第2章-10 アイドル島に行く
船に戻ったら別行動となった。というものの、カトリナはこれ幸いと私についてきたので、一旦部屋に戻りますと言って部屋に戻った。
「つ、かれた~……」
この島に来てからかなりのことが詰まっていたような気がする。
水着騒動に始まりその時見た謎の影が、後の肝試しで再発し、それが今度は船、備蓄、操の略奪と来た。
今期に入って何度か怖い目には遭ってきたがこれはまた別の意味で怖い。
未だに見えぬ犯人像にこのまま二日間恐怖しなければならないのだろうか。
それと、忘れてはならないのが犯人の人数。今考えてみると私たちが見た影は全員別かもしれない。例え同一人物が混ざっていても二人以上は確定。なんせ私が見た影は二人。
さて、このことをクリスとディーナに伝えなければならない。恐らくどちらかはお風呂場にいるだろう。それに大きいとはいえ船の中で移動できるスペースは限られているからすぐに見つかるはず。
探そうか、と思うが足が進まない。外にはあの人がいるんだろうな。
「出たくなぁ~ぃ……」
こじんまりとした部屋で誰にも聞かれぬ愚痴を吐きながらベッドに倒れこむ。
ディーナはもちろんのことながら、クリスの普段とは違うはしゃぎ様と普段通りの防衛本能に振り回されたけど、カトリナにも今回は結構振り回された。普段は学園終わりのレッスンで出会う程度で、それ自体聖職者としての務めで出られないこともあるが故にそれぞれの素性云々関係なしに接点が少ない存在であった。
それが今日は朝から晩まで接点有り余っていたような気がする。
元々聖職者が得意で無かった上にミクシェが核心を突いた百合疑惑も日に日に恐怖を増していくせいで余計苦手になってきている。
外で待っているのだろう。そもそも鍵をかけてない――と言うか鍵がない――からいつ入ってくるかわからないんだけど。全く持ってプライバシーが無い。欠陥部屋だ。施主を呼べい。あ、あの人だから勝てないか。
「もぅだるい。もぅ疲れた。もぅねよう」
恐らく時刻はまだ午前様を向かえてなどいないだろう。なのに私は床に就くことを選んだ。私はいつからこんな良い子になってしまったのだろう。
過剰摂取と言う言葉がある。
取りすぎると活動に支障が出たり果てには毒になったりと様々である。取りすぎは時に思いがけない結果を生み出す。
「んっ」
目が覚めた。が、ベッドの中でもわかる。まだ夜である。
絶対よく眠れる。と言う確信のある落ち方だったけど、どうやらそうでもなかったようだ。
出航の際に船酔い、クリスとの肝試しに気絶。強引であれ二回も寝てしまった。
普段なら寝れる時に寝て、寝て、寝まくる人間で、館ではブラムハム、学園ではミクシェに起こされるまで起きないような子だったのに。
昨日までは不快感しかなかった船の揺れも、今となってはゆりかごのようなゆったりとした揺れに感じる。
が、眠気は起きない。
馬車ではないが、揺れは木漏れ日、薫風に並ぶ3大睡魔要素。
のはずなのに、眠気は一切襲ってこない。
目を瞑るがそうすると余計眠れなくなる。気にすることも無かった波の音や風の音がとてつもなく気になる。
がさっ。
ん?
がさっ。
んんん?
この音は一体。
こつこつ。
木を叩く音?
船の上だから波で傾いた拍子に荷物が落ちたのだろうか。
身体を傾けて窓付近を見る。
「⁉」
そこに、黒い影があった。
月明かりを受けた人間のシルエットに思わず身震いする。
それを相手も察したのか、顔らしき部分が回る。光の無い室内は暗く、相手の表情を知ることはできない。
影はしばらく体を硬直させるも溜息を一つ吐くと動きは戻っていった。どうやら起きていることには気づいていないようだ。さっきの一連を寝返りと間違えてくれたのだろうか?
こちらを注視する様子もないので、考えることにする。幸い今ので眠気は完全に無くなり、状況を判断するには充分な思考を持ち合わせることが出来た。
とりあえず相手が不審人物であるのは確か。船に乗り合わせた他の誰かであれば若干一名を除きすぐに声をかけてくれるはず。後は髪型からしてその若干一名には程遠い。どうやって入ったか、については鍵がない以上普通に入口からだろう。そして堂々と入ってこれる時点で今の時間帯は恐らく深夜。皆が寝静まっているころだ。
と、見解するも最終的にはわかりきっていたことの横並べ。最後には何をしにきたのかが残ってしまう。
この部屋の中で物色できそうなものと言えば机の引き出し、そして私の荷物。
机の中は私もチェックはしたけど、紙、ペンと言った本当に簡素な物しかなかった。そんなものを物色、窃盗しても恐らく意味はないだろう。
だとすると。物色しているのは私の私物。
……。
まさか。
でも、これは。
『一つ目は食糧。二つ目はこの船その物。そして三つ目は』
「私……たち……」
掠れ消え去りそうな声で囁く。その行為自体が今自分に起きていることへの恐怖を増幅させる。
もうこの時点でこのままやり過ごすことは叶わなくなった。相手はいずれ私の元にやってくる。学園の変人たちとは違う、本物の恐怖が今同室内にいる。
起こりえる自体がすぐに、それも他の皆がいるから安心と思った矢先に一人の時に来るなんて。
召喚は間に合うの? ばれていないなら恐らく間に合う。でも何を?
