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第2章-13 アイドル島に行く

「はっ?」

 それにまず反応したのは、もう我関せずを貫きたかったディーナである。

「んなあほな⁉ 飲み水どころか風呂場の計算もして三日は保つくらいを用意したはずやで⁉ それが僅か一日で無くなるんはありえんで⁉」

「しかしもうほとんど無いんです! 飲み水のみにしても今日いっぱいしか持ちません」

 影どころの問題ではなくなった。今度は直接的に私たちを危険に晒す要因である。

「やっぱり誰かいるんですよ!」

「まだ言うんかいな。とは言っても一体誰――」

 未だに私の意見には否定的なディーナの言葉が潰える。その後の言葉は続かなかったが、内容を自然と汲み取ったのか視線は一カ所に固まる。

「僕じゃないからね⁉ そもそも僕が使った水はパンを食べる際のコップ一杯程度だ。どんだけあったか知らないけど大所帯が一日以上安心できるだけの水を僕が飲めるわけないから!」

 疑惑の視線を向けられたタナカが猛抗議する。

「そんなことを言って、さてはメリアスさんの入浴したお湯をどこかに大量に隠し持っているのですね⁉」

「ないから! ないから!」

「そもそも私は昨日お風呂入ってませんから」

 入ってないというか入りそびれたというか。

「駄目よメリアス。潮風は髪を傷める要因なんだから」

「入れない理由があったんですぅ」

「……となるとメリアス以外は全員入っていたのか。誰か水を余計に使った可能性はあるか?」

 アーチェが違った観点から推測を試みる。確かに水を使う要素としては飲料水よりもお風呂が圧倒的である。

「うちはんなことせんで。質素節水がもっとうや」

 何ともディーナらしい台詞が返ってくる。

「あたしは浴槽のみで済ませたわよ。本当は体全体を洗い流したかったけど。それ以上にあの時は無性に疲れてたから……」

 昨日の出来事が脳裏に浮かんだのか、やるせない声でクリスが応える。

「私はそもそも海に入ってませんので、髪を洗うだけで終わりました」

 普段から髪の手入れは怠っていないカトリナも応える。

「僕もそこまで使った記憶は無い」

 そして提言者のアーチェも否定をする。

「私たちは水を極力使わないように濡れタオルで体を拭くだけに留めてあります」

 船乗りたちの客人には迷惑をかけない使用人としての誇りがここでも輝く。

「となると」

「だから僕じゃないって! そもそも僕は風呂に入るほど余裕は無かった!」

 もはや完全悪となったタナカがまたも疑われる。ネクロマンサーも何かと悪と見なされて悪い印象を受けやすい性質なのだけど、この人は別格のような気がする。

「まぁせやな。タナカなら風呂入る前に美少女の前に行くのが当たり前やろな」

「うわ、ばっち」

「何だか色々誤解される発言だけど犯人扱いされないならもういいよ」

 それをもはや容認しきっている所もまたすごい所である。

「で、結局原因はわからずだけど、それ以前にどうするのよ水がないって。帰る?」

「はぁ⁉ まだ何も仕事できてないんに帰る訳ないやろ! バカンスに来たんやないんで!」

「じゃあ、一度ヘイワ街まで取りに戻ってもらう?」

「馬鹿言うな! 二往復追加するだけで燃料費がどれだけかさむと思ってるんや!」

「どうするのよ……」

 クリスの圧倒的正論を経営論で突っぱね続けるディーナ。一応船の占有権を持っているディーナが出航の権限を持っている以上はディーナの一言ですべてが決まる。

「風呂は最悪一日我慢して貰って飲料水や。それくらいなら近場にある清流でも探して」

「さっきそれらしき物あったけど、枯れてたよ」

「何でや⁉」

「恐らく日照りのせいではないでしょうか? ここ最近この辺りの天候は快晴続きでして」

 この近海での運航を生業としている船乗りが言うのだから正しいのだろう。

「な、ならどこか湧水や井戸が!」

「だから水は枯れてるって言ってるでしょ。この島自体元は貴族の物だったとしても井戸なんてあるの? そもそもディーナの所有地なんだから井戸の有無位わかるんじゃないの?」

「……無かったな、そいや」

「ならもう駄目じゃないですか」

「ええい! まともな投写水晶(フィルム)がいくつかあるならええんや! それよりあんさんも何とかすること考えいや! ネクロマンサーやろ!」

「死霊が何でもできると思ったら大間違いですよ⁉」

 炎や氷ならまだしも、水を作り出す死霊とかこっちが見てみたいですよ!

「なら今すぐ撮影して仕事終わらせる! さぁ脱げい!」

「いやぁぁ! 止めてください!」

 ディーナが強引に私の服を引きはがしに来た! 小柄でもドワーフだから何気に力が強い! てか、破れる! 服が破れるから!

「だから! そういうのは駄目だって言ってるでしょ! アイドルならアイドルらしいことが他にもあるでしょうが!」

「いだぁぁ! 止めてください!」

 クリスが手を引っ張り、私を引き寄せようとする。いや、私をディーナの手から取り戻そうとしているのはわかるんですけど今それをやられるとディーナとクリスで引っ張り合いみたいになるんですよ!

