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第3章-1 アイドル島を出る

「今回の収益は近年稀にみる大恐慌や……」

 ディーナが口元からパンくずと一緒にぼやきを零す。

「汚いわね。大恐慌って、あのあほたちはメリアスのなら何でもかんでも買ってるんだからそれで利益はいっぱい出てるんじゃないの? 少しは還元しなさいよ」

「その還元の中にあんさんらが入ってるんはおかしいやろ⁉」

「あたしは保護者みたいなものだからね」

 いつからそうなったんですか。いや、保護者としては心強い点が多数ありますけど。

「一応言っておくが、給与はちゃんと出してもらうぞ?」

「ぐっ。既に雇ってもうたもんは仕方ないか」

「私には――」

「ない」

「言い切る前にばっさり斬らないでくださいよ……」

 わかっていた答えだけどこれはこれで辛い。悲しい気持ちでパンを一切れ。

 遅めの昼食兼遅すぎる朝食の席には冷めてもおいしいベーカリッとのパンに昨日余りに余った魚介類の中で比較的調理が簡単なイカとタコが焼かれた物と刺身にされて並べられた。

 そして目の前にはコップ半分程度まで入った真水。

 これは私が既に半分飲んだわけではなく、元からこれだけだったわけで非常時に備えてこれがヘイワ街に戻るまでに飲める最低量と定められた。それでも船乗りの人たちがかなりの量を自重してくれた分多くなったのだから、本来はもっと深刻だった。

 料理についてもまだまだバリエーションはあっただろうけどスープ系は元より、魚を洗うために使う水すら制限され、水を使う料理がことごとく潰されてしまったせいで安易な焼き、生が残されたという。

「本当に残念ですわ。メリアスさんと初めてのハネムーンがディーナさんのせいでおじゃんじゃありませんか!」

「やからうちのせいやないわ! そもそもこれは仕事や! 休暇でもハネムーンでもバカンスでもないんや!」

 クリスとディーナの間で争論があり、アーチェとディーナの間にも諦観があり、そして案の定ここでも揉め事が生じてしまう。とりあえずはねむーんて何ですか。

「別段今から帰るんだから明日何らかの予定を建てればいいだけじゃないのか? 本来休み三日全て使う予定だったところを一日早く切り上げたんだ。全員何の予定もないはずだろ?」

「! そ、そうですわ! メリアスさん! 明日私と愛の巣箱に」

「だらっ! 明日こそ稼ぐんや! 急ごしらえやけどコンサートや! 帰ったらすぐに連絡せいや、タナカ!」

「ゲリラコンサートだと⁉ これはファンとしての力量を問われざるをえない。まだ軍曹の手から解放されていないであろう同胞たちよ、今こそ己の真価を問う時が来たぞ! そして僕の名前はMr.プロ」

「駄目です! 今度こそ私の番なんですよ⁉」

「番ってなんや番って! そもそもあんさんが今回一番はしゃいどったやろ!」

「そんなことはありません! そもそもこの島に来てまだ一度も一緒に寝てません!」

「だからハネムーンちゃう言うとるやろ!」

 こちらもこちらでかなりヒートアップしている。けど、それにかなりの割合で私を巻き込むのは止めてもらいたい。臨時休業で休暇という訳にはいかないのだろうか。船の向かう先、若干雲がかっているヘイワ街に着いた時、私は一体何をしているだろう。

「どっちも自重しなさいよ。コンサートなんて今後メリアスがナンデモ学園に在席している以上いくらでもやることができるでしょ? カトリナも夏休み中のお勤めは毎日じゃないわけでしょ? メリアスとのレッスンの機会が増えるんだからそこでふれあえばいいじゃないの」

「そ、そりゃそうやけどな……」

「そもそも売上の元は本当に取れるわけ? タナカが強引なことしでかした時に仲間は捕まったって言ってたし、同じ手をしてまた脱出できるの?」

「確かに難しいだろう……。けど、それでも、それでも僅かな可能性を見出し、隙を突き、迅速に行動し、そして我らが女神に会いに行くことができてこそ一人前のファンとなり得るのだ! 僕の後姿をずっと見てきたのであれば、それを理解していない皆ではないはずだ! そして僕の名前はミスタ」

