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第3章-2 アイドル島を出る

 無数の骸骨兵たちが愉快に骨を鳴らす船を見て、私たちはただただ呆然とするしかなかった。

 恐らく例の船だろうけど、その大きさはディーナの船をも上回る大きさ。大昔に嵐に遭って沈んだと言われているものだが、もはやここまででかいとは。

「ディーナ様!」

 呆然とする私たちに飛び込む焦り声。振り向くと霧が若干晴れていた船長室から船長が顔を出していた。

「か、舵が効きません!」

「なんやと⁉」

 衝撃的事実にディーナが驚く。

「どうやら捕まったみたいですね」

「捕まった、あれにか?」

 アーチェが指差す先。先ほどよりも更に接近し、縁同士がもはやぶつかる……と思った瞬間大きな揺れに襲われる。

「まずいですね」

「武器を持ってくる、それまでがんばれ」

 異変を感じ取ったアーチェが船の中に戻っていく。

「が、がんばれかいな」

 ディーナの顔が強張る。それもそのはずだ、向こうの船の縁に立った骸骨たちが次から次へとロープを投擲し、先についた釣り針のようなものをこちらの縁へと掛けていく。

 単なる固定。というわけではなく、両船で結ばれた頑丈なロープ二本の上に板を乗せ、簡易の橋を大量に架けていく。恐らく攻め込んでくるのだろう。

 そしてアーチェが武器を取ってくると宣言したように今手元には武器がない。そして得物がない以上、クリス、ディーナ、アーチェは思い通りの動きが出来ない。

「私しか……」

「メリアスさん。ここは私が」

 前に出ようとしたとき、私の前に遮るように手が置かれる。

「カトリナさん?」

「大丈夫ですよ。私は聖職者ですから」

 普段とは全く違う真剣みのある顔で言われて、思わず頷いてしまう。

 魔力や聖職者に備わる聖なる力は容量こそ違えど、大体は本来その身に宿しており、その場合の得物は単なる増強剤に過ぎない。聖職者であるカトリナも例外ではなく、私同様武器、聖書無しである程度の立ち回りをすることができる。

 知識の方ではこちらの方が上になると思うが、このように完全に対処する立場になった場合は私よりも断然にカトリナの方が上になる。除草するのであれば、一回ずつ刈るよりもまとめて燃やしてしまった方が早いのといっしょである。

 カトリナの体に光が募る。と同時に私は身を引く。だって苦手だもん。

 骸骨たちが遂にこちらに船に攻め込んできた時、あたり一面に一層強い光が起きる。白く濃い霧により反射されるその光景は、カトリナも含めて絵画に書かれている空に舞う女神のように美しかった。

 死霊たちが次々に塵と化して浄化されていく。こうなると死霊としての体はもう戻らない。存在自体が空気と混濁されていき、最後には皆無となる。

 そういえば出会って既に一ヶ月近く経つけど、カトリナの戦闘に関しての実力を今初めて見た気がする。微弱な悪霊とはいえこれだけの数を一瞬で葬れるとは……、私の中でまた違う意味でカトリナの危険度が増した。

