第1章-2 アイドル合宿スタート
が、それを掬う手があるということを今までの私は知らなかった。
「本当にいいんでしょうか……?」
太陽が傾きかけ夕暮れのオレンジ色にヘイワ城が照らされているが、現在の時刻は既に夜の7時を回ろうとしている。
既に学校も終わり、寧ろ夏休みと言う期間であるのだからほぼ確実に家にいていい時間帯ではある。そんな私がこんな時間に街をうろついているのはある場所を目指しているからである。それも今まで私が一切立ち入ることも無かった上級住宅街。
「いいのよ。何かあったんでしょ? それもあまり言えない事情」
「はい……」
隣。正確には私の少し右前を先行するクリスが私に向き直って話しかける。前を向いていなくても歩に一切の迷いがない辺り、場慣れしている感じがする。
今私はクリスの家に向かっている。
ヘイワ街に住んで以来、いや、生まれて以来の同年代の子の家でのお泊りになる。
何を持っていけばいいのか悩みに悩み、服はもちろん、下着、歯ブラシ、食器類。授業も無いのに教科書の類、戦闘服、何らかの詫び物など洞窟に潜るトレジャーハンターの如きザップになったのを見て「あたしの家どんな辺境なのよ」とクリスは愚痴を零していた。ちなみに今はその時の半分以下の荷物になっている。理由は単純、重量的に持てなかった。
「家がこんなに。自分の家がどれだかわからなくなりそう……」
個性と言える物は確かにあるが、大抵の家は似たようなレンガ造り。玄関枠、窓の配置など通りから理解できる情報だけでは区別は難しい。
「メリアスの館みたいに一軒が孤立しているとそうかもしれないけど。ずっと通いなれてればわかるわよ。メリアスだって始めはわかってなくても一年通ってナンデモ学園の位置は把握したでしょ」
「はい。八カ月かかりましたけど」
「かかりすぎでしょ! あれだけでかい建物なんだからすぐに覚えなさい!」
「毎日行くわけじゃないんですから難しいですよ」
「ほとんど毎日よ!」
自分にとってはカモフラージュであったんですけどね。
「いっそのことしばらくあたしの家に留めて徹底した正しい生活を叩き込みたいわ」
「今でも十分に規則正しいですよ。朝6時に起こされることだってあるんですから」
「あたしなんかもっと早い時すらあるわよ。――望んでやってることじゃないけど」
「?」
最後辺りで口籠ったのが気になった。
けど、そこを確認する前に次のアクションがあった。
「さ、着いたわよ。ここが私の家」
そこには高級住宅街故に他の家とそこまで変わりはないが、明らかに市街地の家よりか大きい一軒家があった。表札にはアレクサンダーと表記されていて、そこがクリスの家だと言うことを証明している。
「まぁメリアスの家と比べたら小さいけど」
「そ、そんなことないですよ! 立派な家ですし。そもそもあそこは私専用の家じゃないので」
「あぁ……色々住んでるんだっけ……」
私が伝えたかったのはあの館がヨミガエルの運搬業関係全員による物件であるということだったけど、クリスは私以外にブラムハムやフロースなどの死霊たちがいるから、その共同生活から私の占有ではないと勘違いしたみたい。
「私の場合はだいたいいないような存在なのでほぼ三人です、クリスさんは――」
言いかけて閉口する。それがクリスにとってあまりいい言葉ではないということに気付いた。
「今は日雇いのメイドさんがいるから、その人になんでも聞いて。メリアスの家の執事みたいな人だから」
私からの中途半端な質問におおよその予測をつけて回答をする。けど、その中に私が躊躇した理由は無かった。
「客室を一つ用意しておくわ。夕食が終わるまでには清掃、ベッドメイキングまで全部終わっているはずよ」
「すみません唐突に」
「いいのよ、人なんてそうそう」
そこでクリスの表情が歪む。その変化を起こした原因に私もすぐに感づく。
「お酒?」
私はほとんどしないけど料理に使っている――と言うにはあからさまに多いような気がする。下手をすると理科室に匹敵する?
「困ります。これは今日のお夕飯に使おうとして」
「ん~? この鳥は随分と欲張りさんなんだね? じゃあこの子も混ぜて俺と一杯どうだい?」
「ですから、そのようなことをされるとお嬢様が」
男性と女性が何やら揉めてるようだ。一人はメイドさんかな? となると後一人は。
「ったく!」
声色からしてわかる怒気を放ちながら、クリスは家の中にずかずかと入っていく。
「こんな時間にどういう了見よ!」
「うぉわ⁉」
急いで後をついていくと大声と共に何かが壁に押し付け、いや投げつけられる音が響いた。
部屋の中に入るとそこは台所みたいで美味しいにおいがお酒の中に混じっている。ここで料理を作っていたであろうメイドさんが慌てふためいた表情をしている。目線の先には今までに何度か見たことのある憤然としたクリスがいる。
そして、恐らくクリスに投げつけられた男性。無精ひげを生やしているが、整った顔立ちをしている。大分大きな音が立つ投げられ方をしたのに気を失っている様子がないのは鍛え方が違うからだろうか?
