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第3章-10 アイドル島を出る

 それは見るからに死霊だった。

 影のように消え入りそうな希薄な身体。今までの骸骨たちとは違う幽霊体と呼ばれる死霊である。自分の周りの地形を変えられるほどの魔力も備えているのだからそれ相応の階級の死霊に違いない。

 違いないのだけど……。

 ぶるぶる。

 死霊齢いくつかは知らないけど整ってはいるが少し時代遅れな白いドレスを身に纏った見た目私たちと一緒位の少女には、その威厳を感じられなかった。長い白髪の間から見える目も、呪恨というよりも悲哀を帯びているように見える。

「……戦闘か?」

「……それは厳しいですよ。だって」

「かわいい」

「そうですようかわいそうですし」

「かわいい」

「そうですね、見た目可愛らしいですけど、それ以前にかわいそうで」

「かわいい」

「ん?」

 どうして船内及び海上でやまびこのように反復する返事が。

 声鳴る方へと向いてみると、そこには今しがた見つけた死霊に熱い眼差しを送るカトリナがいた。

 ……何だろう。このシーン私の館で見たような気が。

「いましたわー! この薄汚れた船に、光るお宝!」

「ひぃぃぃぐぁぁぁぁぁー‼」

 死霊からの断末魔! それは未練を残したまま浄化される悪霊の如き声! いつか母上が見せてくれたような、或いは最近トウハさんが見せてくれたような! 確かに、確かに見慣れてはいるけど、今回は痛い! 心が痛い!

「ディーナさん止めてください!」

「こら! やめんかい! は、離れん。どこからこんな力出しとるねん!」

 ディーナによって狂喜に満ちたカトリナが引き剥がされる。

「だ、大丈夫ですか!」

 すかさず私は凶器から解放された死霊の少女に近寄る。

 魔力を分け与えようにもそろそろ上の暴徒を解雇しなければならないくらいにしか残っていない。けど、その心配も必要なかったようで、彼女の魔力は未だ高度を保たれている。

 それ故の疑問はまだ晴れないが、それについては今から解き明かす。

「私はシダ・メリアスと言います。あなたに危害を加える気はありません、だから話せることは話してください。私もできるだけ協力します」

「う……ぁ……」

 助けてくれたのか特に抵抗はしてこない。ただ、その目は何かを訴えているように見える。

「大丈夫です。あのシスターさんは今ドワーフさんが抑えてますから」

「とりあえず早うせい! これ抑えるんはきついんや!」

 ディーナが獰猛な獣を抑えるかのような台詞で訴えてくる。「かわいい子、かわいい子」と吠えるカトリナを見れば、その理由もわからなくはないけど。

「あなたがここに残るのは何か理由があるんですよね? 私たちにできることがあれば教えてもらえないでしょうか?」

 敢えてこの船が賊霊たちの溜まり場になっていることは伝えない。下手に刺激することによって後悔の念を持たせるのはこの場合得策ではない気がする。これだけ気の弱そうな少女なら尚更である。

「……」

 うーん……答えてはくれないみたい。未だに警戒しているのだろうか。

 どうやったら警戒心が解けるのだろうか、そもそも私の周りに同年代の子が増えたのが最近のことで接し方というのがいまいちわからない。おまけに周りの人間がやたら個性的だというのも困り物である。

 契約していうことを聞かせるということもやろうと思えばできるのだけど、それはどこか違うし、こんな強引な取引を相手が受けてくれるとも思えない。

 ネクロマンサーとして死霊と対話できないのは歯がゆい。父上はこういった場が得意ではあったとは聞くが一体どのようなやり取りをしていたのだろうか?

