第2章-4 アイドル島に行く
「青いですね」
「そうですわね」
「波の音がいいですね」
「いいですわね」
「風が気持ちいいですね」
「最高ですわね」
「青いですね」
「そうですわね」
「あんたたちは何してるのよ!」
折角の海を台無しにする罵声が聞こえる。
「何って言われても、暑いので日陰にいます」
「日焼けしたら眼鏡の跡がついてしまうので日陰にいまーす」
現在私とカトリナはディーナが用意していた大きな日除け傘の下に座っていた。始めはまた一緒になりたかっただけなのかと思っていたけど、ちゃんとした理由があり安心した。時折感じる視線がすごく気になるけど。
「海に来たのなら泳ぐわよ! カトリナも海に入る時くらい眼鏡外したら⁉」
「ごめんなさい。頑張ったけど泳げませんでした」
「眼鏡外すと視界が狭くなって危ないので。それと泳げませんので」
泳げない仲間がこんなところにもいた。聖職者じゃなくて、変な愛癖が無ければかなり友好な関係を築けていたのだろうに。
「泳げないからって諦めるのは駄目よ! 努力は怠っちゃ駄目」
むぅ。強引と言うか、子供に習い事を薦めさせる親のようだ。まぁそこまで言うなら。
「わかりましたよ。皆と頑張りますから。おーぃ出てらっしゃい」
「ぃぃやぁぁ‼」
クリスがものすごい勢いで走り、近くの岩場に隠れた。
「まだ何もしてませんよ?」
「したでしょ! と言うかするんでしょ! 私がお化け苦手だからって!」
「まだ何も出してませんよ。出したとしても幽体か骸骨くらいですよ?」
「完全にアウトじゃない!」
とは言う物の、実際私の配下の中に泳げる奴がいるのかは定かではない。そもそも泳ぐ前提の場所が本当に無かった物で。
「努力しませんか?」
「くぅぅ……わかったわよ。でも日陰から出るようにはしてよね!」
「えぇ……」
「えぇも何も、一応形は残しておきたいの」
呆れながらクリスが取り出したのはディーナの置き土産である投写水晶機。
「何でクリスさんが持ってるんですか」
「何も撮らなかったら後でディーナがどう拗ねるかわからないし、それに例え売り物にしなくとも思い出は残るでしょ?」
「あー。それはそうですね」
綺麗なウィンクを返すクリスに納得する。
誰にも干渉せずに過ごした一期生の時は投写水晶など一個も貰うことなどなかった。行事ごとの際には目立つこと無く、そもそも欠席して出なかったことさえあった私なのだから当たり前である。
だからこそ、闘技大会の際に皆と撮ったものは親元に投写水晶自体を送るほどに嬉しかった。今回もその思い出が増えるのはいいことだと思う。
「今のところはメリアスがカトリナと日陰でぼけっと座っている所と寝そべってる所だけなんだから。もっと絵になるもの残そうよ」
「……ごめんなさい」
元日陰人間特有病です。ごめんなさい。
「せやで! 海が駄目なら浜辺でもええんや! 日焼け防止のサンオイルを背中に塗るだけでもええんや。もちろん水着無しで」
「水分補給の時間だぞ」
ザバーン。
「ぶへっ! つかしょっぱ! 海水かいな⁉」
先ほどから埋められているディーナにアーチェがお花のように定期的に水を与えている。枯れられては困るので。
「エロ路線は無し。そうね、ならゲームしましょうか?」
「ゲームですか?」
「そうよ」
と言うとクリスは近場にあった小枝を拾い上げ、余った手で砂を盛り上げていき、その天辺に小枝を突き刺した。
「砂取ですね。懐かしいですわ」
「子供の頃以来だな」
どうやら皆は今からやるゲームの内容を理解しているようだ。それも懐かしい、子供の頃と言っている辺り、かなり昔からある物のようだ。
「ルールはいたって簡単。こうやって砂を順番に掻きとっていって、先に棒を倒してしまった人の負け」
クリスが砂山の両端から両手で丸を描くように砂を目の前に集めた。お椀型のミニ砂山が出来上がった。
「どう? 簡単でしょ?」
「そうですね。これなら私でもできるかな。あ、でも暑いから日除け傘の中で」
「外で」
「はい」
わかりましたので砂山から抜いた小枝を投擲体勢にするのはやめてください。あなたの力量では当たれば致命傷です。
「メリアスさんが出るというのであれば……私も出ざるを得ませんね!」
使命みたいに言わないでください。外へ出した私が悪者みたいじゃないですか。ネクロマンサーと聖職者という立場としては当たってますけどね。
「それじゃ僕も合わせて四人かな? 少なくないか?」
「いくらでも呼ぶことはできますよ?」
「やめてよね!」
「あんな……うちを頭数に入れる選択肢はないんかいな?」
お花は黙らっしゃい。
「四人でも十分よ。人数多かったら自分の出番が来る前に終わっちゃうわよ。それにこれはあたしたちの思い出を残すゲームよ」
「とは言うが、形を残すだけならそれっぽい恰好をするだけでもできるぞ?」
クリスが嬉々している中でアーチェが疑問を呈す。
「あ。それじゃ罰ゲームとか用意しませんか?」
休み時間に流行の遊びをしているクラスメイトがはしゃぎながらおでこに親指を弦のようにして中指をしならせて強く当てたり単純に右手を垂直チョップしているのを見たことがある。連続で負けると結構えぐかったりする。
「そうね。それじゃ……」
クリスが辺りを見回し、そしてディーナの所で止まった。
「ディーナの水やりとか?」
「うわぁ……めんどくさそう」
「それは是非ともお断りしたいですね」
「僕としては変わってほしい所なんだが」
「あんさんらはうちをなんやと思っとるんや!」
このゲーム絶対に勝たなければならなくなった。
「それじゃ再度盛ってと、順番はあたしから時計回りでいいわね?」
本番と言う訳で先ほどよりも大きく砂を盛ったクリスが提案をする。
となるとクリス→私→カトリナ→アーチェになるのね。カトリナの目が一際輝いているのは気のせいだろうか?