 痛い! そしてまずい! 服がびしびしと嫌な音を立ててる! 私と服が分離される! タナカの息が荒くなってる!

「ああ、もう! いい加減にしないと昨日みたいに埋めるわよ!」

 クリスの怒りが有頂天に達し、私の腕がもげるか、服が木っ端微塵になるのが先かわからなくなってきた。もう埋めなくてもいいですからその手を。

 ――。

「あ……あダダダダダダダダ⁉」

 わかった。けど痛い!

「わかりました! わかりましたから!」

「遂に観念したか! ならうちの生業の為に脱げい!」

「メリアス! 早まっちゃ駄目よ! 自分を大切にしなさい!」

「違う! 違いますかあでででで!」

 わかった。けど話を聞いてくれない!

 こうなったら……使いたくは無かったけど。

「助けてカトリナすぁ~ん‼」

 禁忌の術を使う。瞬間クリスとディーナが吹っ飛んだ。

「二人とも何をしているんですか! メリアスさんが痛がっているじゃないですか!」

 瞬く間に閃光が私の元へと駆け寄り、校内屈指の騎士であるクリスすらもいとも簡単に払いのけた。

「あ、あたしは助けようと……」

 騎士の誇りを折るような形になっちゃったけど。

 それでも今はこの重大な事実を伝えるのが大事。束縛が無くなった今ならちゃんと伝えることが、

「メリアスさん腕は大丈夫ですか! 大丈夫じゃないですね! なら今すぐ私が看病してあげますね!」

 できない。

 返事を返す前に赤子を抱えるように持ち上げられてしまう。この人、こんなに力あったっけ?

 じゃなくて。

「待ってください! その前に! わかったんです! 水が少ない理由が!」

「え?」

「わかったって。まさかメリアスはんか! 犯人は」

「違いますから! いや、違わなくもないですけど!」

 食い違った発言に若干の困惑が周囲に生まれた。とりあえず下してもらえないだろうか。抱えられた幼女の発言、全く効力がなさそうなので。

 少しばかし体をよじらせ、うまいことカトリナの腕から抜けた私は、自分が知らず知らずに犯していた重大な事実を告げた。

「私、ディーナさんにかける水をここから持ってきてました。何往復も」

 そう、あれは昨日。クリスのディーナ投擲事件にて砂場に突き刺さり、その後配下三名――共犯者私――による埋め立てによって完全に身動きを取れなくなったディーナ。

 けど、罰とはいえそのまま放っておくと干からびて大変なことになりそうだったので始めはアーチェが適度、と言うよりもかなりの頻度で水(海水)をあげていた。

 それがクリスの提案、いやあれは策略であろうゲームによって負けた私がその代役となったわけだけど、その際に水(浄水)を求められ、結局私の知る近くの水として船に積んできた水を使うこととなった。

 そしてその作業は結局夕暮れ近くまで繰り返された。

「バケツ一杯とはいえ、何往復も行くとかなりの量だな」

 同じバケツを使い何度か水(海水)を運んでいたアーチェが頷く。

「ってことは、これつまり一番の原因はディーナなんじゃないの?」

 折れかけた心の剣を立ち直らせたクリスがディーナをジト目で見る。

「んなあほな! うちは単に埋められとっただけやで! 水を持て来たのはメリアスはんやし、そもそも埋めたんはクリスはんやないか!」

 ディーナが責任転嫁とばかりに私とクリスを責め立てる。

「その前にメリアスに卑猥なことさせようとしたのはどなたでしたっけ?」

 けど、その原因の元の元をクリスはついていく。

「何を言う! 生きるための知恵を快適なための知恵に転換しあらゆる自然を食い散らかしてまで進化を続けた愚かな人間を過去のあるべき姿に戻したもの。それこそが三点貝殻水着なんだぞ! 自然の恵みに感謝をし、それを自然体のまま自らの衣類へと変えたこれこそ自然との共存! 今それを再現するのは単なる退化ではない! それは始祖へと変わる誘惑のぐへば!」

 早口に捲りたてても終わらなかったタナカの長い演説はカトリナの神拳によって終焉す。

「そ、それはメリアスはんの羞恥心の問題や! 一度慣れれば後はどうにでも着れた物を拒むから悪いんや!」

「その一度目は絶対にありえませんから!」

 あれを着てしまったら色々と終わりな気がします!