「やっぱ厳しいんじゃない? 売上上がんなかったら人件費かかっただけの骨折り損よ?」

 経営論をもひっくるめた正論を言うクリスにディーナが押し黙る。お金云々が関わってくるとディーナは極端に弱くなる。

「とは言いましてもお勤めで出れない日は一週間に二,三日はあります! それだけ触れ合えないだけで私はかなり損をしています!」

 一方金欲に対し、メリアス欲? に駆られるこちらの足は緩まない。

 私としては週一がいい具合なんですけどね。教会に相談して何とかならないだろうか。そもそも教会に行くこと自体阻まれるんですけどね。

「十分よ。そもそもこの中じゃメリアスと触れ合う機会はディーナに次いで長いのよ? あたしやアーチェなんてよっぽどの用がない限り一週間会わないことだってあり得るんだし。それに、触れ合うことばかり考えて本題を忘れちゃだめよ?」

「忘れることもありません! メリアスさんに手取り足取り歌と踊りを教えて、ゆくゆくは私たち二人で芸の道を究めて世界を回るんです!」

「ちゃうわ!」

 勝手な未来図にディーナがすぐさま否定をする。

「そもそもあんさんちゃんと教える気あるんかいな! メリアスはんが疲れた、きつい言うたらすぐ様休憩入れるわ、茶淹れるわ、お菓子用意するわで。完全に甘やかしとるやなあいか! 早ういっちょ前のアイドルに仕上げるんならもっとスパルタでびしびしいかんとあかんやないか!」

「スパルタ⁉ なんて無慈悲なことを……。この小悪魔!」

 すみません。それを利用しているのは私です。だって歌はともかく、踊りについては体を動かすというだけあってやっぱり疲れるし、何よりばてる。なのでカトリナが私に甘いことを利用してさぼってます。

 その後のスキンシップ的な物は未だに慣れませんけど。

「だからこそ私には触れ合う時間が必要なんです! 一週間に四,五日では足りません! 丸々一週間、いえ、そもそも午前も午後も、それよりもおはようからお休みまで、いえ、もういっそのこと万年を!」

 体調どころか生活にすら支障が出そうなのでやめてもらいたい。

「完全に生活に溶け込む気やないかい! あんさんはインストラクターであってパートナーちゃうんやで! 何で上のもんが下のもんに甘い上に生活まで共同せなあかんのや! もうこれ以上不適切なことがあるんなら解雇やで! うちが新しい優れたインストラクター用意するで!」

「そうしたらトレーニング量でまた出費が嵩むわね」

「ぐっ」

 痛いとこを突かれたみたいだ。そもそもカトリナは半分、いやほぼ全部私に会うがために無償で私に付き添っている。守銭奴のディーナにとってはありがたすぎる存在に違いない。

「カトリナも聞いたでしょ。ディーナの資産があればあなた以外の人間を雇うことだってできるのよ?」

 もちろんそれはカトリナにメリットがあるからこその行いであり、そのメリットを完全に削がれることはカトリナにとっても痛い。私にとっては若干ありがたいのですが。

「そうだ、それがあったか! アイドル様のファン、それを最高位にするのは間違いであった! まだ上がある。荷物持ちに、送迎、インストラクターにマネージャー! アイドル様を愛すのであればまだまだ我らにはやることがあった。こうなった本土に帰り次第、すぐさま音楽教室に通いつめねば。僕の名にかけて、そうミス」

「そうはさせません! メリアスさんのインストラクターは私だけの物です! 私だけがメリアスさんに手取り足取り教える権利があるのです!」

 タナカの意見はカトリナによって体ごと吹き飛ばされた。

「ならしっかりやるのよ。その為にも無理なスキンシップは極力避けること。それと、もしメリアスを労わるのであればメリアスに無理はさせないこと。わかった?」

「うぅ……メリアスさんの為なら仕方ありませんわ。明日は我慢いたします」

 なんか無理矢理繋げた感はあるけども、カトリナも諦めてくれたようだ。これで明日の予定は完全にフリーになった。

「ありがとうございますクリスさん。始めての船旅ってこともあって流石に私も疲れていたんです。これで明日はゆっくり休めます」

 なんだかんだ言ってやっぱり隊長である。体調不良を考慮し、他のメンバーの強行を全て払い除けてくれた。クリスのせいで大変になった点もあったけど、それも今この行為で全て総消しになる。

「え? 何言ってるのよ?」

 なる?

