第1章-3 アイドル合宿スタート
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
部屋の内鍵すら閉めるほどだったクリスがその声を聞き、警戒を解くと先ほどのメイドさんが部屋の方に入ってきた。
「お食事ができましたけど、いかがなさいましょうか?」
夕食ができたことを伝えに来たようだ。うちの台所番とは違い、わざわざ呼びに来る辺りが素晴らしい。
ただ、ここで問題なのはいかがなさいましょうかの部分。
アレクサンダー家に仕えているメイド故に家族の事情は重々理解していることが先ほどの会話からわかった。で、今の問題に至っているのだろう。
「あたしの部屋に持ってきてもらえる?」
それに対して迷うことはなかった。この部屋には椅子と机もあるから食事をするスペースはしっかりある。クリスはこの部屋から出る、と言うよりも父親に家の中で会う気がさらさら無いようだ。
「それからシートとかけるブランケットみたいな物も用意してもらえない?」
「あ、はい。わかりました」
それから別の注文。どちらもこの部屋には無く、夏と言う季節上必要なさ気な物である。
「メリアス。悪いんだけど今日はあたしの部屋に寝泊まりしてもらえる?」
「へ?」
「あいつが何か悪いことしかねないから」
「悪いことって……しかもあいつって……」
まぁ事情が事情なのでわかってはいるんですけど。
「何なのよ。あいつはネクロマンサーとしかできないのかしら」
「クリスさん……口が悪いですよ」
おしゃれに興味を持つ勉強しなくちゃいけない矢先にこれでは先が思いやられそう。
「でもいいんですか? 私何も挨拶すらしてないですし……」
「いいわよあんな奴。必要ないし」
「いえいえ、一応主の方ですし。難しいのであればお母さんにでも挨拶」
「いない」
「しておいた方が……え?」
「この家にはいないの」
「えぇぇ⁉」
それってまずいのでは⁉
「愛想尽かしたのよ。私は居場所を知ってるけどメイドにすら教えてないわ」
「そ、そうなんですか」
またそれは……。
「気の毒よ、母さんが」
「うっ」
何とも重い話が続きそうだ。
「お嬢様。大丈夫でしょうか?」
そこへメイドさんがドアの外から訊ねてきた。
「お夕飯の方をお持ちしました」
「わかったわ。今開ける」
随分早い用意ではあるが、メイドさんの方もこうなることを想定していたのだろうか。
「先ほど頼まれた一式は食器を取り下げに来た際にお持ちいたします」
そういってメイドさんはテーブルの上に豪華な食事を置いていった後、急ぎの用があるのかそそくさと部屋を後にした。
「あの人にも生活があるんだから迷惑かけないでよ」
クリスが小言を漏らす。その矛先が否応なくわかってしまう。
「何か色々あって遅くなっちゃってごめんね」
「そんなことないですよ!」
確かに時刻は夜の8時を余裕で過ぎていた。
「私の家の場合もっと遅い時がありますし」
「どんな生活してるのよ」
「体験します?」
「いやよ! 幽霊と共同生活なんて!」
そりゃごもっともで。
「さ、食べるわよ。今日も美味しそう!」
喜怒混同の世話しない表情の変化でクリスが喋る。もしかしたら家の中ではこういった会話もほとんどないのだろうか?
泊めてもらった上に知ることも無かった事実を知れて、何故か申し訳なくなった。
その後、温かい食事と言う諸事情で普段家では食べられない料理を堪能して時刻は最近いい子になった私の寝る時間となった。
「本当にいいの? そんなとこで」
「いいんです。寧ろ落ち着くというか。安心と言うか」
「落ちそうならあたしがソファーで寝るわよ……」
クリスが心配そうにベッドに腰かけて私を見下ろす。
メイドさんが綺麗にしているうえにシーツをかけてあるとはいえ床上。そこで私が寝ることに対し、クリスは納得がいっていないようだ。
本来なら客室を割り当てて貰ってそこにあるベッドで寝る予定だったが、今はこうしてクリスの部屋にいて、この部屋にはクリスのベッド一つしかない。
そこで始めにあった提案が客人である私がクリスのベッドで寝て、クリスは大人が並んで二人座れる長椅子に横になって寝るという案だった。
次に出した案が誘ってくれたクリスを優先し、私がベッド以外の場所で寝るという案だった。
もちろん前者がクリスで後者が私。で、色々あった末にこうなっている。
「確かに夏だから冷たくないけど。いくら綺麗だからって床で寝るのって……」
こうなったとなっているが、未だに論争は続いている。
「こういう風に直接寝るのには慣れてますので」
「慣れてるって。まさか一期生の頃学校サボって適当な路上とか橋の下とかで寝てた」
「私は野良猫ですか⁉」
当たってるのは夜行性位です!
