ!」

 とんだ跳弾石を繰り出すことを断言し、ディーナさんはついに勝負に乗ってしまった。うわー……絶対面倒事が起きるわ、これ。

「ようやくその気になりましたわね! けれども長き修行を得て、肉体面のみならず精神面も強くなった王宮騎士団がそこらへんで雇った傭兵に負けることはありませんわ! つまり、この勝負は端から決まって――」

「おーっと待たせて貰おうか? その勝負内容はうちが決めさせてもらうで?」

 イシュタル王女が高笑いするのをディーナさんが止める。

「何を言ってらっしゃるのです? 勝負事を持ち込んだのは私のほうですわ。それならば決定権も私にあるはずですわ!」

「うちは勝負には同意した。けど、勝負内容についてはまだ同意してないで? それでもって互いに公平な勝負ができるようにうちが考えてやると言うとるんや」

「公平ですって! あなたみたいな裏のありそうな人物が公平などと口にして言いと思っているのですか!」

「それには大いに同感……ふぎっ!」

 小声で呟いた私の頭の上にハンマーが降ってきた。さっきまで全部無視していたのに何でこれだけ聞いているんですか!

「ちゃんと公平な勝負はするで。それに戦うのはうちじゃなくてメリアスはんやからな。うちに有利な戦いならともかく、知り合って二日のメリアスはんの得意なことなんか知らへんからな。何ならこれと取引でどうや?」

 ディーナさんが前に差し出したのは先ほどの録音石(カセット)。シルバーロード家の失態が記録されたものだ。それを見たアグロスさんが申し訳なさそうな顔をしてイシュタル王女を見る。

「これをイシュタル王女の自由にさせる上に、2‐Bの皆にはうちから口止めさせてもらう。これでどうや?」

 食事どころか完全に教室から出るタイミングを失った私のクラスの生徒たちを見回すディーナさん。口止めとはたぶん口止め料のことだろう。だとすると情報通の子にはご用心。

 不甲斐ない護衛を睨みつけた後、イシュタル王女は渋々頷いた。

「決まりやな。勝負内容については今ちょうどええものを思いついたしな。それは皆にどれだけ慕われているかで決まり、尚且つ自分の価値が高くなければ勝てない勝負や」

「慕われているかですって? 王女である私に対してその勝負とは、随分と見くびられたものですわね」

 具体的な内容を敢えて外した説明であるが、確かにイシュタル王女の言うとおりである。一国の王女である存在と、どこからともなく現れたネクロマンサーでは慕われるどころか知名度すらとんでもない差がある。何故このような勝負をディーナさんが持ち出したのかわからない。

 まるで今後のために私のことを知ってもらうための下準備としか思えない。

 ……下準備?

 皆にどれだけ慕われているか。

 自分の価値が高ければ勝てない。

「まさか……」


「勝負内容は――アイドル勝負や!」


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