「性格があれでも流石聖職者やな……」

 ディーナもこの光景には呆然とする。若干私と同じ解釈をしている部分もあるが。

 神々しい光が死霊に無慈悲な消滅を与え続ける。も、その光は徐々に落ち始める。

「ふぅ……」

 そして、カトリナにも疲れが見え始めた、と同時にカトリナが後ろ向きに倒れそうになる。

「おい大丈夫かいな⁉」

 そこへディーナが駆け寄り自分よりも背丈の高いカトリナを抱きかかえる。

「うーん……」

「何や、苦しいんかいな⁉」

 カトリナの弱弱しい声に、普段は張り合う機会の多いディーナが不安がる。

「できればメリアスさんに抱きしめられて……」

「あ、元気やな」

「きゃっ⁉」

 ディーナがカトリナをそのまま甲板に落とした。

「何をするんですか! 苦しむ人を痛めつけるなんて、金に盲目になった貴族同然の行いですよ⁉」

「そもそもあんさん元気やろ! と言うか最後のはうちへの当てつけか⁉」

 ……元気そうで何よりです。

 けど、媒体無しでの力の行使は多少なりとも身体に負荷がかかっていたみたいで、夏寸前とはいえ太陽の見えない外でカトリナの額には玉の汗が浮いていた。

 そんなカトリナの苦労もあってか、死霊たちは一気に。

「えぇっ⁉」

 目の前の光景に慄く。

 先ほどかなりの数の死霊が浄化されたにもかかわらず、未だに橋を渡ってこようとする骸骨が溢れかえっていた。

「嘘やろ⁉ 何体おるんや!」

「こ、こんなにも」

 これだけ大きな船舶なのだから乗組員はかなりなのだろう、と冗談すら言えないほどの敵がこちらに迫ってくる。

 やっぱりここは私が引き受けなければならないのか。

「ぉ、ぉぃ! 何かこっち来てるで⁉」

「わ、わ、いっぱい攻めてきますよ⁉」

 臨戦態勢を整え、待ち構えている私に対し、死霊の群れは私――ではなくディーナとカトリナの方に向かっていく。

「でぇい! とりあえず逃げるで!」

「きゃっ。始めてはメリアスさんに捧げるはずだったのに!」

「んなこと言ってる場合か! そこらに捨てるで⁉」

 狙われたディーナとカトリナは大わらわ。ディーナがカトリナをお姫様抱っこするという火事場の馬鹿力を発揮し、逃げ回る。

 一方の私は――一切狙われない。何故⁉ 私遂に死霊にまで目立たなくなった⁉

「でぇぇい! あんさんネクロマンサーやろ! はよなんとかせい!」

「メリアスさーん! 助けてくださぁ~い!」

 端から見るとドワーフが聖職者を攫ってるようにも見える。と、そんなこと言ってる場合じゃないんだった! 早く助けないと。

「来たれ、(ジュギォーン)」

 呼ぼうとした瞬間に銃声が鳴り響いた。

 そして骸骨軍団の肩幅一列分のみを見事に空席とした。

「間に合った……のか?」

「遅いわ!」

 そこには銃口から煙を吹かせたアーチェが佇んでいた。

「これが重かったからだ。ほらディーナ」

 ディーナに文句を言われたアーチェが溜息を吐くと同時に投げ捨てたのは、ディーナが普段使っているハンマーだった。

「わっと! あほぉ! 傷ついたらどうすんねん!」

「きゃっ! また落としましたね⁉」

 それを落とさまいとカトリナを放り投げてまでディーナは身構え、一片も落とすことなく受け止める。

 ……ってこのままだとカトリナが危ないじゃないですか!

 当たり所が悪かったらしく、すぐに立ち上がることができないカトリナの方へと向かおうとする。が、既に死霊の群れがカトリナの近くにまで迫っていた。

 そしてその群れは無慈悲にも。

「……あれ?」

 カトリナの横を通り過ぎた。

 向かう先には。

「こっちに向かってくるか」

 冷静なアーチェの姿がある。

 攻め込んできたとわかるとアーチェはすぐさま踵を返し、後方へと逃げる。

 しかし、ここは船の上。その戦法が取れるのは極僅かである。

「これは邪魔になるな。ディーナかメリアス。これを頼む」

 と言い残すと甲板を滑る硬質音が響き、私の足元近くにある物が滑り込む。

 それは私の身長はあろうかと言う大剣。クリスが愛用している物である。

 ……。

「そういえば……」

 私はあることに気が付きその姿を探る。

「やっぱり⁉」

 そして案の定、立ち尽くしたまま白目をむくクリスの姿があった。そりゃそうでしょうね。骸骨がこれでもかと群れてますからね!

