第1章-1 アイドル合宿スタート
「と言う訳で合宿を行います」
それが本題だった。
合宿。それ即ち我が家と言う逃げ場から強制的に引き離し、そう簡単には帰れない辺境の地へと連れ去り、隔離して、陽が昇ってから陽が沈むまで訓練をさせられる地獄のような行事である。
現在は夏休み。
学校の無いこの時期は合宿にはうってつけと言える。そしてこうなることは安易に予想ができた。
所が今回はいつもと違う。
「せやったな……うちらそういう集いやったな」
普段はこのような類から新たな可能性と金儲けを見出すドワーフっ子がやる気のない返事をする。
そこに今回主導権を握っている赤毛の騎士は呆れた声で叱責する。
「ディーナがいつも変な方向性に持っていくからでしょ。本来の行事もしっかりと取り組みなさいよ」
「己のやるべき道を突き進めがうちのもっとうや」
どちらもナンデモ学園に則った事柄だからどちらが不正解とは言えない。ちなみにいうと私はどちら側にも付きたくはない。休暇が欲しい。休暇が恋しい。
「クリスさんの言う通りパーティーである以上合宿はほぼ必須事項です。ナンデモ学園生徒たちの模範となるように、将来多彩なギルドの未来を担う大人となるために努力しましょう」
その模範生徒をそのまま具現化したような聖職者が諭す。
的確な発言に不服そうな表情を見せるディーナ。
「んなこと言って。本当はメリアスはんと一緒に泊まれるから行きたいだけなんやろ?」
「勿論です!」
けど、不服に思っている理由は他にあった。
それをカトリナは気にすることなく寧ろ自らの過去の不満を押し返す。
「前回は一室一室と言うろくでもない考えをお持ちの人に阻止されましたが合宿は違います! 仲間との絆を深めるという素晴らしいナンデモ学園の試案の元、私とメリアスさんは一つ屋根の下、一つの部屋の中で二人一緒に――ぐふふ」
「ろくでない考えで悪かったな!」
「……これどうにかなりませんか」
「大丈夫よ。五人一緒な部屋だから」
それは心強いと言えるのだろうか。確実に一悶着、いや三悶着ほどありそうな予感しかないんだけど。
私を労働源として欲するディーナに私を愛でるために欲するカトリナ、それらを何とか守ろうとするクリスの問答はまだ続きそうに見えた。
「今日は午前までしか学園は空いてないはずだぞ。伝えたいこと、決めることがあるなら急いだほうがいいぞ?」
その悶着勢に入っていない銀髪エルフが話を進めるために一言申す。
「そうね。日にちはさっき言った通り明後日からで二泊三日の予定よ。出発は朝の7時でナンデモ学園から馬車で行くわよ」
朝7時か……。今までの私ならマンネリどころか絶望に近い状態になっていただろう。この生活に慣れてきてしまっている自分が怖い。
「場所はどこなんや。前聞いた話だと標高たっかい山でテント張ってたらしいけどな」
「……それ本当ですか……」
「それを覚悟でクリスのお株を使おうとしていたんじゃないのか?」
「そうやけどな。いざこうして目前に迫ると嫌気は指すもんやろ? 何の得になるかわからん修行めいた行事。おまけに主導者は軍曹やろ?」
「うぇ……。それ本当ですか……」
ナンデモ学園の裏の支配者とも言われている軍曹。普段は学園やら王族やらの規定と言う縛りを受けて大人しく――あれを大人しいと言っていいのだろうか?――しているみたいであるが、本格的に主導権を握ったのであれば何が起こるかは知れたものじゃない。
最近までは目立たなかったせいで何の被害も受けていなかったが、最近では体育でサボっていればすぐに気づかれてしまう。
その後の罰もかなりきつい。グラウンドを一周走るはずが何故か郊外を一周走らされたりしたことが一度あった。そもそもその原因を作ったのはディーナとタナカであったのだが。
「そこ何だけど」
クリスが申し訳そうな言い分でありながらも、そこまで申し訳ないような声色で答える。
「軍曹は今回来ないみたいよ」
「本当ですか⁉」
「マジか⁉」
「被害者二人してすぐ元気になったわね」
私に関しては加害者――ディーナ――の被害者でもあるんですが。
「鍛錬には定評があるあいつが来ないのか。よっぽどの理由か?」
アーチェの言うことはもっともである。
合宿=軍曹ルールに基づいた強化トレーニング期間とも言える。そこに参加できないとなるとよほどの予定、それもかなり重要視される予定が入っているのか。
「よっぽどのことがあったんですかね?」
「いや、寧ろよっぽどの奴がおったんやろ。軍曹を突き動かす」
「そんなディーナさんみたいな問題児がいるんですか?」
「誰が問題児や!」
こっそりですが私も思っています。言った時点でえげつない労働を強いられるので言いませんけど。後はイシュタル王女とその取り巻きもかなりの問題児かと。
「そう言ってはいるけど。今回軍曹が来ない原因にディーナも結構関わってるのよ?」
「はぁ⁉」
「やっぱり問題児じゃないですか! これ以上メリアスさんに構うのはやめてください! 私が代わりに構ってあげます!」
「ちゃうわ! と言うかそれはあんさんがただ構いたいだけやろ⁉」
まぁぶっちゃけそうでしょうね。この前行った島で精神的に辛いほどわかりました。
クリスの発言には妙に納得が行く。ディーナが目をつけられるのはよくわかる。いつも体育を無茶苦茶にする存在だし、無論私を使って。ん?