「ど、どうしたんですか?」

 明らかに不満げな問いかけに逆に問いを返す。

「ヘイワ街に戻ったら今すぐ死霊の集まる習性を書いた論文を作るのよ! そしてそれを王宮審問官に出してお化け屋敷を営業停止にするわよ!」

「あなたも人のこと言えませんよね⁉」

 完全に私欲のためだった! というかその後一時的とはいえ気を失っていたのにそこだけはよく覚えていますね!

「んやで! 明らかにクリスはんの私利やないか! そもそもうちの経営範疇の店を潰すな!」

「メリアスさんと共同作業何てっ。まさかクリスさんもメリアスさんのことを狙ってるんですか⁉」

 この手のひら返しにはディーナとカトリナもご立腹だったようで、二人して食いつく。

「あんな悪徳商法している人たちが悪いのよ! それにこれはメリアスを狙ってやってるわけじゃないの! 私はヘイワ街のお化け屋敷で本物の死霊を見て恐怖する人たちを救うためにやってるんだから!」

「んなわけあるかい!」

「ある! これは決してあたしの願望じゃ」

「やっぱりあんさんの思惑やないか!」

 もう隠そうにも隠せなくなったクリスの本音が炸裂して今後の予定が更に混沌としていく。

「第一見たでしょ、森の中にいた化け物! ディーナが肝試しなんかするからあんなのが呼び寄せられたのよ! 実証済みよ! 実証済み!」

「だぁかぁら! もうネタバレや! あれは投写基盤(ホログラム)ちゅううちの新しい製品や! あれは本物のお化けやなくて仕掛けや!」

「仕掛けであんなの作れるわけないでしょ! ましてやディーナの作ったものよ!」

「ゴールドバーグ家の技術馬鹿にしおったな⁉ そもそも散々あんときはどんな仕掛けでも来い言うとったんに、言っとることが真逆やないかい!」

「じゃあその仕掛け見せなさいよ!」

「あんさんが盛大に壊したやないかい!」

 どうしようこれ。先ほどはクリスの正論に駄々のディーナが負けたものの、今回は駄々同士で勝負がつきそうにない。

 ……。よし、無視だ。

 そもそも後はどっち道帰るだけであって、明日の予定については――もはや天に任せるしかない。そう考えると、今はゆっくりと休んでおくのが一番になるのかもしれない。明日何が待ち受けているのかわからないのだから。

 僅かな水をほんの僅かに飲み、自身の部屋に戻ることにする。カトリナやタナカがいるからばれないようにゆっくりと、部屋の入り口を閉めることも忘れずに。

「ん?」

 行こうとした所で今まで関わりのなかったアーチェが窓の外を見ていることに気付いた。彼女の特性からして、騒がしい中を抜けて静かな場所に逃げていたのだろうと予測できた。けど、視線がずっと船の先端の方へと向けられ、動くことがない。

