第3章-9 アイドル島を出る
もはや床が抜け落ちないか探る余裕すら無くなり、自らも床の破壊活動に協力するような形で廊下を駆け抜ける。後ろからは見えない闇が襲い掛かる。
「ぜぇ……うぇ……もぅむり」
けど、体力も限界をとうに超えている。もう走るのもままならない。
休みたい。どこかいい場所が……。
「あ」
無機質な灰色の世界。そこに微かに見えた赤い物。
悍ましいものではない。寧ろ温かみも含まれるそれが私を妙にそそり立たせる。
「ぁ、ぉぉぃメリアスはん! どこ向かうねん!」
そこだ。そこに行ければ私は。
「メリアスさん、どうしてそちらの扉のほうに向かわれ、ひゃん!」
もう面倒な物は手放してもいい。もう何もいらない。もう……ここだけあればいい。
ぱたん。
「メ……さん! ……リ……っさ」
何か聞こえる。でも、こっちがいい。今までになかったこの温かみが嬉しい。
「しか……ない……カト……はん……治癒……やり」
上がうるさい気もする。それももうじき――。
暖かい光が満ち。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
体が拒絶反応を起こした!
「何をするんですか⁉」
「あんさんが訳わからんようになったから治療してやったんや!」
「やっぱりあなたですか!」
「メリアスさんまだお体が!」
「もう結構です!」
寧ろこのまま続ける方が危険です。
「というか呆れるで。疲れすぎか知らんけどこんなところで寝ようとする肝っ玉は」
「ここ?」
そこで私は今自分が座っている場所に今までに無かった感触を覚える。
視線を下すと埃が溜まっているも、未だに毛並みが生きている真っ赤な絨毯があった。
そして目の前には私が入ってきた扉。なるほど、先ほど見えたのはこの絨毯であって、これがまるでベッドのように見えたと。
「もう一休み」
「カトリナはん」
「嘘です!」
仕置きが致命的なのは困る!
「そんなこと言わないでくださいよ。レッスンの時のように疲れているなら疲れているっていつもみたいに言ってください。お茶ならすぐに沸かしますよ!」
「いえ、本当に結構で」
「いつも――なぁ」
「レッスンばっかりじゃ体が保たないんです。20分に一回の休息位いいでしょう」
「多すぎや!」
死霊船の中にいるというのになんだか日常的な会話が繰り広げられる。
というのも、それには訳がある。
「整ってますよね」
「物だくさんやな」
今までとは違って、潔癖症でもない限りは生活できそうな部屋である。先ほどカトリナがお茶を淹れると言ったのも比喩ではなく、花柄のカップとティーポットがテーブルの上に備わっていた。
「誰かが使っとるんやろうな」
「誰かって、さっきのコックさん?」
「あんなのっぽがこんな洒落た部屋使うかいな。部屋の中にも鍋吊るしてそうな奴やったで。それに、こういう部屋は下っ端が使うような部屋や無いで」
さっきの一悶着のせいか扱いが酷くありませんか?
「まぁあいつや無いとすると、もう残されたんは限られるな。そして」
ディーナが確信を持って部屋の奥を見る。
「あそこやな」
奥へと続く扉。ディーナが用意した船とは違い、船舶の個室の中にさらにもう一部屋以上ある作りになっている。今の部屋だけでも十分広いのにもう一部屋。特別待遇されているのがよくわかる。
「で、この奥にいるんですか?」
「それはあんさんが一番理解できるんやろ!」
……あ、そういえば。
「別段サボっていたわけではありませんよ! え、えっと。あ、いました」
「その癖を治すんが第一やな……」
「個性を殺してはいけません」
「そこがメリアスさんのいいところですよ!」
疲れたので完全にすっぽかしていたけど、確かに霊の感じが奥にはする。
それも今までの賊霊とは違いしっかりとした魔力によって形成された死霊。
「どんな奴かまではわからんのか」
「そこまで高度な物ではないですよ。魔力を計っているようなものですから」
嘘です。きついからやっていないだけです。
「とりあえずいるってことはわかった。ならこれ以上戸惑っとる暇は無いな。落ちたクリスはんや上に残っとるアーチェはんも気になるし、何よりあんさんが倒れたらうちらだけで戻るのが困難になるんや。そこ覚え時」
「わかっています。頑張ります。その代り帰ったら休みをください」
「んじゃいくで」
「せめて最後まで聞こうとして」
聞き終わる前にディーナは扉を開け放った。
中は完全に真っ暗。窓が無い故にだろうか。
ディーナがいつの間にか私が手放していた火灯台を前にかざす。
部屋は先ほどよりも広くなく壁がすぐに照らされる。
そんな中で一際目立つのが中央に見えるベッドだ。カーテンみたいなやつで覆われた豪華な装いで飾られている。そして何より、先ほどの部屋もそうだったけど、このベッドはより一層綺麗に保たれている。
他に隠れそうな場所がない以上、この中に船の主がいるのだろう。
ディーナが警戒しながら一歩前に出る。
私もディーナに次いで前へと向かう。床も今までとは違いしっかりと木材の上に赤い絨毯が敷かれていて踏み外す心配すらない。
向かってディーナが右手、私が左手にたどり着く。カーテンの両裾を掴み、一気に捲りあげ、
「ひぅ!」
余りの衝撃に驚嘆の声があがった。
「……」
「……」
ぶるぶる。
ベッドの上にいる存在のほうが。