 もちろんそれを今聞く余地はない。ここを切り抜けるには自分の力だけを利用するしかない。自分が持てる力を。

「ヘ~イワァの元に、皆はつどぉ~ぃて、イィ~リスゥの元に、民はう~たぃい~て」

 歌を歌った。

 ヘイワ国歌はヘイワ街ではあらゆる祭典で開式の際に必ずと言っていいほど歌われる歌であり、ナンデモ学園でも大会や行事ごとの際に歌われているが、私は一度も歌ったことがない。何百人も歌っている中でサボっても別段ばれないであろうと思ったのは私だけではないはず。無論、歌わなかった理由は覚えてないからである、

 最近になって覚え始めたのは、カトリナとのレッスンの際に要するようになったからである。

 イリス・ヘイワを讃える歌をネクロマンサーが歌うのは酷でしかないが、状況が状況故に仕方がない。

 何故歌を歌ったかといわれると――赤ちゃんをあやす感覚である。

 相手に取っては失礼極まりない行為かもしれないが、これくらいしか思い浮かばなかった。果たしてどのような結果に出るか。

「何やその声の張りわ!」

 全く別のところから声がかかった。

「いつも拡張器(スピーカー)使えると思っとたら大間違いやで! そもそもそんな声で相手に熱意伝わる思うなや!」

 我が雇い主が私の歌い方に文句をつけてきた。

「何を言っているんですか! あのたどたどしい歌い方が母性本能を揺るがすんです!」

「母性に訴えてどうする気や! 相手は学生ばっかやぞ!」

「私を相手にしてください!」

 カトリナがディーナの発言に対し訴えるが、意味が違うように聞こえるのは何故だろう。

「そこは今言わなくていい所じゃないですか! 私だってまだ歌い始めて二ヵ月程度なんですから!」

「くすっ」

「ほら! 笑われてるじゃないですか!」

「あ、ごめん……」

「謝らなくていいです! 今のは現状を忘れて話しているこの人が……え?」

 もはやどっちが抑える側か分からなくなった二人とは全く違う方向から聞こえた声に思わず振り向く。

 そこには申し訳なさそうに顔を俯くも、先ほどはわからなかった淡い青の瞳の色がわかるほどに顔を見せてくれている。

「皆面白い」

「そ、そうですか」

「んな、笑われるような歌歌うからやで」

「ファンを笑顔にすることを第一に考えるって誰かさんに教わったんですけど」

「意味がちゃう!」

 矛盾ですよ、そこ。

「いい……仲良し」

「仲良し……か、でもどうなんだろこれ」

 苦笑して答える。一悶着どころか百悶着あるような人たちではあるけど。

「私……同い年の子……あまりいない」

「いない?」

「皆年上……叔父さん……叔母さん……伯爵……婦人」

 出てくる名は名前ではなく名称、階級ばかり。お家柄なのか、昔からそういった人たちと合っていたのだろうか?

「貴族……か。となるとこの船はヴィオン家のもんで決定やな」

 ディーナがとある名を挙げたとたん少女がディーナの方へと向き直る。

「私の家……知ってる?」

「あぁ。今さっき行ってきた島の所有者で――嵐にあって沈んだ船の持ち主、今は名も残って無い貴族や」

「嵐……?」

 まずい!