 そんな棒立ちのクリスの横を骸骨たちが通り過ぎていく。今意識が戻ったら確実に発狂するだろうな。

「ど、どうするんですか! クリスさんの意識がありませんよ!」

「んなこと言われたって仕方ないやろ! とはいえこの状況どうすんねん」

 霧の向こうで銃声が響く。恐らく逃げながら撃ってるに違いないが、同じ遠距離を得意とする者の共通の難点として接近戦に持ち込まれると大きく不利になる。どうしてもその間が必要となってくる。

 ここは盾としての役割を会得した鬼般若の出番かと思われるが、あれだけの大群を壁にするには些か小さすぎる。そもそも動けない時点で論外。となると間に立って敵を往なすことができる人が欲しい。

「ディーナさん、あの骸骨の群れを何とかできませんか?」

「できるかい! ドワーフとはいえうちはただの商人やで⁉」

 ですよね。そもそもこの人は自ら戦うよりも雇うタイプですよね。

「となると……」

「んやな……」

 ディーナも同じことを考えていたらしく目線は同じ方角へと向く。

 今は石像のように固まっているこれをどうにかして稼働させることが今一番の打開策となる。

 けど、それを動かす方法が、

「ディ、ディーナさんよろしく……」

「んなっ。メリアスはんやってできるやないか!」

 あるにはある。

 だが、それを行使したくない。行使することは即ち谷下のせせらぎを得るために崖を飛び降りるようなもの。完璧なまでの自殺行為である。

 そしてこのやり方についてもディーナは理解している。背に腹はかえられないと思いつつも、できることなら他の人に頑張ってもらいたい感がディーナからひしひしと伝わってくる。無論、私もできれば他の人にやってもらいたい。

「こうなったら……」

「せやな。負けても文句言わせへんで」

「そっちこそ。今回は上下無しですよ」

 互いの同意が取れた。後は己の力量のみ。

 右手に左手を添え、その中に力、精神、願望、運を込める。

「じゃん、けん、ぽん!」

 気合と共に突き出した私の拳は。

「まじかぁぁぁ‼」

 ディーナの双指に勝った。

 という訳で。

「頑張ってくださいディーナさん」

「ぐっ……あの恐怖がまた来るんかいな」

 死霊船に捕らわれているのとはまた別の恐怖が、ディーナの身体を取り巻く。わかります。あの恐怖を忘れることは私にはできません。

 それとは別の恐怖が今もアーチェさんを追い詰めようとしている。今まではリズムよく響いていた銃声も、今は乱れ打つように鳴り響いている。

「ええい! クリスはん! 何つったっとんねん!」

 自棄になったか、ディーナが遂に口を開きクリスに向かって怒鳴りだした。けど、これだけではクリスが動じることは無い。

 恐らく次で――禁じ手を打つのだろう。

「そんなに重い胸でもないんに疲れたんかい――」

 がっ。

 来た。

「だ~れ~が重くもない薄っぺらな胸ですって?」

「う、薄っぺらは、言うて、へん……」

 覚醒は物の数秒。最速の腕がディーナの頭を完全に捕えた。

「言ったわよね? あたしの身体は騎士としての適した身体だって?」

「は、はい。さようで、ございましたね」

「うん、うん。じゃあさ。何でまた言ったのかな? 商人何だから頭いいんでしょ?」

「そ、それは」

 覚醒の為です。

「メ、メリアスはんに言われ……て」

「ナンデ⁉」

 がっ。

 ディーナの裏切りによって今度は私が捕えられた。規約違反だ!

「メリアス? あたし何度も助けてあげたよね? 変態を追い払ったり、冤罪を証明したり、今回は変質行為をされかかったの助けたり、ね?」

「は、はい。その通り、で、す」

 の、脳みそがペースト状になるぅ~。その前に骨が粉末状になるぅ~。

「じゃあさ、何で言ったの? 言えって言ったの? 自分の優位性を確かめたかったから? 背は小さいけど出ている所は出ている自慢したかった? そんなにあたしの物がお粗末だったわけ?」

 問いかける内容が後になるにつれて力がどんどん増していってる気がする……。

「そ、それはですね。彼らが言えと、言いました」

「何だとこりゃぁぁ‼  やんのか⁉」

 ここでディーナの策を更に利用する。クリスはそれに対しても同じ反応を取り、私を手放した後私が指さした方向にれっきとした家系の騎士にあるまじき真夜中に見かけるチンピラのような罵声を飛ばす。

 けど、そんな言葉に聞く耳を持たず――そもそも耳らしきものがないんだけど――骸骨の群れはアーチェに向かって進軍を続ける。ぞろぞろと。

 ぞろぞろと。

 ぞろぞろと。

 ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。

「ぃぃぃぃぃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


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