第2章-3 アイドル島に行く
「あたしは生きた。生き延びたわよぉ!」
浜辺に着くや否や、クリスは膝を折り叫んだ。
衝撃の事実から三時間。航海中ずっと船内の自室に籠っていたクリスは到着するまで一歩も外に出なかった。昼食時に呼びに行ったのだが、中からヘイワ教を唱えるクリスの声が聞こえてきたのでそっとしておくことにした。
「まぁよかったわな……。まさか幽霊船が出るって話があるとわな」
「ディーナさんも知らなかったんですか?」
「嵐にあった船のことは知っとったんや。ここの島の持ち主だった領主がバカンスを楽しんだ帰りに乗った船が沈んだんや。その時に後継ぎがいなくなったこの島を、後にゴールドバーク家が買い取ったんや」
「え? ここって所有地何ですか⁉」
「せやで。だからこそ好き勝手できるんや」
富豪の懐具合を見せつけられた瞬間だった。この人を満足させる仕事ってあるのだろうか。私はいつになったら解放されるのだろうか。
「はぁ……お腹空いた」
後ろから腑抜けた声が届く。
「ずっと部屋に籠っとったからやろ」
「何か摘んできてもいい?」
「別段構わんけど、夜はBBQの予定やで? 今食べて平気何か?」
「うーん。そう言われるとなんかな……」
クリスが押し黙る。食事は豪華な物にすると言っていたが、BBQとはいかな物なのだろうか?
「とは言うけど、このままで海に入るのも嫌だから少し摘んでくる」
「そうかいな。今頃船乗りたちが食事しとるから、食料がある場所はそいつらに聞いとくれ」
「うん」
幽霊船の恐怖からは解放されたみたいで、先ほどみたいな頑な態度は完全に消え失せている。幽霊船が航海しているだけとは限らないんだけど、言わぬが花かな?
「よし! なら夕食前に終わらせてまうで!」
ぐっと拳を握りしめたディーナが私の方を向く。そうだった、ここに来た最大の理由は。
「歌うアイドル改め見るアイドルに。グラビア撮影会の開始や!」
仕事だった。
「と言うわけでメリアスはん。出てらっしゃいな」
各自持ち寄りの水着に着替えて浜辺に集合するように促された。
そう、持ち寄りなのだ。
それも事前に学校指定の物は禁止と言う私殺しの計画。水着を買うどころか学校指定の物すら使用したことがなく、更にはどこにいけば買えるのかわからなかった私は最終的にミクシェに頼ることにして水着を選んだ。
悪ふざけで選んだりしないだろうかと思ったが、意外にも普通な対応をしてくれたおかげで私なりに恥ずかしくない、満足のいくものが選べた。
「は、はい」
が、やっぱり恥ずかしい点はある。昨日の水泳の授業以外で一番露出の多かった外着が夏の学生服なのだからこの露出具合は激しい。船の縁にある落下防止用であろう黒い部分に隠れ、頭半分ほど出して皆の方を覗く。そこには既に三人の姿があった。
浜辺と船を渡す橋の前で投写水晶機を構えて待ち構えるディーナはまぁ、一言で言うとかわいい。街で幼子が着ている服をおへそ基準に上下で分割したような水着だ。ピンクを基調にし、胸元に赤いリボンをあしらっているのもまた幼さを際立たせている。
一方、その横にいるカトリナはと言うと、所属上か聖職者と言う立場もあって露出は控えめ。ワンピースを基調にしたデザインで腰元は普通の水着とは違いスカート上になっている。が、淡い水色を張りと光沢でより淡泊にしている胸元が強力なインパクトを与えている。露出が少ないのにディーナよりも何だかセクシー。
そして。
「着る人は選ぶのね……」
アーチェはと言うとほぼ下着だ。と言うのもその姿は重要な場所だけを隠していると言っても過言ではないビキニと呼ばれる水着で、アーチェはそれを平然と着用しているのだ。
ミクシェと水着選びをした際定番と言われて差し出されたのだが『絶対に無理!』の一言で押し切った。これのどこが定番なのよ、とあの時は怒ってしまったけど、あながち間違いではなかったようだ。黒を基調にした水着は、アーチェの真珠のような白い肌と相まってその存在感を際立たせている。