「往生際が悪いわよディーナ。そろそろ観念したら?」

「観念ってなんやねん! そもそもうちはメリアスはんに命じただけで別にクリスはんは何の支障も無いやろ⁉」

「あたしは騎士として困った人は助ける主義なの。強引なやり方を無理矢理押し通すディーナのやり方を見過ごすわけにはいかないわ」

 仲間として、リーダーとして、何とも頼れる言葉だと信じたい。

 信じたいけど。

「その言葉そっくりあんさんに返すで?」

 右に同じ。元はと言えばクリスが私をパーティーに無理矢理捻じ込んだのがきっかけで、こんなことになっている訳なんですけど。

「過程より結果が大事なの!」

「やからって最終的にうちが水を使ったって結果に全部繋がるんはおかしいやろ⁉ その過程でメリアスはんが拒んだことやクリスはんが怒ってうちを埋めたことがいけんのやろ⁉ そもそもクリスはんが怒ったんだってその悲しい胸元が原因やろ! 過程を考えたら元の元でクリスはんが胸筋を固く育てたんが原因」

 ぶちっ。

 何か聞こえてはならない音が聞こえた。

「は」

 ディーナが気づいた時には遅かった。昨日の夜、肝試しの中で一番恐ろしかった光景が目の前に再現された。

「騎士の出ってこまるのよねぇ~。女でも華を育てるのはもちろんだけど、何より先に武力が大事になっちゃうのよねぇ~。もう6歳の頃から重たい剣持たされて、腕だけじゃ持ち続けられないから自然と体にも筋肉が付いちゃったのかなぁ~?」

 ディーナの頭を右手で鷲掴みにし、足元が三十センチ以上浮くような体勢までディーナを持ち上げる。笑顔で。

 笑ってる。笑ってらっしゃる。

 笑ってらっしゃる、のに、怖い。

「あ、あぁ……せ、せやな。クリスはんは、しょうが、ないんやな。騎士の家系から出たには、そう、やわな」

「うん、うん。そうよ。そもそもディーナも人の事言えないでしょ?」

 そう言われ同類扱いされたディーナの眉が若干吊り上るもそれはすぐに元の位置に戻る。腕による圧か威による圧かは定かではない。

「で、でもうちドワーフやし。ドワーフは――」

 納得いっていない様子のディーナが呟く。

「過程が問題じゃないの。どんな形になっても最終結果が大事。わかった?」

「は、はい」

「よろしい。じゃあまず一つ。あたしの体型は貧相じゃない。騎士としての理想の体型、わかった?」

「く、クリスはんのつるぺ」

 めきめき。

「じゃな! スレンダーな肉体は騎士にとって理想的な体型です!」

「よし」

 クリスが納得したと同時にどさっとディーナが床に落ちる。

「……昨日の夜私がやられてたの見てなかったのですか?」

「あん時は投写基盤(ホログラム)に気とられとったんや……」

 恐怖の中に憐れみを感じる声色が返ってくる。

「皆もわかったわね! あたしは騎士として」

「クリス。悪いが話が脱線し続けているぞ?」

「え? あ」

 向けられた目線に蛇に睨まれた兎の如くただ硬直するしかなかった私に対し、アーチェは綽々とクリスに戻るべき原点を伝える。

「水の話に戻るが、集めようと思えば集められなくもないぞ?」

「ほんまか⁉」

 ディーナが一瞬で蘇生した。商人にタダの魔力は絶大な効果をもたらすようだ。

「葉の蒸発を利用した方法だ。僕たちの国ではそれを祭日の祝杯に使うこともある。幸いにしてこの島には森が多いから十分な数の布袋があれば可能だ」

「流石エルフや! 流石森の住人や! でいくつくらい必要なんや」

「十人以上なら一万以上はいる」

 ディーナが目を輝かせたまま固まる。死後硬直のように。

 一万……果たしてどのくらいの時間がかかるだろう、という問題以前にそれだけの布袋がどこにあるのだろうか?

「そ、それは無理や……」

「だろうな」

「わかってて言ったんかい!」

「それ以外に方法が思いつかなかったからだ。祭りごとに使うまでの量を得るためにも一ヶ月は費やす手段だからな」

 祝杯いくつかは知らないけど、祝杯というのだから飲むためというよりも儀式用に使うだけの量でそれだけかかるのだから、恐らく飲み水とし使えるだけの量を得るには一日じゃ到底足りないだろう。最近はヘイワ街の便利な生活に慣れてきたから感じなくはなったものの、水を大切にしていたヨミガエルの頃を思い出す。

「はぁ、拍子抜けな。騒いだらのど渇いたわ」

「その水が僅かなんだけど?」

「う……」

 振り回され続けたディーナがここにきてやらかした。一番言ってはならない張本人がそんなことを言ってしまったのだから、それ相応の対応が要求される。

「ぐっ。わかったわい。今は我慢しとく」

「今じゃダメでしょ。明日までのスケジュール全部こなすっていうなら明日まで我慢よ?」

「ぬぐぐ……」

 流石に水なしの一日は堪えるみたいでディーナもすぐには返事をしない。

「どうするのよ、責任者兼加害者。自分でやったことを尻拭いできないなんてゴールドバーグ家失格じゃないの?」

「うぐっ」

 ぉ、今のは強烈な一撃だったみたいです。クリスが騎士の出を誇りの思っているのと同じで、ディーナも何かしらとゴールドバーグ家の家訓を使い、金稼ぎには余念がない。多少の人情や心情に違いがあったとしても、二人の共通点はそこにある。

「ええい! こうなったら夏休みはみっちりやで!」

 腹を括ったようだ。けど、今聞いてはいけないことを聞いたような気がする。私の癒し――お昼爆睡――期間は一体どうなってしまう。

「帰るで!」

 私の考えを他所に、ディーナは帰国することを決めた。


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