「ディーナさんに関係がある? ……まさか私が対象⁉ 遂に王国が最終兵器を用いて私を始末にかかったのですか⁉ お姫さまがたいそうのことネクロマンサー、ネクロマンサー言っていたのがようやく耳に入って王家が本腰をあげて私の身体能力の低さを弱点に人外の身体能力者を送り込んできたのですか⁉」
「落ち着いて、落ち着いて」
「せや! あんさんはネクロマンサーや無くてアイドルや!」
「混乱を悪用して洗脳しない。メリアスが直接の原因でもないわよ」
何だ、良かった。散々昼間や放課後にアイドル活動したせいで、体育館や運動場が使いづらくなっていたのにご立腹だったわけじゃないみたい。――あれ、私今何かおかしなこと考えてなかった?
「直接じゃないってことはメリアスさんも関係があると?」
「うん。時間も無いから率直でいうと原因はタナカ」
「タナ――あぁ……」
そういうことですか。
「無事脱獄。と言うわけでもなかったんだな」
「寧ろ罪状が増えて更に悲惨じゃない」
内容が完全に犯罪者なのはタナカの学園内での地位を明確に示している。
「と言う訳で軍曹はいないから合宿と言っても半分くらいはレクリエーション気分よ。パーティー内の絆を深めるのも大事なことだからね」
「勿論です! 最近ずっとご無沙汰でしたから、存分に絆を深めます!」
「勿論全員、とね。メリアスだけに固執するようなことはしないでよ?」
そこを愛想笑いで言わないでください。絶対面白半分で放置する予定ですよね? ディーナの時みたいにちゃんと抑えてくださいよ?
「そんな気楽なものでいいのか? 行事とは言え今後の実績や資格にも影響するんだろ?」
「あいつがおるだけでも行事が軍事に変わるんや。わかるか? あの鬼顔がおらんことで学生らしい取り組みが行われるんや」
「全員が将来テリトリーに赴くわけでもないからね。あたしはそこらへん慣れてるからいいけど」
皆の会話を聞くとさっきまで想像していた地獄のような妄想は晴れる。
どのみち数カ月前までの夜更かしと言う訳にはいかないのだからこれで納得するのが一番である。元々夜の素材集めの為にテリトリーを徘徊していた――と言ってもブラムハムとかリッチ頼みの狩りだけど――身としてはこの鍛錬に意味があるのかは不明ではあるけど。
「で、メリアスはどうするの?」
「それに拒否権は」
「んなのあるわけないやろ」
「どこぞのドワーフの真似事みたいに言わないでくださいよ……」
私の嘆きにご満悦な子犬のようにポニーテールが揺れ動く。
「規則なら行きますよ……拒否して首元に一撃食らわされて、気がついたら滝に放り込まれる寸前だったってのも嫌ですし」
「メリアスの中であたしの存在がどんどん騎士から離れていくのが怖いわ」
それなら色々と改めてもらいたいものです。
「これでメリアスさんと――ふふふ……」
隣の悪魔、と比喩すべき天に座する者は不敵な笑みを浮かべる。
死霊の天敵とも言える聖職者はネクロマンサーにとっても苦手な存在である以上、過大なスキンシップは御免被りたい所である。
「はぁ……」
けど、今はこの状況を受け入れておくのが一番なのかもしれない。
今現在、不確か――いや、もう確定としておこう。私の父上志田源十郎は私が住まう屋敷に向かって猛突進していると思われる。
例え街はずれの一軒家であったとしてもその蛮声と地団駄は街、ならびに城内に届いてしまうだろう。
前門の聖職者後門の父上。
これまた最底辺の甲乙になってしまってはいるが、どちらかをじっくり選ぶ猶予は残されていないのかもしない。
「と言う訳だから、明後日にナンデモ学園7時集合。遅刻自体がペナルティ発生の元凶になるから気を付けるのよメリアス」
「名指しですか」
「昔常習犯以上だったんでしょ?」
「うぐっ」
「朝異常に眠そうにしていたのはそういう理由だったのか」
妙に納得した返事をするアーチェ。よくよく考えてみればアーチェとカトリナに関しては私がネクロマンサーであることを知っているだけで生業の方を理解している訳ではない。毎晩テリトリーに入って魔物の一部を刈り取っていたと聞いたらどのような反応をするのだろうかと、興味も沸くが面倒事になるかもしれないから口を紡ぐ。クリスに関しては初日に暴露したので寝坊常習犯の印が押されているのは仕方がない。
「と言う訳で明後日までは体調を万全にする。ディーナもメリアスで遊ぶのはほどほどにしなさい」
「遊びや無いわ! まぁでも、さっきのは合点行ったで。どうも最近タナカからの連絡無い思うたら」
もうすでに軍曹モードは始まっていた模様。捕まえたら離さないまるで父上のようだ。
ん。
あれ? これってまさか二日以内に父上が私を捕えに来たらまずいことになる?
私一人だけの状況であれば、恐らく力尽くと言うのがしっくりくるやり方で私を故郷のヨミガエルに持っていこうとするだろう。そうすればこちらは金尽く、或いは権力尽くで私を追いかけるかもしれない。かといって「追手が来るかもしれないから止めて」と言って止めるような父上でもない。
「……相当まずい……」
合宿前の逸る気持ちとやるせない気持ちが入り混じる中、誰にも届かないほどの小さな焦燥の声が零れ落ちた。