と、皆さんの感想を心の中で述べさせてもらったけど、心が落ち着いた訳ではない。皆平然と着ている、或いは恥ずかしいけど我慢しているのはわかる。けど、やはり恥ずかしい。
「ぉぉーい。はよこんかいや。時間はいっぱいある言うても夕暮れまでそのまんまや仕事にならんで」
ディーナの誘う声が聞こえる。確かに夕食時までまだ三時間以上はある。このままじりじりする暑さの中で耐えるのもありなのかもしれない。けど、暑い。と言うよりもこのままで済ますようなディーナでもない。どうすれば……。
「あれ? メリアス何してるの?」
「へあ⁉」
突如後ろから声をかけられて驚く。そもそも誰が私の後ろに――と思ったが、残された人物はただ一人だった。
「クリスさん驚かさないで下さいよ……」
「メリアスが船の縁で怖気づいてるからよ。端から見たら異様な光景よ」
そこにいたのは昼食を摘みに行くと告げて先に船に戻っていたクリスだった。見上げるその姿は上こそアーチェみたいなビキニ姿だったが、下は違っていた。スカート、と言うよりも風呂敷みたいな布を腰に巻きつけて、右の腰辺りで両端を結んであるというスタイルでアーチェ同様のビキニスタイルをうまく隠していた。ポニーテールの付け根には赤い花が備わっており、髪、水着、花、瞳と姿見から服装まで全てを赤一色で揃えている。
「行きたくないの?」
「いや、そうじゃ、なくて、恥ずかしいというか」
途切れ途切れの台詞を吐き出すと、クリスは私の身体を舐めるように上下に見て、そして溜息をついた。
「何も恥ずかしがるような水着じゃないわよ。かわいいじゃん」
「え? そ、そうですか?」
「そういうこと。だから」
クリスの手が私の肩に乗せられる。
「恥ずかしがらずに行く! もう仲間何だから!」
「って! わわ、わわわわ!」
クリスが強引に私を押し出す。名門騎士の出であるクリスに対して一ヶ月前まで夜更かしネクロマンサーの私が腕力に勝てる訳もなく、肩を押す力に体が、足がどんどんと前に押し出されていく。
そして、
「きゃあ! メリアスさぁん!」
カトリナの第一声が耳に響く。予想通りではあったけど、カトリナはどんな姿でも喜んでくれると思った。
私が選んだのはどちらかと言うとディーナに近いできる限り上の露出を控える為に上はタンクトップ型にしてもらった。下の方はハーフズボンみたいな物が欲しかったんだけど、タンクトップ系と同じ柄の物にハーフズボン系が無かったのでアーチェやクリスみたいな少しばかし角度のついた脚の付け根が見えてしまいそうなものを選んだ。色は何となく髪と同じ紫色のを選んでみた。
「えっと……その」
こんな時どう言えばいいのだろう。何とか出ないように考えるだけでそんなこと考えている暇なんてなかった。
「メリアスさぁん! かわいいです! 天使です! 姫です! 今行き」
「何やそれはぁぁぁぁ‼」
怒声が響き思わず耳を塞ぐ。カトリナですら立ち止まるその怒声を放ったのはディーナだった。
「なんやその子供っぽい服は! それでファン喜ばせる気か! 満足させる気か!」
「子供っぽいならディーナだって変わらないじゃないの」
クリスからの指摘にもディーナは応じない。私のチョイスが駄目だったようで、その証拠にシャッターを切ろうとはしない。
「子供っぽいからいいんじゃないですか! 子供は子供でもディーナさんみたいな餓鬼とは違ってメリアスさんは神童何です!」
「餓鬼とはなんじゃ餓鬼とは! うちとて好きでこの体型維持しとるわけやない!」
「種族の壁だな」
「煩いわ優遇種‼」
種族の壁がこんなところにあった。
「そうやない、今は種族云々関係なしや! アイドル業する以上は自らのデメリットさえも武器にすることが大事なんや! 幼児体型だからって外見まで幼児装ってどうする気や!」
「あなたにだけは言われたくありません!」
その胸リボンとか明らかにかわいい要素ですよね!