「よし。それじゃあたしからね」
意気揚々とした雰囲気でクリスが手をあげる。真剣、と言うよりも真面目なところが多いイメージだけど、こういった肩の抜き方も絶妙にうまい。変に偏った性格な人が多いこのパーティーで柔軟に対応できるクリスは稀有な存在である。
今回もまた、両膝を地面につけて先ほど同様に棒と点対称となる位置に両手を置いて、一度息を整え――て?
「……」
あれ? 何でそんな真剣な表情なの? 遊びなのにどうして魔物と対立するような眼をしているの?
手の置き方も先ほどみたいに大雑把じゃなくて、よく見ると少しずつ位置の調整すらしている。
「でぇぇいゃゃぁ!」
その真剣味が伺える一声と共に砂埃。
一瞬の砂塵が影を作る中、再度現れた砂山は異変に見舞われていた。
「何事⁉」
残されたのは棒に纏う僅かな砂。それも溶けかけのアイスキャンディーよろしく、砂は少しずつ零れ落ち、いつ倒壊してもおかしくない光景がそこにはあった。
「砂取のクリスちゃん舐めてもらっちゃ困るわよ?」
「ハメましたね⁉」
ゲーム一巡目唐突のクライマックス! そもそも順番決めの時点で私は罠にかかっていた!
「さ、メリアスの番よ。いい表情頼むわよ」
意気揚々と投写水晶機を構えるクリス。その満面の笑みが何となくイラっときた。
「くぅ……。でも負けられない。罰ゲームはいや、罰ゲームはいや」
「あんな。そこまで言われるとうちとて悲しなるんやけど?」
だって喋る上に注文付けてくる花の水やりって相当面倒ですよ?
「頑張ってくださいメリアスさん! メリアスさんのぬくもりが籠った砂を私に!」
「どうあがいても僕までは来ないかな」
「お、いいねその真剣な表情。カトリナの応援してる姿も写るから絵になってるわよ。アーチェももっと表情作って作って」
集中したい中でもお構いなしの周りからの発言。皆はこういった類を声援と言ってるみたいだけど、これは本当に声援なのだろうか。
「待てい! 今や、そこからローアングルや! メリアスはんの胸元が見えかかっとるで! あんな水着でもメリアスはんのサイズならぎりぎり行けるかもしれへん! それに意識せずに見える奴は薄いのに無理して出しとる悲しい人間と違って希少性があるんや!」
「ディーナ、新しいお水よ!」
近くで鉄砲水が発生した。けど、それを気にしている暇はない。
いつ行けばいいのか、そもそもどのようにいけばいいのかもわからない。そうこう思っているうちにも海独特の潮風が頼りない土台の上に立つ小枝を揺らす。
今まで見た手本は二回。それも一回目は状況が違う上に二回目に至ってはもはや人間業とは思えない。イメージするには材料が不適切すぎる。
「メリアスちょっとだけでもいいんだぞ? 両手で掬うのではなく、指先でなぞるように少しの砂を取るだけでもいいんだ」
アーチェからヒントが与えられる。ピンチに陥ったり、予期せぬ事態に発してくれる助言には以前助けられている。
なぞるように。地面に絵を描くついでに近場の砂を少し拝借していくイメージを。
両手で覆うようにしていた手を人差し指のみに切り替える。が、今度は一本になった途端に震えが起きる。指先が山に陥没しそうになるたびに冷や汗が出る。
一旦指を戻す。息を整える。
暑さ、緊張、二つの汗が今までに感じたことのない湿りっ気を肌に体感させる。
「勢いよ」
真ん前から声がかかる。
「無理だと思うからできないんじゃなくて、失敗するかもしれないからできないんだとでは大きく違うのよ。失敗するかもと考えてる時点で成功の可能性も否定してないのよ。始めから可能性の無い物をやるよりも成功の機会は限りなく多いわ。だから一気に攻めるのよ」
「クリスさん」
暑さに負けそうな頭が醒めたような気がする。
「その状況を作り出したクリスさんが言えることじゃないと思うんでけど」
同時に脳も醒め、大事な点を思い出す。
「ささ、勢いよ勢い。いい表情でね」
誤魔化された。
けど、今は少しばかし落ちつけた気がする。
再度砂山と対峙する。先ほどと比べて少しばかし量が減っているようにも見える。けど、これならばまだいける。
蚊帳の外だった世界に足を踏み入れ、色んな困難があったけど、皆と出会えた。ネクロマンサーである私が普通の女の子のような学園生活を送れている。始めは単なる気まぐれ、そこから起きた偶然の連鎖が今となった。勢い、いきおい? 勢いと言うよりも流されたような感じがするけど、それでも現在がある。
失敗するかもじゃない。成功するんだ。
「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」
出鱈目な蛮声を勢いに私の両人差し指は動き出した。