「どうかしたんですか?」

 先に何かあるのだろうか? 気になってアーチェに声をかけた。

「メリアスか。話し合いは終わったのか?」

「……難航しています」

「そうか」

 目線の先には未だに言い争うディーナとクリス、それに何故かカトリナまで加わったとんでもなく面倒な三つ巴ができていた。

「で、先ほどから何を見ているんですか?」

 アーチェの覗いている窓の傍により、外を窺う。青い海と青い空が一面に広がる世界。その中で一際目立つ白い綿のような存在が船の進行先に鎮座していた。

「雲か霧か、どちらかはわからないがこのままだと雨が降るんじゃないかと思ってな」

 先ほど一瞬だけ見たときに曇っていた箇所があったことを思い出す。けど、言い争いは長かったにしてもまださほど時間もかかってはいないのに。

「第一島買う時に確認しなさいよね! 島に死霊がいるかいないかくらい!」

「んなの調べるかい! せやからあれは死霊やない言うとるやろ!」

「嘘言うんじゃないわよ! ミクシェだってここら辺は死霊が闊歩しているとか言ってたじゃない!」

 ん…………。

「んなの聞いとらんわ! それに完全に本題からズレとるやないか!」

「そうですわ! メリアスさんと共同作業するなんてどういうこですか⁉」

「あんさんもちゃう!」

「……ふむ。ディーナ。どうやら雨が降るみたいだぞ? 濃い霧か雲が近づいてくる」

「んなの今気にしとるほど暇やない! ……ん? 雨やと? 本当か⁉ でかしたで、好機や好機! 甲板にたらいやバケツ並べるんや!」

 あれ…………。

「そんなことしている場合じゃないです! 今はメリアスさんの予定を」

「ここで水手に入ったら今日どころか明日の飲料水も手に入るんやで! そうすればバカンスが一日伸びるんやで!?」

「やりましょう! 今すぐやりましょう! 明日という神様の贈り物が待っています!」

「駄目よカトリナ! 騙されちゃダメ! まだ雨が降るなんて決まって」


「駄目ですっ‼」


 大声を放つ。これだけの喧騒を抑えるのだからそれだけの声量、面倒くさいボイストレーニングで培った声量をここで発揮する。

「何が駄目なんや。まさか戻りたないんかいな? 仕事放棄かいな?」

「違います! あの霧に船を向かわせちゃ駄目なんです!」

 ディーナが未だに私の言葉に危機感を持たないので更なる牽制をする。

「今すぐに船長さんに伝えてください! 進路をずらし」

 大声にて扇動しようと試みた瞬間、船がガンッと言う音と共に大きく揺れた。

「な、なんや! 岩礁に乗り上げたか⁉」

「周りに陸なんてないわよ! こんな大海原に岩礁なんてあるわけ?」

「何事か知らんがとりあえず船長室や! 一旦外に出るで!」

 言うが早いか、異常事態には何でも早いディーナとクリスが先行して外に出る。

 ……。

「って今は外も大丈夫じゃないんですよ!」

 すっかり失念していた私が続いて外へと上がる階段を上る。

 一歩一歩素早く、そして最後だけ慎重に。トラウマは簡単に抜けない!

 そして誰が閉めたかは知らないけど丁寧に閉められた扉を開ける。

 外に出れば、そこは青い空――ではなく真っ白な霧が立ち込めていた。

「ねぇディーナ。さっき船乗りの人ここ最近は快晴が続いていたって言ってたわよね。ここまで海の天候って変わりやすいものなの?」

「んなの知らんわ。けど、こんなに濃い霧が立つもんなんか?」

 既に到着していたクリスとディーナの会話が聞こえる。も、その姿は霧に隠れ、もはや影としての認識しかできない。

「おかしい。さっきまでかなり離れていたはずなのに、もう霧の中か」

「メリアスさぁーん! ご無事ですか⁉」

 私の後に続いてきたアーチェとカトリナまでもが甲板に出てきてしまった。

「皆さん船の中に戻ってください! ここは私が何とかします!」

「何とかって、あんさん何する気や? そもそもこれは何なんや?」

 私の指図にディーナが疑問を抱いた。

「この霧は魔力の霧です!」

 確かに普通の霧、始めはそう思っていた。けど、クリスの言い争いで私は思い出す。ミクシェの警告を。

「おい。何かいるぞ」

 アーチェが何かの存在に気付く。指差した先、皆の視線が集まる海の先には大きな影があった。

 それは遠くにある、と思っていたのは霧の影響であり、その存在は秒単位で全貌を明らかにしていく。

 木でできた壁のような縁は所々腐り壊れた部分が目立ち、存在感を誇る帆はよく見るとほとんどが焼け落ちたか虫食いにより欠損している。マストは一本根元から折れている。

 そして、その船の乗組員は……皆肉と皮が欠落していた。

「死霊船……」


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