「流石にそんなことはしませんでしたよ」
「へぇ。しっかり学校には行ってたのね」
「公園のベンチで寝てました」
「学校に行きなさい!」
「学校の机だと若干硬くて寝にくいんです。公園のベンチは同じ木でも材質と言うかぬくもりと言うか」
「寝るなら学校で寝なさいって意味じゃないからね!」
え。てっきりそうかと。
「はぁ。メリアスってネクロマンサーだけじゃなくて世間知らずだったのね」
「酷い言いようですね……。実際に隔離された場所で暮らしてましたけど」
クリスが知っているのはここまでどこに住んでいるのかはディーナしか知らない。
「ねぇメリアス」
「今度は何ですか?」
「今まで住んでいた場所以外で暮らすってどんな感じ?」
「え? そうですね……」
ネクロマンサーであることをひた隠しにしながら物資を送る。その為のカモフラージュとしてナンデモ学園に通っていたのが、今では何故か後者が多くなっている。
「やっぱり知っている人が少ないって不安?」
「うーん……私の場合知っている人、いや死霊が身近にずっといてくれるのでそれはないかも」
「そ、そうよね……」
一般的な回答になっていなかったのか、はたまた霊と言う単語自体が既にトラウマなのか、クリスの顔が引きつる。
「けど、出会いもありましたからね。そのまま何もせずに故郷に帰ることもできましたけど」
「そのきっかけを作ってあげたのは誰だっけ?」
「そのせいで面倒なことをさせられましたし」
「そのきっかけを作った人は思い出さなくていいわよ」
一応帳消しにしてあげましょう。
「そうですね。今の状況が――」
ここまで語っておきながら現状を思い出す。もしかするとこれが最後になるかもしれない気がしてならない。父上は本当に――いや、来るであろう。そうしたら私はどこへ行くのだろうか。
「本当に困ってるのね」
「えっ⁉」
「大分言葉に詰まってたから。そりゃ気になるわよ」
「あ、あぁ……」
ブラムハムに内心を見透かされるのは洞察力が優れていたからだと思っていたが、どうやら私自身が顔に、寧ろ全体に出やすいタイプだったみたいです。普段人付き合いなどなかったに近い私がそのような配慮ができる訳もないか。
「いいわよ。あたしの憶測でしかないけど、メリアスの素性が関係しているわよね?」
「返す言葉もありません」
どうせ顔に出るのなら白状しておく。
「困ってる人は見捨てられないそれが騎士ってものだから」
「今強制労働させられて困ってます」
「それは王宮審問官の方に言ってちょうだい」
「言えない立ち位置何ですよ!」
一応王宮とは敵対関係者ですから! 深刻にしているのは王女位だと思いますが。
「でもこのくらいがいいわよ。何かあればそれを支えあう。それが無かったら人は独立して生きれてしまう。街も国も全部無くなって、それこそあたしの存在意義さえなくなっているかもしれないじゃん」
自虐気味に笑うクリス。それを単なる自虐だと思えないが故に、私はなかなか笑えなかった。
「ん……ふぁっ……。メリアス灯りつけて寝る方?」
「寧ろ明るすぎるので消して寝てます」
「予想外の答えだわ……。取りあえず意見の合致と言うことで消すわね」
「はい。お休みなさい」
灯りが消される。
説得に折れたクリスはそうそうにシーツを被る。警戒、或いは見張るかと思いきや、それからすぐに静かな寝息が聞こえてきた。朝が早いらしいから寝つきが早いのだろうか。
「大変なんですね」
〝拝啓 母上へ
父親と言うのはどこでも問題ごとを起こす者なのでしょうか?〟
次の日、クリスの父親が起きる前にクリスは朝食を外で取ろうと眠い私を誘ってほぼ全日を外で過ごした。そして、帰ってくる頃には家の中にクリスの父親の姿はなかった。