「ちょいと待っとれや! こんなことになろうかと思ってうちが用意してきたとっておき持ってきたる!」
言い切ったディーナは投写水晶機を近場に設置してあった丸テーブルに置き、船の中へと走って行った。持ってきてるなら私に選んでくるようにって言わなければよかったじゃん。
中央扉が閉じる音がしてから数十秒。ディーナが颯爽と戻ってきた。
が、気になるのが手に水着らしき姿が無い。
「持ってきたで! 商売が何たるかを見せたるわ」
「いやいや、どこに」
ディーナの恰好は先ほどと変わらず。怪しい点と言えばおにぎりを握っているような両手の中。サプライズの為に丸めて持ってきているのだろうか。
「ここは南国そして、海! 海の自然を身に纏うアイドルの神秘がどれほどファンの心を打つか。その答えがこれや!」
言って手の中を広げて見せる。
現れたのは小さな貝が三枚、それらが宙に浮いている。貝が空を浮く存在でないことは海、川無し育ちでも重々承知の事実である、よく見たらそれぞれが糸に結ばれており、下長の三角形のような形を三点で描いている。
――三点。
視線が横にいるアーチェに自然と向く。三点……。
「これを着ればファンの売り上げも三倍、いや三十倍やぁ!」
「着れるかぁぁぁぁぁ‼」
そもそももう着るの次元じゃない。貼るだ。貼る次元だ。
「大丈夫や! 大事な部分はちゃんと隠せるように紐部分はゴムでできとる!」
「そこをしっかりとした生地にする努力をしてください!」
「肌何か気にしたら負けや!」
「ディーナさん、何を考えているんですか! それは流石にうらやま――破廉恥です!」
何か言いかけませんでしたか?
「変態の温床に売るにもこれは駄目よ。変な感情抱かれてメリアスが傷物になったらどうするのよ?」
「あいつらのアイドルには手を出さんと言う信念はそうそう揺るがんよ」
「登校初日にメリアスに飛び込んできたのをあたしは払ったんだけどなぁ」
「あいつらにとってアイドルは高嶺の花。投写水晶の世界が全てなんや」
「軽くスルーしたわね」
実際その時はまだアイドルしてなかったんだけど、ここでディーナに味方していいことはないので口を閉じる。
「そもそもこれは誰だって嫌がるに決まってるわよ。ディーナだってこれ着るの嫌でしょ?」
「無論や」
「なら押し付けるのはよそうよ」
「押し付けやない。命令や!」
「余計たちが悪いわよ!」
私のためを思って頑張ってくれるクリスだが、例の契約上このままでは私がこれを着て多少の嗜みを隠しながらの撮影に挑まなければならない。
「そもそも隠すにしてもこのゴム本当に安心なの⁉ 動いてたら出たとか話にならないわよ!」
「そんなことないで! うちのゴムは自由自在な伸縮性が売り何や! 何やったらクリスはんが着るか? その筋肉ツルペタボディーでもこの水着が」
ディーナが言い切る前にクリスの右手が襲いかかった。
「筋力を褒めてくれたことは嬉しいわ。でも、ツルペタ表現でチャラね」
「チャ、チャラなら襲いかかるのはおかしないか?」
頭部をがっちり掴まれたディーナが言い返すも、手を緩める気配はない。
「いだだだっ。すんまへんでしたうちが悪かったです! クリスはんはツルツルやなくてボウボウです! はい」
「どこの話してるのよぉ‼」
ディーナの身体が一度地から離れる。そして一際大きな砂埃がたつ。
「ごほ。うぇっほ。ぶぇっくしょい!」
唐突な砂埃に目を瞑る。耳に何ともおっさんくさい台詞が届く。
刺すような太陽光が少しずつ戻ってきていることを瞼のわずかな隙間から確認し、目を開ける。そこには、クリスがいた。そして、ディーナがいなかった。
「な、何やこれは⁉」
いや、いた。私の足元、普段より低い位置にディーナがいた。
背が縮んだわけではない。ディーナの身体がへその位置まで杭の如く砂場に刺さっているのだ。例え杭だとしても一撃でここまで沈むわけがないのだけど、そこは人外の力と言うことで。
「皆の者! 塀を固めろ!」
「「「へい!」」」
クリスの怒号を私たちは何となく理解する。ディーナが出てくる前に周りに寄り、周辺の砂を掘り、ディーナの身体を覆うようにかけていく。
「な、何をする気や! あんさんら何をしてるのか理解とるのか⁉ 出資者、出資者やでうち! あの船の持ち主やで、うち! こんなことしといて後になって謝っても知らんで!」
「そこはあれよ。船乗りを買収するわ」
「騎士の娘が言うことやないやろがぁ!」
遂に肩まで埋まってしまったディーナにはこれが精いっぱいな抵抗だった。