カムシン? 駄目だでかすぎる。こんな室内で呼んだら私が潰れちゃう。
リッチ? この接近戦で詠唱は間に合うのだろうか。もし間に合わなかったら危険すぎる。そもそも鉄で出来ているとはいえ中は木造。引火したら大騒動になる。
スピリットたち? 今から呼び寄せる時間は。
……とすれば。
こつこつ。
っ⁉ 近づいてきた。
「――ふふっ。ァィ」
「おにはんにゃぁぁぁー!」
影が近づいた瞬間に勢いよくシーツを捲り上げ叫ぶ。
寝ているであろうと思っていた矢先の襲撃、およびシーツの飛来により相手の動き抑制と目隠しは完了した。
そして魔物狩りをしなくなって以降、何故か出番の多くなった鬼般若を私の目の前に盾となるように――基相手を威嚇させるために呼び出す。
「ぶわっ。何っと、起き、うぉぁぁぁ!」
暴れまわるシーツが見えなくなると共に奇声。盾にするには申し分ない大きさの鬼般若に視界は隠れ、相手の表情を窺い知ることはできない。うん、今度からは盾として使用することを念頭に召喚することも考えよう。
鬼般若の奇襲が成功してほっとしたせいか話が脱線してしまったが、声色からして相手は男で間違いないようだ。
で、忘れがち――と言うよりも本人が仕事をしない――ではあるが、本来の鬼般若はこの世の物とは思えない強面にて相手を脅かし、退かせ、時には失神させる能力を持っている。
最近は学園でちょくちょく呼び出してしまうが為に学園ではあまり効果を期待できないでいるが、無人島に長い時間、いや恐らく生まれてから一度も見たことがないであろう鬼般若を前にするのだから相手はしばらく動けなくなるはず。
ならば、今が犯人を知る好機。
ベッドから降りゆっくりと右手の方から顔を出す。
「まずい!」
それに気づいた影は咄嗟に体を起こし、入口に戻って。
「えぇぇ⁉」
普通に動けてる! 普通に逃げられてる!
「何してんのこの役立たず!」
鬼般若を前に踏み倒すようにして蹴り込む。と同時に目の前にあった障壁が取り除かれ、通路が出来る。その先にある扉は、開かれたまま。
無駄にでこぼこした床を踏みにじるように進み、影が出て行った入口を抜ける。
少しばかし時間を取ってしまったが逃げられる方向は最終的に上か下。よっぽど混乱していない限りは上の一択だろう。だとするとまずい。自分の体力の無さを自覚している故に外に出られたら追いつけない。
急ごう。そう思った矢先だった。
「うわぁぁぁ⁉」
悲鳴。それも皆の者ではない声が聞こえる。
何が? と思ったがその答えは間近で見つかる。
私が先ほど取捨選択した上へと続く通路。その先、詳しく言うとその先の空中で何かがもがいている。
比喩でもなんでもなく、影は空中でもがいている。何故そうなっているのかはよくわからないが、明らかに動揺しているみたいで慌てる動作をしている。
その場から動く気配がなさそうなので犯人を確認する好機ではあるものの、何となく近寄らない方がいい気がする。と言うかあれだけの悲鳴をあげれば誰か気づいて部屋から出てきてくれるだろう。
そして一番始めに現れたのはクリスでもディーナでも、カトリナ、アーチェ、船乗りでもなく、夏季に突入して以来早出となった太陽の先だった。
全ての大地を照らす絶大な存在は、その一片だけでも全てとは言わずとも影を払うくらいの事はやってのけた。
足を天井から下げられたロープで結ばれ宙吊りにされた不審者。その周りには無数の槍が揺れるたびに犯人の身体に当たりそうな位置で静止していた。
そして、そこに吊るされた。
「タナカさん⁉」
「No! My! Name! Is! Mr.プロデューサォワァァァァァ‼」
かっこよく決めようとしたのに激しく動いた目先に槍が近づいた故に、今までになく情けない大きな声を、学園の変態メガネは上げることとなった。
もちろん皆が部屋の外に出てきたのは言うまでもない。