「あ、ええっとそれは、その噂です噂!」

「どうしたんやいきなり。噂も何もゴールドバーグ家が全員亡くなったヴィオン家の土地を数十年後買ったのは事実やで」

 そこまで言わないで! 何故霊になったのか、そもそも自身を幽霊だと認識していない可能性だって高いのに。

「ちょ、ちょっと待ってください! 事実を受けいれていなかったらこのような話は!」

「ううん。……いいの」

「え?」

「あの日……見たの。すごい雨で……揺れる……船。水が船に入って……皆飲まれて……」

 少女の独白。途切れ途切れの言葉から諦観とも見える物寂しさがにじみ出ているのがわかる。

「私。死んじゃったんだ」

 その言葉が現状を全て表していた。

 少女の問いかけるような瞳。私は思わず頷いてしまった。

「私は、ネクロマンサーだからあなたを見ることは簡単。でも、そうじゃない二人からも見えている以上あなたは普通の死霊ではありません」

「……?」

 わかってないみたい。ただ単に強大な魔力を持ったまま怯えていたのだから、賊霊たちに好き勝手されるのは当たり前か。

「あなたは何か思い残したことがあってここに残っているんです。それが何だか思い出せませんか?」

「思い残し……」

 首を垂れ、沈黙。

 思考しているも答えは出ないのだろうか。

 ドゴンっ‼

「うわっ⁉」

「ひゃっ⁉」

「何や⁉」

 突如大音量と共に船が揺れ、床に倒れこむ。

「あ、あいつぅぅ……!」

 犯人はわかっている。盛大に魔力を持って行く船上のあいつだ。おかげで立ち上がるのも億劫になる。

 ド派手な一撃をかましたせいで、船は揺れて部屋の中も物が散乱する。

 ベッドの横にあった戸棚も開いて中にあったドレス、靴が飛び出す。

 そんな中鳴り響く硬質な音。靴かと思ったが、その中で一つ違うものが目の前に転がってくる。

「これは?」

 板の中に人が描かれている。いや、これは絵画というよりもまるで投写水晶を薄くしたようなものがそこにはあった。

投写画(フォト)やな。一昔前の投写水晶(フィルム)みたいなやつや。今みたいに立方体に記録できん上に画質も悪いけど、当時は最先端の技術やったんやで」

 ディーナが自らの商売道具であるものの前身を説明する。

 となるとこれは何かの記念で撮ったものだろうか? 中央の少女を皆で囲うように皆笑顔で撮られている。

「これってあなたですね。この当時から可愛らしい!」

 いつの間にかフリーになったカトリナが投写画(フォト)を見てはしゃぐ。はしゃぎながら少しずつ死霊の少女に近づいて行っているみたいなので、間に割って入る。……我慢だ。隣から狙われているような気がするけど我慢だ。

「……うん。お父さん、お母さん」

 投写画(フォト)に写る少女の両肩に寄り添う二人を指さしてそう呼ぶ。

「この時に……はじめて……船に乗ったの……今回が二回目」

 今回……それが最後になるとはその時思ってもいなかったのだろう。

「私が……留学するから……最後の思い出に……皆で別荘に」

「その当時で留学かいな。流石は富豪やな」

「ディーナさん……。こんな場で金銭的なことは」

「いや、そうやない」

 呆れる私にディーナが静かに否定する。

「危険性の問題や。下手すると一生帰れんくなる可能性もあったからな」

「えっ? 帰れなく?」

「当時やからや。移動手段なんて馬でも上等なもんで、更には今見たいに道路も整備されてない時代や。最悪テリトリーの中を通らなあかん場所もあったんやで。その道中で魔物に襲われてしまえば連絡する間もなく、誰にも気づかれず今生の別れや」

 私の知らない昔の事情を聞くと同時に、魔物という単語を聞いて一瞬申し訳なく思う。

「外の世界を見たかった」

「すごいですね。一昔前の私だったらそんなこと考えもしませんでした」

 今は握手会、壇上、船、島どこへでも行きますけど。強制的に。

「……」

 少女は投写画(フォト)をじっと見つける。そこにある思いが何なのか、なんとなく理解できる。

「お父さんとお母さんに会いたいのですか?」

「……うん」

 その瞳に何年も忘れ去られた涙が流れ落ちた。

「探しましょう! 大丈夫です! こっちにはお金を腐らせている人がいるんです!」

「誰がお金腐らせとるや! そもそもうちでもできることできんことがあるわ!」

「うーん……」

 カトリナが感涙するも、ディーナの主張は当たっている。なんせ死んだ人を見つけるのだから普通の人では見つけることなど不可能に近い。

 そもそもどこにいるか宛てが無い以上霊視ができる私にも困難である。

「仲良かった……二人一緒」

「そうですよね。貴方も一緒で仲良さそうですからね」

「今も一緒……そんな気がする」

 それは彼女の勘なのか、それとも死霊となってからの能力か、或いは絆か。

「二人っきり。いいですね……私もメリアスさんと一緒に」

「あんさんは妄想から戻ってこい。そもそもうちらは五人でバカンスに来たんやからな!」

 遂に仕事だと言っていた本人がバカンスだと明かして――明かして?――しまった。

 五人+乗組員+でがらしで構成された、島での仕事(一応)はどうしてこうなったのだろうか。

 ミクシェが言っていた死霊船だけでなく、あの島にも何らかの輪廻をもたらす何かがいたのでは……。

「あ」

 二人、そういえば。

「二人組の謎の影……」


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