「だ、旦那様! 大丈夫でしょうか⁉」
旦那様?
「平気よ。こんだけ酔ってるなら痛みなんて無いわよ」
「ははっ……。アルコールはモルヒネじゃないんだから痛い物は痛いんだがな、我が娘よ」
娘!
つまり、この人が例のジェイ・アレクサンダー。
「うるさいわよ! あたしは母さんの子であってあんたの子じゃないわよ!」
「それつまり俺の子と言う」
「黙れ!」
うっわ。予想はしていた――以上に仲が悪い。クリスが騎士を目指していたのは家系が関係している。その中に隊長であり、父であるジェイさんも入っているはずだったのだが。
「申し訳ございません」
「ひうっ!」
「あぁぁ、本当に申し訳ございません。驚かせようというつもりは無かったのですが」
突然後ろから声がかかり思わず声をあげて振り向く。そこには申し訳なさそうにしているメイドさんの姿があった。
「あ、ぁぁ、ぃ」
不意打ちと言えば言い方がよくないが、そんな感じで話しかけられた為にしどろもどろになり、ちゃんとした返事が出せないでいるとメイドさんは割れ物にでも触るようにゆっくりと私の耳元に手を添わせようとする。内緒話の合図だ。
「申し訳ございません。普段は夜遅くに旦那様は帰ってくるのですが、今日は何らかの事情で早く上がってこられまして。何より、お嬢様と旦那様は相当仲が悪い関係でして……。このような事態になってしまいなんと謝罪したら……」
後者は既に理解していたことだが、前者については初耳である。学園から出た後私の館まですぐに来て準備をしている時点で、クリスは私に父と合わせる気がさらさら無かったのかもしれない。
「おや? そちらのお嬢さんは?」
「へっ⁉」
今度も背後から声がかかる。振り向くとクリスのポニーテールの合間から顔を覗かせるジェイさんの姿があった。それを隠そうとクリスの髪が揺れ動く。
「あんたには関係ない。あたしの同級生」
クリスが単調に、吐き捨てるように答える。言葉遣いは荒いがそれで理解できる範囲内であった。が、ジェイさんは何か物足りないような顔をする。
「それだけじゃないんだよね」
「はぁ?」
「何と言うか」
煮え切らないような返事が繰り返されるとクリスは目で「早くしろ」と促す。視線の対象ではない私自身も身が震えるような思いなのに、何一つ怖気ることはない。それは騎士としての心なのか、もしくは親だからなのか。
「んー。まぁ率直に言うと」
思考が定まった、という訳でも無いままジェイさんは口を開く。
「気になる。かな?」
「はぁ⁉」
怒声。立派で大きな家であっても通りや隣の家にまで届きそうな怒り。
「いやいや、そりゃ娘の友達だからね。一般常識くらいは理解できるよ。けど、何か魅力的な所が」
「行くわよメリアス‼」
「へっ⁉」
ジェイさんが語ってるにも関わらずクリスは私の手を引いて台所を出る。てかすごい握力!
「全く何考えてるのかしら! メリアス?」
「腕、腕、腕がもげ」
首なしの次は腕だけ幽霊に化けることになりそうだった。
「で、ここは?」
腕の痛みで周りに集中できなかったけど、どうやら誰かの部屋のようだ。
「勿論私の部屋よ」
「あ。……あぁ……」
そう言われて周りを見れば、確かに剣や鎧などが置かれている。その中に僅かではあるがベッドの色や、化粧台など女性らしさが伺える物もある。
「女の子らしくないって思ったでしょ?」
「いえいえいえ!」
これぞ騎士の勘と言うべきか。はたまた私が顔に出やすいタイプなだけなのか。
「そんなことないですから! 女の子らしいですから!」
「そういう慌てるフリしている時点で怪しいわよ」
「本当ですって! だって」
誤魔化しは効かない。なので率直に答える。
「私の部屋ほとんど何もありませんから」
「…………」
クリスの沈黙。それは呆気に取れているわけではなく恐らく回想しているのだろう。
私の館に初めて来て、夕食の際に倒れて運んでくれた際に見た部屋を。
「あ、あれもあれでいい部屋だったと思うわよ。シンプルイズベストと言うか、何と言うか」
「女の子らしくないって思ってました?」
「あ、あははは――」
隠すつもりは全くない模様。
「ぷっ」
それが何と無くおもしろかった。
その後は明後日から一緒に合宿をするメンバーの部屋を予測していった。
ディーナはとにかく贅沢な物ばっかり揃えているとケチだから意外と簡素な家で意見が分かれた。
アーチェはクリスの部屋よりも尖った感じで銃のみで揃えているで両者一致。
カトリナの部屋については――考えるのを止めた。
今度互いにおしゃれに興味を持つための勉強をしなくてはいけないかもと心配になっていた時、部屋の中にドアをノックする音が響く。




